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創業した会社がLINEに買収され、無事PMIも終えたところで退職します

FIVE というスタートアップを共同創業したのが2014年10月、そしてそれが LINE に買収されたのが2017年12月。企業買収後の統合(PMI)にも一区切りがつき、2021年1月末を最終出社として LINE 社を退職することになったので、退職エントリを書いてみようと思います。

これまでろくにインターネット上に記事を書いてこなかったため、自己紹介も兼ねています。

で、お前誰

松本大介といいます。各種 SNS アカウントは daimatz という ID でやっています。

Twitter: https://twitter.com/daimatz
Facebook: https://facebook.com/daimatz
GitHub: https://github.com/daimatz

軽く経歴を書いておくと、東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び(工学部情報工学科・大学院情報理工学研究科)、新卒で入ったIT企業は企業体質に合わず6ヶ月の研修のみを受けて退職、その後1社を経て FIVE を創業しました。 FIVE では VP of Engineering および VP of Product という立場で、プロダクト開発全般、プロダクトディレクション、ビジネスアナリシス、戦略策定、営業管理、事業管理、オペレーション設計、組織マネジメントなどなどをやってきました。 LINE への統合の文脈でいえば、 FIVE が行ってきたアドネットワーク事業を LINE として立ち上げるための開発から営業までのプランニング、組織面では FIVE として存在していた組織を LINE 内の各組織に統合するための各種調整といった仕事がメインでした。また、 FIVE で作ってきた事業推進ノウハウを使って LINE 社としての広告事業のグロースといった仕事も行っていました。

もともと専門がコンピュータサイエンスだったこともあり、バックグラウンドとなるスキルはソフトウェア開発関連の技術ですが、どちらかというと解像度の高い事業運営や事業企画こそが自分の強みだと思っています。事業運営のスタイルとしては、市場調査や社内の事業実態の分析から事業活動を数理モデルに落としてKPIツリーを組み立て、ごく基礎的な統計モデリングやオペレーションズ・リサーチ等の手法を用いて各KPIに目標値を設定、その目標値を達成するために一番レバレッジが効く部分を見極めてそこに集中する、というやり方です。そのためのツールとして、ソフトウェア開発やプロダクト戦略、マーケティング、営業といったパーツを組み合わせていきます。

FIVE について

FIVE という会社も簡単に紹介しておきます。 FIVE はスマートフォンアプリ向けの動画広告プラットフォーム、業界用語でいうとアドネットワークを運営している会社でした(2020年5月に LINE 社に吸収合併)。

会社を立ち上げたのは2014年の10月。当時はPCの世界で動画広告が一般的になってきた頃で、次にスマートフォンの世界で動画広告が来ることを見越しての創業でした。

当時の環境を振り返ってみると、2008年に iPhone 3G が登場して、まずシンプルなゲームがよく遊ばれます。そこからソーシャルゲームのネイティブシフトが起こる2013年くらいまで、よく使われるスマホアプリといえば大半がゲームという世界でした。ゲーム以外のツールや記事メディアといったアプリで人気のものはごくわずかで、いわゆる Web メディアはスマホのブラウザ上で閲覧するものがほとんどでした。しかし、2014年くらいから一般のメディアにも徐々にネイティブシフトの波が来ます。そこに高い収益性の動画広告を配信するソリューションを提供する、というのが FIVE の事業でした。

当時は Web に比べてアプリのほうがユーザーのエンゲージメントが高いことが広く知られ出した時期でもあり、各社がこぞって自社アプリを作り始めていました。起業のタイミングとしては完璧だったと思います。動画アドネットワークという領域では競合も何社かありましたが、市場全体の伸びと、プロダクトの質の高さや運用型広告とブランド広告のハイブリッドといったコンセプトがうまくいったこともあり、急成長することができました。

LINE グループに入るという意思決定

さて、 LINE グループ入りとなったのは2017年の12月。当時の LINE 社のプレスリリースはこちらです: https://linecorp.com/ja/pr/news/ja/2017/1962

インターネット広告の配信プラットフォームにはざっくり広告主側の世界と媒体側の世界があり、広告主側プラットフォームを DSP 、媒体側プラットフォームを SSP といいます。アドネットワークという事業はちょうどその中間で、広告主と媒体どちらも相手にするものでしたが、それを続けていくのにも限界が近づいていました。大きな理由として挙げられるのは

広告主側プラットフォームの寡占化:インターネットの世界には無数の広告媒体となりうるメディアが存在するが、そもそも広告主は出稿先の媒体をいくつも覚えられない。また、当時問題になった不適切キュレーションメディアや違法漫画サイトに対する不信感から、より少数の、広告主自身がよく知るプラットフォームに予算を投下する傾向にある。
媒体側プラットフォームの寡占化:運用型広告もブランド広告もターゲティングはデータの勝負で、データを最も抱えているの自社メディア上でユーザーの行動を追跡できるプラットフォームである。GDPRやITPなどに見るユーザープライバシー保護の流れもあり、第三者的なアドネットワークや自社メディアを持っていないプラットフォームでは取れるデータが少なく広告効果の向上に限界がある。

といった市場環境の変化です。簡単に言えば、大手しか生き残れない世界がインターネット広告でいち早く訪れつつあったということです。

自分たち単体で大きくなるにはアドネットワークという事業モデルでは限界で、広告というバリューチェーンの中で領域を広げる必要が出てきます(それをめちゃくちゃ高いレベルでやっているのが例えば Google です)。そうでなく、我々が広告主側と媒体側のどちらかに寄る選択肢もあり、そのどちらに寄るかでいうと媒体側でした。これはそもそも創業者たちの間に、インターネットとは情報を発信するメディアが存在しないと成り立たないものであり、そのメディアを活性化する存在でありたい、という価値観があったからです。その中でも、 LINE は日本で最も使われているスマホアプリといって過言でなく、また企業文化的にもシナジーを感じるところがありました。

逆に当時の LINE 社は、 LINE Ads Platform という名前で LINE メッセンジャーアプリへの広告配信を提供していました(当時LINEではフリークアウトとの合弁会社 M.T.Burn の広告システムを使っており、それを内製化する動きがありましたが、その話は割愛します)。しかし、 LINE アプリのユーザー数も頭打ちが見えており、広告の売上を上げるには広告単価を上げるか配信先を増やすしかない状況。そこで収益性の高い動画広告事業に専門性を持ち、アドネットワークという配信先の拡張手段も兼ねた FIVE の事業を取り込むという判断でした。

PMI について

買収した企業を統合するプロセスを総称して PMI (Post Merger Integration) と呼びますが、これは買われた側の企業が買った側の企業の中で再出発するための非常に重要なプロセスです。具体的に変わるところとしては、事業面では契約関係の継承に始まり、我々の事業でいえば広告配信システムの統合や顧客営業活動の統合など、人事面では報酬制度や評価制度、就業規則といったハード面から、人間関係やマインドセットなどのソフトな部分も重要です。

PMI の指す範囲は文脈によっていくつかあり、狭義では主にバックオフィスのシステムや契約関係、会計処理などの引き継ぎのみを指すこともあります。しかし広義の PMI として本当に重要なのは「この会社を買って成功だったのか?」の部分、つまり、

買われた側の企業(事業)が買った側の企業の中でどのくらい成長しているのか
買収時に発生したのれん代は回収できるのか
従業員が新しい環境で活躍できるのか

といった点です。このような意味での PMI は、完了するまでに(規模にもよりますが)数年程度はかかるのが一般的だと思います。

日本に限らないことですが、 M&A の成功率は30%程度と言われることが多く、その成否の鍵を握るのがこの PMI です(買収前のデューデリジェンスももちろん重要ですが)。上に述べたような「何が達成されれば成功だったのか」は比較的定義しやすいのですが、現実としてそこに辿り着ける M&A は多くありません。

そのような背景をもちろん知りつつも、 FIVE は事業拡大・組織拡大の選択肢として LINE グループに入ることを決めました。創業者の立場としては意思決定した責任として、事業を残すこと、また従業員のキャリアが伸びることを最優先に行動してきました。その過程でうまくいかないこと、歯がゆいことも多くありましたが、結果として見れば、 FIVE (現在はLINE広告ネットワークという名称)の2020年実績で

売上は前年比1.5倍
利益率も大幅に改善(赤字→黒字化)
元々いた従業員も6〜7割程度は各組織にて勤続中

と、成功といって差し支えないところまで持っていけたのではないかと思っています。

PMI が難しい構造的な理由も自分なりにいくつか整理しているのですが、そこに関しては別の機会があれば。

その中で何をしてきたのか

私のバックグラウンドとなるスキルはコンピュータサイエンスでありソフトウェアエンジニアリングです。創業直後はろくに社会人経験もなく、自分が価値を発揮できるところとしてはソフトウェアエンジニアとして開発全般を担ってきました。広告配信プラットフォームの中でも広告配信サーバ、 Android / iOS SDK, 管理画面、データ処理パイプラインなど様々なコンポーネントがありますが、このあたりのシステムをほぼ最初から実装してきました。

一定規模を超えるとコードを書く時間は減り、どちらかというとオペレーショナルな領域を担うことが多くなってきました。事業規模が大きくなるにつれて内部のオペレーションの手が足りなくなり、営業やエンジニアが片手間でオペレーションを回し、メンバーが疲弊していく、というのはどこのスタートアップでもあるあるだと思います。その中で広告配信に関わるオペレーションを社内全体最適になるよう設計し直したり、営業チームがどう動けば効率的なのかやどこにリソースを張るのが効率的か、市場分析や自社データ分析から事業戦略策定、プロダクトロードマップの策定、目標KPI設定、その後の行動管理といった、今風に言えばオペレーショナル・エクセレンスを高めるための仕事が多かったように思います。そうした仕事を通して自分の事業運営スタイルが固まってきました。

PMI の過程においては、買われた側の立場に立ったとき、買った側への組織マージはほぼ確定的であるが、単体での事業サイズも拡大し続けているし、事業運営のための人材は必要という状況になります。人を採用するにしてもそのような環境で仕事をすることへの意味付け・動機付けも難しく、ネームバリューのある親会社でなくtoBでどちらかというと地味な子会社の立場で、スタートアップとしてのアップサイドを見せることもできず、という条件も重なって組織の活性化が非常に難しい局面となった時期もありました。このあたりも PMI の難しさですし、 M&A によって事業スピードが落ちることの大きな要因の一つだよなあ… と思っていたことを思い出します。

FIVE 社の事業は現在はLINE広告ネットワークという名前で存続していますが、そのように買われた事業をリブランディングし再出発させるのも重要な仕事です。もちろん、単に名前を変えればいいわけではなく、システムのつなぎ込みや事業ポリシーのすり合わせ、イベントやマーケティング関係の準備だったり、買った側の企業の営業チームが商品として売れるように営業スクリプトや資料等を用意するといったいわゆる社内営業も必要です。創業者たちや営業チームも一丸となって、社内向けに営業をひたすら行っていた時期でした。

少し引いた視点で、起業において創業メンバーとして重要なことは何かと考えたときに、「状況に合わせて自分の役割を変えていけること」を挙げると思います。自分のバックグラウンドとなるスキルや強みを持ちつつも、「今はこの機能が足りていない」「事業上ここが非常に重要である」というポイントを見つけてそのオーナーシップをとれる、という動き方を重視するし、今後もそのような働き方をしていきたいと思います。

今後について

「これから何するんですか?」はいろんな人に聞かれますが、まだ検討中であり、決まっていることはありません。新しい起業アイディアの検討だったり、お話しをしている会社もありますが、きちんとコミットすることを決めるまでにはもう少し時間がかかりそうです。

特にこの2〜3年ほど PMI に集中してきた結果、どうしてもそれ以外のことや組織の外の出来事に疎くなってしまいました(LINE 社もかなりの人数がいるぶん、社内調整にリソースを取られるというのはあります)。テクノロジー業界は流れが早く、中に籠もっていた期間にも知らないうちに常識が変わっていたことがありそうです。最近も何社かスタートアップとお話しする中で、自分たちが「渦中」だった5年ほど前と比べて資金調達の相場や組織づくり・採用戦略など常識も変わってきているなと感じています。そういった常識は絶えずアップデートして、老害にならないようにしないといけない。そうでなくとも、ただでさえ私は自分が世の中のことをほとんど知らないと思っており、もっともっといろんな業界の構造やどこにどんなお金が流れているかなどを肌で感じて社会をより良くする方向に力を注ぎたいと思っています。

このエントリを見て興味を持っていただけた方は、 @daimatz まで声をかけていただければ何らか取り組みを検討できるかもしれません。関わり方としては、雇用したい、業務委託したい、事業の相談をしたい、出資してほしい、などいろいろありえます。また、取り組みを決めるにあたっては

解決しようとしている課題の社会的意義に共感できること
目的や課題に対してスマートに考え泥臭く実行できるチームであること
ソフトウェアやテクノロジーによってレバレッジが効くモデルであること、またそれが実現できるエンジニアがいること

あたりの要素があると惹かれやすいです。私ができる(と自分で思っている)ことは About Me のページを見てください。

あとがき

インターネットに公開すると思って書くと、思った以上に抑揚をつけるのが難しいなと思いました。もう少し感情っぽい話もしたい。

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