大学院生活を振り返る〜"Ikigai(生きがい)"を見つけるために
こんにちは、東京大学の池谷裕二研究室で脳の研究をしている紺野大地と申します。
去る3月24日、4年間の大学院生活を終え、東京大学大学院博士課程を卒業しました!
支えてくださった全ての方々に心から感謝しています。
さて、池谷研究室では「博士最終セミナー」というイベントがあり、博士号取得者が思い思いに話をします。
私は研究の話に加えて、
「人生における"Ikigai(生きがい)"をどうやって見つけるか」という話をしたので、その内容をまとめたいと思います。
まずは、4年間の大学院生活をざっくり振り返ります。
大学院生活を振り返る
入学前:論文が読めない、先輩が何を言っているか分からない
大学院入学の半年くらい前から自分で論文を読み始めたり、研究室の勉強会に参加させてもらったりしていました。
ですが、論文は丸1日かかっても読み終わらないし、勉強会では先輩方が何を言っているか全く分からないという状況で、「とんでもない所に来てしまった…」というのが率直な感想でした。
1年目:手術失敗が3ヶ月続く、自分のできなさに焦る
大学院に入学し、実際の実験や研究が始まりました。
私はネズミの脳に電極を刺して脳活動を記録するという研究をしていたのですが、電極を埋め込む手術がうまくいかず、研究が全く進まないという時期が3ヶ月ほど続きました。
毎週のセミナーで「今週も何も進捗はありません」というのが辛くて恥ずかしくて、何度も逃げ出したい気持ちになったことを覚えています。
ともあれ、多くの方々の手助けもあり1年目の終わりには人生初の論文を出すことができました。
Acceptのメールを受け取ったときは、文字通り「世界が輝いて見える」と感じたのを今でも覚えています。
(人生初の論文。今見返すと恥ずかしいところばかりです…笑)
2年目:結果が出ない日々、メンタル的に一番辛かった時期
2年目はテーマを変え、「ネズミが何を見ているかを、神経活動だけからディープラーニングを用いて予測する」という研究に取り組み始めました。
ですが、この研究も全くうまくいかず、半年ほど続けるも成果が得られなかったため諦めることとなりました。
大学院生活では、この時期が圧倒的に辛い時期でした。
このままだとメンタルがもたないと思い、池谷先生に「メンタル的にかなり辛い」ことを打ち明けたところ、色々と配慮していただきました。
今振り返ると、あの時打ち明けていなかったら私は大学院をドロップアウトしていた可能性がかなり高かったのではないかと思います。
この経験から、2つのことを学びました。
1つ目は、「メンタル的に辛いことは、周りから見ていても意外なほど分からない」こと。
2つ目は、「メンタル的に辛いことを打ち明けるのにはかなり勇気が必要だが、確実に気持ちが楽になる」ことです。
もし今辛いと感じている人がいれば、ぜひその状況を周りの人に伝えて欲しいなと強く思います。
3・4年目:博士論文と出版に向けての日々、あっという間の2年間
その後だいぶメンタルは回復し、3年目と4年目は博士論文に向けて淡々とデータを集める日々が続きました。
また、昨年12月に本を出したのですが、出版に向けての執筆も「週4日、1日3,000字」とノルマを決めてコンスタントに書き続けました。
3・4年目はとても楽しく、振り返ればあっという間に過ぎた2年間でした。
(池谷先生と共著を出せたことは、博士課程に限らず人生の大きな1ページになりました。脳や人工知能に興味があればぜひ読んでみてください!)
Ikigai(生きがい)について
ここから"Ikigai(生きがい)"についての話になります。
先日、このようなツイートをしました。
"Ikigai(生きがい)"とは、2018年ごろに全米ベストセラーになった以下の本で提唱された概念です。
この本によると、"Ikigai"とは、「好き」「得意」「お金になる」「世界が必要としている」という4つが重なる領域と定義されます。
(以下の図が非常に分かりやすいです。)
この図を見ても、「好き」「得意」「お金になる」「世界が必要としている」の4つが重なるのはかなり難しいことが推測されます。
私は現在、医師として働きながら研究をしていますが、医師の仕事や研究はこの図のどこに位置するかを考えてみました。
まず医師としての仕事は、「世界が必要としていて」「給料もいただけ」ます。
一方で、医師(特に内科医)の仕事はいずれ人工知能に代替されると私は考えており、そういった仕事が心から好きかと言われると、あまり自信がないというのが正直な気持ちです。また、私は首からカテーテルを入れるような手技はあまり得意ではありません。
そうなると私にとって医師の仕事は、"VOCATION(生計を立てる手段)"になるのかもしれません。
次に研究は「世界が必要としていて」、論文を読むことや議論をすることが「好き」です。
また、文章を書くことやプレゼンテーションをすることは比較的「得意」ですが、一方で私はネズミの手術などはあまり得意ではないですし、大学院生なのでお金をもらっている訳でもありません。
そう考えると、「自分にとって研究が"Ikigai"である」とは現時点ではまだ言えないと感じています。
情報発信との出会い
少し話は変わりますが、私は大学院2年生の初め頃にTwitterで「読んだ論文を紹介する」ことを始めました。
これはIkigaiのことを考えて始めた訳では全くなく、単に自分のための備忘録に加え、多少なりとも他の人の役に立てればくらいの気持ちでした。
(以下は一番最初のツイート)
私はTwitterでの論文紹介が「好き」ですし、140字以内でまとめるのはそこそこ「得意」でもありました。
そして続けていくうちに意外なほど「必要としてくれている人が多い」ことが分かり、さらには本を出版したおかげで、ありがたいことに「お金を稼ぐ」こともできました。
今では情報発信は私にとってIkigaiの1つですし、これからも続けていきたいと考えています。
計画的偶発性
幸いにも私は情報発信というIkigaiに出会うことができましたが、一般論としてどうすればIkigaiを見つけることができるでしょうか?
そこで参考になるのが、「計画的偶発性(Planned Happenstance)」という概念です。
これは、心理学者のジョン・D・クランボルツ先生が提唱したもので、
“個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。
その幸運な偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこう。”
という考え方です。
自分にとって情報発信がIkigaiになることは予想しない偶発的な出来事でしたし、その他にも様々な予期しない人との出会いや新しい挑戦が自分のキャリアの大部分を形作っていることを実感します。
「計画的」というのがポイントで、
"キャリアの8割は予想しない偶発的なことで決定されるけれど、試行(行動)回数を増やすことで幸運な偶然に出会う確率を高めることができる"
というのが計画的偶発性の考え方です。
新しい人と出会ったり、新たなことに挑戦したりという1回1回の行動がIkigaiに結びつく確率は非常に低いですし、その確率自体はコントロールできません。
一方で、なるべく多くの人に出会うことや、新しいことに挑戦するといった行動自体を増やすことは自分自身でコントロールできるという訳です。
ちなみに、計画された偶発性は、以下の5つの行動特性を持っている人に起こりやすいと考えられています。
好奇心(Curiosity)
持続性(Persistence)
柔軟性(Flexibility)
楽観性(Optimism)
冒険心(Risk Taking)
大学院生活は研究に集中するのが一番大事ですが、空いた時間で色々なことに挑戦することで、Ikigaiと出会える人が増えてほしいなと願っています。
今後について
今後は、1. アカデミアへの貢献、2. インダストリーへの働きかけ、3. 一般の方々への情報発信の3つに取り組んでいきたいと考えています。
1. アカデミアへの貢献
4月からは東京大学医学部附属病院で臨床医として働きながら、池谷研究室をはじめとするいくつかの研究室やプロジェクトでアカデミックな活動に取り組んでいきます。
2. インダストリーへの働きかけ
人工知能分野ではアカデミアの成果がビジネスに結びつくことで、アカデミアとインダストリー間で人とお金の流動性が増し、分野自体が成長するという好循環が生まれています。
私は神経科学の分野でもそのような未来が来ることを期待していますし、そのために自分が貢献できる道を考えていきたいと思っています。
3. 一般の方々への情報発信
私が神経科学に興味を抱いたきっかけは池谷先生の『進化しすぎた脳』などを読んだことでしたし、周りにも池谷先生の本を読んで研究を志した人が何人もいます。
このように、情報発信は神経科学のファンや研究を志す人を増やすことができる素晴らしい取り組みであり、今後もTwitterやnoteで情報発信を続けていきたいと考えています。
最後になりますが、これまで応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
これからも活動を続けていきますので、引き続きよろしくお願いします!
Life is short. Wear your passion, and live your dream.
(人生は短い。情熱を身にまとい、あなたの夢を生きよう。)
p.s. 神経科学や人工知能、老化についての最新研究を月3回深掘りする"BrainTech Review"を連載しています。
興味のある方はぜひご覧いただければ嬉しいです!
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