後記「創業・スタートアップ企業の推進力(つながる特許庁 in 仙台)」
【要約】
サマリ
特許庁からのオファーで「つながる特許庁 in 仙台」に登壇させて頂く機会を得た。
イベントのテーマは、「創業・スタートアップ企業の推進力」だ。
創業前から支援していたスタートアップにジョインした自分にとって、創業期のスタートアップは、自分の提供価値が最も出せるセグメントだと思っている。
経験からたどり着いた「広義の知財」。
知財の枠を広げたときに、企業活動にいかに知財感をトッピングしていくか。
大企業と同じ向き合い方では解けない問いだ。
僕自身、未だ解にはたどり着いていないが、この1年ほど各所で話してきた話を整理している中で、少しづつ見えてきたものがある。
とにかく、「知財はもっと身近で、日常にあふれていて、だからこそ真剣に向き合う必要がある。」という想いを込めた。
【登壇テーマ】
講演「産学官連携を活用した創業・スタートアップ企業の在り方」
パネルディスカッション(モデレータ)「創業・スタートアップ企業の推進力」
その他の登壇者
赤尾慎吾氏(ボールウェーブ株式会社 代表取締役社長)
伊藤晃寿氏(AZUL Energy株式会社 代表取締役社長)
岡野秀生氏(エーアイシルク株式会社 代表取締役CEO)
テーマは「創業・スタートアップ企業の推進力」
イベントのテーマは、創業・スタートアップ企業の推進力。
僕は、「創業期のスタートアップが前に進むために知っておくべきこと」と理解した。
創業前から支援していたスタートアップにジョインした僕にとっては、お伝えしたいことがたくさんあるテーマで、イベントへの共感性も高かったことから2つ返事でお受けした。
余談だが、最初のオファーは、昨年のつながる特許庁in仙台で登壇した同僚宛のオファーだったのだが、諸事情で同僚が参加できなかったので、僕が横取りしたw。
創業期のスタートアップには、いろんなことが起こった。
創業期から多くの特許出願をしてきたが、僕が本当に悩んだのは特許出願とは無関係のことだった。
創業期のスタートアップには、生き残るために超えるべき課題がたくさんあった。
特許出願では解決できない課題ばかりだった。
その課題を解決するための手段を必死で生み出し続けてきた。
創業期のスタートアップでの実体験を一言で表現するとこれに尽きる。
この実体験に知財の色を付けてお伝えすることが僕への期待だと思って登壇に臨んだ。
講演「産学官連携を活用した創業・スタートアップ企業の在り方」
講演のペルソナは「創業期のテック系スタートアップ」とした。
産学官連携の文脈であれば、テクノロジーは外せない。
結果的には、非テック系のスタートアップにも通じる話になったし、産学官連携特有の話にはならなかった。
セミナーのメインメッセージは、「知財は空気のように身近な存在である」ということ。
「知財ってなんだか難しい。」、「当社には知財なんてすごいものはない。」と自分自信でハードルを上げてしまっているスタートアップに対して、「知財はそんな崇高なものじゃなく、日常にあふれているものだ。だからこそ重要なんだ。今から始めよう。」ということをお伝えしたかった。
そのことをお伝えするためのキーフレーズを次の3つに置いた。
知財=あなたが売りたい情報
知財=投資
知財活動は手段 事業成長が目的
知財=あなたが売りたい情報
これは、「知財かどうかは自分で決めよう」ということだ。
このメッセージは、「知財の本質」を理解するための僕なりの解だ。
「知財の本質」を考えてもらうために、「ロボット掃除機とお気に入りのラーメン屋リストのどちらが知的財産なのか?」というお題を出して、会場に来てくれた方に挙手をお願いした。
多くの知財家のご想像の通り、目視で8割以上の方がAを選んだ。
それはそうだろう。
お掃除ロボットは、知的財産の結晶である。
このことをお伝えするスライドは、どの知財家も「知財の解説」のために作る鉄板スライドといえるだろう。
しかし、このスライドは知財の本質を語っていない。
なぜなら、お掃除ロボットは知財の全てではないからだ。
そのことを知ってもらうために、同じ問いを投げかけた。
但し、前提条件を1つだけ加えた。
それは、「あなたは食べログの社員です。」という一言。
するとどうだろう。
大半の人がBを選んだ。
立場が変われば、知財の価値が変わる。
対象物(「お掃除ロボット」や「ラーメン屋リスト」)だけに目を向けると、知財の本質を見失う。
このことを実体験して頂けたと思う。
知財かどうかは自分で決めるものだ。
これは、昨年、弁理士会の主催により北海道で開催したセミナーでもお伝えしたことだ。
今回は、簡単なクイズを加えることで、体験ベース(UX)に落とし込むことができた。
知財=投資
知財は、投資である。
特に、スターアップでは、投資的に感じる局面がとても多い。
全ての局面が初体験であり、やり直しがきかないプレッシャーを抱えながら進むからだ。
しかし、その感覚は、知財に限ったことじゃない。
例えば、採用だって、「さっき面接をした人はたしかに良い人だったけど、1人しか枠がない中であの方を採用して良いのか?」と思う日々だ。
知財は特別じゃない。
このことを伝えるために、僕がよく受ける相談(知財課題)に対するシンプルな解を並べることで、「知財だからといって構える必要はない」ということを繰り返しお示しした。
なお、この説明には副作用がある。
それは実務論への感度が鈍ってしまう点だ。
僕はよく、「小学生には微分積分を教えてはいけない」と言っている。
創業期のスタートアップ(小学生)に今伝えるべきは実務論(微分積分)ではなく、知財への向き合い方だと思っている。
だが、実務論が必要な局面が必ず訪れる(というかすでに訪れているとも言える)。
そのときは、体系だった実務論を伝えることになるだろう。
とはいえ、実務論の世界には僕よりうまく伝えられる知財家がたくさんいるので、大きな課題だとは思っていない。
知財活動は手段 事業成長が目的
最後に、知財活動という手段を事業成長という目的に繋げるための思考プロセスについてお話した。
仰々しくステップbyステップでカットしてみたが、考えたこと(知財)を社会実装するときのありふれたフローチャートだ。
実務論は、後半フェーズ(「保護フェーズ」(保護)&「値付けフェーズ」(活用))にフォーカスされがちだが、今回のセミナーでは、前半フェーズ(「創出フェーズ」&「可視化フェーズ」)に重心を置いた。
前半フェーズは、後半フェーズと比較して、難易度が低く、且つ、必要リソースが小さいからだ。
強調したかったのは、「創出フェーズ」と「可視化フェーズ」を分ける点。
「当社には知財なんてない」と言う方は、「可視化フェーズ」を怠っているだけだと思っている。
そもそも、「創出フェーズ」は、頭で考えるだけのフェーズなので、スキップできないのだ。
「可視化フェーズ」に思考を向けるだけで、知財が社内に蓄積される。
逆に言えば、それすら怠っていてはお話にならない。
知財兵站を確保しなければ、知財戦略は絵に書いた餅になる。
パネルディスカッション「創業・スタートアップ企業の成長に欠かせない知財戦略」
パネルディスカッションは、登壇者3名による会社紹介から始まった。
ポールウェーブ社は、センサを製造販売している。
赤尾さんの話の中で印象深かったのが、社名の由来の行だ。
「球体」と「波」。
波動制御を謳っているピクシーダストテクノロジーズと近いものを感じた。
AZUL Energy社は、プリンタのインク(青色顔料)の原理を活用した触媒「AZUL」を製造販売している。
伊藤さんからは、「AZUL」で解決しようとする社会課題への熱い想いが語られた。
「レアメタル」と何度も口にされていたので、相当な強い決意がそこにあるのだろう。
エーアイシルク社は、導電性素材「LEAD SKIN®」の製造販売及び要素技術のライセンスを展開している。
岡野さんからは、知財に関する生の実体験のお話があった。
鮮度の高い魚は生のままで十分に美味だ。
三社三様のバラエティに飛んだ登壇者の方々と、次の3つのテーマについてパネルディスカッションを進行した。
現状の課題
これからの話
後に続くスタートアップへの一言
詳細は割愛するが、知財イベントでよく聞く話ではなく、知財の本質を問うた僕の講演の後に登壇者も含めて会場にいる全員で考える機会にしたいと思っていた。
結果として、「知財」の話よりも、「スタートアップのリアル」の話に収束したが、それで良かったと思っている。
時間が余りそうだったので、急遽、「心が折れそうになった経験」というお題を足してみた。
するとお三方から同じ言葉が返ってきた。
心が折れていたらここに立っていない。
これが全てだろう。
スタートアップは、毎日が生存競争である。
創業時に決めたことを実現するまで止まらない。
決めて正解にする。
これがスタートアップの全てであり、スタートアップにおける知財活動に最も必要なものであり、スタートアップの中で今ももがき続けている僕にとって最も大事な知財だ。
どんなきれいな戦略より、どんな優れた実務能力より、正解が出るまで引き続ける断固たる決意が何よりも重要だ。
そのために、知財という領域にどのようにリソースを投じるか。
この論点に対する解が僕にとっての知財戦略である。
むすび
前回仙台に来たのは2019年だった。
「TOHOKU GROWTH Accelerator Demo Day」というイベントで、「スタートアップの知財戦略」というお題のパネルディスカッションに登壇した。
あれから4年が経ち、僕の知財に対する考え方も大きく変わった。
しかし、変わらないものもある。
それは、「知財を梃子にして、大きく成長するスタートアップを増やしたい。スタートアップの成長に貢献したい。」という熱意だ。
イベント終了後の名刺交換では、特許庁の方も含めて、「いろいろ考えさせられた」という反応を頂いた。
これはとても嬉しい反応だった。
普段何気なく使っている「知財」という言葉と真剣に向き合うキッカケになれば良いと思っていたので、「考えさせられた」人が1人でもいたのであれば、僕の講演は成功と言ってよいだろう。
一方で、課題も見えてきた。
今回は入門の位置付けでお話したが、「スタートアップ」とひとくくりにすることへの危機感が日に日に増している。
今後は、スタートアップの属性毎に伝えるべきメッセージを変えていくべきなのだろう。
スタートアップの解像度を上げる時期に来ているのだ。
つまり、スタートアップを類型化し、類型毎に知財への向き合い方を変える必要がある。
このレベルまで来ると、様々なスタートアップと接する必要があるし、様々な実務家と議論する必要があるだろう。
僕だけで手に負える代物ではない。
いろんな人と連携して、社会に価値あるメッセージを届けていきたい。
僕の定義によれば、このメッセージもまた知財である。
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