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アタシとあなたのなんでもない日々 第2話

第2話 ダラダラパーリナイ


 料理は運動だ。タコ糸で縛った立派なお肉をタレが入った鍋の中に投入しながら常々思う。
「あ"あ〜〜……一仕事終えたぁぁ」
 慣れない家事で強張った肩を叩くと、頬にあったかい金属の感触がして振り向いた。
「おつかれ」
 アイがくれたホットココアをちびちび飲んでリビングに向かう。
 そこには冬の魔物が待ち構えていて、私は秒で魔物の胃袋に両足を入れた。
 あ、もうだめだ。あったかい。気持ちいい。座るのも馬鹿らしい。寝転がろう。
「ん」
「コタツムリかあんたは」
「そこに炬燵と蜜柑があったら誰でもそうなる」
「アタシはならない」
「え、なんで? 寒くない?」
 半纏も褞袍も靴下(もこもこだけでなく普通の生地も)も無しで平然と座っていられるパートナーに、思わず身体を起こしてツッコむと遠い目をされた。
「……前のアパートよりはマシだし。はんてんを羽織らなくてもいいレベルよ」
「ああ……隙間風が凄かったね……」
 ここに住む前にアイのアパートに何度か行ったが、壁薄い・風呂無し・洗濯機共同な上に壁や天井の隙間から風がヒューヒュー吹いている惨状であった。いくら格安でもこれは酷い。百歩譲って風呂無しと洗濯機共同は良い。まだ我慢できる。だが、他はダメだ。プライバシーも無ければ隙間風のせいで作業に集中できない環境。こんなの……。
「私だったら三日で出て行ってるよ」
「あんたってホント寒がりよね」
「卒業まで住んでいたアイの肌がおかしいだけ」
「あんただって夏場、クーラーもつけずに過ごしてたじゃん」
「お盆中は流石につけてたけど。それでも扇風機と外の風と打ち水さえあれば充分に乗り越えられるよ」
「いやいやムリムリ。クーラーなしとかマジありえん。そんなの死ぬわ」
「私も炬燵とファンヒーターと電気アンカーが無いと死ぬ」
 言ったり言い返したりしていくうちにだんだんとバカらしく思えてきた。
「……やめよう。こんなのお互い様だよ」
「だな。アタシも途中でなにやってんだろって思ったわ」
 疲れた様子で天板に突っ伏すアイにつられて私も顔を天板に預ける。あーぬくい。気持ちいい。
 こうかな? いや、これじゃない。首が痛まない楽な姿勢を探しているとリモコンが視界に入った。
 後ろでシューシュー唸っている圧力鍋とスマホのタイマーを見て私の手はリモコンに伸びた。
「アイさん」
「なに?」
「あの蓋が揺れるまでまだ三時間もあります」
「だな。そんで?」
「そこで時間潰しにハイロー周回しよう」
「もう既にHuluつけてんじゃん。聞いた意味あんの?」
「え? ハイロー観ないの? じゃあ、ワンス・アポン・ア・タイム」
「選択肢の振れ幅半端ねえな! つーか、観ないとは言ってねえだろ! いいから再生しろ!」
 岩ちゃん鈴木くん黒木さんケントハヤシィィと叫ぶパートナーに、ちょっとだけムッとした。アイのそれが推しへの愛だと分かっていても、唇が尖るのは恋人のサガだ。
「はいはいHiGH&LOWは逃げないから落ち着いて落ち着いてクールダウンクールダウン」
 私も内心では推しへの愛でテンションが上がっているが、荒ぶるアイを見て少し落ち着いた。まあ、再生したらすぐにテンションおかしくなるけど。
 少し冷めたココアを一口飲んで再生ボタンを押した。
「はあぁぁ……岩ちゃん最高……」
「村山さんの腹筋エッロ……」
「きゃーー!! 黒木さーーん!!」
「スモーキー……はあ……もう、素敵……ルードかっこいい……すき」
「ケントハヤシぱねえ!! 気品さ兼ね備えた狂犬なケントハヤシだいすきぃぃぃ!!」
「ここでそれは無いでしょ九龍ーーーー!」
 圧力鍋の蓋が揺れるまではしゃいでいた私達であった。

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