おばさんと世代間文化交流

僕の労働先には、強く、深い知性と教養を持つおばさんがたくさんいる。

おそらく強くないおばさんは、弱肉強食のおばさん世界において淘汰されてしまったのではないかと思うくらい、強く、知性と教養を持ったおばさんばかりだ。
強いおばさん世界の生存ルールは、適者生存ではなく弱肉強食なのだ。

おばさん達の平均年齢は63歳程度に見える。
夫が定年間際で、あるいはすでに定年しており、子供も自立して、金銭的には困っていないけれど、余暇にお金を稼ぎながら社会に自分を還元したいと考えているおばさん達だ。

その中に1人、よく仕事で一緒になる、特に素敵なおばさんがいる。
黒い上品なシースルーとシンプルなスカートがよく似合う、63歳くらいで少し爬虫類顔のユーモアに溢れるおばさんだ。(僕は少し爬虫類系の顔が好きなのかもしれない)

僕に仕事のアドバイスをくれたのも、他の仕事を紹介してくれたのも彼女だった。

彼女とは仕事帰りの電車が同じで、よく話をするようになった。
「本とか読むの?私は最近Tさん(仕事場で最も最強のおばさん、五条悟くらい)とよく本の貸し借りしてるのよ」「最近の若い子は本は読まない?」
という感じで、よく話しかけてくれる。

ただのラノベオタクで、熱心な読書家と言うには語弊がある僕は、なんと答えれば良いか返答に困った。

「まあ、本はよく読むんですけど、深夜にアニメやってる奴の原作とかが多いですね。あいだに絵が入ってたりして、漫画が文章になっている感じの小説と言ったら良いでしょうかね。」

彼女はそれがどういうモノなのか少しよく分からないという感じで言った。

「じゃあ、特に好きな作家がいるとかじゃないんだ。好きなのはなんていう作品なの?」

これは困った。僕に話を合わせてくれている、親子ほど歳の離れた彼女に"やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。"やら"電波女と青春男"と言って「今度読んでみようかしら」と気を遣って言わせるわけにもいかない。

少し頭を悩ませ、ふと僕も彼女も困らないとっておきの策をひらめいた。

「原田マハはちょっと読んだことあります、あと村上春樹は有名どころはほとんど読みましたね」

彼女の目の色が変わった。
やはり強い読書家のおばさんにとって彼の名前はキラーワードなのだ。
「村上春樹読むの!?若いのに!」
「作品で言えば何が好き?」

本が好きなおばさんは、誰もが村上春樹を読み、誰もが彼に対するなんらかの持論や批判を持っているのだ。春樹を好むと好まざるとにかかわらず。(ハルキスト的言い回し)
僕たちの世代が、好きかどうかに関わらずORANGE RANGEのサビを空で歌えてしまうようなものなのだ。


「羊をめぐる冒険者が一番好きですね、彼の作品の中ではオチがハッキリしてるし、鼠がいかにも今で言うZ世代的な考え方をしているのが好きなんです。あと、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドも好きですね。」

彼女は目をキラキラさせながら、乙女のように身振り手振りを合わせて言う。

「わかる〜〜〜!村上春樹の作品って恋愛よりやっぱ不思議系というかSFチックな奴のほうが良いわよね!」

こうして、僕と彼女は帰りの電車でさらによく話すようになった。料理の話とか、祖母の介護の話とか、読んだ本の話とか。

そして、ふしぎな世代間交流がはじまった。
ある日の帰りの電車にて。
「最近読んだ本で面白いの何かあった?」
僕は答えた。
「桐島、部活やめるってよと同じ作者の"正欲"ですかね」
「朝井リョウ?」
「そうです。ちょうど僕たちが乗ってる電車の、次の駅とその次の駅あたりが舞台なんですよ。」
「本当!?すごい近所じゃない。今度一緒の時、良かったら貸してくれない?」
「次、仕事でご一緒するときに持っていきますよ」

こうして、リアルの友達も片手で数えられるほどしかいない、同年代の異性とサシで出かけたこともない僕が、親子ほど歳の離れた女性と本を貸し借りするようになったのだ。

電車を降りた時、思わず少しニヤっとしてしまった。
もし、彼女が同年代の女性だったらうっかり惚れていたかもしれない。

いや、逆に親子ほど歳が離れている社会的境遇も置かれた環境もまるで違う他人だからこそ、性別を感じさせず、性欲も伴わず、恋愛感情など生じる余地もなく、純粋に一人の人間として好意を持てているのかもしれない。
そして、そう思える事をとても嬉しく感じる。ありがとう村上春樹。フォーエバー村上春樹。昔は小バカにしてごめんよ村上春樹。

タバコとセックスとピロートーク、悲劇のヒロインごっこのなにが"エモい関係"だ。
美しく健康的なおばさんとの健全で文化的な交流。
僕なりの"エモい関係"は、今、この手の中にある。






やがて貸した本が帰って来る。
「やっぱり朝井リョウは終わった後も人生が続くんだなーって考えさせられる時間が本番よね!あと地元民としては大学名が駅名になってるのは変よ!市大はそのままなのに!」

もちろん今でも労働なんてしたくないし、今すぐにでもヒモになりたい。
ただ労働も、すべてが全て悪いことだけではないのかもしれない。
まあ?週2日で1日4時間とかなら?やってやらんこともないけど?

僕にそう思わせてくれた貴女は、チャーミングで素敵なおばさん。

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