ショートショートの館

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記事

【モチーフ小説】にじむ汗と熱

身体を動かさない日があると、心の中まで鈍ってしまうような感じがした。
こんなところで立ち止まっているわけには行かないのに。
けれど、ときどき勝手に開かれる、余分な扉。
私を踊りに夢中にさせたのが環境ならば、私を男から遠ざけたのも環境だ。
なんだか、その事で損ばかりしている気がする。
実際には、そうでもないのかもしれないけれど。

情感が足りない、と講師はいった。
私の踊りには、情感が欠けている。

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真夜中の声

目が覚めたことにも気がつかなかった。

辛うじて己の身体が横たわっているらしい事は分かるが、こうして右も左も、上も下も判別がつかない状況では、どのような姿勢で居るのか確たる証拠はない。

万が一、これが立ち続けていたとしても、私は何ら不思議には思わないだろう。

こうして何も見えない状況に慣れていくと、己が重力にも鈍くなっていることに気がついた。

おまけに、痛覚も空腹感も疲労感も、尿意ですらも奪

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地球スープを召し上がれ

昔々ある所に、たいそう腕の立つ料理人の男がおったそうな。

彼は多忙な生活の中で、やっとのことでスケジュールを空けることができて喜んだ。

そんな久しぶりの休息日のこと。

一つや二つの眠りでは疲れが取りきれない。

それほど彼は疲れきっていた。

そんな身体に鞭打って、溜まりに溜まった郵便物を、箱から思い切り引っ張り出して、彼はゴミ箱へと歩きだした。

その途中、広告の塊の中から何枚かが、床に落

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12

旅立ち(第2稿)

どうやら僕もここまでのようだ。

君は最後まで本当に尽くしてくれたね。

僕の人生はとても幸せな出会いに恵まれた。

そういえば、今は亡き黒の愛猫が旅だった日も、今日のように穏やかな風が吹いていたな。

覚えているかい?
あの子の旅を手助けするような優しい風を。

あぁ、最後にひとつ君に頼みたい事があるんだ。

僕が死んだら、どうかこの絵を棺に入れてほしい。

僕の家を描いたこの絵と、共に生きてき

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5

【小説】仮病

ーーAM 7:00ーー

【今朝から蕁麻疹がでていて、熱もあり辛い状況です。大事をとってお休みをいただきたく思います。申し訳ございませんが、宜しくお願い致します。】

ふぅ、送信っと。
今日はお休みだ。

だいたい、週に5日間も仕事なんて、どうかしている。
人間のなせる技ではない。
そこまで会社に尽くす意味なんて無いんだからさ。
働きたいやつは、せいぜい真面目に会社に通い詰めて、飼いならされてし

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【モチーフ小説】ある事件

「でも、びっくりしましたよ。あなたがマトモに本を書くのなんて10年ぶりとか、そんなもんじゃないですか?」

「もうそれくらいになるな。10年間、鳴かず飛ばずを続けたこの僕を、O出版は拾い上げた。発行部数を最小限に、ギャラもかなり削られるそうだ。このご時世ヘタな新人に書かせて転ぶよりも、売れない中堅に仕事を回した方が安パイだからね。」

「それで、10年前の続きをやろうっていうんですか?」

「終わ

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【小説】ナンパの流儀

これこれ。お嬢さん、お待ちなさい。
そこの、あなた、である。
時間を、持て余しては、いまいか。
私に付き合う気は、あるまいか。
面白い処へ、連れていってあげよう。
ちょいと、こら。
話は最後まで聞かないか。

これ。そこの、ご令嬢。
時間を、持て余しているようだ。
私と、来ないか。
そうか。来ないか。
なになに。
偉そうな口調が、気に食わないと。

ごめんください。
少し、お時間、いただけますか。

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8

【小説】別れの電話

知らない部屋で目を覚ました。

隅には黒い電話があり、ベルが鳴り響いている。

そのあまりにも煩いボリュームに、僕は苛々して電話をいささか強めに叩いてしまった。

当たりどころが良かったのか悪かったのか分からないが、電話は鳴り止んでくれた。
衝撃で落下した受話器がだらんと吊り下がっている。
伸びきったコードによって、床につきそうでつかない様子がもどかしい。

すると、何やら受話器から、微かな声が漏

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【小説】出版のおわり

あとがき

さて、本号をもって月刊【芋虫を舐める】は、ついに休刊となる。

創刊から300余年もの間、この月刊誌を購読し、我々の巣【百済内出版】を応援し、編集部を鼓舞してくださった読者諸兄には、しても仕切れない感謝の念がある。この地獄のような出版会を切磋琢磨するなかで蹂躙された諸出版社を横目に、我々は出涸らしの血を流しきり、食い潰された肉を奮い立たせて、ただひたすらに本を刷り続けた。この事を誇りに

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【モチーフ小説】どうぞ、お大事に

先週から薬の種類と量が増えた。
あわせて飲む水の量も増えるから、薬を飲めば空腹も幾らか紛れるのがせめてもの救いに思えた。

窓の景色を、左から右に鳥が横切るのが見える。
彼らは朝を知っている。
彼らは夜を知っている。
朝に起きて夜に眠る、
そんな人間らしい生活を最後に送ったのはいつの事だったか分からない。

眠気に鈍感になった私の身体は重量をも手放し、指で軽く触れれば崩れる危うさを手に入れて、空気

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