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経営理念で危機を乗り越えた企業①ヤッホーブルーイング

私は中小企業の経営理念を、経営者とご一緒につくる仕事をしています。よくいただくご質問の一つに「経営理念をつくることで、本当に会社は変わるのでしょうか」というものがあります。

経営理念は「絵に描いたモチ」?

経営理念は絵に描いたモチのようなものであり、社長室で立派な額縁に入れられて飾られているものに過ぎないという印象があるようです。確かに「誠実」や「信頼」という一文字が、時間とともにその真意を失い色あせて、誰の心にも響かない形ばかりの標語になっている企業もあるかもしれません。

しかし、経営理念は本当に絵空事なのでしょうか。実例が物語るのは、生きた企業理念は、会社を前に進め続ける原動力になっているということです。響く理念には、ちぐはぐな社員の集まりを、互いが強みを生かし目標に向けて鼓舞し合うチームに変えていく力があります。

経営理念を見直したことで危機を乗り越えた企業の例をご紹介していきたいと思います。

旗印の「よなよなエール」

一例目は、ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)です。「よなよなエール」を旗印としたクラフトビールメーカーです。先日の父の日にプレゼントで贈った方もいらっしゃるかもしれません。私も個性的な味わいのファンの一人です。


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(写真は同社HPから)

コロナで家飲み需要が増える中、同社の2021年第一四半期の決算は前年比43%増と大きく伸びています。今年2月からは全国のセブンイレブンでの取り扱いも始まり、キリン、 アサヒ、サントリー、サッポロの大手4社で99%を占める日本のビール市場に旋風を巻き起こそうとしています。

8年間赤字、「まるでお通夜」

しかし、同社がわずか10年ほど前まで経営危機に直面していたことはご存知でしたでしょうか。大量に作ったビールがまったく売れず、排水溝に数年かけて流し続ける作業を続けていたのです。

同社は星野リゾートの星野佳路社長が1997年、出身地の長野県軽井沢町で創業した企業です。星野さんが米国留学時代に飲んだエールビールの華やかな美味しさに感動して、日本にもクラフトビール文化を創りたいという思いで立ち上げました。

しかし、創業以来8年間赤字でした。大手ビール企業でがんじがらめの市場に新興勢力が入り込むことがいかに大変なのかを物語っています。夢高らかに創業に携わった当初のメンバーも辞めていき、パート社員を含めわずか20人ばかり残りました。仕事で交わされる会話は必要最低限で、毎朝の朝礼は「まるでお通夜」とも言われるほどに元気がないほどだったといいます。

危機的状況で立ち上げた理念

先行きが見えない状況の中、2008年に就任した井手直行社長が、まず取り掛かったことはなんだったのでしょうか。それが、経営理念を定めることでした。それまで同社はミッションやビジョンがありませんでした。

なぜそれに取り組もうと思ったのか。井出社長は当時のことを次のように語ります。

「企業活動は毎日が選択の連続です。会社には年齢も性別も異なる様々な社員が所属しています。人間としてそれぞれ価値観は違いますが、仕事に関わる場面では『僕たち、私たちならこうするよね!』という価値観を共有していなければなりません。それが共有できていないと、その会社は、何かを選択する場面で一貫性を失ってしまうからです」
(『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社))

経営不振が続くと、とにかく数字を上げるために、目の前の仕事を取りにいくという発想ばかりになりがちです。しかし、この局面で井出社長が取り組んだことは、自分たちがそもそも何を大事にしている企業なのか立ち返ろうとしたことでした。着目すべきところではないかと思います。

個性で切り込むチャレンジャー

登山者が山の中で道に迷った時にやることと同じだと思いました。道迷いの時に一番やってはいけないことがあります。そのまま闇雲に進むことです。現在地がわからないのにさらに進んでしまえば、さらに道に迷うだけだからです。さまよううちに体力を消耗し、あげくは崖から転落するといった結末に至ります。道に迷った時、焦らず手元の地図を見返し現在位置を知ることが何よりも大切です。わかるところまでまず戻る勇気が肝心です。ヤッホーブルーイングが取った行動は、これと同じように感じます。

数ヶ月かけて作り上げたのが「ビールに味を!人生に幸せを!」という、現在まで続くミッションです。さらにビジョンとして「クラフトビールの革命的リーダー」を掲げました。どんぐりの背比べのような味の違いしかない日本のビール市場に、個性的な味わいで切り込み新たな文化を作っていこうとするチャレンジャーの意気込みが伝わってきます。

ミッションとビジョンを実現する価値観として「知的な変わり者」を掲げました。自分の強みを伸ばし「人の中に埋もれない存在」になろうというメッセージだといいます。

売上高は8年で4倍に

経営理念を打ち立てて以来、チーム作りや社内のコミュニケーションを活性化させる研修など多くの取り組みも進めたそうです。理念への共感者が少しずつ増え、社員ばかりでなく顧客すらファンになってしまうというところが面白いところです。2015年に始めたアウトドアイベント「超宴」は全国から数千人規模を集めるほどです。

同社は非上場企業で売上高を公表していないため、実数はわかりませんが、少なくとも経営理念の導入後8年間で売上高は4倍になりました。

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強みを徹底的に伸ばし独自路線

井出社長の著書を読んでいると「人は、得意なことを仕事にすると、最も輝く」ことが繰り返し強調されています。同社は一人ひとりの強みを生かすために米国ギャラップ社の開発した「ストレングスファインダー」の結果を社内で共有しているそうです。

「水曜日のネコ」「インドの青鬼」「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」といった個性を際立たせた商品は、企業理念をもとに一人ひとりの強みを徹底的に伸ばす企業文化が土壌となって生まれたものなのでしょう。ラガービールでしのぎを削る大手メーカーと同じ土俵で戦うことをせず、同社特有のエールビールという個性を磨き上げ、徹底的に独自路線をとろうとする精神に、清々しさを感じます。

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経営者自身が「内なる思い」に向き合うこと


地方経済が伸び悩む中、社員のモチベーションも下がり、顧客開拓も進まないと悩む中小経営者は少なくないと思います。会社を変え、不振を脱却するために欠かせないことは、「そもそも自社は何のためにあるのか」「何をめざしているのか」といった経営理念に向き合うことではないでしょうか。まずは経営者ご自身が「内なる思い」に向き合うことが大切だと思います。生きた理念は社員や顧客の共感を呼び、その共感の響きによって応援される企業や経営者に変わっていくのでしょう。ヤッホーブルーイングはひとつの好例を示してくれています。

ぷしゅ よなよなエールがお世話になります」(東洋経済新報社)、同社HPのプレスルームを参考にしました。



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