『パターは打楽器』 メンタルコーチが考えていること(前編)

 僕は色々なクライアント相手に、さまざまなコーチングを行います。「メンタルコーチング」と呼ばれるものも、その一つです。クライアントの考え方や感じ方といった「メンタルの課題」に一緒に取り組んで、パフォーマンスを改善していくのです。

 僕自身は特に「メンタルコーチング」が専門というわけではありませんが、僕のスクールの出身者には国内トップレベルのメンタルコーチが何人もいて、先日のパリオリンピックでも大活躍してくれました。僕自身もこれまで3人の世界チャンピオン相手にメンタルコーチングをしたことがありますしアスリートや指導者向けの講演会もそれなりにやってきました。

 今回の記事では、僕がゴルフラウンドに同行した方を相手に、どんなやり取りをしたかを紹介しています。そのエピソードからメンタルコーチングの基礎になっている考え方に、少しだけでも触れてもらえたらと思います。

右にだけは飛ばしたらダメ

 僕は不真面目なゴルファーです。そもそもラウンドに行くのは年に数回だし、練習もラウンド前に慌てて行くくらいです。ちゃんとゴルフを習ったこともないし、教材を手に真面目にスイングをつくっていくタイプでもありません。

 僕は普段ラウンド中にコーチングなんかしません。他人のことなんか構っているような余裕もないし、勝手にコーチングされるのなんて迷惑以外の何者でもないと思っているからです。

 そもそもゴルフ場ではスロープレイは御法度です。後続組にも迷惑ですので、あれやこれや話をきいたり、ましてや実験をしたりする時間などないのです。

 これは、そんな僕の数少ない「ゴルフ中のコーチング」の記録です。相手はTさん。50代のゴルフ好きの男性。趣味ゴルファーですね。とても感じの良いかただったので、僕は楽しい時間を過ごしていました。

 「あー。右にだけは飛ばしちゃダメだと思ってたのに」

 スタートしてから数ホール後、ティーショットを打ったTさんがぼやきました。彼のドライバーが打ったボールは、大きく右のOBエリアに吸い込まれて行ったのです。

 「どうしてなんでしょうね。こういうのってあるあるですよね」 と僕に話しかけてくるTさん。

 僕はこんなふうに言われても、普段は何かを教えたりしません。正式に何かを教えてくれと頼まれたわけでもないし、そもそも自分のゴルフに集中したいからです(笑)

 でもTさんの愛嬌あるキャラに影響を受けて

 「ダメって言葉を使うからリキんじゃうのかも知れませんね」

 と言ってしまいました。案の定「え、どういうことですか?」と質問されてしまいました。

 そもそもメンタルコーチングの世界では「否定形」を使わないことが原則です。

 右に打たない(否定形)ではなく

 左に打つぞ!
 真ん中に落とすぞ!

 などと肯定形で表現するのが良いのです。このことに関していろんな説明ができますが、簡単な考え方を伝えるなら

意識が向いている方に身体は影響されるのです。

 「右にだけは飛ばしたらダメ」と言ってしまうと勿体ないのは、本来のゴールと関係ない「右」に意識が向かってしまい、身体がそれに影響されるからなのです。

 そもそもTさんは、どこにボールを打ちたかったのでしょう。右ではないはずですし、左でもなかったと思います。きっとフェアウェイ(真ん中付近)のどこかに落としたかったはずです。

 でも右方向の崖を意識しながら「右にだけは飛ばしたらダメ」と言っているとき、脳の中では「右の崖にボールが吸い込まれていくイメージ」がされてしまう。そして彼はそれを打ち消そうとするのですが、そもそも「◯◯したい!」がないんですよね。イメージの中に。

 だから、身体はどちらに向かって何をしたらいいかわからないのです。

 なので、右を避けようとするあまり、左に大きく出てしまうこともあるし、リキんだ結果空振りするとか、もしくは右に意識が向いているので、右に向かって身体が動いてしまったりなどするのでしょう。

 そこにさらに「ダメ!」が加わります。

 「ダメ!」

 って小さな子どもに言うと何が起こりますか。ビクッとして腕や肩に力が入りますね。身体がやろうとしたことが止まるわけです。大人は何かをやめさせるために「ダメ!」っていうわけですから。「ダメ」は言葉によるブレーキなのです。

 大人である我々は「ダメ」と言われたらから、ビクッとして身体が固まるということはないかもしれませんが、それでも筋肉は微細なレベルで反応する可能性がある(高い)のです。そしてゴルフで言えば、リキみによってスイングが乱れるわけです。

 こんなことも起こるわけですから、自分が使っている言葉、しているイメージが自分の身体やそのパフォーマンスにどう影響しているのかを知ることは大切なのです。

 僕は歩きながらTさんに、こんな話をして

 「なので、『ここに向けて、こんな感じの球を打ちたいなぁ』とイメージして『それをやっている身体の感覚ってどんな感じかなぁ』とか想像してるのがいいんじゃないかと思いますよ」

 と伝えました。

素振りはいい感じなのに

 Tさんは熱心なゴルファーなので、さっそく実験を始めました。それまであまりしていなかった「素振り」をしながら、イメージをしているようです。

Tさん「素振りだといい感じに振れるんですよ」
僕「いい感じ?」
Tさん「でも『いざ本番』ってなると、テイクバックの仕方が気になって、それで手首の感じが変になるのか。。。。」

Tさんとのやりとり

 とても分析的ですね。こうやってスイングについてあれこれ考えるのも楽しかったり、価値があるのだとは思います。ただし多くのアマチュアは(プロでも)ラウンド中にこんなふうに考えてもパフォーマンスは上がらないです。(そもそもTさんは、テイクバックも含めて、スイングに関してそれほど正確なイメージを持てていないはずです)

 だから、また「手首を気にしちゃダメ!」的な思考にになるか
 「テイクバック(ゴルフクラブを後方に引き上げる動作)は、こうする!!」とかイメージすることになるのです。

 後者は悪くないように思えますが、Tさんのテイクバックのイメージが間違っている可能性もありますし、テイクバックにばかり意識をもっていくことで、身体がうまく動かないようなことも起こる得るのです。

 しかもTさん、また「いざ本番!」とか言っていますね。これもリキみを作ってそうです。

 僕はそんなことを考えながらTさんの話をきいていました。そして簡単な提案をしてみました。

僕「いい感じで素振りしているときは、なにが違うんでしょうか」
Tさん「(素振りをしながら)うーん。お腹に意識がいっているかな。そうか、お腹に意識をむけて打ったらいいのかな。」

Tさんの仮説

良い時はお腹に意識がいっている

 Tさんは新たな仮説を得たようです。ちなみに僕は「この仮説はそんなに筋が良くなさそう」と思いました。でもそんなことは言いません。別にそこまで頼まれてもいないし、そもそも本当に筋が悪いかどうかはわからないからです。

 僕はプロゴルファーにも何人かコーチングしたことがありますが、プロの中でも「何をどうイメージするのが良いか」「どう身体を使うのが良いか」は人によってまちまちです。

 ましてやアマチュアのゴルフはもっとバラバラだし、緩やかな作られ方をしているので、その人の現状にあった「うまいやり方」を見つけていくのがいいと思うのです。だから「お腹に意識を向ける」でうまくいく可能性もあるのです。

 しかし次のショットを打とうとするTさんを見て「あら、やっぱり」と思いました。またリキんでるんです。案の定、彼のクラブはボールの上側を叩いてしまい、失敗打に終わってしまいました。

Tさん「お腹に意識を向けてもダメか。。。」
僕「それ面白いですね!『向けてもダメ』なんですね」
Tさん「え?」
僕「確かに、いい時は意識を『向けて』いないはずですから」
Tさん「。。。。。。。。」

良い状態のときに「している」こと

 良い状態のときには、お腹に意識を「向けよう」として、お腹に意識を「向けながら」スイングしている。

 僕はTさんはそんなことをしていないはずだと思うのです。(もちろんそういうやり方でパフォーマンスを出している方は存在するとは思います)

 細かい話のようですが

 良い時の状態を思い出していたら、何となくお腹のあたりに意識が「向いている」感じがした。

 のなら、意識は「向いている」のであって、「向けている」ではないのです。

 それなのにTさんは「意識をお腹に向けよう!」とすることで、また新たなリキみを作っていたのかもしれません。

考える代わりに

僕「どうしても『何かしなきゃ!』と思っちゃうじゃないですか」
Tさん「あはは。そうですね」
僕「前の組が詰まっているので、ちょっとだけ実験してみます?」
Tさん「はい!!」
僕「ここで、イイ感じに素振りしてください」
Tさん「(素振りをする)」
僕「いいですね!いまの素振りは、10点満点で何点くらいイイ感じですか?」
Tさん「うーん。。。7点」
僕「いいじゃないですか!!じゃあもう一回」
Tさん「(素振りをして)。。。。うーん5点」
僕「いいですね。点数をつけたら、分析はせずに、淡々と素振りをしていきます。ベルトコンベアに流れてくるスイングにただ点数をつけていくだけのつもりで。。。」
Tさん「(素振りをしながら)。。。7点。。。。7点。。。。8点。。。。。7点。。。。。9点。。。。おー。こんな感じで打てたらいいな!めちゃくちゃ気持ちいいです」
僕「いいですね。このあと2−3ホール、これをやってみましょう。何度か素振りをして、どれだけイイ感じかで点数をつけていく。イイ感じだと思ったら、試しに気持ちいい感じでボールも打ってみましょう。」
Tさん「わかりました!やってみます!」

実験の提案

 この提案の目的は、Tさんが考えたり分析したりするのを手放してもらうためです。けれど

 「何もするな!」「余計なことはするな!」「無でいるのです!!」

 とか言われても、そんなことはできる人は多くはありません。「何もしない」「余計なことしない」は否定形ですから、実際にどうしたらいいのかわからないですし、「無でいる」もどうしたらいいのかわからないのです。

 わからないことはできない。だから身体や脳は「余計なこと」を始めてしまうのです。

 なので、僕はTさんの意識に「お仕事をあげた」のです。ベルトコンベアに流れてくるスイングに即座に点数をつけていくこと、それが彼のお仕事です。

 そして「おお、気持ちいい!」と感じたら、『試しに』ボールも打ってみる。それが次のお仕事です。

 こんな風に、頭で身体を管理しようとすることを手放してもらうのです。身体は上手な任せ方をすれば、これまでの経験を活かして自らゴールにむかって動いていくものです。

 それを自然にやってもらえるような、関わりをしているのです。

 これはインナーゲームのようなやり方ですね。インナーゲームについては以下の記事がわかりやすいと思います

 さて、この実験はTさんと僕に何を教えてくれたのでしょうか。このあと面白いことがいくつか起こったのですが、それは後編でお伝えしたいと思います。タイトルとなっている『パターは打楽器』という話も後半に紹介します。お楽しみにどうぞ

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だいじゅ@コーチング脳のつくり方
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