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クリスの物語(改)Ⅲ 第十一話 紗奈の記憶

 翌日の昼下がり、クリスは昨夜置きっぱなしにしてきた自転車を学校へ取りに行った。
 そして帰宅したクリスの元へ、紗奈から電話があった。

 今から会えないかという。散歩に連れて行くようベベからせがまれていたクリスはそのことを紗奈に伝えたところ、紗奈も一緒に行くと言った。
 今すぐにでも出かけたがっていたベベだったが、クリスの説得に仕方ないというように了承した。

 そして15分ほどしてから紗奈が来た。自転車を停める音がすると、クリスとベベは家を飛び出した。

 ガレージから出てきた紗奈は、ツバの広い帽子を被り、白のTシャツに花柄のショートパンツという真夏の服装だった。
 気象庁によればまだ梅雨明け前ということだが、日射しも強くジメジメとしたその日には丁度良い格好だった。

 紗奈のその涼しげな服装に比べれば、Tシャツにジーンズというクリスの服装はいささか野暮ったく映った。

 紗奈へのあいさつもそこそこに、ベベは“お城”に向かって駆け出した。クリスと紗奈は、顔を見合わせて苦笑しながらもその後を追いかけた。
 見たところ、紗奈は元気そうだった。昨日のことで思いつめたりしていないかというクリスの心配は、杞憂に過ぎなかったようだ。

 クリスたちは、いつものようにお城の上に腰かけた。お城の上は風通しもよく、空き地を挟んだ裏手は森に囲まれているため、夏の暑い日でも比較的涼しくて気持ちがいい。

「昨日はありがとう」
 クリスの隣に腰かけて「涼しい」と笑顔を見せた後、紗奈が礼を言った。
 クリスは、首を振った。

「それより、大丈夫?」とクリスが尋ねると、紗奈は小首を傾げた。それから、『何が?』という思念を飛ばした。

「いや、紗奈ちゃんは覚えてないって言ってたけど、昨日やっぱり誰かに襲われたんでしょ?」
「うーん」と言って、紗奈はうつむいた。そして少し考え込んでから、口を開いた。

「実際、本当に覚えてないの」
 ため息交じりに紗奈はつぶやいた。

「昨日、校門を出てスマホを取り出したところまでは覚えてるんだけど、その後のことがどうしても思い出せない」
 紗奈は、左右に小さく頭を振った。

「それで気づいたら倉庫の中で横たわってて、目の前にはクリスがいて、桜井さんと田川先生が倒れてた」
 眉根を寄せて訝しむように紗奈は言った。
「あ、スマホはちゃんとカバンに入ってて無事だったんだけどね」と、紗奈は小さなショルダーバッグに入ったスマホをちらっと見せた。

「でも昨日言ったように、ぼくは桜井さんの他に二人の男子がいたのをこの目で見てるんだ。と言っても、二人とも白い帽子をすっぽり頭まで被ってたから、男かどうかはわからないけど。でも体格からしてたぶん男だと思う。だから、その二人が紗奈ちゃんを倉庫まで運んだんじゃないかと思うんだ。その二人に心当たりはないかな?」
 クリスの問いに、紗奈は首を振った。

「わたし、桜井さんとは別にそこまで仲良くなかったからね。なんで桜井さんがうちの中学にいたのかも分からないし。その二人は桜井さんとつながりがある人たちだろうから、うちの学校の生徒ではないかもしれないしね」

「ぼくもそれは考えたんだ。でも、桜井さんが進学した中学校って、女子中だったよね?だから、男子のつながりとなると、やっぱり小学校の時からの知り合いとかになるんじゃないかな?」
「そうかも」と、紗奈はうなずいた。

「でも、わたしをさらって、悪魔を呼んでどうするつもりだったんだろう?クリスの言ってたそのヘビのような胴体をしたゴリラみたいな悪魔は、わたしを食べようとしていたのでしょう?」
 想像しただけで気持ち悪い、というように紗奈は顔をしかめた。

「食べようとしていたかは分からないけど、でも襲いかかろうとしていたのは確かだね」
 たしかに。優里とその仲間は、悪魔を使って紗奈を一体どうするつもりだったのだろうか?

「桜井さんに何か恨まれるようなことした覚えはないんだけどなぁ。ほとんど接点なんてなかったし」
 小学校時代のことを思い出しているのか、紗奈は宙を見つめてぼそっとつぶやいた。


第十二話 不審点

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!