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パリどん底古本さがし 2008-2017

2008年から2017年にかけての十年間に七回パリを訪れました。一度の滞在日数は二週間から一月。パリ市内の古本屋を全店踏破する、そんな目標を立てたのは二度目のときでしたか。むろん短時日の滞在でできるはずもありませんが、それでも毎日せっせと歩き回り、廃業・無店舗なども含めて古書店およそ150軒(セーヌ河岸の露天商は除く)の位置確認とその道中のおまけとして新刊書店も多数見学することができました。だからどうしたと言われても、ただ、見てきましたとしか答えられないのは情け無さすぎますが、とにかくも、ここにこれまで折に触れてパリの古本屋について買いてきた文章をまとめてみました。

パリは刻々と変わって行きます。バタクランのテロの後もそうでしたし、きっとコロナ猖獗によっても大きく変化したことでしょう。これらのエッセイがパリ旅行の案内としてお役に立てるとはとうてい思えませんけれども、案外変わらない(変わることを潔しとしない)のが古本にたずさわる人たちですから、ひょっとしてこれからパリで古本巡りを試みようとする方々にも何らかのヒントになるやも知れません。そうなることを願いつつ、パリ古本紀行をお楽しみいただければ幸いです。(文および写真:林哲夫)


目次


パリの古書店を巡って
/京都新聞 2012年8月29日

パリっ子は親切/しんぶん赤旗 2015年2月23日

パリの古本屋/しんぶん赤旗 2012年2月1日

ランボー詩集/週刊朝日 2014年11月21日

死に場所と見定めたり、均一台/莢 キトラ文庫在庫目録10 2016年1月5日

シャロンヌ教会の少女架刑/吉村昭研究No.40 2017年12月1日

ゴッホ村の古本屋/ほんまに17号 2015年12月15日

死骸の値段……サンシュルピスの青空古本市/ほんまに16号 2016年9月20日

日本女性、パリで古本を売る/ほんまに18号 2017年9月20日

日本女性、パリで古本を売る2/ほんまに19号 2018年3月15日

幻の下宿人/生活考察Vol.02 2010年

菩提樹の花降る街/私家版パンフレット 2014年9月5日

トポールを探して/coto Vol.20 キトラ文庫coto 2010年12月

パリどん底古本さがし/spin 05 みずのわ出版 2009年3月28日


パリの古書店を巡って


 パリの古書店を絵に描いてみたい。ふと、そんなことを思い立った。だが、一体どこに何軒あるのだろう? そうだ、こんなときこそインターネットは役に立つ。フランスの古書案内サイトを利用して自己流パリ古書店マップを作った。チェック数およそ400である。

 パリ古本屋ツアーを決行したのは昨年11月。その時点では、描くというよりも、とにかく回れるだけ回ることが目的となっていた。結果として20日間の滞在中に確認できたのは廃業・無店舗なども含めて古書店150軒(セーヌ河岸の露天商は除く)。道中のおまけとして新刊書店も80軒を数えることができた。

新刊書店ジベール・ジョセフ サンミッシェル大通り
ジベール・ジョセフ店頭古本均一箱

 パリでは新刊書店でも堂々と古本を売っている。随一の大型書店ジベール・ジョセフの店頭には1ユーロ均一箱がズラリ(一箱約50冊)。店内の棚にもリーヴル・ドカジオン(古本)のシールを貼られた本が新刊書と肩を並べている。新刊書には定価があり、付加価値税も一般より低いが、それでも今年から7%。ところが、どうだろう、古本の付加価値税はゼロなのだ(古物、古美術も)。古本棚を設けている新刊書店は京都でも増えてきた。嬉しい限りだが、もっと拡張して欲しいと思う。ついでに消費税もパリに倣ってゼロに……はならないか。

 150軒回ったと言っても、ほとんどは外観を眺めただけというのが正直なところ。ただ、ショーウィンドーからでも、そこはかとなくパリ古本トレンドのようなものは感じられた。

 一番目立ったのは漫画本だ。映画「タンタンの冒険」が封切られた時期だったこともあって、戦前のタンタン漫画がうやうやしく並べられている店を何軒も目にしたし、日本のマンガ(フランス語として通用)やアメリカン・コミックの専門店でさえも一軒や二軒ではなかった。また、つい先日もタンタンの原画が130万ユーロで落札されたというニュースが飛び込んできた。何故だかよく分からないが、パリは漫画熱で燃えている。

 漫画も含めて写真集や画集、絵本、図鑑などヴィジュアルな本を前面に押し出している店が圧倒的に多い。世界中から観光客が押し寄せるのだから、視覚に訴えてくる本は魅力的に映るであろう。例えばモナ・リゼというチェーン店がある。新刊ディスカウントの美術書や趣味の本などを中心とした品揃えで、現在パリ市内に9店舗を展開している。その一軒に午前十時の開店とともに客が群がるのを目撃した。たしかに勢いがある。

古書店のショーウィンドウに並ぶ漫画本

 古書籍(リーヴル・アンシャン)の世界では原稿や書簡など自筆ものの値段がめっぽう上がっているらしい。実際に自筆の専門店も多かった。例えば、この五月末に競売に現れたユゴーの手紙が偽物だったと判明して一騒動持ち上がったようだが、まさに自筆人気を裏付ける現象だろう。わが国の古書界にも似た傾向があるように思うし、世界的な書籍電子化の風潮の中で、署名本も含め、自筆のもつ希少性が求められているのかもしれない。

 京都ではブックカフェや雑貨も売るオシャレな古本屋が目立つようになった。パリはどうか? 若い店主たちもそれぞれに個性は打ち出しているものの、店作りの基本は昔ながらのやり方とさほど変らないのではないだろうか。派手なようで地味。ちょっと猥雑で、客を拒むふうもありながら、入ってみると居心地がいい、そんな魅力をいまだに湛えている。

 とにかくも、パリが存在する限りパリの古書店はなくならない、そう確信した旅であった。

(京都新聞 2012年8月29日)


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