ウミユリ海底譚を止めろ

Fit Boxing feat.初音ミクにDLC楽曲が追加されたのでウキウキで即座に購入した。
早速DLC収録曲中のウミユリ海底譚に合わせてジャブやストレートを打っていると、無性に父親をぶん殴りたくなってきた。
唯でさえ、元々ウミユリ海底譚を聴くと父親をぶん殴りたくなるというのに。

なぜ、ウミユリ海底譚を聴くと父親をぶん殴りたくなるかはひとまずここでは置いておいて。

まず、大前提として僕は父親のことがあまり好きではないし、チャンスさえあればぶん殴りたい存在であるという話をしよう。
ぶっちゃけ、どちらかと言えば嫌いである。
理由は単純明快で、クズ男だからだ。

小さい要素を取り上げて言えば、子どもの前で信号無視をする、道路に唾を吐く、タバコをポイ捨てする、ご飯をクチャクチャ食べる等、ありきたりな要素だ。

もちろん、ファミレス等での店員さんに対する態度も大きく、基本はタメ口で、歩いている店員をいきなり呼びつけてただ一言、「水!」と言ったり、自分たちより後に着席した家族が先に注文した自分たちより早く料理が届くと、店員を呼びつけて「ねえ、こっちのほうが先に頼んだと思うんだけど、忘れてない?」とか言う。

物事の背景を考える知能がない、早く届けられる料理がある事も、人数によって違うことも、タスクに優先順位があることも想像できないのだ。

人間としての細かいクソ要素は挙げていけばキリがないのでともあれ、僕が父親を嫌いとなった決定的な大きなエピソードがある。

僕の母親は、わずか30代の若さで乳癌を患った。まだ僕が小学5年生で、弟は1年生の時だった。
片乳を切除し、抗がん剤の影響で頭はつるっぱげで、その闘病の最中に祖父(つまり母親の父)が亡くなった。
息子達はまだ若いのに、乳癌になり、乳を切除して抗がん剤治療を受け、そんな最中に親を亡くしてしまい、すっかり先が見えなくなった母親は鬱病になってしまった。

そして母親が、ガン、親の死、鬱病と大変なことになっている最中に、父親の浮気がバレた。

僕と弟の部屋からリビング・ダイニング・キッチンを挟んだ両親の部屋からは、毎晩のように母親の啜り泣く声と罵声、父親の大きな溜息と怒鳴り声が聞こえてきた。

そんな日々が続いたある晩、寝ている僕を弟が泣きながら起こしてきた。
「こわいよ」「どうしよう」
と言いながら両親にバレないように枕に顔を押し付けてわんわん泣いていた。
どうやら両親の喧嘩が佳境に差し掛かったらしく、まだ小学1年生の弟が深夜に怖くて起き出してしまうような声量で揉めていた。

部屋のドアを開け、両親の部屋の近くまで行くと、母親がヒステリックを起こしたのか、あちこち物は散乱し、投げられたであろうリモコンの電池カバーは外れ、猫のトイレに父親の携帯電話が刺さっていた。

11歳の子供にとっての親が、深夜にどうしようもないくらい喧嘩していて、さらに小学1年生の弟が怖くて声を殺して大泣きしている。
大の大人が、自分の親が本気で喧嘩をしているのだ、僕にとっても怖くて仕方がない。

ただ、これ以上喧嘩を放っておくことはできなかった。
僕も恐怖に震えて泣きながら、背後に弟を庇いながら、両親の部屋を開けて言った。

「それ爺ちゃんの仏壇の前でやってみろよ」

11歳の僕が咄嗟に捻り出した渾身のクリティカルストレートだった。
人生で始めて言葉で人を殴り飛ばした感触があった。
禿げ頭の母親は号泣した、項垂れながらも大きな声を出していた父親は黙り込んで愕然としていた。

母親は喧嘩をやめて、号泣しながら僕の頭を撫で弟を抱きしめ、僕たちが寝付くまで3人で啜り泣きながら布団に入った記憶がある。

それから数日間、父親は家に帰ってこなかった。
今にして思えば、たぶん祖母の家でしばらく頭を冷やしていたんだと思う。

その間に、11歳の僕は父親を敵と見なす準備をしていた。
もしアイツがこのまま帰ってこず、僕と母親と弟を切り捨てた時、男として、見下せるように心を整えていた。
そして、もし次に合う時、ガンで闘病中の嫁とまだ小学生の子供2人を残して浮気をしていた父親を、赤の他人とみなせるように心を整えていた。
いつ本当に他人になっても、母と弟に傷ついてない素振りをするために。

それから母親との間にどのような和解や清算、調停が為されたのか僕たちには知る由もなかったが、結局、数日して父親は帰ってきた。
そして、その姿を見た時、僕の頭の中でしっかりと彼は「お金を稼いでくるけどいつか僕たちを切り捨てるかもしれない家にいるおじさん」になっていた。

そんな紆余曲折を経て、11歳の僕は己の心と家族を守るために、いわば義務的に努力をして父親のことが嫌いになった。

大人である父親と母親は大人なりの時間の経過と共に和解やら何やらしたようだが、少年だった僕の心まではそうはいかなかった。

十数年たった現在となっては、それぞれの家庭にそれぞれの日常があるように、まあなんとか家族としての体制の崩壊を免れた。父親自身もあの時から僕が父親のことを嫌っているということをおそらく理解しながらも、あまり仲良くない親子としてはそれなりに順風満帆に過ごしていると思う。

やや陰鬱とした話になってしまったが、話はここから一気にくだらなく、バカらしくなっていくので心配無用だ。
大前提として、僕が父親をまあまあ嫌いで、それには正当な理由があり、今では丸く収まっているが、やはり嫌いではあるという背景を語ったところで、話を元に戻そう。

ウミユリ海底譚を聞くとそんな父親をぶん殴りたくなる話だ。

前述のような世の中のモラハラクソ男の大半がそうであるように、父親も基本はアウトドア派で、家の中での唯一の趣味がアニメ「ワンピース」の鑑賞だった。

遥か昔、日曜の夜にこち亀とワンピースがやっていた頃は全然興味を持っていなかったけれど、いつの間にかハマっていたらしい。
夕食時以降の夜にテレビを見ている時間帯以外、家の中では常にVHSに録画されたワンピースが流れていた。
夜勤明けなんかには朝9時~夕方17時までワンピースが流れていた。
それが僕が18歳くらいから数年間続いた。

特に東の海編~空島編前にベラミーが殴り飛ばされるまでが好きらしく、無事ベラミーが殴り飛ばされたら1話に戻るというループを年単位で繰り返していた。おかげでこのあたりのワンピースの流れはほぼ空で詠唱できる。
冒険に出てコビーを助け、砂まみれのおにぎりを食わせ、キャプテン・クロに村が襲われ、クソお世話になり、ナミに逃げられ、アーロンを倒し、バロック・ワークスが現れ……

弟はさほど気にしていなかったが、そんな生活が何年も続き、さすがに辟易していた僕と母親は、ここで1つの画期的な作戦をひらめいた。

「ワンピースしか見るものが無いからいけないんだ、FireStickTVを買おう」と。まさかそれが止まらぬ暴走海列車の燃料となるとは知らずに。

FireStickTVを購入し、テレビに繋げ、「これだけのコンテンツが見放題で、しかもインターネットにつながっているからYoutubeで動画まで見ることができる」という説明をした。
すると父親は釣りの動画やバイクの動画などを見始めたので、僕と母親はすっかり安堵した。これで無限ワンピース地獄から解放されると。

次の日、僕が家に帰って来ると父親はYoutubeで、画面の両端が切り取られ、画面の大半が風景画で埋められたワンピースを見ていた。
VHSにはなかったウォーターセブン編以降のワンピースを……

無論、せめてもの抵抗として僕は
「それは違法アップロードされた奴だから見ちゃダメだよ」と言うが前述のエピソードのようなモラルとリテラシーを兼ね備えた男である。
「別に捕まるわけじゃないんしょ?」と言い返されただけだった。
完全に悪手だった、FireStickTVなんて与えるんじゃなかったのだ。

そしてここから更に数年、Youtubeガバガバアスペクト比小分けワンピース地獄が始まるのだが……
我々はこの男の愚かさを侮っていた。本当の地獄はここから始まるのだ。

Amazon Primeビデオで正式にワンピースが配信され、何周もしたワンピースも現行のワノ国編まで追いついてしまうと、ここまできていよいよ彼は「ルフィ強くなりすぎてワンピースも飽きてきたなあ」等とのたまうようになる。

しかし、ここで父親が新たに生み出してしまったのが、他のアニメや映画を見る等ではなく、"Youtubeでワンピースと調べて出てきたものを片っ端から見る"という、アラバスタの地に雨を降らせるかのような画期的な発明だった。

もはや本編は見飽きたから、ワンピースであればなんでもいいやと、ワンピース考察、3Dゲームのワンピースのキャラの掛け合い、歴代OPED……そんなものを見尽くしていく中で、ついに出会ってしまったのだ、"ワンピース音MAD"と。

それらの音MADの中にはいくつか気に入ってしまった動画があったらしく「よくわからんけど音楽がついてる流し見用の変なワンピース」として用いられるようになってしまった。

中でもよく見られていたのが、ダイジェスト形式でルフィたちの冒険が継ぎ接ぎされながら、バックでずっとウミユリ海底譚が流れているという動画だった。特にこれがお気に入りらしく、睡眠用BGMとして毎日のようにテレビ画面で流れていた。

これには流石に、無限にワンピースが流れていた時は特に気にしていなかった弟も「いや、いくらなんでも流石にあれはマジでキツい」「盗撮とか万引きで捕まられたほうがまだ子どもとして恥ずかしくないレベル」「きびしい、いや、さすがに厳しい」等と言ってさすがに白旗を挙げていた。

結局、僕たちにウミユリ海底譚を止める術はなかったのだが、祖母(父親の母)が認知症で老人ホームに入ってしまうと8年近く続いた無限ワンピースはすっかり鳴りを潜めた。

インドアの趣味を持たない父にとって、無限ワンピースは刺激のない既知の情報を垂れ流すことで、祖母について頭を悩ませてしまう脳のリソースをハックする術だったのかもしれない。その対象がたまたまワンピースだったのだ。

父親は今では誰もいなくなった祖母の家の庭を工房の様に改造し、家では吸えないタバコをふかしながら、新しい趣味であるDIYや彫刻に興じている。

今にして思えば、狭い家と自分ではどうしようもない悩みの受け皿として使われていた無限ワンピースを、元凶たる狭い家と祖母のことを解決することなく止める手段なんてなかったのだ。

というようなことを、Fit Boxingでウミユリ海底譚を聞きながら12分間パンチを打ちつつ考えていた。
曲が終わりに近くなり、構えを解いてジョイコンを降ろすと、父親から受けてきた様々な理不尽が、ウミユリ海底譚を背景に走馬灯のように脳裏に流れてしまう。(皮肉にもまるで音MADのように)
そして、いつかこのモラルの欠片もない男が、加齢によって前頭葉の活動が更に鈍り、感情的に暴れるようなことがあった時「パンチの撃ち方を知ってるか……だって?」とでも言いながら、今までの恨みを籠めて顔面に本気で一発を叩き込むことを夢想し、明日もウミユリ海底譚に合わせてレッツボクシングをするのだ。

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