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七瀬の不思議なバースディプレゼント

この物語は、妄想です。当たり前ですが。

-もう少しの夢

「起きて、起きて!」
僕を呼ぶ声がする。
昨夜は、旧知の先輩方とプール一杯分くらいの酒を飲んだ。体感で。
久しぶりのアルコールは、僕の頭の奥で、熱を持って、ジンジンと響いた。
「ううう」
僕は、ベッドの上で、呻いた。
やおら、寝ぼけ眼にメガネを押し当てた。
いい匂いと僕の前に広がる影。
僕は、酔っ払っているようだ。どうやって帰ったかの記憶もない。
おそらくは、運転手に迷惑をかけたのだろう。
今度謝ろう、と思いながら、頭上に焦点をあわせると、見知らぬ顔。
「……。だ、誰や……」
僕は、二日酔いが生み出したのであろう亡霊に話しかけた。
「もう……。酔っ払ったからって、ななのこと忘れるんは、なしやで?」
彼女は、頬を膨らました後、笑顔になった。
僕は、本当にプール一杯分の酒を飲んでしまったのかもしれない。
「えー、と」
「ほら、シャキッとして?朝ごはんできてんで?」
なるほど、新しく雇ったお手伝いさんか、それにしても若いな。よくやった。我ながら。
心のなかでガッツポーズだ。

鮭をつつきながら、舌鼓を打った。
酔った体に、味噌汁が効く。
これや!これ!
金は有効に使わないといけないな、しかし。
僕は、久しぶりに有意義な金の使い方をしたみたいだった。

「昨日の残りのケーキあるで?食べる?」
「あ、あの、何で、タメ口なん?」
「何でって、それは。ななが、だいちゃんの彼女やからちゃう?」
「疑問を疑問で返された……」
「今日のだいちゃん変やで?昨日の誕生日プレゼント不満やったん?」
「昨日の誕生日?だって、昨日は」
「仕方ない。どこでもデートに付き合ってあげるわ。今日は。しゃーなしやで」
「いや、仕事に行かないと」
「仕事見つけたん?やったやん!」
僕は、朝食を食べ終えた後、洗面台に向かった。
というか、ここどこだ?誰の家だ?でも、なんだか懐かしい気がする……。
ビルの鍵を探した。どこにもない。
携帯もカードも、どこにもない。
リビングで流れる天気予報。
大阪は晴れ?酔っ払って、関西まできてしまったか。やっちまったな。

「ななさん?」
「気持ち悪いなーななせって呼びーや。なんなん?」
「ななせ?ななせ……ななせ。七瀬??西野七瀬?」
「なんなん、改まって」
「いや、何でもない」
僕は頭を抱えた。酔っ払って、めちゃくちゃをやってしまった。
アイドルを連れて帰った?でも、なんで?誘拐?いやいや……。
僕は、彼女に騒がれないように、慎重に声をかけた。
「西野さーん、あのー……。仕事には、行かなくていいんですかね。そのアイドルとしてさ」
「アイドルの仕事?なながそんなんできるわけないやん。人見知りの。あ、いくらアイドルが好きだからって、そのおちょくり方はひどいんちゃうかな?」
あかん、あかん。あかーん!どないなってんねん。
何で、おはよう朝日です、流れてんねん。
少なくとも、ここ東京ちゃうやろ。
僕は、携帯電話を手に、って携帯ないやんけ。
固定電話から、祖父の家に電話する。
「なんや、金の無心ならお断りやで」
ちゃう。ちゃうんや。
「あのな、じいちゃん。落ち着いて聞いてや。アイドルの西野さん、西野七瀬さんを誘拐したかもしれへん」
「何言うてんねん。七瀬ちゃんと暮らしたいって言うたん自分やん」
「いや、そんなん知らんけど、ゲーノー界の怖い人に、しばかれる。どないすればええんや」
「アホか。芸能人と暮らすんなんか、反対するに決まってるやろ」
みんなみんななんやねん。
ええわ、ほっといたろ。

「だいちゃん、出かけるんでしょー」
七瀬は、コケタニくんを洗濯していた。僕は、そのあまりに滑稽な姿に、笑いをこらえた。
「せやな。せや」
これで、捕まるんやったら、しゃーない。時間の問題や。街に出れば、問題は解決するやろ、良くも悪くも。
「もう、仕事休んだろ」
「ほらー、やっぱり仕事見つかってなかったんだー」
なんや、それ。まあ、ええわ。

僕らは、なんばで買い物をした。爬虫類ショップで、爬虫類の値段に度肝を抜かれたり、映画に行ったりした。
(おかしい。仮にも、西野七瀬やぞ。乃木坂46やぞ。なんで、誰も気づかへんねや)
「どうしたん?」
「いや、何でもない」
彼女は、僕が好きな童顔というやつでも、ロリというやつでもない。
言うなれば、ジャンプのメインヒロインみたいな感じで、僕の好きなタイプではない。
そう、僕のタイプではないはずなのだ。
こういう女の子は、野球部とかサッカー部とかのやつがかっさらっていくねや。
「あのさあ、七瀬さ、本当は僕のなんなん?」
「なんなんって……そりゃあ、彼女に決まってるやん」
七瀬は、少し悲しそうな顔をした。
「僕のこと、好きなん?その、金目当てとかじゃなくて」
「決まってるやろ。だいたい、だいちゃん、ニートやん」
僕は、現実を受け止める他なかった。
彼女は、僕が好き。そして、僕は無職。
「だいちゃんは、違うん?せやんな、私なんか……」
そうなのか?僕は七瀬が嫌いなのか?
確かに、朝からテレビをつけていて、所帯じみた感じもあるし、変な馴れ馴れしさみたいなものを感じないわけではないけど。
だけど、どうなんだ。嫌いなのかと問われると、違うと言える。
じゃあ、好きなのか、と聞かれたら。正直わからない。
ただ、この夢みたいな時間がもう少しだけ続いてほしい。そう思ったのも事実だった。

-ひとりよがり
僕は、僕の感情を信じてみることにした。
この間違いばかりの人生でたった一度だけ修正が効くよう、神様が施したイタズラ。
それが、きっと今なのだから。

「七瀬」
「ん?」
「ずっと一緒にいような」
「うん!!」
彼女は、そのか細い体躯から想像できないほど、力強い声を発した。
そして、僕の前から、消えた。

-ごめんね ずっと…
僕は、東京の自宅で起床した。
「七瀬?七瀬?七瀬!」
静寂と鈍い光が支配する寝室は、僕の鼓動だけを反響した。
テーブルの端に、僕は特徴的な曲線をした文字が並んだメッセージカードを見つけた。
傍らには、どいやさん。

「ごめんね、ずっと……」
たった、一行、彼女からの言葉は、僕の心にのしかかった。
僕も窓の外、七瀬、そして僕自身に向かって言った。
「ごめんね、ずっと……」

この物語は、妄想です。当たり前ですが。


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