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ただのおしゃべりを

小学校で働いている。

とは言っても、私の立場は非常勤講師。
1日のうち、ごくごく限られた時間だけ、子どもたちのいる教室に赴いて受け持ちの授業をする。


もちろん、勤務には授業準備や評価なども含まれているので、その時間だけが仕事なわけではないが、子どもたちと一緒に過ごす時間は、担任の先生や、教室で子どものそばにいてくれている介助員の方、あるいは通訳の方と比べて圧倒的に短い。
小学校なので授業は一回45分。それが一学級につきたったの週ニ回。こうやって書いてみると改めて少ない。

それでも、子どもたちは私を見つけると喜んで話しかけに来てくれる(寄ってこない子もいる。もちろん)。


今日は何するん?またピアニーする?

この前の「にじ」また歌う?あれ好き!ママもめっちゃ好きって言ってた!

わたし、校歌のいちばん、覚えたで!ぼくも覚えた!聞いて聞いて!

えー、またあれするん?いつまでするん?もう飽きた!ちがうのんにしよーよー。



子どもたちが話したいことは、授業のこととは限らない。むしろそうでないことの方が多いかも知れない。


3歳下の弟のことだったり、
今日の給食メニューのことだったり、
今にも抜けそうな前歯のことだったり。
もうすぐ来る夏休み、家族で旅行に行くんだよ!と教えてくれることもあれば、
今朝学校に来る途中、いつもの道にカメがいた!という話のこともある。


じゆうちょうに、お花やちょうちょやリボンを散りばめつつ、色鉛筆で私の顔をきれいに塗って描いて持ってきてくれるのは、ほとんどが女の子だ。
その場合、私の顔は200%美化して描かれてあるが、ありがとう!と素直に受け止めてお礼を伝えることにしている。


残念ながら、そうやって自由におしゃべりできる時間はあまり長くない。
授業と授業の間の休憩は、10分。2限と3限の間の大休憩でさえ、15分しかない。
その間に、子どもたちはトイレも済ませなければいけないし、お茶も飲んでおきたい。日直さんや配り係さんは、ホワイトボードを消したり、先生がチェックしてスタンプを押した宿題ノートを、みんなに配って返したり、というお仕事もある。

休憩時間、1秒でも長く遊びたい子たちは、チャイムが鳴るなりグラウンドに駆け出していく。
明日の連絡帳がまだ書けていない子や、漢字のお直しがある子は、遊びに行きたいけど、まずはそちらから。
小学一年生も二年生も、なかなか忙しいスケジュールをこなしているのだ。


先日も、私が授業準備をしていると、近くで見ていた子が話しかけてきた。


あのな。明日、私のたんじょうび。
ほんと!おめでとう!!
ひと足先に、お姉さんやね。今日は、ケーキとか食べるの?
えっとねぇ、ケーキは今日は食べないけど、この前の日曜日にもう食べた。


隣で聞いていた、別の子も喋り出す。
わたしのな、妹も来月たんじょうびやで!
そうなんや。おめでとうやなぁ。妹ちゃん、何歳なん?
今、ほいくえん。

また別の子も加わってくる。
わたしのママも、前、たんじょうびやったで!
わたしは、12月!
えー、わたしは2月ー!!

チャイムが鳴る。タイムズアップだ。

ほんとー、みんなおめでとう!でも、みんなの誕生日、いっぺんに覚えられへんからまたその時に教えてな!

誕生日の会話に間に合わなかった子が、ちょっぴり残念そうに自分の席に戻っていく。ごめんね。また今度ね。
授業が終わった後、また別の子が何か喋りたそうにこちらにやって来た。ひとことふたこと喋ったところで、担任の先生に給食準備をするように促され、自席に戻って行った。

一瞬、気まずい思いをする。


私も、先に手を洗っておいでと言うべきだったのだ。
その子のお家で飼ってるシマリスの話を聞くのではなく、
おしゃべりは今はしないよ、
給食エプロンを着けて、席で静かに待つよ、と言うべきだった。
そうしたらその子は、先生に注意されて下向いて席に戻らずに済んだ。

黙って片付けをし、手を振って教室を出た。


また別の時間。自分の持ちコマ分の授業を終え、職員室へと引き上げていく時。やはりチャイムが鳴ってから、のんびり歩いている一人の男の子の姿が目に入った。
数年前に授業を持っていた、今はもう高学年になっているその子は、支援学級に在籍している。

あれ、移動教室かな。
その子は、靴箱から校舎に入っていく手前で、ふと立ち止まり、しゃがみ込んだ。
声をかけてみる。

どうしたん?

その子は、顔も上げずに、足元の溝をのぞきこんだまま、

カエルおった。

と言った。

カエル、おったんや。

私も覗き込んだが、カエルは見つけられなかった。

後ろから、介助員の先生が走ってこられて、
どうしたん、早く教室行こう。チャイム鳴ったよ!先生すいません!
と言いながら、彼を促し、教室に向かって行った。

いえいえ、ぜんぜん。
カエルがいたみたいです。
◯◯くん、またね。


子どもが好きで、教員になった。
中学校の教員を辞した後、縁あって小学校が職場となった。
未だに悩む。悩むし考える。正職員でなくなった今の方が、より考えているかも知れない。いい先生、いい授業とは何だ。学校はどういうところであるべきなのか。教師が思っている理想の学校は、本当に子どもが望んでいるそれなのか。
十人十色の子どもたち、置かれた環境も違えば能力も違う。
でも、同じ時間に、同じ場所で、同じ年齢層の子たちが集まって、同じことを学ぼうとしている。そこにあるのはメリットだけではないことを、みんな分かっている。

ただのおしゃべりが、できたらいいのにね。

あなたのお家で、シマリスがなんて鳴いてるのか、

あなたのおたんじょう日は何日で、その日にどんなことをしたのか、

カエルはどこに帰っていったのか、


授業が始まり、再び静かになった廊下でそんなことを思い、
その日の勤務を終えた私は、一人先に学校を後にする。


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