困難ケース5つのアプローチ①関係性と主体性

 僕は2005年7月16日からコーチングを始めました。そのため毎年「海の日」には周年記念講演会を行なっています。ちなみに今年は19周年です。

 今回のシリーズでは23年の海の日講演会のテーマだった「困難ケース5つのアプローチ」を改めてnoteで解説します。

 5つのアプローチに入る前に、基本的なことがいくつかあるので、まずはそちらからスタートします

マラソンと駅伝

 人生はマラソンに例えられますね。特に今は人生100年時代。上図にもありますが、人生には走る時期だけでなく、色んな時期があっていいのです。

 止まる時期
 歩く時期
 走る時期

3つの時期

 これは日本を代表するコーチである平本あきおさんが言っていることですが、人生には、走る時期の他に、止まる時期も、歩く時期もあるのです。

 走り疲れたり、苦しいときには、しっかりと止まる。そしてセルフケアをしたり、これからのことを考えたり、必要なことをすれば良いのです。

 休んだあとは、いきなり走り出すのではなく、まずは歩いてみる。リハビリですね。そして歩いていると、周りもよく見えます。自分や周りを感じながら、歩いていく。歩きながら慣れたり、学んだり、違うことを試してみたり、歩いているからこそできることがありますね。

 そして、これだと思ったら全力で走る。思いっきり走るからこそ手に入ることもありますね。

 このように3つの時期があることを理解して、今は自分にとってどんな時期なのか把握して、それに沿って生きていく。そうすることで生きやすくなるかもしれません。

 あなたがコーチならクライアントと一緒に、そんな話をしてみて、クライアントに「自分は今どんな時期なのか考えてもらうのもいいかもしれませんね」

 いずれにしても人生はマラソンです。焦っても仕方ありません。しっかり休む、ゆっくり歩く。勇気をもって必要な選択ができれば良いと思います。とくに難しいケースの場合は、「今は休む時期かも?」とか「しばらくゆっくりと歩きながら考えるのが良い時期なのではないか?」などと考えてみると良いかも知れません

 そして、コーチは駅伝です。コーチングの結果は、いま出なくても良いのです。タスキをつないでいけばいつかゴールに辿り着きます。

 僕は思うのです。僕と出会ってクライアントが大きく変化した場合でも、それは別に僕の成果ではない。もちろんクライアントの成果なんですけど、それだけではなくて、前任のコーチがいるのであれば、前任のコーチとクライアントがやってきたことの成果が今出たとも言えるわけです。そう言った意味でも、駅伝ですね。焦らず淡々と、そして成果が出ても驕らずにいけると良いなと思います。

相手を「できる人」だと見る

 もう一つ大切なのは、相手を「できる人」だと見ることです。相手を「できない人」「かわいそう人」「助けてあげないといけない人」と見ると、あなたが頑張ることになります。

 あなたが頑張ると、クライアントは「助けてもらおう」としてあなたに依存するか、あなたから無能だと馬鹿にされていると感じて反発するわけです。

 クライアントはできる人です。そう信じて、クライアントに勇気づけするのです。勇気づけとは、相手が建設的な行動をすることを促すような関わりをすることです。行動するように関わることが勇気づけです。

 行動は、何でもいいのです。思いついたことをやってみるのでもいいし、昔やってみて良かったことをまたやるのでもいいです。困難ケースのクライアントであれば、セルフケアの行動をとるのを促すこともとてもいいと思いますし、誰かに助けを求めるなど外側のリソースを活用してもらうのもいいですね。

 いずれにしてもクライアントには、自分で動ける力があります。そしてそれだけではありません。自分がした行動の結果から学んで、次の行動につなげていく力もあるのです。だからそれを信じて、クライアントを勇気づけしましょう。クライアントに「自分はできるんだ」と実感してもらえるような関わりをしましょう。

 そうなれば、僕たちといないときにも、クライアントは自分で動きつづけ、学び続けるでしょう。

自立と協力

 僕たちのようにアドラー心理学をベースにしているコーチは、相手に「私はできる」「人々は仲間である」と思ってもらえるように関わります。大ベストセラー『嫌われる勇気』でも当面の目標はこの2つであると説明されています。

 「私はできる」「人々は仲間である」と思えるからこそ、困難な状況にあっても、勇気をもって行動をとるわけですし、他者と助け合いながら進んでいくことを選択するわけです。自分が持っているもので貢献する、ないものは誰かに助けてもらう。それでいいのです。

 だから自分の人生を自分で引き受けて、苦しいことや困ったこともあるでしょうが、コツコツと人生に向かい合ってもらいたいのです。そこに成長も、そして幸せに生きることの喜びもあると思うのです。

 僕たちコーチがそこに向けて関わるからこそ、多少の時間がかかるとしても、クライアントも変化していくのではないかと思います。 

ライフタスクを扱う

 そして、アドラー心理学を使って相談にのるときには、このことも欠かせません。ライフタスクを扱おうとすることです。ライフタスクとはアドラー心理学用語ですが、「人生の課題」のことです。具体的には①仕事の課題②交友関係の課題③家族の課題のどれかになります。

 例えば上図では男性が「自分に自信が持てない」と言っていますが、これはライフタスクではありません。①仕事の課題と②交友関係の課題③家族の課題、のどれでもないからです。

 ですからコーチの女性は「そのことで何に困っているか」ときいているのです。その結果①仕事の課題②交友関係の課題③家族の課題、のどれかで困っていることが出てきたらそれを扱うのです。

 例えば、「上司に自分の意見を言えずに押し切られてしまい、納得のいかない形で仕事をしている」という課題が出てきたらそれは①仕事の課題になりますね。

 そうしたら「納得のいく形で仕事を進めるために、上司に自分の意見をどのように伝えたらいいか」ということを一緒に考えてみるわけです。

 自信が持てないという問題を扱うことよりも、現実に起こっている課題を扱うほうが簡単です。

 心の問題ではなく、生活の課題を扱う

何を扱うか

 みたいな表現をすることもありますが、これは問題を扱いやすい形にするために極めて重要なアプローチですので、覚えておいて損はないと思います。

困難ケースこそコーチング

 ということで、これは僕の考えですが、難しいケースこそ、コーチング的なアプローチが良いのではないかと思うのです。

 クライアントを信じ、クライアントが自主的に動けるように勇気づける。そして、そのことからクライアントは自己効力感をあげながら成長していけるわけです。何より、コーチングはクライアントの望むゴールへと支援するわけですから、クライアントも良い状態になりやすいのです。

 通常のコーチングに比べて注意したほうがいいことは、ゴールを大きくしすぎないことです。極端な言い方をすれば、難しいケースの場合は、ゴールは低ければ低いほどいい。簡単に達成できるゴールに向けて動くからこそ、クライアントは「これならできそう」と思って重い腰をあげやすくなりますし、実際に「できた!!」と実感して、次にいきやすいのです。

 また先ほども書きましたが、セルフケアでまずは良い状態になることや助けてもらえる人間関係をつくることなどをゴールに動くのもとても良いです。ゴールをそのように考えてコーチング的にアプローチしていくことがうまくいくと動かなかったケースが動き始めることがあります。ぜひチアリーダーや応援団になったつもりで、しっかり応援してあげてください。

 もちろん、動けば動くほど悪くなりそうな状態なら、しばらくはしっかり止まってもらうのも大切です。コーチは冷静に相手の状況を見れることも大切ですね。

①関係性と主体性

 ここからいよいよ困難ケース5つのアプローチに入っていくのですが、まずは1つ目が関係性と主体性です。


心理的安全性と体験学習

 近年、心理的安全性が大切とよく言われますね。これは本当に大切だと思います。人間はそもそも「できる存在」ですが、その能力を発揮したり、より成長していくためには、とても重要な条件があるのです。

 それが心理的安全性です。心理的安全性というのは「何を言ってもやっても、馬鹿にされたり否定されないだろうと思えることによる安心感」のことです。これがあるから、人は思いついたことを話してみたり、実際に実行に移したりするわけです。

 人間は百発百中で素晴らしいことをし続けられるわけではありません。間違いも犯すし、同じミスを繰り返すこともあります。それでも自ら振り返り次の行動に続けていくから、成果がでるし、成長するのです。そのことを助けてくれるのが心理的安全性なわけです。

 私たちコーチに求められるのは、いかに心理的に安全な空間を作り続けられるかということです。クライアントが自らを信じて発言する、行動する。それを続けられる空間を確保し続けるのが私たちの第一の仕事だと思うのです。

 その上で、クライアントらしさや、クライアントの価値観に関心を持ちましょう。人はそれぞれ大切にしたいもの(価値観)があります。それはもちろん一人一人違って良いのです。誰の価値観が正しくで、誰のものは正しくないということはありません(=価値相対主義)。

 僕たちは相手の話を聴きながら、相手を観察しながら、相手の価値観を知ろうとするのです。そしてそれが発見されたら、その価値観を大切に生きてほしいと思うし、そのための行動をとってほしいと思うのです。それが私たちの姿勢です。

 中核3条件もそのためです。①相手に自分らしくいてもらうためにもコーチ側も自分らしくいること②相手が何でも言ったりやったりできるために、いつでも肯定的に関わる③相手の本当の願いを知るために、簡単にわかったつもりにならず、正確に理解しようとし続ける

 そんな関わりをしていきたいわけです。困難ケースだからこそ、私たちが基本を大切に、相手を尊重しながら知ろうとし続けることが大切だと思います。

 人は誰しも無理やり変えられたくはないものです。自分で気がついたときに自分で変わっていくのです。そのためにも、尊重されながら「あなたのことが知りたい!」というふうに関わられることが有効なのです

変えようとするな。理解しようとせよ

カウンセリングの金言

 相手のことを変えようとすると、相手は変わりません。けれど不思議なことに、相手のことを受け入れ、そして相手を知ろう/理解しようとすることを通じて、相手は自分の深い部分の思いに気づいて変化していくのです。これは「変容の逆説的理論」と呼ばれたりしています。忘れないでおきたいものですね

脳でおきること

 いかに善意からであるとしても、こちらの「相手に変わってほしい」というエネルギーは相手にとってプレッシャーとなり、相手の脳機能は低下することがわかっています。

 逆に、安心/楽しい/できる!そんな雰囲気だと私たちの脳は自然と変化していくものなのです。脳に逆らって生きるのは大変ですから、そんなことをせずに、自然の摂理に従ってコーチングをすすめていきましょう

クライアントは壊れていない

 クライアントは何も変わる必要はないのです。ましてやクライアントは壊れていません。クライアントはたった2つのことに気づけば良いだけなのです。

 1つ目は「何が自分にとって本当に大切なことなのか(=価値観)」。そして2つ目は「自分が良い状態になるためのヒント」です。この2つにさえ気づけばクライアントは幸せになります。

 これはソリューションフォーカストアプローチ(SFA)という心理療法の考え方です。クライアントが自分のことを「私は壊れてる。直さなきゃ」と思う必要もありません。そんな風に考えてもますます落ち込んだり焦ったり、自己否定的になったりすることが多いでしょう。

 その代わりに、何が大切なのか、何を実現したいのかに意識を向けましょう。そしてそれに気づいたら、あとは自分の心身の状態を良いものにする工夫をすれば良いのです。心身の状態が良ければ、思考も好転して、いいアイデアが思いついたり、行動的になって、役に立つ行動ができたりすることもあります。

 そもそも気分が良くなると、ものごとの見方もポジティブなものになりがちですから、今までと比べて、問題だとも思わないようになってしまうこともありますね。

 あとは、行動をしていくなかで、うまくいっていることは、もっとやってみる(Do more)。うまくいってないことは、何でもいいから別のことに変えてみる(Do something different)。で良いのです。シンプルですね。難しく考えずに、色々とやってみれば変化が生まれるものです。

 アドラーも言っています

人生はシンプルだ。難しくしているのはあなただ

アルフレッド・アドラー

 ぜひシンプルに行動して人生が変わっていくようにクライアントに関わりましょう。そのためにもクライアントの主体性を大切にすることなのです。

 クライアントに無理やり何かをやらせない。クライアントを変えようとしない。クライアントにおせっかいをしない。クライアントには自分から動いてもらうように勇気づけをするのです。

クライアントの中のクライアント

 クライアントの中には、主体的な存在がいます。その存在があなたに相談をさせているのです。その主体的な存在は「なんとかしたい。だから助けてほしい。手伝ってほしい」と言っているのです。私たちが相談にくる相手をクライアント(=依頼者)と呼ぶのはそのためです。彼らは私たちを利用して、自分の問題を解決するために、私たちに手助けを依頼しているのです。

 だからクライアントがどれだけ混乱し、嘆き、無力感に陥っていても、そのクライアントとは別に、何とかしたいと思っている主体的な存在がいることを忘れないでください。それがクライアントの中のクライアントです。

 ぜひクライアントの中のクライアントにも話を振ってみてください。その存在と協力しながら、その存在に主体的に動いてもらいながら進めていくのです。

 もちろん、嘆いている存在を無視したり、無理やり変えようとしないでくださいね。クライアントの中のクライアントと協力しながら、嘆いているクライアントのことを理解しようとしたときに変化が生まれる可能性が高いのです。


俯瞰コミュニケーション

 メタコミュニケーションと呼ぶこともありますが、俯瞰的な視点でコミュニケーションを取ることも、主体的なクライアントと協力していく上では重要です。

 上図の右上のような質問をクライアントにしてみて欲しいのです。あなたと相手がしてきたコミュニケーションを俯瞰しつつ、どうしたらより良いものになるか二人で相談するのです。

 このような工夫をすることで、より相手のリソースを活かした形でコーチングが進んでいくことになります。このようなことをしていくと、

「なんだ!もっと早くクライアントに相談したら良かった!」

 と思うようなことにしばしば出会うはずです。

 今日はここまで。本シリーズでは、難しい相談に対応していくための指針をあと4つご紹介していく予定です。これらの指針を持つだけで相談業務が大きく変わると思います。もちろん仕事として乗っている相談でないものにも有効ですから参考にしてみてください

僕たちと人生を変えるコーチングを学びたい方は


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