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大切な人への尽くし方で戸惑う人へ

タイトルの通り、自分は人に尽くすタイプだなって思う人や、特にその中でも想いが「重く」なりがちで、相手に重く思われてないかな、からまわりしてないかな、大丈夫かな、でもどうすればいいんだろうと不安になってしまう人に向けて、少しでも参考になればといいなと思い、この記事を書いてます。

君にできるあらゆること

昔、某少年誌でやっていたとある漫画で、「君にできるあらゆること」と言うタイトルの回があったのを今でも覚えている。恥ずかしながら漫画の内容はほとんど覚えていないのだけれども、この言葉遊び的なタイトルだけはとても印象に残っていて頭から離れない。

自分と相手という二者の関係性が存在する時、この「君にできるあらゆること」という言葉は面白くて色々なことが想像できる。この「君」と言う言葉が誰を指すのかですごい意味合いが変わってくるところが特に面白い。そして、誰かに対して想いが重くなりがちな時は、きっとここで指している「君」が、「相手」になっているときなのではないかなと感じる。

例えば、その相手が恋人だったとしよう。
その相手にあなたはなにかしてあげたい、自分の想いを分かって欲しい。
こんなに君のことが大好きだよ、すごく大切に想ってるんだよーとわかってもらいたい。伝えたいし、理解してほしいし、それで自分も相手に大切にしてほしいと思ってしまう。別にそう思うこと自体悪くないし、実際想いを相手に伝えることはとても必要なことだ。ただ、そんな時には自分の想いが重くなりがちで、相手にも負担に感じさせてしまうような傾向にあると僕は思う。

<例>
・自分の想いを伝えたくてしつこくデートに誘ってしまう
・長文の愛がひたすら詰まったLINEを毎日送りつけてしまう
・いるかどうかもわからないプレゼントを送ってしまう

うわこれ自分だ!と思ったそこのあなたは同士です。ちなみにこれを書いている自分も書いている時点ですごい心に突き刺さっている。痛み分けしましょう。そうでない人はとりあえず違うnoteでも見てください笑

で、話を戻すと結局これって「自分が相手にいかに直接的になにかを与えられるか」ってことを自分主体で考え過ぎなんだと思う。もちろん与えること自体は悪くないと思うけど、草木だって一方的に水をあげすぎてはうまく育たないし腐ってしまう。要は程度の問題なのかなと思います。相手にとってそれは時に負担になるし、重くも感じさせてしまう。ちなみに僕は子育てもまったくもって同じだと今のところ思ってます。与えすぎよくない。
(書いていて思ったけどこの「程度」ってのもまた難しくて思い悩むところだなって感じたので、それはそれで整理ついたらまたnoteにまとめてみようと思います)

自分にできるあらゆること

じゃあ少し視点を変えて「君」を「自分」に置き換えてみよう。
そうすると結構大きく自分がやれる幅は広がるはずだ。

<例>
・距離をとるところはとり、相手を休ませる
・相手が自分と一緒にいて周りに恥じない自分であるよう自分磨きをする
・相手の大事にしている人やものを自分も大事にする。共感する
・相手が過ごす環境がよくなるように、相手ではなく周りに働きかける

最初に出した例に比べるとやや抽象的な内容にもなってしまったけれど、結局は自分がやれることなんてたかがしれている。大抵の草木が元気に育つためにはおひさまだって必要だし、さわやかな風だって必要だ。いつまでたっても自室にばかりおいて水だけそそいでいても、いざ自分がいなくなった時にその草木はきっと枯れてしまうだろう。子育てだって、自分の中に囲って溺愛していても仕方ない。基本的には自分のほうが先に死んでしまうし、だからこそその子が一人でも生きていけるように考えて育てることが必要だと僕は思う。直接的にはなにもしない、あえて突き放す、求められていることとは違うことをする、ただ相手が元気でいるように相手がいる環境には自分で働きかける、そのために何ができるか考えるということも「自分にできるあらゆること」の中には含まれているのだと思う。

『価値』を自分から直接渡すことにこだわらない

僕は本当に根っからの尽くすタイプでいつも本当に悩んでいる。前の記事にも書いたけど本当に依存しやすくて、豆腐メンタルで、しょうもない人間だなーって自己嫌悪に陥る日を過ごすことが多い。
そんな自分ができることなんて本当にたかがしれている。考えられる頭は一つしかないし、動かせる手足はどう頑張っても2つずつしかない。寿命だって決まっているし、明日には事故で死ぬかもしれない。本当に力はなくて、それでもその手で何かができる以上、大切な人になにか残せるものはあるだろう。

だからこそまずは、相手のことを本当に大事に、大切に考えているのだとしたら、ただあなたの想いを直接相手にぶつけるだけではなく、「相手がどうしたら毎日を幸せに過ごせるんだろう」と考えるってことは絶対に必要で、それに対して自分はあらゆることをしていくべきだと思う。

ひとまずこの記事があなたの人生にとって少しでも響くものがあるとしたらとてもそれは嬉しいことですし、それであなたの大切な人が幸せな日々を過ごせるようになるのであれば、これに勝る喜びはありません。
ここまで長々と読んでくださりありがとうございました。


世界の隅っこで慎ましやかに生きていますが、まずはここまで読んでくださったあなたに感謝を。今日もいいことがありますように!