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赤い薔薇をあなたに

今日は特別な日。わたしはこの日の為に気持ちをずっとずっとあっためてきたの。

元々人見知りだったわたしは、小学校中学校と友達と呼べる人は一人もいなかった。
親が花屋で働いていたこともあって、花が常にそばにあった。
その中でも薔薇にとても心を惹かれていた。
それも真っ赤なやつに。
母から苗をもらい、買ってきた鉢に植え替えて大事に大事に育ててきた。

友達がいなくても、家に帰れば薔薇が待っている、来る日も来る日も水をあげ、適度に日光に当て、育ち始めたら鉢を変え、数か月後にはそれに応えるように花が咲き、その可憐で絢爛な表情をわたしにだけ見せてくれた。

あぁ、なんて美しいの。思わず心の声が漏れてしまった。

初めて自分で育てた花を見た時、一人ぼっちだったわたしの身体の内側が、暖かいもので満たされたような気がした。
もう大丈夫。わたしにも大事な存在ができた。

ひとりだって平気。

中学校を卒業して、私は特別偏差値が高い所でも低い所でもない、ど真ん中の私立の女子高へ進学した。
中学で同じだった子もいなく、顔を見知った子は一人もいない。
完全な一人。
でもせめて同性に囲まれてる方がマシと考えた。

男子はがさつで不潔だ。嫌い嫌い。

だから女子高を選んだ。
またこの高校3年間も一人なんだ。
だけどそんなことは気にならない、私には薔薇がいる。

この頃になると、真っ赤なものだけでなく他の色も育て始めていた。黄色に真っ白。
二色増えるだけでこんなに賑やかなものなのか、部屋でもともと育てていたが、手狭になっていき、両親を説得して庭で育てさせてもらうことにした。

「これでのびのびとできるね」

心なしか薔薇たちも喜んでる様子に見えた。
あなたたちがうれしいと私もうれしいよ。

進学して一週間、顔なじみのいないクラスの空気にも馴染んできたころ、後ろの席の子が声をかけてきた。

「ねぇねぇ!ずっと気になってたんだけどさ、香水なに使ってるの?いつもふわ~っていい匂いしてくるから、いつか聞こうと思ってたんだよね!」

授業中にだ。後ろから大きな声でいきなり問いかけられて、「ヒッ!」っと小さく悲鳴を上げてしまった。

「おいおいー!俺の授業中にでかめの私語をするなんていい度胸だな二人ともー!」

私は被害者だ。
「はーいごめんなさーい。」と、私の後ろで身を縮めてなるべく姿が見えないようにして、気持ちが皆無な反省を述べた彼女は、オニカドヤといわれている古文の角谷先生に怒られても尚平然としていた。
私は冷や汗が止まらなかった。

「あ!ほら!またいい匂いした!うーんなんだろ、花系の香水だと思うんだけど、うーんブランドまでは~」

「もういいからやめて!」

匂いを嗅がれた恥ずかしさと、オニカドヤの緊張感に耐えられなくなり、つい私も大声を出してしまった。

「・・・お前ら後で職員室こい!」

はぁ、、やってしまった、一人で3年間ゆっくり過ごすつもりだったのに悪目立ちしてしまった。
それもこれもあなたのせいなんだから。

放課後、職員室でみっちり怒られた後、二人で下校した。

「怒られちゃったね!見た?オニカドヤの真っ赤になった顔!あれじゃあ、アカオニカドヤじゃんね!はははー!」

私がいけないんだと思う。

きっと彼女は面白いことを言ってるんだ。
今まで人との交流が少なかったから、何が面白いのかちっともわからなった。

でも彼女の笑った顔を見て、なんでそんなに笑ってるんだろうって思ったら、それが可笑しくなって私も笑った。
それをみて彼女は更に笑う、こんなに笑った事なんてあっただろうか。
おかしくておかしくてお腹が攣りそうなくらいだった。

次の日から彼女とは一緒に何かすることが多くなった。
登校も下校も、体育のペアも、お昼も放課後のスタバも。

何もかもが初めての経験で最初は身体がむずがゆかったけど、それも馴染んでいき、自分でもわかるくらいに表情も明るくなった。

家に帰るとそれを庭に咲いている薔薇たちに葉の手入れをしながら、報告するのが日課になった。

母親にも最近楽しそうねと言われたが、なんか照れ臭くって「別に普通だよ」と返してた。
でもその時の私は声も表情もきっと浮ついていたと思う。

ある日彼女が私の家に行きたいと言ってきた。

理由を尋ねると、なんの香水を使ってるか聞いても使ってないの一点張りだから、直にこの目で見て確かめたいとの事だった。

仮に隠し事していたとして、それを探りたいから家に行かせろという大胆な捜索宣言を聞かされて、いいですよという犯人はいるのだろうか。

私は隠す事もないし嘘もついてないから、この詰めの甘い刑事の申し出を了承した。

その週の日曜日、彼女は我が家にやってきた。

「こんにちわー!わー!大きいお家だねー!うちマンションだからうらやましいー!」

インターホンが押され、玄関まで向かう間に大きな声で率直な感想を言う彼女に、【年中無休】の4文字が浮かんだ。

はい、と玄関ドアを開けると、「こんにちわ!今日はいよいよ香水の謎を暴きに来たよ!あ!私服そんな感じなんだ!制服姿しか見てなかったから新鮮だなー!かわいいかわいい!あ!これお父さんお母さんと食べて!商店街で一番おいしいどら焼き!っていっても和菓子屋さん1店舗しかないから、必然的に1番になっちゃうんだけどね!ははは!はい!どうぞ!」

一息でよくこんなに喋れるな、勢いとパワーに圧倒されている間に彼女は「おじゃましまーす!」と靴を脱ぎ、中へ入る。

「あ、部屋いくよね?二階だよ」

「わかったー!」

玄関の鍵を閉めている間にとことこと上がっていく彼女の後ろ姿を見送り、一階のキッチンでお茶の準備をする。

「あなたいつの間に友達出来てたの?そういうのいわないんだからー、とっても元気な子なのね」

お母さんはとても嬉しそうだった。
「うん、楽しい子だよ」
照れくさくてそそくさと淹れたお茶とどらやきを二つ持っていく。

上へあがると、開けっ放しの部屋で背中を丸めていろんなところを見ている彼女を確認できた。

「なにしてるの?」私が聞くと、「彼女はいやーどこにもないんだよねー香水が、どこに隠したのー?」

ずっと探してたのか。
その執念は評価してあげよう。
「だからつかってないってー、お茶淹れたよ?休憩したら?」
そういうと彼女はううーんと眉間にしわを寄せながら、ローテーブルの前に素直に座った。

その姿に思わずくすっと笑うと、「もう!なんでじゃあいつもそんなにいい匂いするの?うらやましい!」と抗議してきた。
「多分あれのせいじゃないかな。」
尚も納得しない表情をしながらお茶をすする彼女に私は言った。

「あれ?ほら!やっぱり何か秘密があるんじゃないか!教えてよー!もったいぶらずにさー!」

「じゃあ、ついてきて?」
私は彼女を庭へと案内した。

「外に何があるの?あ!」
庭へ案内された彼女は思わず声を上げた。

眼前に広がる赤、黄、白の薔薇の花たちが来客を歓迎しているように咲き誇っていた。

「なにこれ!すごい!テーマパークみたいじゃん!」

薔薇たちに駆け寄り興奮している彼女をみて私は誇らしげに、「全部私が育てたんだよ」と伝えた。

「え!ほんと!?すごいすごい!こんなにたくさん綺麗な薔薇育てたの!?育て上手だね!えー!ほんとにきれーい!」

小さな子のようにはしゃぐ彼女の純粋な姿に何かが芽生えた気がした。

なんて綺麗な目をするんだろう。

これからも傍でずっと見ていたい。

そんな気持ちが湧いていた。
なんだろうこの気持ち。
まだはっきりとわからないけど、温めてみよう。

薔薇と同じように大事に大事に。

「たぶん薔薇の匂いだと思う。毎日面倒見るために、ここにいるから、それで匂いが移ったんじゃないかな。」

え?彼女は振り向くと、ダッっと駆け寄りいきなり顔を私に近づけた。

急なことに戸惑っていると、彼女はニヤッと笑って、「解決」とだけいった。

顔が熱くなるのがわかったが、悟られないように背けながら、「だから香水使ってないって言ったでしょ」とだけいった。

次の日から、彼女は朝一で私の匂いを嗅ぐのが習慣になっていた。
実に迷惑なルーティンが始まってしまった。
でも嫌ではなかった。なんでだろう。
嗅がれることで少し身体が高揚してるのが自分でわかった。

それから毎週日曜日は私の家で薔薇の様子を見ながら、お茶するのが決まりになっていた。
今までなかったことでとても楽しくて、同時に彼女への特別な気持ちも大きくなっていた。

でも気づかれたらこの関係は壊れてしまうかもしれない。
でも日に日に大きくなっていくこの気持ちを伝えたい。

私は薔薇の花言葉を用いて伝える事を思いついた。
赤い薔薇の花言葉はあなたを愛しています。

ずっと孤独で、花しか心の支えでなかった私の乾いた土に愛という種と水を与えてくれたあなたへ。
きっと、あなたは気づかないでしょう。それでもいいの。

私は一緒に庭の薔薇を見ている彼女にばれないように赤い薔薇の花を一凛摘む。

はい、あげる。

不器用に渡した赤い薔薇に彼女は驚きながらも、「ありがとー!ねぇねぇ!似合う!?」と無邪気に頭に添えて見せた。

「うん、似合うよ、とても」

泣きそうになるのをこらえて私は答えた。



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