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 青風 ④


「ターラ、海の中では、どんなオスがメスに好かれると思う?」
 アオカジにそう聞かれたターラは
「もちろん強いオスだろう」
と、肩をそびやかしながら答えた。
「もちろんそれも大事だが、強いだけじゃダメだ。いいかターラ、メスの心を射止めるには、見てくれが立派じゃなきゃならない。鮮やかな鱗や美しくて大きな尻尾。そういうオスにメスはくっついてくる」
 ターラは船から身を乗り出し、凪いだ海面に自分の姿を映してみた。
 日焼けと垢で真っ黒な顔。伸び放題の髪の毛や髭は、絡まり合ってまるで鳥の巣のようだ。単の着物は、元々の布の色がわからないほどに、薄汚れて擦り切れている。 
「そうそう、思い出した!。遠い国の海には、踊りを踊ってメスの気を引く魚もいるらしいぞ!」
と、アオカジが言った。

 陸に戻ったターラは
「鮮やかな色、鮮やかな色…」
とつぶやきながら、辺りを見回した。
 道端に咲いている色とりどりの花々が、さっそくターラの目に飛び込んできた。ハイビスカス、ユウナ、ランタナ、ブーゲンビリア…。ターラは目に入った花を片っ端から手折り、ぼさぼさの髪の毛や髭に挿していった。
 これ以上挿せないほど大量の花を挿し終えると、ターラは
「大きな尻尾と大きなヒレ…」
とつぶやきながら、また辺りを見渡した。
 風に揺れるサトウキビの穗が、ターラの目に留まった。
 ターラは挿した花を落とさないよう気をつけながら、背伸びをしてサトウキビの穗を何本か引き抜いた。そしてそれを着物の腰紐にくくりつけた。
 ターラは腰を振りながらゆっくりと動いてみた。お尻と背中で、紫色の美しい穂がゆらゆらとゆれた。
「こいつはなかなかいい具合だ」
 ターラは満足そうに呟いた。

 ターラは、そのかっこうで島の真ん中にある広場まで歩いて行った。広場ではちょうど物々交換の市が開かれており、たくさんの島人たちが野菜や魚を持って集まっていた。
 その中にアコヤの姿を見つけたターラは、みんなの前に進み出ると腰を振りながら踊り出した。

 花やサトウキビで体を飾り立てた大男が、体をクネクネさせながら踊っている姿はどうにも滑稽だった。
 しかし、荒くれ者のターラのこと、うっかり笑ったりしたら何をされるかわからない。
「いったいどうしたんだろう?」
「キジムナーにでもばかされたんだろうか?」
 島人たちは、ひそひそ声で囁きあいながら、神妙な面持ちで、ターラの様子を窺っていた。

 その時、小さな男の子が、ターラの前に飛び出してきた。そして、ターラを指さすと、大声で笑い出した。
 男の子を追いかけてアコヤも飛び出してきた。
「ごめんなさいターラ。弟が笑ったりして。でも、それにしてもターラ…あんた、そのかっこう…」
 そう言うと、アコヤも、お腹を抱えて男の子と一緒に笑い出した。

 それを見ていた島の人たちも、みんな一斉に笑い出した。
 ターラは急に恥ずかしくなり、色とりどりの花を振り飛ばしながら、走って家に逃げ帰った。




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