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ガザとイスラエル、そしてドイツ

■西洋の民主主義国で

とても面白い時期にベルリンに来たものだと思う。
私は中東情勢に明るいわけではないが、目の前で起きていることだけは記録しておきたい。

イスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃して以来、ドイツ国内で反ユダヤ的な事件が増えているとして、ショルツ首相は12日、親パレスチナのデモを禁止すると発表した。私がベルリンに到着した日のことだ。

私はイスラム系住民が集住するノイケルン地区、ハーマンプラッツ駅の近くにアパートを借りている。まさに「反ユダヤ」(皮肉を込めてあえてこう表現します)の震源地となった場所だった。到着してから毎日、警察の装甲車両が止まり、物々しい雰囲気に包まれている。

駅で騒ぎを察知したのは14日だ。プラカードを掲げる女性に警察官が話しかけている様子を見かけたのだった。プラカードには「ユダヤ系のイスラエル人として。ガザでのジェノサイドをやめなさい」と書かれていたので、起きていることは大体把握できた。

警察官に詰め寄られる女性=14日、ベルリン・ノイケルン地区で
警察官に連行されるイスラエル人女性=14日、ベルリン・ノイケルン地区で

しばらくすると、女性は警察車両に連行された。警察官6人ほどに取り囲まれて。

女性が連行された車両の外では、複数人が抗議していた。警察の行動を記録しようとしているのか、動画や写真を撮影する人たちもいた。

30分ほどすると女性が車両から出てきたかと思えば、元の場所に歩いて戻り、再びプラカードを掲げて立ち始めた。
何が起きたのか。話を聞いた。

「私は20年間ドイツに住むユダヤ系イスラエル人です。ここで仲間たちとデモをする予定でしたが、中止になったので1人でやることにしました。すると、警察から『ここで親パレスチナ活動をしてはいけない』と告げられ、車両に連れて行かれました。逮捕されたわけではないですが、理由もなく個人情報を確認されました。しかし、これはデモですらありません。もちろん合法です。そのように警察に抗議し、再びここに立つことを許されました。イスラエル人として言います。ガザの人々と私たちとは共存すべきです。停戦を求めます」

しかし、女性の願いとは裏腹に、事態は混迷を深めているようにみえる。

警察から解放され、再び街頭に立ち始めたイスラエル人女性=14日、ベルリン・ノイケルン地区で

■過激化するデモ

ノイケルン地区で大規模なデモが起きたのは18日夜だった。
街頭には多くの人々が繰り出し、「Free, free, Palestine」「Viva, Viva, Palestine」などと叫んでいた。多くはイスラム系だろうか。パレスチナへの連帯を示すため、パレスチナスカーフを首に巻いた人、パレスチナ旗を掲げた人たちで歩道は溢れかえっていた。

パレスチナ旗を掲げる人に対し、警察はそれらを畳むよう求めていく。ただならぬ雰囲気だった。デモという合法的な吐口を失った若者たちのボルテージは、徐々に高まっているようにもみえた。

対峙するデモ参加者と警察官=14日、ベルリン・ノイケルン地区で
警察に逮捕され、連行される女性=14日、ベルリン・ノイケルン地区で

一部が暴徒化したのは午後9時を過ぎたあたりだった。あちこちで爆竹が破裂し、警察の機動隊も続々と投入される。ゴミ箱やタイヤも燃え上がり、警察の放水車が消火していく。

車道でタイヤに火が付けられ炎が上がっていた=14日、ベルリン・ノイケルン地区で
歩道でゴミ箱が燃やされる=14日、ベルリン・ノイケルン地区で
抗議する人々は路上にとどまろうとする=14日、ベルリン・ノイケルン地区で

写真を撮っていた私は、いろいろな人に「お前は何者なのか」と問われることになった。ジャーナリストだと言えば、「この状況をどう思うか」などと聞かれることを繰り返していった。
難しい質問ではある。物事には常に両面があると言えば、臆病な人間と思われるかもしれない。ただ、こと目の前の状況に関して言えば、ドイツ政府が招いた側面もあるのではないかと私には考えざるを得なかった。

はっきり言って、私はイスラエルを支持できる材料を持ち合わせていない。正直に言えば、ハマスの攻撃だって、イスラエルとパレスチナの歴史を考えるとほぼ必然と感じる。だからと言って正当化はできないのが難しいところなのだが、ガザ地区の人々には行き場がない。インフラを締め付けられる中での暮らしを余儀なくされてきた人たちなのだ。民主主義国家のように、デモをやっていれば救われるのだろうかといえば、そんな生ぬるい世界ではない。

それにしても、ドイツ政府の姿勢はかなり興味深い。ユダヤ教への贖罪意識があるからなのだろう。これは「国是」ですらあるのだ。しかしガザの現実を前にすると、「イスラエル=ユダヤ」という歴史認識はあまりにも酷ではある。
それに、ガザへの連帯を示すデモまで規制してしまえば、それが一部の反発を生むのは明らかに思えた。なにせ、ここは民主主義国家。私はここにショルツ政権の失敗をみたような気がする。

ドイチェ・ウェレによると、結局この日の逮捕者は174人、警察官65人が負傷した。
https://www.dw.com/en/berlin-174-arrested-at-unauthorized-pro-palestinian-events/a-67145837

■警察の戦略

警察の戦略についても、興味深いものがあった。

私はBLM(ブラックライブズマター)をはじめ、ロンドンでもいくつかのデモを撮影してきた。ロンドン警察の機動隊はデモ隊の封じ込めに「ケトリング」という手法をよく使う。機動隊が大きな輪をつくり、時間をかけてゆっくりとデモ隊を囲い込んでいく。私も閉じ込められた経験があるが、この間、囲い込まれた者はトイレに行くことすら許されない。それが英国内でも非人道的であるとされるゆえんである。

輪の中では散発的にデモ隊と機動隊との小競り合いが起きる。日付が変わる頃になると、警察は「出口」を1カ所につくり、そこから1人ずつ出ていくよう求める。IDの提示を求め、写真や動画などを撮る。その場で逮捕したり、解放したりという流れだ。

BLMデモの参加者を囲い込むロンドン警察機動隊=2020年6月、ロンドン・ウェストミンスター地区で

一方、この日ベルリンの機動隊が採った戦略は異なっていた。

1カ所に人が集まり始めたとみるや、隊列を組んで一気呵成に突っ込んでいく。抵抗した者や爆竹を放つ者は、容赦無く捕まえる。殴ったり蹴ったりという暴力的な場面も見られた。アパートや店の中に逃げ込もうが、構わず突入する。そうしてデモ隊を散らしながら、人が少しずつ減っていくのを待っているようだった。こちらは、ケトリングへの批判を考慮してのやり方なのかもしれない。
撮影していただけの私も押され、殴られた。

■それは誰の意見か

ハマスとイスラエルの戦争が混迷を深める中、陰謀論も多く見受けられる。
ノイケルンのデモにおいてさえ、ティックトック70万フォロワーのインフルエンサーが「警察の暴力で13歳の少年が重傷を負った」とのデマを流したという。
https://www.t-online.de/region/berlin/id_100262844/berlin-neukoelln-influencer-streut-fake-news-ueber-13-jaehrigen-in-lebensgefahr.html

デモ現場近くのゴミ箱には「ANTIFA」の文字が踊っていた=21日、ベルリン・ノイケルン地区で

今回散発的にデモが起きているノイケルン地区は、人口の半数が移民のバックグラウンドを持つとされる。政治においても、極右政党などがこの地区で起きた騒動を「反移民」のアジェンダに利用するであろうことも当然想定できる。
誰が何を言っているのか。そこを見極めることは情勢を正確に把握する上では非常に重要となる。事実には忠実でありたい。

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