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【♯3】 写真の場所性と記念碑性についての考察及び歴史伝承への応用 ━ 【第1章 過去とのつながり】 -3

1−3 遺影


1−3− 1 遺影と過去 
 
数ある写真の中でも、特殊な意味をもち我々に影響してくるものがある。それは遺影だ。遺影とは言わずもがな故人を偲ぶために仏間などに飾られている故人の肖像写真のことである。遺影に対して我々が持つ特殊な意識と遺影自体が持つ特殊性から写真そのものが持つ性質について触れていきたい。我々は遺影を故人の身代わりであり、ある種神聖なものと捉えるが、それはなぜなのか。 
 まずは遺影における「過去の対象との実質的な繋がり」を考えてみる。私たちは遺影を前にするとき、故人の声、表情、さらにはその故人の人生までもを可能な限りそこに投影する。言い換えれば私が親友の死の際に行ったように、一枚の写真にある者の「存在」やそのものが持っていた「時間」を写し出している。これは特に写真のなかの人物がすでにこの世に存在しない場合にこそ行われる行為だ。一般にいうところの「回顧」であったり「ノスタルジーを感じる」と言われる行為だろうか。これを行う際に肖像画や遺物ではなく往々にして肖像写真が用いられ るのはなぜだろうか。それは前項でも述べた写真の特異な性質である「光による繋がりによって過去に生きていた故人を実際に見ている」ことが一因であると言える。写真術が発達するまでは精巧な肖像画が肖像写真と同じ役割を果たしてきたが、肖像画はやはり主観的な手法であり、厳密には対象そのものを写し取ることはできなかった。写真術が発展してまもなく肖像画家が仕事を失ったことからも、写真による肖像が、写真が人間そのものを投影する媒体として優れていたことがわかる。この場合における写真の優位性は単にその画像の精巧性のみに拠ったものではない。写真はすでにこの世に実体のないものと科学的に繋がることのできる唯一の方法であるからであろう。実質的なつながりを持っているからこそ、故人を代表するものとして写真が使用される。そして私たちは仏壇に飾られる写真に向かって語りかけもするが、それは撮影された瞬間確かに存在したその人にその声が届く可能性が写真には残されているからこその行為である。このように遺影を前にしたとき、我々は自然にこのような写真が持つ「過去との実質的な繋がり」を求めているのである。

 1−3−2 アウラとアウラの証明としての遺影
また、遺影は特別な神聖さを備えている。日本の場合だと死んだ人間は仏になるという考え方があるため、故人の像が神格化されるということもあるが、ここでは写真そのものが放つ威厳について考えてみる。写真の放つ威厳については、ヴァルター・ベンヤミンが著書『複製技術時代の芸術』3)や『写真小史』4)などで提唱した「アウラ」という考えを借りて説明することができる。アウラという概念についてベンヤミンは明確な定義を与えていないが、一般には写真や映画などの複製可能な芸術が普及した時代に滅びつつあった旧体制の芸術作品に備わる性質のことであり、美しいもの・神聖なもの・オリジナルなもの・一回的なものを取り巻く微妙な覆いであるとされている。遺影が放つ威厳は、まさしくこのアウラが関係する。 
 写真を物質的に考えると、ベンヤミンが語るように写真はオリジナル性や一回性によるアウラによって成り立っていた芸術の価値観をその複製の容易さによって危うく壊してしまうメディアである。ベンヤミン は、写真が「いま」「ここに」しかないという芸術の性格を破壊する原因として二つのことを挙げている。一つ目は、写真術自体が高度な独立性を持ち、自然の視覚では見落としがちな影像をレンズの機能によって際立ててしまうこと5)、二つ目は、複製されたものをオリジナルとは違うコンテクストの中に容易に置くことができてしまうこと6)だとしている。しかし、ここで私が語る遺影において重要なのは、物質としての写真ではなく写真の中の“存在”が我々にいかに知覚されるか、ということである。確かに写真はあらゆる事象の一回的な価値を壊してしまう技術であるが、「すでに失われた」事象に対する写真の効果においては、物質としての写真と全く同じであるとは言い難いだろう。人間は死ぬまで常に細胞の生成を繰り返し、一瞬たりとも同じ姿でいることはできない。したがって我々人間は決して過去の瞬間を複製したりその瞬間に戻ったりすることはできない。しかし遺影にはカメラのシャッターが切られたその時、その瞬間のある一時点における故人の姿が収められ永遠に固定されることになる。遺影においては、“過去との実質的なつながり”という写真が持つ機能的な性質が故人の一瞬の生の存在証明として機能する。このような観点から写真の性質を観察すると、故人がその瞬間に纏ったアウラの証明として遺影の威厳を作り出していると考えることができるだろう。さらには写真の中の存在を考える上で人間が知覚することが難しい「一瞬」がそこに固定されていることにより、オリジナルの一瞬が放つアウラは強調されているのではないかとも考えられる。 


図1)  ウジェーヌ・アジェが撮影したパリ
図2)ウジェーヌ・アジェが撮影したパリ

 また、写真が放ち得るアウラを説明するのに遺影を例に出したのは、オリジナルとの時間の隔たりが存在するからである。アウラを考える上では、ウジェーヌ・アジェの写真群が引き合いに出されることが多い。アジェは20世紀初期のパリの街を取り続けた写真家である。彼自身は画家を志していたが生活費を稼ぐために写真家に転身し、画家のためにパリを撮影し続けた。彼は亡くなるまでその写真の価値が見出されることはなかったが、マン・レイの助手であった写真家のベレニス・アボットの献身によってその価値が世界に認められるようになった。私の見解では、彼の写真には、成長を続ける当時のパリの街の背後に潜む“失われた都市”が描かれており、さらにその時代、アジェのように体系的にパリを撮影した写真家が他にいなかったことも重なり、彼の撮影したパリの写真は時間の経過とともにアウラを放つようになったと考察する。そしてアボットを初めとする後の写真家たちに多大な影響を与えることになった。 
 ここでアジェの写真群と遺影との共通点として見えてくるのは、それらが“失われたもの”であるという点だと、私は考えた。アジェの写真が放つ威厳は、当時の都市として成長期を迎え、目まぐるしく生成を繰り返すパリの街において、失われつつあった古きパリの街の面影が的確に写真に収められて永遠に写真の中に固定されていることに起因するものである。つまり時間経過によって、現行のパリの街がアジェのパリとかけ離れれば離れるほどそのアウラは増していくのだ。遺影においても、すでに失われたある一時点の故人の肉体が写真に固定されていること、そしてその時点と現在とが離れていくことによってアウラが形成されると説明することができるのではないだろうか。



引用
3)ヴァルター・ベンヤミン 著 / 佐々木基一 訳 /『複製技術時代の芸術』/ 晶文社 / 1999年

4)ヴァルター・ベンヤミン 著 / 久保哲司 編訳 / 『写真小史』 / 筑摩書房 / 1998年

5)ヴァルター・ベンヤミン 著 / 佐々木基一 訳 /『複製技術時代の芸術』/ 晶文社 / 13 - 14頁 / 1999年

6)ヴァルター・ベンヤミン 著 / 佐々木基一 訳 /『複製技術時代の芸術』/ 晶文社 / 14頁 / 1999年

図版
図1)『アジェ・フォト』2021年12月22日アクセス
https://www.atgetphotography.com/Japan/PhotographersJ/Eugene-AtgetJ.html

図2)『アジェ・フォト』2021年12月22日アクセス
https://www.atgetphotography.com/Japan/PhotographersJ/Eugene-AtgetJ.html

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