コーチングの源流 アドラー心理学③

コーチングの源流であるアドラー心理学の基本的な考え方を学び、コーチングで大切にするとよいポイントを理解していくシリーズ。

①では「劣等感」と「補償」そして「ライフタスク」と「課題の分離」
②では「目的論」と「主体論」をとりあげてきました。

今回の記事では「全体論」と「対人関係論」について説明します

「全体論」


 次は「全体論」です。アドラー心理学はインディビジュアルサイコロジーと呼ばれていますが、このインディビジュアルはラテン語に由来し「分割できない」という意味です。人は分けることができない全体的な存在であるという考え方がアドラー心理学の根本にあるのです。

アドラーと同時代人だったフロイト(精神分析)は、無意識と意識が対立していると捉えていました。けれどもアドラーは違います。

意識と無意識は同じ方向へと一緒に進んでいくのであり、しばしば信じられているように、矛盾するものではない。その上、意識と無意識を区別するはっきりとした境界はない

アドラー

 
 意識と無意識だけではありません。理性と感情、心と身体なども、私たちという全体の中で、目的に向けて協力しあっているし、明確に分けられるものではない。と考えるのです。

 車にはアクセルとブレーキがありますが、ブレーキはアクセルの邪魔をするのではなく、アクセルと協力し合いながら、安全に目的地まで進んでいくのです。だから無意識に邪魔されて止められているように感じたとしても、そうではないのです。

 何か大切にしている目的があって、そのために止まっている。そう考えて、止まっている目的を理解した上で、その目的にかなう行動をとったり、さらにその先にある大目的に気づいて、そこに向かって動こうとした時に、私たちはまた全体として新たな動きを始めるのです(目的論)


 コーチングで、行動を決めてもクライアントが動けない(動かない)場合があります。例えば「思い切ってチームメンバーに自分の想いを伝える」と決めたけど動けないとします。こんな時には「動かないことの目的は何か?」と考えてみるわけです。「波風立てたくない」「無力感を感じたくない」「物分かりの良い人と思われたい」などの目的が出てくるかも知れません。

 そうであれば「今はそのことを大切にしているから安易に動かない」ことが、自分の全体としての判断なのです。その上で、目的論のところで考えたように、その目的を満たす方法を考えます。「まずはメンバーそれぞれに想いをきいてみる」などの行動はどうでしょう?それをすることで、自分が持っていた目的が満たされる可能性があります。そうしたら「自分の思いを伝える」と言う、とりたかった行動が自然と取れる可能性が上がるわけです。
 
 また目的の見直しをすることもできます。「波風立てたくない」が動かない目的だとしたら、「それを超えた本当の目的(大目的)は何だろう?」と考えるのです。「お互い理解し合う」「より協力できるチームになる」「1人1人がより主体的に動けるとよい」などが出てくるかも知れません。そうなったら、その目的を叶える手段(行動)を見つけていくのです。

この場合「メンバーに感謝を伝える」「皆の考えを聞く」「お互いの考えを伝え合う場を作る」「メンバーの行動を勇気付ける」などの行動が出てくるかも知れません。こうやって目的やそのための行動が意識化・再選択されることで、私たちの意識と無意識は新しい形で協力しながら動いていけるようになるのです。
 
 このようなアプローチ法を知らないと、自分の無意識的な反応を「悪者」として何とか変えようとしてしまったりします。その結果ますます上手く動けなくなったりする場合があるのです。あなたの意識と無意識は本来協調して動いています。だから無理やり変えようとするのではなく理解しようとすることで自然と変化が生まれることがあると知っておいてください。

変えようとするな。理解しようとせよ

カール・ロジャーズ

です。

 「ニーズを満たす」とことについても解説しておきます。アブラハム・マズロー(自己実現研究の第一人者)の欲求階層説というものがあります。自己実現をしたいと思って目標を決めても、下位の欲求(生理的欲求、安全欲求、所属欲求、尊敬欲求など)が満たされないと動きにくいというものです。やりたいことに向かって動けない理由として、無意識がまずは下位の欲求(目的)を満たすことを優先している場合があるのです。その場合はその欲求(欠乏欲求やニーズと呼ばれます)を満たすことで、動けるようになっていきます。
 

「対人関係論」

アドラー心理学では、個人は環境から切り離された存在ではなく、社会的文脈に埋め込まれていると考える。したがって、不適切な行動を起こす人の行動を変化させるには、その人が埋め込まれている社会システム、つまり家族全体を変化させることが重要である

「アドラー家族カウンセリング」

 アドラー心理学では「人の行動は対人関係上の問題を解決するために取られている」と考えます。つまり特定の誰かに対して、何らかの目的を持って行動は取られていると考えるのです。

 例えば、子どもが学校にいかず家にいるとしましょう。その場合、私たちの頭の中に浮かぶ問いは

「学校に行かず家にいるという行動の相手役は誰だろう」
「その行動の目的は、相手からどのような反応を引き出すことだろう」

 相手役の候補には「お父さん」「お母さん」「お姉さん」「弟」「担任の先生」「学校の友達」「オンライン友達」など様々な人がいます

そして目的も様々です、例えばお父さんに対しても

「お父さんに注目してもらいたい」「お父さんと一緒の時間を過ごしたい」「お父さんに反省させたい」「お父さんに、期待をあきらめてもらいたい」「お父さんに、お母さんとの喧嘩をやめさせたい(不登校のため、両親が協力している場合など)」など様々な目的を持っている場合があります

 そして例えば「お父さんに注目してもらいたい」という目的で子どもが学校に行かないのだとしたら、お父さんはお子さんが学校に行かないでにいるときにだけ注目することをやめてみると良いのです。

 学校を休んでいることに注目せずに、見ているテレビに関心をもったり、お母さんと話していることに興味をもったり、お子さんが外に出かけたり友だちと遊んだりしていることに注目したり、他の関わりをすることで、お子さんが変化する可能性が出てくるわけです。 

 だから目的論の説明で、行動の目的を理解することが大切であると解説しましたが、より踏み込んでみると、誰に対してどんな目的をもっている行動なのかを考えてみることが大切なのです。

 これは一般に「心因性」などと言われるものとは逆の考え方になります。「心因性」などの考え方は「精神内界論」と呼んでいます。本人の(精神の)内側に原因があるという考え方です。「対人関係論」では対人関係の中で目的をもって、その行動をとっていると考えるのです。


 また「対人関係論」では、私たちの考え方や行動の仕方は、人間関係によって変化する、と考えます。私たちは自分のキャラクターやパーソナリティ、性格などは固定していると考えがちです。しかし私たちは相手が誰かによって、自分のキャラクターや行動パターンを変えている部分もあるのです。

 あなたも部下と関わるときと、上司と関わるときと、お客さんと関わるときで、自分の思考行動パターンが変わったりしないでしょうか。もしくは自分の親と関わるときと、配偶者と関わるとき。自分の子どもと関わるとき、友達と関わるとき。何らかが変化すると思います。それはむしろ当たり前のこととも言えます。私たちは相手に合わせて変化するのです。
 
 この「対人関係論」は私たちに何を伝えてくれているのでしょうか?まずは、私たちが変化・成長したい時には、環境や付き合う人を変えるという選択肢に検討の価値あり、ということです。今の人間関係の中で頑張るという方向性もありますが、それを変えることで、自然と変化が起きることがあるのです。だから「どんな人間関係の中にあったら、理想の自分に近づけるのだろう?」と問いかけてみて、できる限りそのような人間関係を持ってみようとしてみてください。自然と理想の自分に近づくような人間関係がどこかにあるのです。

 次に、誰と一緒にいるかは変えないけれど、その相手とのコミュニケーションを変えるというアプローチがあります。例えば今周りにいる人たちに対して、自分から勇気づけをしたり、関心を持って相手の気持ちや考えを聞いたり、素直な自分の思いを聞いてもらったりしたらどうでしょう?少しずつ人間関係が変化していくはずです。そうするとその変化の中で、あなたも自然と楽に自由に動けるようになっていくのです。ですから「理想の未来に近づくためには、周りの誰とどんなコミュニケーションを取るのが役に立つだろう?」という質問も効果的なのです。

 このように自分が変化したいと思えば、対人関係で変化をつくっていけば良いのです。これをクライアントに適用するなら、クライアントが変化するのを手伝う場合には、クライアントの人間関係を変化させるのを手伝うと良いという考え方になります


 
 対人関係論と関連して「アサーション(アサーティブなコミュニケーション )」という考え方も重要です。これはジョセフ・ウォルピ(行動療法)が発見しました。

 「人を変えようとするコミュニケーション(アグレッシブと呼びます)」をやめ、「自分を我慢するコミュニケーション(ノンアサーティブ と呼びます)」もやめ、「お互いに尊重しあい理解し合おうとするコミュニケーション(これがアサーティブ )」を取ることで、幸せに近づいて行こうとするものです。
 
 あなたが相手に理解してもらいたいこと、伝えたいことは何でしょうか?相手があなたに理解してもらいたいことは何でしょうか?それぞれが相手を否定せず、傷つけずに、上手く伝え合えたら、お互いの関係が変わり、お互いが楽になっていくのです。

 

全ての悩みは対人関係の悩みである

アドラー

 私たちは対人関係の中に生きています。私たちは対人関係の中でうまくやっていきたくて(問題を解決したくて)行動しているのです。そして私たちの考え方や行動の仕方は対人関係に影響を受けています。

 だとしたら、アドラーの言うように、全ての悩みは対人関係と関連するものかもしれません。

 もしそうであるとするなら、全ての悩みへの処方箋は対人コミュニケーションです。そしてそのコミュニケーションの指針がアサーティブコミュニケーションということなのです

今回はここまで

つづく

僕たちと人生を変えるコーチングを身に付けたい人は






 

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