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四畳半の狭い団地の部屋に女のコがやって来た

2000年10月29日に他のサイトへ掲載した原稿を加筆修正しました。
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当時、私は大阪南部のド田舎で開発が進んでいたニュータウンの団地に住んでいました。

私の部屋は四畳半。そんな狭い部屋に初めて女のコがやって来たのは、中学3年生の冬、多分12月頃だったと思います。

小学生の頃に女のコが遊びに来たことはありましたが、異性としての自覚を持った後に、女のコが私の部屋にやってきたのは、その時が初めてです。

当時、私はロックにハマっていて、毎日放課後はロックの師匠であるITO君の家に転がり込み、レコードを聴いていました。

ITO君は、当時の中学生としては圧倒的な枚数のレコード・コレクションを誇っていました。特にブルース・ロック系のレコードが多かったです。

しかしそんなITO君でも持っていないレコードを持っていたのが、F-KAWAさんでした。それはどちらかと言うと、我がロックの師匠・ITO君が好んで聴くタイプのものではありませんでした。

しかし不肖の弟子である私は、そのレコードが聴きたくて仕方がありませんでした。

しかしレコードは絶対に貸さない、絶対に借りないが、ロック仲間の間での鉄の掟、ルールでした。

なぜなら貸したレコードにキズをつけられる事が多かったからです。

少ない小遣いで買った大切なレコードの盤面にキズをつけられるほど悲しい事はありません。それに大切に扱っていたジャケットが汚されている時もショックです。だからそんなルールが生まれ、どうしてもそのレコードが聴きたければ、持ち主の家に行って聴かせてもらうことにしていました。

そのレコードは聴きたい。しかし女のコの家へ単独で乗り込み、聴かせてもらう程の度胸も勇気も私には無い。

そうこうしているうちに、F-KAWAさんがそのレコードを貸してあげると言い出しました。

しかしロック仲間の間ではレコードの貸し借りは厳密に禁止されている。

レコー ドを学校に持ってきて貸し借りしているのがバレたら大変だ・・・。
掟破りには村八分があるのみではないか・・・。
しかしF-KAWAさんはロック仲間ではなのでは?・・・。
では借りてもいいのかな?・・・。
しかし借りたいのはロックのレコードだ・・・。
う~ん、どうしよう・・・。

そんな状況下で悶々としていた私ですが、ある日の夕方、F-KAWAさんは私の家までそのレコードを届けてくれました。

玄関でレコードを受け取り、「はい、サヨナラ!」ではあまりにも無愛想で彼女に対して失礼です。だから少し照れくさかったけれど、自分の狭い部屋に案内し、当時私が気に入っていたサンタナの『Abraxas / アブラクサス』を一緒に聴きました。

少し暗くなる夕方、狭い部屋で女のコと二人だけで過ごすのです。緊張しました。

25 or 6 to 4
4時25、6分前

F-KAWAさんが貸してくれたのはシカゴの二作目、『Chicago / シカゴと23の誓い』。当時このアルバムに入っている《長い夜》がヒットしていました。原曲名は《25 or 6 to 4》。

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Chicago II / 1970

F-KAWAさんがが帰り、夕食を済ませた後、この2枚組アルバム一気に聴きました。全ての音を聴き逃さないように、ヘッドフォンで。

密度の濃い圧倒的な音量で迫りくるブラス・ロックのサウンド。

全曲聴き終わると、ぐったり疲れてしまいました。しかし何かすごく大きな事を成し遂げた後のような、奇妙な充実感に満たされました。それは今までどんなロックを聴いても感じる事が無かった、不思議な達成感でした。

こんなに充実したロック体験は滅多にないので、師匠のITO君にも報告したかったのですが、掟を破って聴いたレコードだけに、残念ながらそれは出来ませんでした。

しばらくの間、シカゴの話題は私とF-KAWAさんだけのもの、二人の秘密になりました。

F-KAWAさんはシカゴと一緒に、当時人気だったボビー・シャーマンのレコードも貸してくれました。ヒットしていた《Easy Come, Easy Go》なんかが入っていました。

画像2
Here Comes Bobby / 1970

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