「山下達郎と私。」 vol.3 〜2020年、夏。どういう風に山下達郎作品を聴けばよいのだろう?〜

2020年7月上旬。「山下達郎が職業人生ではじめてライブ映像を配信する」というびっくりなニュースが飛び込んできました。このニュースは、ホットワードとしてトレンドに入るほど人々の心やタイムラインを熱狂させました。冒頭のツイートは、そんなワンシーンにおける僕のツイートです。

インターネットを通じて、"あの"山下達郎──オンラインでの楽曲販売やサブスクリプション配信をしないばかりか、ライブ映像すらほとんど世に出ていない山下達郎──のライブ配信を見ることができる。そんな気軽さや手頃さから、山下達郎に興味を持った人も多いだろうと思います。この記事は、最近山下達郎に興味を持った方々に向けての記事になります。頑張って書いていきます。

(※ちなみに、僕はある理由によって意図的に映像配信を見ませんでした。ライブ配信に否定的というわけではありません。近々記事に書く予定です。)

まず第一に、あらゆる創作もその消費も、(迷惑をかけない限り)自由でなければなりません。「創作や消費において、"かくあるべき"は存在しない」という大前提があるのです。これから語る「山下達郎の作品をどう聴くか?」も、例外ではありません。好きに選び、好きに聴けばいい。唯一ルールがあるとするならば、この自由さがルールです。

ただ、彼のキャリアの長さと楽曲のバラエティさを考えると、「ご自由にどうぞ」という移譲や尊重のスタンスは、間違ってはいませんが、やさしさに欠けるように思います。なにせシングル50枚・アルバム25枚以上あるのです。このスタンスでは肝心の音楽を聴く前に途方に暮れてしまいかねない。

そんな思いから、山下達郎をほとんど知らない方々に対して、「山下達郎の作品をどういう風に聴くか?」についてあえて綴ってみます。実のところ、僕は山下達郎をちゃんと聴き始めてたかだか1年程度で、語る立場にないかもしれません。しかし、先に説明したように創作とその消費は自由なのですから、思うところを自由に書き記してみようと思います。

音楽作品の聴き方はさまざまありますが、一番手っ取り早いのは「ベスト盤を聴く」という方法です。山下達郎にもベスト盤がいくつかあります。その中でおあつらえ向きなのが、『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』 というアルバムです。

『OPUS』はかなり良いです。オールタイム・ベストという冠のとおり、初期の作品から、『クリスマス・イブ』などの往年の名曲、さらに直近の楽曲まで、レーベルを超えて網羅されていますし、時系列順に収録されている。おそらく作り手側も、名刺代わりとなるよう企図して作ったでしょう。「山下達郎をはじめて聴くぞ!」という方は、これを選んでおけば間違いありません。

ですが、『OPUS』にも弱点もあります。それは、山下達郎の特徴である「アルバムへのこだわり」を十分に引き出せていない点です。思うに、山下達郎は楽曲をつくりだす音楽家であると同時に、楽曲を素材として扱い、アルバムという料理に仕上げるシェフでもあります。あるいは、楽曲によって物語を綴る作家でもあります。

つまり、山下達郎のアルバムには、一つの集合体としての意味や価値がある。たとえば、2011年に発売された最新アルバム『Ray Of Hope』は、明らかに東日本大震災を意識して「希望」をテーマに作られていますし、僕が最も好きなアルバム『僕の中の少年』は、結婚とお子様の誕生のタイミングで作られたもので、「少年性との決別」というテーマどおり、若さと老いの中間地点の人々を揺さぶる楽曲が多い印象です。ソロデビュー作『CIRCUS TOWN』は、発売当時(1976年)にはめずらしくアメリカでレコーディングされたこともあり、重厚でムーディでスモーキーに仕上がっていて、日本のポップスと一線を画した野心的なアルバムとなっています。

そのほか、今ではめずらしくなったライナーノーツを書き綴っているところや、手練のエンジニア(吉田保)や音楽家との協働によって、楽曲と楽曲のあわいまで綿密に吟味されているところに、アルバムへのこだわりや集合体としての作品性をたしかに見いだせます。もちろんこうした要素は、他の音楽家にも言える特徴ではありますが、山下達郎という作家的な音楽家においては、人一倍無視できない特質だろうということです。

『OPUS』はその網羅性によって良質なベスト盤に仕上がっていますが、どうしても目が粗く、アルバムが持つ良さを削ぎ落としてしまうように思います。「ベスト盤」という立て付けのため、仕方がないことなのですが。

次に考えられるのは、『RIDE ON TIME』や『FOR YOU』といった名作を聴いていく、という方法です。これもとてもいい方法です。アルバムに込められた技や趣を感じることができますし、たしかな評価がなされているので大怪我をすることはまずありません。

ちなみに、『RIDE ON TIME』や『FOR YOU』は間違いなしの名盤・傑作です。「おそらく一生付いて回るだろう」という正体不明の確信があります。

ですが、この方法にもやはり弱点があります。それは、「あまりにも直線的すぎる」というものです。山下達郎の音楽家人生を見晴らした時、その足跡が人々を惹きつけるのは「回り道」があったからです。失敗しまくったからです。すくなくとも彼のキャリアの序盤は、まったくうまく行っていません。その不遇な境遇を推察すると軽々に発言できませんが、あえていくつか取り上げてみましょう。

都内の大学に入学するも肌が合わず、すぐ退学してドロップアウト。その後、今では傑作と評価されている SUGAR BABE の『SONGS』をなんとかリリースするも、一部の好事家にウケただけで商業的に失敗に終わる。しかもレコード会社が倒産して印税が入ってこず困窮し、結局 SUGAR BABE は解散。再起をかけて『CIRCUS TOWN』でソロデビューするが、音楽的にコアすぎてヒットとはならず。

なお、当時山下達郎とともに SUGAR BABE として活動していた大貫妙子は、「SUGAR BABE の頃は、ケチャップをかけただけのパスタを毎日すすっていた」と述懐しています。経済的に大変だった様子が伺えます。

本当、空振り続きですね。ですが、こうした失敗や遠回りこそが後の傑作に大きな影響を与えているのではないかと僕は考えます。あらゆる創作は人間によって作られるのですから。むしろ、こうした紆余曲折抜きに『RIDE ON TIME』や『FOR YOU』はありえなかったとすら思えます。失敗や挫折がまずあって、そこからの反撃の狼煙として『RIDE ON TIME』 や『FOR YOU』による快進撃があった。

名作は甘美です。ですが、甘美すぎるがゆえにそれだけにフォーカスしてしまう。最短距離で近づき、美化されたものだけを見てしまう。それはあまりにも断片的すぎて、もったいない。音楽家のディスコグラフィーは、その人の人生の裏返しつまり「私小説」なのですから、できごとや感情の起伏を知り、徐々に加速し・飛躍していく「夜明け前夜」に着目することで、一層味わい深くなるでしょう。

だから、僕が最終的におすすめしたいのは、山下達郎の作品を順番に聴いていくことです。SUGAR BABE 『SONGS』 からはじまり、NIAGARA TRIANGLE の『NIAGARA TRIANGLE Vol. 1』、そしてソロデビュー作『CIRCUS TOWN』。といったように、順を追ってアルバムを聴いていく方法です。

その際、Wikipedia やブログなどで、山下達郎界隈や時代を調べながら、「あ〜当時の世の中はこういう状態で、彼は何歳で、こういうできごとや考えがあったのか〜」という風に聴いていくのが良いでしょう。時代性・物語性を探りながら探求することで、音楽への理解が進むだけでなく、想像や仮説によって一層楽しめるはず。すくなくとも僕は、このように横道に逸れながら山下達郎作品の「やりこみ要素」を楽しみたいと思っています。文学作品や作家を楽しむのと同じように。


整理します。まず「はじめて山下達郎を聴くぜ!」という方は、ひとまず 『OPUS』がぴったりです。次に時間がない方は、名作アルバムを聴きましょう。SUGAR BABE『SONGS』、『RIDE ON TIME』、『FOR YOU』といったところが入門としては最適です。

以上が研修になります。研修を終えた方は、ぜひ彼のディスコグラフィーを順を追って聴いていきましょう。最初から順番にていねいに。時代やできごとを掘り下げながら悠々と時間をかけて探求してみましょう。寄り道してみましょう。物語性に着目することで、一層踏み込んで山下達郎音楽を楽しめるはず。

ただ、この聴き方は大変です。事実、僕も聴きこめていない楽曲が未だにたくさんあります。そこでまずはオリジナル・アルバムに限定してみてはいかがでしょうか。なにかと物議を醸したらしい『COME ALONG』やマニアック要素が強め(だがそれがいい)『ON THE STREET CORNER』などは一旦置いておいておきましょう。オリジナル・アルバムは、以下のとおりです。

『SONGS』 / SUGAR BABE (1975)
『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』 / 山下達郎、伊藤銀次、大瀧詠一 (1976)
『CIRCUS TOWN』 (1976)
『SPACY』 (1977)
『GO AHEAD!』 (1978)
『MOONGLOW』 (1979)
『RIDE ON TIME』 (1980)
『FOR YOU』 (1982)
『MELODIES』 (1983)
『POCKET MUSIC』 (1986)
『僕の中の少年』 (1988)
『ARTISAN』 (1991)
『COZY』 (1998)
『SONORITE』 (2005)
『Ray Of Hope』 (2011)

今回は、「山下達郎の聴き方指南講座」をお届けしました。なかなか意欲的な記事に仕上がったのではと思います。これを機に山下達郎を楽しんでくださる方がいらっしゃれば、とても嬉しいです。

ただしこの出会いは、新たな沼のはじまりかもしれませんので、あしからず。ちなみに僕のおすすめは、『CIRCUS TOWN』と『僕の中の少年』です。お読みいただき、ありがとうございました。

いただいたサポートは個人開発したプロダクトの改善のために使われます! サポートは、ご無理のない範囲でお願いいたします。