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ポルノグラフィティが目指す未来 〜続・ポルノグラフィティというツアーのセトリを振り返る記録 前編〜

「セトリがヤバイ」


これは、ポルノグラフィティが17回目の全国ツアーに挑んだ結果、そのセットリストに次々ところされていったファンの記録である――

という不穏な始まりにしたいところだが、つまり私の記録である。今月22日、ポルノは無事17回目となる全国ツアー「続・ポルノグラフィティ」の千秋楽を迎えた。これを当日生配信する事が少し前に発表されていたので、「そうか」とひとつ頷いて私は配信チケットを購入した。ちょうど1年前に配信された単発ライヴ「REUNION」に続き2回目の参加となるわけだが、前回と違うのは全国ツアーのオーラス生配信という点だ。気構えが違う。


続・ポルノグラフィティ(通称「続ポル」または「続ポ」)のセットリストは以下。


1. IT'S A NEW ERA
2. 幸せについて本気出して考えてみた
3. ドリーマー
4. ANGRY BIRD
5.今宵、月が見えずとも
   MC
6. Free and Freedom
7. Love too, Death too
   MC
8. ミステーロ(アコースティックver.)
9. サウダージ
10. 鉄槌
11. Fade away
12. 元素L
13. Winding road
   MC
14. THE DAY
15. REUNION
16. メリッサ
17. ハネウマライダー
18. テーマソング
19. メビウス(新曲)
20. ナンバー(新曲)
21. ジレンマ


見よ、このラインナップを。ファンにしかわからないが恐らく1曲1曲が垂涎モノである。少なくとも、ANGRY BIRDと鉄槌とFade awayとFree and Freedomが入っている事実には、私は未だ「夢だったのか」と疑っている。

ポルノ、今日は生きて帰す気がないな………?

当日そう覚悟して唾を呑み込みおよそ2時間半。受け取るものが多すぎて、そして大きすぎた。あふれた瞬間から言葉にしないわけにいかなかった。Twitterであれだけツイートしたにも関わらず、やっぱり記事にしないわけにもいかない。体裁も何も気にせず吐きだせる140字の利便性にようやく気付いたけれど、世の中には割り切らなくてはいけない事もあるのだ。

さっそくセトリの上から順に書いていきたいが、読んでくれる人のためにも9曲目のサウダージまでを前編としてこの記事で紹介したい。後編はいつ上がるかわからないが年内にはアップして、私の続ポルを終えようという計画だ。これを書いている時間軸は12月30日だが、細かい事は気にしない。

安心してほしい、今回も長い。



1. IT'S A NEW ERA

客電が落ちる前から、会場に集まったファンはすでにはやる気持ちを抑えられずにいたようだ。パラパラと鳴り始めた手拍子は次第に大きくなり、暗転した瞬間、歓声が小さく上がる。ミルキーウェイを思わせるイントロが流れ、足踏みのようなドラムに合わせてステージ奥に掲げられた今回のツアーロゴである「PG(ポルノグラフィティの略)と宇宙飛行士」が光り出し、サポートミュージシャンが入場する。アポロのジャケ写にある黄金の銃を片手に、横立ちの宇宙飛行士がまるで生きているように心音を鳴らす音。霧のようなスモークの中でもかろうじて見えた、満を持してポルノの二人がステージに立つ。


「夜明けを待って さあ舟を出そう 目指すのは新世界

私のための場所がそこにある 

約束は果たされる」


IT'S A NEW ERAの頭サビを、岡野昭仁が高らかに歌い上げる。いや、なにこの朝陽が差すような歌声は………?

この曲について私が抱いた感想はすでに書いてあるが、続・ポルノグラフィティというツアー名の幕開けにふさわしい1曲目だ。9月に出したシングルの3曲は絶対に歌うとわかっていたから、この曲もきっと歌うと知っていた。1曲目だろうという事も。だからといって実際に歌われると、その余裕は簡単に霧散した。

配信とはいえリアルタイムでオーラスの公演が始まったのだ。今、昭仁が力強く歌うこの曲は、1秒とズレることなく私の耳に届きその表情を目に映しているんだと思うとそれだけで感動してしまった。もうここでいいかと意味のわからない満足感を抱きかけをしまったくらいには。


ツアーファイナルを飾る公演は、東京2Days。会場は東京ガーデンシアターというつい最近できたばかりの会場で、なんと5Fまで客席がある。バルコニー?ミュージカルでもやるんですか?どんな会場かはググってほしいが、まさにそんな上から下まで埋め尽くすほぼ満席の客席をカメラが映す。その客席に向かって、昭仁が手を伸ばしたり指を指したり、一人ひとりにこの歌詞を届けようと全身で歌う。あんな上の席まで煽るなんて、もうしばらく見れないと思っていた。

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昭仁も晴一も、目がとても輝いていた。単に照明のせいで反射しているだとかそんな現実的でつまらない理由は存在しない。瞳の中に宝石を閉じ込めたかのような輝き。ここでしか見られない、彼らの特別な笑顔。これが見れただけでも元が取れたと思えた。この日の配信チケット代、諸々含んでしめて5000円ちょっと。安い安い。

光の歌声で照らす岡野昭仁の隣で、新藤晴一がフライングVを鳴らす。それは続・ポルノグラフィティの最終公演が始まる美しいファンファーレだった。


2. 幸せについて本気出して考えてみた

ギターのイントロに合わせて点滅するロゴで「やっぱり!」と膝を叩いた。私の大好きな曲、そして本ツアーできっとセトリにあるだろうと予想を立てていたこの曲が2曲目に入ったのである。

「天高く手を挙げろ!」「声は出せなくても、天高く拳を上げろ!」

昭仁の煽りに続くように、客席が一斉にリズムに乗って拳を突き上げていく。この曲のライヴアレンジは「今頃じゃ」「嬉しい事」という歌詞で昭仁の声が跳ねたり、大サビのリズムが変化する事が多い。詞だけでなくそうしたアレンジも含めて、私はこの曲が好きなのだ。続ポルが開催されるまでは最新のツアーだった「UNFADED」では3曲目に歌われていた。この空間や時間を幸せなものにしていくという彼らの気概を感じる1曲だ。

彼らにとって配信ライヴは2回目、しかも今回はツアーのオーラスにカメラが入っている。気合の入りようはファンだけでなく彼ら自身も強いわけだが、客席だけでなく配信先のファンが多く見ているカメラに向かっても、昭仁は拳を握ったり指を指したりとしっかりアピールしてくる。

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そう、2回目ともなればカメラの使い方も上手くなるものだ。

ちなみに間奏に入ると、ギターを鳴らしながら晴一はステージ中央へ歩いてくる。この、悠々と歩いてくる様はこのあと何度か見られたわけだが、開幕早々コロッと晴一に惚れてしまった。

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ギターを持つこの男はやはり瞬時に心を奪ってきた。恐ろしいぞ。


3. ドリーマー

「泣いても笑っても最終日!声が出ない代わりにボディで表せ!ひとつになって最高に楽しんで帰ろう!そして今日は、いい夢見て帰ろうぜ!」

昭仁の曲振りの挨拶で、ちょっと胸をじんと痺れさせたのも束の間、晴一のギターがイントロを弾いた途端「この曲を聴けるとは思わなかった!」と思わず口に出た。アルバム曲であるドリーマーは、歌詞こそチェリーボーイの嘆きで最初は困惑するものの、アップテンポで体を揺らしたくなるメロディーできっと今までのライヴで盛り上がってきたのだろうと思う。私にとってはアルバム音源でしか聴いていないこの曲が、リリース年から16年の時を経てライヴで歌われた。ドリーマーをまさかライヴで聴けるとは思わなかった。

しかもボーカル・岡野昭仁、御年47である。イケイケの初老が、チェリーボーイの嘆きを歌ってくれるとは誰も思わない。夢にも思わない。少なくとも私は夢想すらしなかった。

そのおかげか、大サビの詞「夢の出口に連れてって」で配信カメラに向かって指先を上にし、手の甲を見せて自分側へクイクイと手招きするシーンが映った途端、そのモテ男めいた(「めいて」ない、彼は実際にモテてきた)仕草にノックアウトされながら「ドリーマーは観客側の事か…」と妙に納得できた。

当日は急遽設置されたステージ両脇の大画面にもそれが映ったというから、岡野昭仁は無事、現地組も配信組も夢の出口へ連れて行ってくれたのだ。


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そして、夢の先に待っているものとは――。


4. ANGRY BIRD

ドラムのシンバル音を合図に一転、間を置かずこの曲のイントロが流れ出した瞬間、世界が反転するのを感じた。

「いい夢見て帰ろうぜ!」と煽り「夢の出口に連れてって」と手招きした先に最初に待っていたのは、諦念と焦燥と怒りの暗黒世界だった。落差のエグさに脳の理解が追い付かなかった。

10thアルバム「RHINOCEROS」の1曲目に収録されているANGRY BIRDは、2015年時点でさらに一皮むけたポルノグラフィティを見せてくれるハードロックな1曲であり、ファンの間で人気の高いライヴアゲ曲でもある。最後に披露されたのは、そのアルバムを引っさげたツアーの中でであり、実に6年の「ブランク」があるわけだが、私がまともにライヴでのANGRY BIRDを聴いたのはこの日が初めてだ。

iTunesのポルノ曲では再生回数上位に位置づく、私の多くある「推し曲」のうちの1曲。岡野昭仁の青筋真骨頂ともいえるハードなこの曲は歌詞と併せて骨の髄が痺れるほどで、だからこそ曲単体として「まさか聴けると思わなかった」と驚くよりも、曲と曲の繋がりに腰が抜けかけた。ドリーマーからANGRY BIRDへと急転していいと誰が言った?

当日チャット画面からも参加していた私は、口からも指からも奇声しか上げられなかった。ポルノはあたまがおかしいのか。

イントロが始まるなり会場は暗くなり、照明は赤や緑のサーチライトが交互し重厚なサウンドが支配する。張り詰めたようなギターの音が響き、緊張が最高潮に達した時、ドリーマーで見せていた笑顔を封じ昭仁が歌い出す。あえて顔の全体を映さない寄りのショットが、直前までの昭仁のキラキラな笑顔を恋しくさせてしまった。

全体として青と緑がメインの照明に、「怒り」を表現しているのか赤の照明が的確に使われている。サビに入って点滅する照明は正直きつくて、思わず薄目で観てしまった。ただ、あの点滅の中でかろうじて確認できる目や、光が当たった瞬間のはっきりわかる表情が、塗り潰しきれない何かを見せてしまっているのではないだろうか。隠しきれない何か、背けた目にも映ってしまう何か、潜ませても晒してしまう何か――怒っても唾を吐いても、それでも湧き上がり続ける怒り。


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2番Bメロの「つき合い切れず」の詞を、噛みしめて発音していたのでリズムが一瞬合わなくなるかと思いきや、その噛みしめが主人公の諦念をより一層強めていた。大サビは打って変わって囁くように入り、そこから「何度も吐きだす」までクレシェンドで感情を昂らせていく。直後に入る間奏、新藤晴一のソロギター。ここの流れは完璧だった。

間奏に入ると、晴一のギターと一緒に鳴るひとつ高い音が聴こえて初見で私は首を傾げた。「口笛?」。口笛なはずはもちろんないのだがが、あの口笛みたいな軽さが、かえって余計に「怒り」を露わにさせているようにも感じられた。笑顔で怒る人って、いるじゃないですか?それだよ。

そして間奏明け、全ての怒りをぶつけるようにラスサビを昭仁が歌う。私は常々「ポルノの曲は間奏から一拍無音になって入るラスサビの聴かせが強い」と感じているのだが、ANGRY BIRDもこの類に入る。照明演出も手伝って、怒りをぶつけられてくる。


ドリーマーとANGRY BIRD。この2曲は重さも濃淡も違うというのに、シンバルの音のみで切り替えて一気に引きずり込むという、ひとつも優しくない繋がりを見せてくれたわけだが、まだ4曲目。時間としてまだ30分も経っていない。なのに、この容赦のなさ。もう一度言う、あたまがおかしい。

しかし、本当にそう思ったのはこの後の畳みかけだった。要は「序の口」だった事を、当日の私は愚かにもまだ知らずにいられた。


5.今宵、月が見えずとも

イントロが鳴るや否や、ANGRY BIRDが終わって拍手していたファンの手拍子が揃っていくまでわずか数秒だったのだが、「おお!この曲か!」と思う前にその揃い具合に私は恐怖してしまった。あえて言うけれど、こわいな。

この曲は、かの大ヒット少年漫画の映画主題歌にもなった、いわゆるタイアップ曲であるが、2008年当時の私はそこまで知らない。そしてポルノに再び巡り会った去年の私は「こんな曲あったんだ!」としか感じていなかった。もちろん曲はかっこいいのだ。だが正直、CD音源で聴くとそこまでアガらない。「ふつうにかっこいい」という友達止まりの感情しか抱けないのだ。なんて残念な。

それが、まさかライヴでこんなに化ける曲だったとは誤算だった。

この曲は大サビからラスサビへの爆発力がキモだと思っているのだが、そのラスサビ「嫌にもなるさ 自分自身 その正体」が本当に怖かったのだ。恐らく今まで何度もライヴでも歌番組でも歌ってきた大サビ部分なはずだが、その中で一番力も感情も込めて歌っていたのではないか。照明の力ももちろんある。だが、声だけで「その偽りの仮面を引きはがしてやる」と言われたくらいの凄みがあった。直前の目ですらこれだもの……。


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昭仁が怒ったらこんな感じの顔と目をするんだろうなとふと思ってしまうくらいだが、できるならこんな目はライヴ限定にしてほしい。

そして私は、昭仁の低音が非常に武器になっているなとこの曲で確信する事ができた。音域が広く、特徴的で比較的高音がよく出ていた印象があったが、年齢以上にやはりソロ活動も含めた期間が、彼の声にもうひとつの武器を持たせる事になったのだろう。押しばかりでなく引く事のできる使い方。CD音源や過去の歌い方を聴く限り、この曲はもっと前へ前へ強く強く歌っていた…ような気がするのだ。

そして付け加えると、今宵、月が見えずともには最後にロングトーンがあって、リアルタイムで恐々数えてみるとなんと12、3秒は続いていた。知っていたけれど、化け物か。

さらに付け加えると、作詞した晴一はこの曲について以下のように最近言及している。

どんなにフィクションだとは言え、作った作品には自分の投影がある、と言います。そういう意味で、結果的にですが、自分に近い主人公がいるとしたら、「今宵、月が見えずとも」だったりするのかなと、思いました。――9/28付けnote記事 本人コメントより



6. Free and Freedom

「次の曲も10数年ぶりにライヴでやる曲です。しかと受け止めて頂けたらと思います。Free and Freedom」

昭仁のそんな曲振りで始まった6曲目に、会場で小さな悲鳴が上がったのを私の耳は聴き逃さなかった。そりゃ上がるだろう、Free and Freedomだぞ。聴けると思ってたわけがないだろう。

ファンでない方のために説明すると、私はこの曲が大好きだ。以上。


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ジョバイロのカップリングとして収録されているこの曲、作詞作曲は岡野昭仁であるが、昭仁詞の中では上位に入るくらい私はこの曲が好きだ。昭仁詞は、晴一とはまた違う角度と手法で聴き手の中の何かを突くフレーズを必ず残すタイプで、人間が飽きずに問答しそうなことをうまく書いているんじゃないかとも思っているのだが、Free and Freedomもこのタイプだ。何度聴いてもやっぱり好きなのだ。

リリース当時の2005年の昭仁は声が高くクセのある歌声だったため、16年後の47歳になった昭仁が歌うにはけっこうきつい音域だろうな…と当日も聴きながら思っていた。何せサビが高い。しかしこれが、かえってこの曲のメッセージを強くさせてもいるのではないか。この深み、今の昭仁からしか出す事はできない。

僕らは一人きりでは生きていけない
なのに誰にも縛られたくない矛盾と
永遠に闘い続ける生き物なんだ
そして未だに答えはない
憧れているFreedom 僕らにとってそれは
何処へ連れ出してくれるのかな?
僕らは一人きりでは生きていけない
それに何度でも気付くだろう

この曲が今の混沌とした世界に送るポルノからのメッセージとするなら、とても意味のある選曲だと思えた。なお、直前のMCでは「しばらくライヴでやっていない曲に魂を注入して僕らが歌った時に、みなさんにどう届くか」と昭仁が語れば、「今日この1回やったらもう二度とやらんかも、少なくとも何年かはやらんかもっていう曲がこの(今日のセトリの)中にはたくさんあるわけで…」と晴一が語っていた。

そんなMCの直後に大好きなこの曲を歌われたのだから「えっ…もうやらないような曲の中に入ってるの…!?」と血の気が引きそうな事態に。しかも、配信とはいえ生で聴く事になってしまった。曲への正しい反応がわからない。ただ、まさに1曲1曲を大切にと演奏されたこれを、1音1音必死に受け取った事は受け手として間違ってはいないはずだ。きっと。


7. Love too, Death too

ポルノファンは通称名をファンクラブ名にかけて「ラバッパー」と呼ぶ。彼らの「この音が鳴ったら」「このイントロがかかったら」と判断してからの瞬時の反応は、もはや遺伝子レベルで組み込まれているのでは?と慄いてしまう時が私はあるのだが、この7曲目でのトランペットのあの特徴的なイントロに入った瞬間もまさに慄いた。FCに入れば平常心で切り替えられるのだろうか。それとも20年応援し続けていないとだめなのか?

慄きながらも、私も大好きな曲で「まさか生で聴けると以下略」な曲でもあったので、迫りくるようなあのイントロからリズムに乗って聴いてしまった。クラップを合わせる余裕などあるわけがなかった。


深みの増した岡野昭仁の喉が魅せるきらびやかな世界は、視覚的にも本当にきらびやかだった。何しろステージ両脇にミラーボールがある。


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ミラーボール?

Love too, Death too、通称「ラブデス」は大体のファンが好きなポルノ曲だ。ノリやすいリズム、宗教のクラップ、唸る歌詞。この曲の「たとえ僕が知らなくても/あなたが気づかなくても」と「あなたが幸せならばそれで良いといいたい」という詞が好きなのだが、「愛さえも死さえも」でこんな歌詞が書けるとは、本当に晴一、あなたはその当時でさえ何を食べ、何を見聞きしてきたのか。

愛も死も、美しい終わりがあるから輝くもの。こうした系統の書き手は新藤晴一が適任だ。「あなたが幸せならそれでいい」の後に「と言いたい」と続くエゴが本当に好きだ。


そうして、これもきっと「もう何年かはやらない曲」に入っているんだろうな…と思っていたら、後日(27日)、自身のラジオ「カフェイン11(通称カフェイレ)」にて晴一本人が語ってくれた。

曰く、「ラブデスに関して言えば同じリフの繰り返しがあって、それを弾かないといけないからギタープレイ的にはあんまり面白くない」と言う。彼独特の例えで「羊を数えるみたいに弾く」とも言っていたのだが、そうか楽しくないのかと落ち込む前に、そうでありながらも、いやだからこそセットリストに入れてくれた事が彼の想いなのだろう。本人としても「自分たちがやって楽しい曲を選びがちになってしまうから」と「選曲で推して」くれ、あんな変態的に素晴らしい照明とカメラワークとアレンジを見せてくれたのだ。もう本当に、何年かしばらくはやらないのだ。涙を拭こう。

そのアレンジが何かというと、アウトロで晴一はサビのメロディーを弾いたのだ。やってくれたな、そんなアレンジをされるとこの曲をまたライヴでやってほしくなる。

ラブデスのアウトロで弾くサビメロ、一生愛してるよ。



8. ミステーロ

曲振りで「ファーストテイクで歌ったアコースティックver.のサウダージが非常に気持ちよかったから」と昭仁が話したのだから、大半のファンはそのサウダージがくると予想しただろうに、それが大きな間違いだったと気付くのは、彼が曲名を言ったその時だったのだ。

ミステーロ。そう、いくつかあるラテンポルノのうちの1曲。序盤に歌われたANGRY BIRDと同じアルバムに入っているアルバム曲である。シングルカットではない大いなる謎。なぜこんな良曲がアルバム曲なのかとんと理解できないが、ポルノにはそんな曲が山程あるのでいちいち理解できなくても仕方がない気もしてくる。まさにミステーロ。

ファーストテイクのサウダージの時も私は書いたのだが、原曲のテンポを落とすと、この詞の美しさを改めて感じられる。晴一はアコギに持ち替え、サポートミュージシャンらが鳴らす重厚なコントラバスの音色やラテンのメロディーが、原曲の持つ迷宮で不可思議な印象をさらに強めたようにも感じた。間奏明け、ラスサビの一部を頭サビに変えて「浅い夢のような」からは、本来のサビの詞「その体が美しいほど醜い明日を愛せない」へ戻るアレンジがとてつもなくオシャレだった。「浅い夢のような…」と明かされない、まさに謎掛けでは辿り着けない曲に翻った。

長い脚を持て余すように座ってギターを弾く晴一が姿が珍しく、映る度思わず見つめてしまったが、それ以上にアコースティックver.のこのミステーロに聞き入ってしまった。雨に濡れた石畳のにおい、三日月の浮かぶ夜、黒いベールがはためく風、陰る瞳と微笑む横顔――曲に五感が反応する。原曲よりテンポを落としてアレンジして歌われる事で、歌詞としての美しさが際立ち、またもうひとつの魅力に気付けるのだ。これもまた、ライヴならでは。

私がミステーロを好きな理由のひとつとしては、大サビからラスサビにかけての「確かなもの欲しいのならあいにく ここにはどうもないみたいさバイバイバイ/花の色に意味があると信じているうちは まだI miss you」という歌詞にある。もしかしたら、本当にもしもの話なのだが、新藤晴一が歌詞として表す言葉、心が動いたことへの表現、そういったものに対する自身の戒めや言葉への敬意を表してたりしないだろうかと思ったのだ。

言葉を扱うこと、歌詞として象って大衆に届けること、その自信、それでも「言葉というものはあっけなく死ぬ」ことへの神秘さと危うさを、彼は常に感じてるのではないだろうか。


とは余談。



ちなみに、これもまた新たな気付きのひとつなのだが、これも同じカフェイレの中で、Love,too Death,tooの他にもうひとつの裏話として晴一は「曲振りの昭仁のMC中ずっとイントロを思い出そうとしてたけど、弾き始めても思い出せんのよ!」と嘆いていたのだ。オーラス翌日収録の、アーカイブ配信期間中に出してくれたこの裏話。そんな事を打ち明けられたら、確認しないわけにはいかないだろう?


  

私のこのツイート画像でわかるかは不明だが、映像のほうではよく観るとイントロのフレーズをなのか焦りの言葉をなのか、しかめっ面のまま口を動かしている晴一が確認できた。思い出さなきゃと思えば思うほど、人は思い出せないものである。まして時間は刻一刻と迫り、相方の喋りはもうすぐ終わってしまう。なら弾きながら思い出すかとしたものの、弾き始めても全く思い出せない。そうした裏話を明かされるまで全く気付かなかったくらい、当日の晴一はプロの装いの下に焦りを隠しつつ、あんなに艶やかなアレンジを聴かせてくれたのだ。お疲れ様としか言いようがない。

手前味噌で恐縮だが、このツイートはなぜかそこそこ伸びた。どうか、頼むから本人の目には触れないでほしい。


9. サウダージ

ようやくここで登場するのが彼らの代表曲にして名曲である。

この曲振りで昭仁がやりたかった意図は、「このツアーやってて、今までの公演はホール級の会場が多く頭サビ生歌でしとったけどガーデンシアターめちゃくちゃでかいし配信だし、でもオーディエンスマイクがあるから伝わると思うわ!」という事だったのだが、いやいや。ハ????


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オーディエンスマイクがあるとはいえ、アリーナ級の規模の広さを誇るこの東京ガーデンシアターで、生声であんなに通るか?客席が何階まであると思っているんだ。こんな会場でそんなことをやったら、それこそもうミュージカルではないのか。

ジョバイロといいミステーロといい、いわゆるラテンポルノには新藤晴一の演劇脳が書き込まれていると私は思うのだが、「海の底で物言わぬ貝になりたい」「誰にも邪魔をされずに海に還れたらいいのに」「あなたをひっそりと思い出させて」など、このあたりの詞は舞台上で役者が表現しているかのようだ。岡野昭仁が声で何役も演じている最たる曲ではないかと思うのだが、作詞したギターの新藤晴一においては最近ミュージカルの脚本に力を入れている。そのうち岡野昭仁主演舞台でも書きそうな気配だが、それは彼はもう何度も叶えているし、実際この日も主演舞台が上がったわけだ。新藤晴一を脚本に、岡野昭仁主演舞台の演目はもう何百本と超えている。

「アコースティックアレンジをもう一度」と昭仁は言ったが、ファーストテイク版サウダージとは似て非なるアコースティックアレンジに聴こえたのは、きっとここがポルノにとってホームであるライヴという空間だからなのかもしれない。集った客はほとんど全て自分たちのファン。右も左も、上も下も味方しかいない場所だ。

名曲には、余計なものはいらない。飽きるほど演奏され歌われてきたこの曲が、いかにシンプルなステージでこそ成り立つかを教えてくれた時間だった。遅い感想だが、いいものを見せてもらった。


そんな平成の名曲サウダージ、この令和の時代に50万ダウンロードに達し、日本レコード協会からのダブル・プラチナの賞を与えられたのがツアー中の話。作詞した晴一をして「働き者のおじさん」と言わせたサウダージ、実に勤続20年になる。これからも誰かの耳に届き心に残る名曲とあり続けますように。



後編につづく。

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