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転職三年目のマラソン大会

私の転職した障害者福祉施設では
週に二回運動の日があった。

近隣の公園のランニングコースを利用者が走り
それを職員がサポートする。
一緒に走ったり、タイムを計ったりした。

 
聞けば、コロナ禍になる前は毎年仮装してマラソン大会に参加していたらしい。
コロナ禍になり、マラソン大会が中止になってからも
いつ再開してもいいように走り続けているらしい。

 
私が社会人二年目の時
マラソン大会が久々に再開することになった。
時短での開催だったが、それでも喜ばしい。

 
みんなで応援うちわを作った。
マラソン大会参加が決まったのが急だったので仮装までは手が回らず
チームごとに洋服の色を合わせ、お揃いのバンダナをつけた。

 
初めてのことで勝手がよく分からず、始まる前は心配したり、緊張したけれど
いざ始まってみればマラソン大会はあっという間に終わった。

保護者もたくさんかけつけてくれたし
見知らぬ一般の参加者を応援したり、逆に応援されたりとアットホームだった。

 
マラソン大会の頃、前施設長は長期の仕事休みに入っていて
マラソン大会の日は久々に来るという話だったが、結局は来ず
応援メッセージだけ届いた。
前施設長が苦手な私は久々に会わなくてすみ、ホッとしたのを覚えている。

 
 
あれからまた一年が経った。

今年度は移転し、環境や作業の変化によりマラソン大会の練習は全くしなくなった。

 
だが、コロナが5類になった今年
マラソン大会は時短開催ではなく、正規のスケジュールで開催となった。
そして、申し込みをした。

 
マラソン大会が大好きな前施設長は張り切り
色々と要求をしたり、巻き込んできて疲れた。

 
転職一年目の頃の私は、仮装をしてマラソン大会に出場するのは、なんて楽しそうだと思っていた。
周りの同僚は面倒がっていたが、私はいつかマラソン大会が再開するのを待っていた。
再開した時に洋服の色を合わせるのもそれはそれでよかったが、やはりいつか仮装をしてみたかった。

 
前にマラソン大会に参加した時のビデオをみんなで見た時
仮装をしてマラソン大会に参加しているのは楽しそうに見えた。

だけど、マラソン大会を前に、何故周りの同僚が面倒くさがっているかがよく分かった。
前施設長があまりにもマラソン大会に燃えすぎているからだ。

 
役割を決め、話し合いをしても、あれこれ提案し、巻き込んでくる。

 
なるほど、分かった。
マラソン大会の仮装が面倒なのではない。
マラソン大会という口実を与えた時の前施設長のあれこれが極めて面倒なのだと私はようやく分かった。

 
去年は前施設長が長期の休みでいなかったから平和だったが
今年は楽しみというより、極めて面倒くさかった。

 
そんな中、マラソン大会の打ち合わせの日がやってきた。
私は愕然とした。
今年の私の役割が、利用者Aさんの支援だったからだ。

 
Aさんは非常にこだわりが強く、行事の時は高い確率で不穏になり、場を乱した。
去年のマラソン大会もひどかったが、ご家族が会場にいたため、職員と一緒に見てくれたからなんとか乗り切れたところがある。

だが、今年そのご家族は嫌気がさして見に来るのを拒否した。

 
一人保護者は来ているが、大会ボランティア役員なので力にはなれないとのことだった。

 
Aさんは毎年マラソン大会に参加しているが、何もなかった年は一度もないらしい。

私は絶望的だった。
早くも胃が痛くなった。

 
マラソン大会当日の日は朝から晴れていた。
最高気温18度、最低気温6度と、服装に非常に迷った。

日中は暑いだろうが、かといって軽装ではトイレに行きたくなる。

 
Aさんは多動であり、支援担当である以上、私がトイレに行くことは絶望的だ。
マラソン大会当日の日、私はAさんと共に確実に単独行動になる。

水分補給は控え、厚着をする選択をした。

 
いっそ体調不良になって休んでくれないかな、と思いもしたが
Aさんは体調不良にならないし
多少調子が悪いくらいで休ませるような保護者でもない。

 
やるしかない。

そんな思いだった。

 
その日はいつもより早く出勤した。
利用者を迎えに行き、その足で会場入りした。

私はロングルートの送迎で、到着は一番最後だった。

既に保護者、利用者、職員が集まっていた。
かわいらしい仮装をして愛嬌よく挨拶する利用者に軽く挨拶をしている時、既にAさんは朝から絶不調だった。

 
私は喚くAさんとその場を離れた。

Aさんが暴れる。喚く。物を投げる。暴言を吐く。その場から動かない。もしくは、動くのをやめない。

 
青空の下、みんな笑顔で楽しそうに見える。

マラソン大会ってなんだろう。

私は施設のみんなから離れてAさんと二人で過ごしながら、胃の痛みと戦った。

 
「走りたくない。」

じゃあ参加しなければいいのに。
今日のマラソン大会は任意参加なんだから、不参加にすればいいのに。

休んでくれたらよかったのに。

 
「今日を楽しみましょうね。」

朝、前施設長から送られてきたLINEだ。

 
一体何をどう楽しめばいいのだろう。

 
なんで保護者は大会ボランティアなんかしているのだろう。
こんなに子どもが荒れているのだから、大会の参加者その他大勢ではなく、子どもを見てほしい。

ボランティアはたくさんいるじゃないか。
一人くらい抜けても支障はないように私からは見えた。

 
これも仕事だ。
分かっている。

利用者を見るのが仕事だ。
分かっている。

 
走りたくない、と言ってはいるし、それは今の本心ではあるけれど
実際に参加しなかったらそれはそれで長時間、今後それを引きずって荒れるのだ。

Aさんはそういう難しいこだわりがある方だった。

 
職員はAさんの気持ちを切り替え、時間内に参加させなければいけない。
施設内行事ならば多少融通はきくが、マラソン大会は施設外行事だ。
スケジュールに合わせてやるしかない。

 
参加したいなら参加すればいい。
参加したくないなら不参加にすればいい。

そんなシンプルな考えを蹴散らすのがAさんという方なのだ。

 
なんとかAさんはギリギリでマラソン大会に参加できたが
前施設長や新施設長から心ない言動をされ、私は心底疲れた。

 
Aさんが荒れると、職員の私に力がない気がして気落ちする。
保護者や一般の方がたくさん見ているところで不穏になられると
私が悪いみたいに見られて辛い。

 
Aさんが不穏なのはいつものことで毎日のことで
私のせいではないし
他の職員でもダメな時はもちろんダメだ。

 
分かってはいても
分かってはいるのに
私は孤独だった。

 
送られてくる集合写真に私はいない。Aさんもいない。
みんな楽しそうだ。いつの間にこんな写真を撮っていたのだろう。

いいな。
いいなぁ。
みんな楽しそうでいいなぁ。

 
マラソン大会の開会式も閉会式も走り出しもみんなの様子も何も分からないまま、私の今年のマラソン大会は終わった。

 
Aさんに刺激を与えないよう
なるべく穏便に過ごせるよう
気を遣って配慮して
でも不穏になって
ケロッと気まぐれに笑って
また不穏になって
動き回って、ジッとしていなくて
それにひたすらについていって。

 
これが仕事。
これも仕事。
私が選んだ仕事。

分かっているのに、やるせない。

 
分かってくれる同僚がいたのは救いだったけど
上からの言動、私は忘れない。

ちっとも楽しくなかった。

 
来年のマラソン大会はAさん担当を外してほしい。

どうせ私には力がなくて上手くやれないのだから
偉そうに言えるあなた達で是非支援をしていただきたい。

 
私に力がないのは今回でまた更に伝わっただろう。
私じゃ無理だよ。

来年のマラソン大会を思うと早くも憂うつだ。

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