見出し画像

【書評】 自意識過剰と「利他」意識──中村倫也『THE やんごとなき雑談』

 コロナ禍によって世界的に注目を集めているキーワードが、「利他」だ。自分がウイルスに感染しないよう行動することは、他者にウイルスを感染させないことにも繋がる。押し付けではない自発的な「利他主義」が連鎖したなら、パンデミックを乗り越えるばかりか、問題が山積した人類を救うことになるだろう。
 中村倫也のエッセイ集を通読して驚き、そして感動したのは、書き手の内側に「利他」の精神が脈動していることだった。基本はゲラゲラ笑える妄想&日常デッサンだったりもするのだが、捉え方にもよるが全28編のうち13編に、「利他」にまつわるエピソードが登場する。雑誌連載の後半でコロナ禍に突入した経験が一因となっていることは間違いないが、それだけで、ここまでの厚みは出ない。彼の「利他」意識は、生まれ育った家庭環境によって種が撒かれたものであり、子供時代にじわじわと培った癖でもあり、そして高校2年生で役者を志して以降、爆発的に醸成されていった倫理観である。エピソードの時間軸はバラバラだが、余はいかにして「利他主義者」となりしか、という自伝文学として本書を読むことができる。
 とはいえ、本文中に「利他」の一語は一度も出てこない。全編を貫いて幾度も顔を出す一語は、「自意識」だ。一般的に「自意識(過剰)」は、「利他」ではなく「利己」に向かっていく言葉だと捉えられているかもしれない。ここにも、本書の驚きと感動がある。向かう先は、「利他」だ。
 中村倫也の筆が示すのは、「自意識」が過剰であるとは、「過去の(未来の)自分」を心の中に複数飼っている状態である、ということだ。「現在の自分」の判断は「過去の(未来の)自分」のお眼鏡に叶うかどうか、恥ずかしくないか、利するかどうかを、常にジャッジしている状態。では、「過去の(未来の)自分」とは何か? それは、他者だ。
 自意識過剰であることは、現在の自分の利益を重視し他者の利益を無視することとは真逆の、「利他」の精神に繋がる。本書は、その連鎖を綴っている。全人類が読めばいいのに、と思う。

※「ダ・ヴィンチ」2021年5月号、「中村倫也のクリエイティブ」特集に寄稿。

※出版社のウェブで、エッセイ3本が試し読みできます。

※この書評がきっかけで、中村倫也さんにインタビューすることになりました。「利他」をキーワードにがっつりお話を伺っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?