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不寛容論 森本あんり著

先日読み終えて、すごく考え深い内容でいい本だった。
文体も難しくなく、説明も丁寧で宗教学に興味がある人にもおすすめ。

主にアメリカをイギリスが侵略する時代を背景に、寛容と不寛容の歴史とその考え方について述べられている。

そもそも寛容の問題とは、否定的に評価するしかない対象、不愉快と感じる事柄への対処。好ましいものを肯定することは当然なのだから、そこに寛容の問題は存在しない。ということを述べており、まずなるほどなぁ。と思ってしまった。

となると寛容とは、主張は認められない(認めたくない)けれど、その存在は容認する。

という困難な事を引き受けるという態度を表すのだろう。

そうなった場合に認めたくない他者を思い、寛容を実践することは容易なことではない。

「自分を寛容な人間だと思っている人」の自己認識は、多くの場合、誤認であるとこの本でも指摘している。

『不寛容なしに寛容はない』
とあるのだが、シンプルに語るのであればこのイメージ。

ということは結局のところ、私自身が何に対して許容できないのかを知ることが出発点であるということであろう。その許容でこないものを自覚したうえで、それがあることを許していくという作業だろうか。

なんとなく寛容な人間であることが素晴らしいと思いがちなように思うが、寛容であれというのも一種の不寛容であるとこの本を読むと思い知らされる。(なければいけないという表現はそもそも不寛容をはらんでいるのだ)

最後に、ぁあなるほどなと思った印象的な箇所を紹介したい。

大きな悪が実現しないように小さな悪をそのままにしておくという寛容の考え方があって、面白いなと思った。消極的な考え方だが。具体例で言えば娼婦やお金貸し。無い方がいいに決まっているのに、社会全体を考えたら許容していたほうが良いと判断されている。
確かにと言わざるを得ない。

「悪を最小限に抑えるために寛容になる」

なんとも人間らしい答えの出し方だと思うのであった。

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