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いよいよ迫る!2022年“エジプトイヤー”

今年も残すところあとわずか。1年を振り返り、新たな年のことを思い浮かべる人も多いのでは。
ところで、来たる2022年はエジプト考古学にとっても重要な「エジプトイヤー」だということをご存じですか? エジプト学および考古学が専門の特別展「大英博物館ミイラ展」監修・河合望先生に聞きました。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

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河合 望(かわい のぞむ)先生 プロフィール
金沢大学新学術創成研究機構教授。金沢大学古代文明・文化資源学研究センター副センター長。専門はエジプト学、考古学。30年以上にわたりエジプトでの発掘調査、保存修復プロジェクトに参加。

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ヒエログリフ解読から200年

エジプト考古学は、古代エジプトの象形文字「ヒエログリフ(聖刻文字あるいは神聖文字)」の解読から始まったといわれています。本展でもレプリカが展示されている石碑「ロゼッタ・ストーン」に刻まれた文字を元に、フランスの言語学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンがヒエログリフを解読したのが1822年のこと。来年がちょうど200年目にあたります。

いまではよく知られるヒエログリフですが、プトレマイオス朝時代の最後の女王クレオパトラの死後、エジプトがローマ帝国に支配されるようになると、ローマ帝国のキリスト教国教化(紀元後3世紀)とともに異教徒の文字の使用は禁止され、ヒエログリフとそこから生まれたさまざまな筆記体は使用されなくなりました。その後約1500年間ヒエログリフは人々の記憶から忘れ去られていたのです。

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「大英博物館ミイラ展」で展示中の「ロゼッタ・ストーン(レプリカ)」
(大英博物館蔵 © The Trustees of the British Museum)
私たち現代人が毎日のように使っているアルファベットも、元はエジプトに傭兵として雇われていた外国人が自らの名前を記すために、ヒエログリフの一部を用いて考案した独自の文字システムが起源だと考えられている

1799年、ナポレオンのエジプト遠征に参加していたフランスの士官よって発見された「ロゼッタ・ストーン」がヒエログリフ解読の糸口となりました。ロゼッタ・ストーンには上からヒエログリフ、もう一つの古代エジプト文字デモティック(民衆文字)、ギリシャ文字と、エジプト語とギリシャ語の二言語が併記されていたため、それらを比較して解読できるのではと期待が高まったのです。

ヨーロッパ中の研究者が競うように解読に挑みましたが、最も重要な成果をあげたのがイギリスの物理学者トマス・ヤングとフランスの若い言語学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンでした。ヤングは、ギリシャ出身の王プトレマイオスの名前を含むカルトゥーシュ(王名を記した枠)の表音文字など多くのヒエログリフの意味を特定。シャンポリオンはプトレマイオス王のカルトゥーシュを他のものと比較し、1822年9月、弱冠32歳の時にヒエログリフが表音文字、表意文字の両方から構成されていることを発表したのです。

ヒエログリフの解読によって、王や貴族などの人名、肩書き、神々の名前、地名、神殿や施設の名前などの固有名詞だけでなく、政治や経済、宗教、文学などさまざまな分野の具体的な内容についても理解が進み、古代エジプトの研究は飛躍的に発展しました。また、古代エジプト語で書かれた文書を直接読むことで、古代エジプト人の考え方や世界の見方についてもより理解ができるようになったと、個人的にも思います。

私が本格的にヒエログリフを含む古代エジプト語を勉強したのは、米国留学中でした。時代によって変化する文法や草書体、エジプトがキリスト教化した時代に生み出されたコプト語などの言語も習得する必要がありました。授業自体も英語ですし、とにかく朝から晩まで必死に勉強した日々でしたね。

史上最大の発見からも100周年

ヒエログリフの解読から100年後の1922年に、もう一つ大きな出来事が起こります。それがイギリス人考古学者のハワード・カーターによる「ツタンカーメン王墓」の発見です。黄金のマスクをはじめ、5千点以上の埋葬品が見つかっており、その点数や遺物に見られる高い技術をしのぐ遺物の発見は、21世紀に入ったいまも成されていません。エジプトだけでなく世界的に見て、考古学史上最大の発見といっていいのではないでしょうか。

黄金のマスク
「大英博物館ミイラ展」で展示中の「ツタンカーメン王の黄金のマスク(レプリカ)」
(朝日新聞社蔵)
1965~66年に開催された「ツタンカーメン展」の際に制作された。高い技術で整形、装飾が施された古代エジプトにおける金細工の最高傑作の一つとされる黄金のマスクを、細部に至るまで精緻(せいち)に再現している

というわけで、エジプト考古学にとって大変シンボリックなこれら二つの出来事の節目が重なる2022年は、世界各地で「エジプトイヤー」にちなんだ催しが開かれ、大きく盛り上がることと思います。

2022年、大エジプト博物館は開館に向けて大詰めへ

そしてエジプトではカイロに建設中の「大エジプト博物館(GEM)」が開館に向けて大詰めを迎えています。ツタンカーメン王墓の出土品を中心とした、単一の文明を扱う博物館としては世界最大の博物館になるといわれています。

P3_開館に向けて大詰めを迎えている大エジプト博物館©GEM
開館に向けて大詰めを迎えている大エジプト博物館 ©GEM

実はカーターの発見したツタンカーメン王墓から出土した約5千点のうち、本格的な研究に着手できているのは3割程度、残り7割はほぼ手つかずの状態です。GEMの開館準備にあたっては、出土品の保存や修復など研究面で日本の国際協力機構(JICA)が協力、支援していますが、その過程でも数多くの新しい発見がありました。

私は、2016年11月から開始されたJICA技術協力事業「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」にて、エジプト学・考古学の監修を担当しています。GEMに展示する72点の対象遺物を、日本とエジプトの専門家たちが協力し、共同で保存修復を行うというものです。

72点は木材、染織、壁画の3分野に分かれており、各分野の専門家たちが、エジプトの至宝であるツタンカーメン王の遺物などを、状態確認から保存修復、展示支援など、協力し合いながら実施しています。私は木材、染織、壁画の3分野の遺物全体の監修を担当しており、現地の専門家たちと一緒に遺物の分析や調査などを行っています。

この11月にもエジプトを訪問し、木材ラボの現状や、GEMに展示予定の儀礼用戦車(チャリオット)と天蓋の展示場所、展示に関する館内設備などを確認してきました。

本展に展示されている大英博物館所蔵のミイラもそうですが、発掘され、博物館に収蔵されてから長い年月が経っていても、最新の技術をもって再度研究にあたると、新たに解明されることもありますから、これからも発見は絶えず続いていくでしょう。

P4_エジプト専門家とツタンカーメン王のベッドの状態を調査する河合望氏(左)©JICA/GEM
エジプト専門家とツタンカーメン王のベッドの状態を調査する河合先生(左)©JICA/GEM

また、近年はエジプトの考古学者自身が、新たな発見をしようと力を入れています。自分たちの歴史を自分たちで学び、明らかにしていきたい、という流れに移ってきていると感じます。エジプトには、欧米だけでなく、日本や中国などアジアも含め世界中から調査隊が訪れ、発掘調査をしていますが、現在ではいままで以上にエジプトの人と協力をしながら進めるような形に変化してきています。

さらに先の将来に向けては、古代エジプトに興味をもってくれる子どもたちが一人でも多く現れて、次の世代を担う研究者に育ってほしいと思っています。2022年は、私自身もエジプトでのツタンカーメン王墓発見100周年を記念する国際シンポジウムなどに招待されておりますが、そういった思いを持ちながら、来年も色々なところで、様々な形で、古代エジプト文明の魅力を発信していきたいと考えています。

(了)

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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は公式サイトをご確認ください。


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