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選択と決断②

年々不穏になりやすく、攻撃的な利用者Aさんを受け入れる入所施設探しは難航し
このまましばらくは現状維持なのだと私は思っていた。

そんな中、とある施設で体験利用をしないかという話が出た。

 
その入所施設は強度行動障害の方専用の施設らしい。
強度行動障害とは、攻撃的な行動の頻度が高かったり、不眠の状態も服薬では改善が難しい等の特徴がある。

入居者である障害者が元職員に次々に襲われた
殺傷事件やまゆり園の襲撃事件は記憶に新しい人も多いだろう。
やまゆり園は強度行動障害者を積極的に受け入れている入所施設だった。

 
その施設の方はこのように言った。

“体験利用をする一ヶ月間
初日と最終日で不穏な状態のレベルが変わらなかったり
著しく自他、物への攻撃性が高くない場合は 
受け入れはしない。

初日、利用したての頃に「家に帰りたい。」と言って暴れるのは想定内。”

その言いぶりからして
入所はほぼ確定と言ってよかった。

 
 
体験入所が一ヶ月後に決まり
施設職員も家庭内も
「あと一ヶ月…。」と内心思いながら
Aさんに接していた。
別れまでカウントダウンだと思っていた。

 
通常
体験入所が上手くいかない場合は
また通所施設を利用しながら他の入所施設を探すのだが
Aさんの場合は違かった。

「例え体験入所先で上手くいかなくても、(退所ではないが)もうこの施設には来ない。上手くいかない場合は、体験中に他の入所施設を探す。
ただ、90パーセント以上の確率で、入所は決まるだろうし、この施設には来ないことになるでしょう。」

そう、上からは言われていた。
もう、ご家族が自宅で見るのは無理だというのだ。

 
Aさんは知らない。
他の利用者も知らない。

だけど
私も、施設の職員も、ご家族も
この後に訪れる未来を知っている。

 
隠しているだけだが
騙しているような気分でもある。

事情が事情だから
お別れ会ができない。
さよならが言えない。

仕方ない。
だけど、寂しい。

 
最終日はいつも通りに見送るのが
最後に私が、私達ができることなのだ。

 
 
その一ヶ月はあっという間だった。

最後の日は、お昼を自分で買う日だった。

「今まではカロリーや金額制限をしていたけど、最後は好きなものを好きなだけ食べてもらおう。」

リーダーが言った。

 
入所施設を体験利用する一ヶ月間
Aさんは外出禁止だ。
精神薬は増えるし、暴れた場合は拘束される。
他の入居者も暴れるから
Aさんは叩かれる側にもなり得る。

 
想像するとやるせなかった。
強い薬を飲ませて廃人化させたり
薬がきかなければ容赦なく縛りつけるイメージが頭から離れなかった。

 
最後の日
私は夢を見たのだ。
「行きたくない。行きたくない。」とAさんは叫んでいた。

 
胸が張り裂けそうだ。

 
Aさんが知らない未来
明日から来る未来は
そういったものなのだ。

 
Aさんは買い物の際
違和感を覚えたようだ。

 
今までずっと職員が禁止していたものを買ってもいいと言われ
何も感じないはずがない。

 
Aさんはお弁当の日、いつもサラダを買う。
そして職員がドレッシングをかける。

いつも、職員がドレッシングを傾けたら
ドレッシングがかかる前に「OK!」と言う。
それが決まったやりとりだ。

だけど最後の日
Aさんは何も言わなかった。
ドレッシングを職員がかけても何も言わなかった。
代わりに、少し興奮した様子で

 
「明日も、(ここで)サラダ食べる!」

と、繰り返し言った。

 
それを聞いていて
涙が込み上げた。

 
ごめんなさい。
その願いを
私は叶えることができない。

 
食後、Aさんは「う、う、う。」と言った。
だから私は「うがいね。」と言った。
いつものようにそう言った。
最後のうがいのやりとりだ。

 
明日からは私が言わなくても
どうかうがいをしてほしい。

 
 
午後、私は別室で仕事をしていて手が離せず
気がついた時にはAさんは帰っていた。

だから私とAさんの最後のやりとりは
うがいだった。

 
帰り道、私は泣けなかった。
泣けなかったけど
モヤモヤしたし
胸が締めつけられた。

 
私が泣けたのは
家に帰ってから母親にこう言った時だった。

「暴力を振るったとしても、私はAさんが、嫌いではなかった。いいところもたくさんあった。私にとっては、かわいい利用者だったのに……好きな利用者だったのに。
何もできない。私にはもう、何も…。」

 
正しい選択だったと私は思っている。

ご家族のため
施設のため
正しい選択だった。

でもその選択は
決して本人が望んだ選択ではなかった。

 
Aさんは家族も、施設も大好きだった。

 
体験入所する数日前
「家族みんなでご飯を食べたい。」と訴えたAさん。

そんなこと
そんなこと…
Aさんが家にいる限り
叶うわけがなかった。

いたって普通の願いだったのに。

 
私は一人泣いた。
泣いて、泣いた。
この感情がなんなのか分からない。
だけど、涙が止まらなかった。

 
他に手はなかったのか?
他に手はなかった。

障害がある人が利用するために施設がある。
でも、限界がある。

だけど
好きで障害者になったわけではない。
でも
だからといって
誰彼かまわず攻撃したり、物を壊すのを許すことはできない。

 
自問自答を繰り返す。
全てに納得したわけではない。

 
 
私は考える。
考えることをやめてはいけない。

 
この心の引っ掛かりこそが
福祉職員に必要なもの。

そう思っている。

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