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追憶の咲子〜小出雅也(こいでまさや)〜


 始まりはいつもそうだった。雨が降っていた気がする。絶望の始まりを迎えたところで、この世界は終わる事を知らない。
 例え大切なものが僕の手の届く範囲からポツリと消え失せたとしても、世界は絶望と共に残酷にも続くのだ。まるで腐って悪臭を放ちながら溶けていく果実のような惨めな人生だ。それでも続けなければならない。君がまた僕の前に現れる可能性があるのなら。
 君はこの世界から突然フェードアウトしていったね。もしも二度と君に会えないというのなら、僕はこんなにも希望の抱けない人生などすぐにでも終わらせよう。
 そして出来ることなら、亡骸に錘をつけて海に沈めてほしい。そうでもしなければ僕の絶望はこの世から消えそうにない。
 ねえ咲子。君はこんな僕をどう思う?君を失ってからというもの、僕の存在する世界はまるで蛇の抜け殻の様に空っぽのまま時を刻むんだ。こんなにも生を感じられない干からびた世界を、どう生きればいいのか。
 君はその答えを知っているんだろ?何故なら、このつまらない世界を作り出したのは、紛れもなく、咲子、君なんだ。
 ねえ咲子。また、あの時みたいに、僕に悪戯をしてくれないか。冷え切った手で突然首元に触れたり、僕が電話をしている途中で突然キスをしたりして、困った僕の顔を見て笑ってくれないか。そんな君がとても愛おしかったんだ。君の笑顔が、僕の生そのものだった。
 咲子。僕は今でも君を愛しているよ。君に触れる事の出来た日々は、今となっては遠い夢の世界だったようにすら思えてならないのだけど、僕はその日々の残像と共に息をし、瞬き、そして時折笑うんだ。
 辛くなんかないさ。ただ、君がいない世界は。君がいない世界は、とても寂しい。ただそれだけなんだ。


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