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「伝わる人」になる3つの輪

 私は12年間の新聞記者生活で、取材を通じ3000人ほどの方とお話をしてきました。国務大臣や中央官庁トップ、企業経営者、大学教授、起業家、プロスポーツ選手、プロバーテンダーなど幅広い分野で活躍されている方々のお話を聞く機会に恵まれました。

 多くの方と対話する中で、記者目線からあるひとつのことに気がつきました。取材先は「話が伝わってくる人」と「話がよくわからない人」に分かれるということです。

 「話が伝わるかどうか」。仕事でも日々の生活でも最重要のことではないでしょうか。どんなに良いことをやっていても、自分のやっていることが第三者に伝わらなければ、相手を動かすことができないからです。

伝わる人の3つの共通点


 伝わる人の話には共通点があるのではないか。取材経験を振り返ったり、関連する本を読んだりする中で、伝わる話ができる人には3つの共通点があることに気づきました。

価値観が明確であること」「経験やエピソードがあること」「理想の社会像を描いていること」です。

それぞれ順に、簡潔に説明をしていきます。

1. 大事にしている【価値観】があること

 大事なものがしっかりある方は言動に一貫した思いが伝わってきます。企業では例えば米アップルをあげてみましょう。米アップルは、価値観にあたるものとして“Think Simple”を掲げています。確かにiPhoneやMacBookなど同社製の製品は、ムダがなくシンプルさが際立っています。私もMacBookユーザーです。アップル製品に熱烈なファンがいるのは、同社の一貫した価値観が作り出す世界観が、ユーザーに響いているからでしょう。

 価値観は、アップルのような国際的な大企業だけから伝ってくるものではありません。愛情深い母親にも価値観はあります。子供に愛を注ぎ、家族を何より大切にする母からは「慈しみ」や「真心」といった思いが伝わってきます。揺らぐことのないその愛は、価値観となって家族に一体感をもたらすでしょう。母の言葉はうっとおしい時もありながら、心に響き続ける一言もまたあるのではないでしょうか。母の一言が伝わるのは、価値観から出てきている言葉だからです。

2.【経験やエピソード】があること

 経験とは、仕事の実績ともいえます。実績がある人ほど、説得力があります。それは結果を残しているからです。

 わかりやすい例ですと、第一線で20年活躍してきた気象予報士と、予報士試験に通ったばかりのペーパー予報士のどちらの天気予報を信用するでしょうか。何百人の助言をしているコンサルタントと、コンサル会社に就職したてのコンサルの、どちらの言葉を信用するでしょうか。やはり実績ある人の言葉とそうでない人の言葉は、伝わり方が大きく異なります。

 しかし、単に経験がないからと言ってその人の言葉を全然信じないということはありません。誰しもはじめは初心者です。記者の経験からいえば、その人がなぜその仕事をしようとしているのか、というエピソードも伝わる大事な要素となります。仕事の原点がわかるとその人の言葉に真実味が宿って伝わってきます。

 取材でお会いした方で印象的な話をされている人がいました。人工知能(AI)を使って街のポイ捨てゴミの解決をめざす30代のベンチャー起業家です。その方はスマホなどで街を撮影した動画から、ポイ捨てゴミの分布を地図上に表示するソフトなどを開発しています。彼がなぜゴミ問題に携わろうとしたかというと、大学院生の時に東南アジアなどを周り、そこで街中や川や海に散乱するゴミの多さに強い問題意識を持ったからだといいます。小さな頃から環境問題に関心があったこともあり「ITを活用することでゴミ問題を安く解決したい」という志が立ったそうです。

 大学院を中退し、失敗を重ねながら機器やアプリ開発を進めてきたという彼のエピソードは、彼にしか語れないもので、一度聞くと印象に刻まれます。実績がなかったとしても(彼の場合はいまでは企業や自治体と連携して活動しています)、エピソードが具体的で価値観も伝わってくれば、聞く側としては心動かされ、応援せずにはいられなくなります。

3. 理想とする【社会像】をもっていること

 ビジョンがある人に、人はついていきます。どのような社会に暮らしたいのか、世の中で変えたいところはどこなのか、社会と真剣に向き合っている人に、人は共感するのではないでしょうか。

 例えば、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活動したキング牧師はまさに「ビジョンの人」でしょう。有名な「私には夢がある」(I Have a Dream)の演説の中で、キング牧師は「皮膚の色や出身などに関係なく平等な社会」を訴えました。その演説で訴えた社会像は多くの人に胸に響き、演説した翌年1964年に人種差別を禁じる法律「公民権法」が制定されたのです。

 キング牧師ほどに大きな社会像でなくても、たとえば美しい森や海を守りたいという社会像を胸に写真を撮り続ける写真家や、家庭環境にかかわらず子どもが安心して過ごせる居場所を提供するNPOの方もまた、望ましい社会像を目指して活動している点では同じです。社会像の大小にかかわらず、自分のもっている力で社会をよりよくすべく取り組んでいる人には、話を聞きたいという思いになります。

交点にある「伝わる言葉」

 これらのことから【価値観】【経験】【社会像】の3つの輪が重なるところに、その人ならではの「伝わる言葉」があると考え至りました。

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 自己啓発などの本には、価値観の大切さや、経験やビジョンが重要ということが書かれていますが、人それぞれ違う「伝わる言葉」がどのようなものか説明されているものはありません。私はたまたま記者という立場で多くの方にお話をお聞きする機会に恵まれました。私の経験を世の中のために役立てたいと思い、この<伝わる人になる3つの輪>を新たな切り口として提示したいと思います。

「3つの輪」の具体例


 3つの輪が重なるところからは、どんな「伝わる言葉」が出てくるのでしょう。具体的な3例をあげてみたいと思います。いずれも私が20代後半の時に赴任していた栃木県内の経営者の例です。

具体例1 紅茶専門店の経営者

 ある紅茶の専門店の経営者です。紅茶文化のなかった宇都宮の紅茶消費量を、総務省家計調査で全国1位にまで押し上げた火付け役です。

 その方の【価値観】は、市内中心部にあるお店に行けばよくわかります。店内は英国風の上品さや健康的な雰囲気が漂います。そしてその方ご自身は、イタリア・フィレンツェご出身ということもあいまって情熱的な語り口が印象的です。

 【経験】は、オリジナル紅茶製造のスペシャリストとして、全国の企業や自治体と連携した紅茶を600以上開発しています。20代の時に製薬会社に勤めていた時、「薬では治せない人がいる」と気づいたというエピソードも印象深く伝わってきます。


 【社会像】は紅茶を通じて地元を誇れる街にしたいという思いがあるそうです。都内の大学で学んだその方は「宇都宮はギョーザの街としてしか知られず、ダサく見られるのが嫌だった」といいます。出身をいいためらう同郷の姿も見る中で「出身地を胸を張って言えるようにしたい。カッコいい街にしたい」という思いが湧き、数ある選択肢の中から紅茶をテーマにしたそうです。現在では宇都宮だけでなく、各地域の特産物を使ったオリジナル紅茶を手がけるまでになりました。その思いの根底にあるのは「出身を誇れる街に」という思いがあり、そこに共感が集まっているのです。

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 この方の3つの輪の重なりから出てくる言葉は、「ご当地紅茶で街に誇りを」です。この言葉は、その方にしかないのメッセージです。お伝えするとよろこんでいただき「ひとつの言葉の作品として大切にします」と言っていただきました。

具体例2 ITソフト開発の技術者


 ITの技術者の方も印象に刻まれたお一人でした。その方は、主に視覚障害をお持ちの方向けのソフト開発に取り組んでいます。

 その方は技術者出身ということもあり、考え方が現実的で細やかな方です。【価値観】としては「地に足」といったことが伝わってきます。【経験】としては、社会人になって以降20年以上ITの世界の第一線で活躍されています。独立する前に技術者としてある組織で働かれていた時、視覚障害の方と一緒に仕事をしたそうです。目に障害を持つ方が真っ暗な部屋の中で仕事をする様子に出くわし、障害をもつ方の力になりたいという志が立ったそうです。この方の【社会像】からは「弱者に目を向ける社会づくり」が伝わってきます。

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 3つの輪が重なるところからは「情報格差、ITでなくす」というフレーズが自然と浮かんできます。

具体例3 地域プロデューサー

 地域プロデューサーの方も印象深いお一人です。その方は、もとは航空工学を学んだ技術者でありながら、いまは地域経済の活性化に取り組むコンサルタントなどとして、自治体や企業と組んで栃木県内を駆け回っています。

 その方は、20代前半のときほぼ無一文の状態で米国の大学院に入学するなど、人生を自力で切り開いてこられました。【価値観】は<意志あれば道>ということが伝わってきます。留学時代に米国の地方分散型の社会をみて、日本の東京の一極集中に疑問をもったそうです。その経験が、現在の地域プロデューサーの仕事の原点になったといいます。【経験】は<地域プロデューサーやコンサルタント>、【社会像】は<地方分散>がキーワードになります。その方の持論は「特色がない街は、特色を作ればいい」です。

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彼の言葉としては「どんな街でも日本一に」が浮かび上がります。

伝わる人=「見出しが立つ人」


 3つの例を見てきました。取り上げた「伝わる言葉」というのは新聞的に言えば「見出し」です。

 新聞記者がなにかを取材するとき、常に頭に置いているのは「どういう見出しになるか」ということです。できる記者は共通して「見出しが決まれば、その記事は半分書けたようなもの」と話します。新聞は見出しが命です。どんなに記事の内容が良くても、読者が見出しに興味をそそられなければ読まれません。レストランでどんなに美味しい料理があったとしても、メニュー表でそそられなければ注文しないのと同じです。

 私がこの記事で説明している「伝わる人」というのは、「見出しが立つ人」のことを言っています。見出しが立てば、その方はまるで伝言ゲームのようにその存在が広がっていきます。逆に、見出しが立たなければどんなに良い仕事をしていても、なかなか理解者や共感者、応援者は増えてこないでしょう。

 見出しが立つ人とは、なにも特別な人に限っているわけではありません。私は志ある方お一人ひとりの中に、その人ならではの伝わる言葉があると思っています。それはこれまで見てきたように、価値観、経験、社会像を一つずつ認識していくことによって生まれてくるものだと考えています。

「伝わる言葉」を競う現代社会


 「伝わる言葉」があるかないか、現代ほど大切になっている時代はないでしょう。なぜなら、インターネットを通じて誰もが個人として自由に発信できる時代になったからです。「一億総発信時代」と言っても良いでしょう。

 私たちはSNSなどで、いったい何をしているのでしょうか。一言で言えば「自分の言葉を伝えようとしている」のだと思います。この一億総発信時代において、伝わる言葉があるかどうかは、無限の情報砂漠に埋もれないために、死活的に大切なものなのではないでしょうか。

 私はやりたいことをやっている人を応援したいという思いがあります。せっかくユニークなことや社会的に価値あることをやっていても人に伝わっていなければ、極端に言えばやっていないことと同じです。それはとてももったいないことだと思います。

 記者12年の経験を振り帰ると、私はいつも「どんな言葉だと相手に伝わるか」ということばかり考えていたように思います。記者1年目の時、私は上司から「お前は文盲だ」と怒鳴られ、目の前で作った紙面を破られた経験があります。「文盲記者」だった私が、11年目で国際取材を任されるまでになった経験をお伝えすることで、伝わらない悩みをお持ちの方のお役に立ちたいと願っています。「伝わる人になる」エッセンスをこれから発信していきます。


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