見出し画像

もしかするとアラスカの海で

自分のために本を買いに行ったのは、久しぶりだと思った。

きっかけは、enacoさんの記事。


enacoさんは、いつも本や文章、身の回りのものたちに対して真摯な人だなぁと思う。コーヒーや、季節の果物のこと。季節の変化や、その都度違う日々の気づきのことなどを、とても繊細に、誠実に言葉にされていて、普段いい加減に生活している私なんかは、その度、感心したり、想像したり、勝手に共感したりしている。

いつもだったら、気になる本があっても、今度図書館で探してみよう、本屋で見つけたら手に取ってみよう、と思うくらいなのだけれど、何故だか今回は、その本を探しに行こう、私は今この本が読みたい、と思った。

「旅をする木」 星野道夫 著

本屋さんで見つけることができず、(私は本はあまりデジタルでは読まない。本のネット注文もまだしたことがない)おずおずと、忙しそうにしている店員さんに聞いてみると、店員さんは一緒に探してくれた。
それでも見つからず、しばらくして店員さんは、別の棚から、「ありました!こちらでした」と嬉しそうに持ってきてくれた。

本屋から戻り、慌てて子どもを習い事に迎えに行く。
その本を開いたのは、夕飯も片付けも済んで、やっと少しひと段落したタイミング。
気持ちは一気に、まだ見たことのない、大自然の景色と冷たく澄んだ空気の中へ。


アラスカというとても厳しい自然環境の土地へ、熱望して飛び込んでいった、星野道夫さんという人。体験されていること一つ一つはとても過酷で、誰しもが簡単に味わえるものではない。
でも、言葉の語り口はとてもやさしくて、何も構えず入り込んでいくことができる。想像もできないような壮大な自然、未踏の地で星野さんが見たものを、子どものように、どきどき、わくわくして思い浮かべてみることができる。

ブルーベリーの実を頬張って、気づけばズボンを赤や青に染めてしまった、というような、微笑ましいエピソードもあれば、世界の広さを知った高校生の時の出来事や、八十歳を越える古老から、彼の8歳の孫娘とともにアラスカの先住民の古い古い物語に耳を傾ける話、氷河地帯のテントで、一羽のホオジロとひと時を共有したこと。

星野さんという人を通しながら、教科書やテレビでしか見たことのない、ツンドラ地帯の原野や、時に低気圧の近づく北極海近くの空の上、時に朽ちゆくトーテムポールの残る孤島を、ともに旅してみる。
厳しい大自然の暮らしとはかけ離れた今の日本で、文明に浸かりきった暮らしをしている私が、ともに果実を味わい、ホオジロのいた空気を吸おうとしてみる。


冬ごもりをしているクマに接触し、行動範囲を調査している時の話では、〝ごわごわした体毛を撫でながら、その一本一本の毛の感触を確かめ〟〝人間の想像とは裏腹の、野生に生きるもののかぐわしさを感じて〟みる。
その数年後に、星野さんに起こった出来事を静かに重ねて。私も出逢ったばかりの星野さんに、今、あなたは何を見ているのですか、と問いかけてみる。

読み始めて、ここはまた読み返そう、ここは憶えておきたい、と付箋を貼ったりしおりを挟んだりしていたが、途中からやめてしまった。そんな箇所があまりにも多くなってしまって。

それに、私はまだこの本に出逢って間もないのだから、これから少しずつ少しずつ、読み深めていけばいい。思えば、私が図書館で借りる本の多くも、子どもの頃繰り返し読んだ本だったり、若い頃読んだのを思い出して懐かしくなった本だったりで、今になって違う発見をしたり、自分の感じ方を振り返ったりしている。これは今、自分のために、自分が買いに行った本。本棚に置いてまた何度でも読むたびに、enacoさんが言うように、琴線に触れる箇所、見えてくるものが変わってくるのを、育ててみよう。そう思えるエッセイだった。
星野さんのような生き方はできなくても、私は私の生活する中で、何かが〝熟し、何かを形づくる〟時間を持とうと思った。

最後に、星野さんの友人の言葉を借りてみる。
「私が東京であわただしく働いている時、その同じ瞬間、もしかするとアラスカの海でクジラが飛び上がっているかもしれない、それを知ったこと」
それを、星野道夫さんの本から、教えてもらったこと。
そしてそんな一冊を、noteの世界で、enacoさんという方から教えてもらったこと。

ありがとうございました。


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,023件

#買ってよかったもの

58,822件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?