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クリスの物語(改)Ⅲ 第八話 特訓の成果

「ひっ」
 クリスは思わず声を上げた。あまりの恐怖に、口から心臓が飛び出しそうだった。
 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは田川先生だった。

「上村君!?何をしているの?」
「シーッ」
 相手が教師であるにも関わらず、クリスは静かにするように注意した。それから、先生が手にしている懐中電灯のスイッチをオフにした。

 田川先生は、面食らったように顎を引いて押し黙った。中の人たちに気づかれたんじゃないかと心配になって、クリスはまた穴から中をのぞき込んだ。
 しかし、三人は同じ体勢のまま身じろぎひとつしていなかった。

 クリスは、ほっと胸を撫で下ろした。それから、先生にものぞいてみるようにとジェスチャーで示した。
 声には出さずに「なに?」と口パクで言うと、怪訝な表情をしながらも先生は腰を落として穴から中をのぞき込んだ。

 驚きを隠せない様子で、先生は口を手で押さえた。大きな目がさらに見開かれた。そして、もう一方の手でクリスの腕をつかんだ。かなり強い力だった。
 痛みに顔をゆがめるクリスに気づき、先生は手を離した。しかし、先生は恐怖に怯えきっていた。

 そんなに怖がることだろうかと不思議に思い、クリスは場所を変わってもう一度穴をのぞいた。すると、信じられないような光景が目に映った。

 そこには、得体の知れない怪物が出現していた。黒い毛に覆われたゴリラのような上半身には、コウモリのような翼を背中に大きく広げ、狼のような頭部にはサーベルタイガーのような牙をむき、ヘビのように長い胴体をくねらせながら、怪物は三人の頭上を舞っていた。

 肉が腐ったような強烈な臭いが鼻をつき、クリスは思わず鼻と口を手で覆った。
 地底世界や海底世界でも様々な伝説の生物を目にしてきたが、それらとは明らかに雰囲気が違った。悪魔とかそういった類の生物だった。

「ワンワンッ」
 魔物の存在に興奮したのか、倉庫の反対側で突然ベベが吠え出した。

『ベベ!静かに!吠えちゃダメだ!』
 クリスは思念で叫んだ。しかし、もう遅かった。ベベの吠え声に反応した魔物が、大きな胴体をくねらせて後ろを振り返った。

 ベベはクリスの忠告を無視して吠え続けている。立ち上がった白装束の三人のうち両脇の二人が出口へ向かい、扉をふさぐ跳び箱をどかし始めた。

『ベベ!こっちへくるんだ!』
 クリスの声が届いたのか、ようやくベベの吠え声が止んだ。

 一人残った少女が、十字型の短剣を魔物にかざしてブツブツとまた唱え始めた。
 すると、短剣から紫色の光線が電流のように放たれ、魔物を包み込んだ。少女に向き直った魔物の動きが、それによって封じられた。

 すごい。大きな魔物を操る少女に、クリスは思わず感心した。
 しかしそう思ったのも束の間、まるでさび付いたブリキのロボットのような動作で魔物が両腕をガガガッと振り上げた。そして、勢いよく腕を振り下ろした。

 その次の瞬間、少女が吹き飛ばされてクリスの視界からいなくなった。
 その代わりにクリスの目に入ってきたのは、魔物の下で地面に横たわる別の少女の姿だった。

 制服を身に着け、黒ずんだ床に石灰で描かれた記号(△と▽を重ね合わせた✡マークを〇で囲ったもの)の中央で横たわる、色白で小柄な少女────紗奈だった。

 魔物は紗奈を食べてしまおうとでもいうのか、長い舌を垂らして見下ろしている。

 跳び箱を移動していた二人は少女が吹き飛ばされたのを目にして怖気づいたのか、必死に逃げ出そうとしていた。
 そんな二人に構うことなく、魔物は紗奈に飛びかかろうとした。

「やめろー!」
 クリスが大声で叫んだ。

 紗奈に飛びかかろうとした魔物は、すんでのところで止まってクリスの方を振り向いた。その隙に、白装束の二人が反対側の扉から外へ飛び出していった。

「ワンワンワンッ」
 クリスの足もとでベベが吠えた。逃げ出した二人の方は見向きもせずに、魔物がクリスたちの方へ近づいてくる。

 クリスは先生を押しのけ、椅子に足を取られてすっ転びながらもがむしゃらに表側へ回った。その後ろをベベも走って追いかけた。
 開け放たれていた鉄の扉を、クリスは思いっきり蹴飛ばした。

 バアーン!
 クリスが扉を蹴ったのと同時に、反対側で爆発音が轟いた。そして倉庫の裏手が扉ごと消し飛んでいた。
 どうやら、魔物がぶち壊したようだ。そこにいたはずの田川先生の姿が見えなかった。

 クリスに気づいた魔物は、蛇のように体をくねらせて振り返ると両腕を大きく広げて襲いかかった。

「オンドーヴァルナーシム!」

 突進してくる魔物に向かって、クリスは右腕を突き上げた。咆哮するように大きく口を開けた光の龍が、ミラコルンから放たれた。

 突進してきた魔物は、自らの顔面をブロックするように両腕をクロスさせた。しかし光る龍は魔物を体ごと飲み込むと、反対側の扉から空へ向かって飛び去って行った。

 クリスは肩で息をしながら、自分の右腕を見つめた。
 無我夢中だったが、こうして特訓の成果を実戦で出すことができた。
 しかし、まさかこの地表世界でこんな実践を迎えることになるとは思いもしなかった。


第九話 アニムス養成校での特訓

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!