ショートショートの館

21

【モチーフ小説】にじむ汗と熱

身体を動かさない日があると、心の中まで鈍ってしまうような感じがした。
こんなところで立ち止まっているわけには行かないのに。
けれど、ときどき勝手に開かれる、余分な扉。
私を踊りに夢中にさせたのが環境ならば、私を男から遠ざけたのも環境だ。
なんだか、その事で損ばかりしている気がする。
実際には、そうでもないのかもしれないけれど。

情感が足りない、と講師はいった。
私の踊りには、情感が欠けている。

もっとみる
宜しければシェアもお願いします!
5

【モチーフ小説】ある事件

「でも、びっくりしましたよ。あなたがマトモに本を書くのなんて10年ぶりとか、そんなもんじゃないですか?」

「もうそれくらいになるな。10年間、鳴かず飛ばずを続けたこの僕を、O出版は拾い上げた。発行部数を最小限に、ギャラもかなり削られるそうだ。このご時世ヘタな新人に書かせて転ぶよりも、売れない中堅に仕事を回した方が安パイだからね。」

「それで、10年前の続きをやろうっていうんですか?」

「終わ

もっとみる
気に入ってくれてありがとう!
1

【小説】ナンパの流儀

これこれ。お嬢さん、お待ちなさい。
そこの、あなた、である。
時間を、持て余しては、いまいか。
私に付き合う気は、あるまいか。
面白い処へ、連れていってあげよう。
ちょいと、こら。
話は最後まで聞かないか。

これ。そこの、ご令嬢。
時間を、持て余しているようだ。
私と、来ないか。
そうか。来ないか。
なになに。
偉そうな口調が、気に食わないと。

ごめんください。
少し、お時間、いただけますか。

もっとみる
読んでくれてありがとう!
8

【小説】別れの電話

知らない部屋で目を覚ました。

隅には黒い電話があり、ベルが鳴り響いている。

そのあまりにも煩いボリュームに、僕は苛々して電話をいささか強めに叩いてしまった。

当たりどころが良かったのか悪かったのか分からないが、電話は鳴り止んでくれた。
衝撃で落下した受話器がだらんと吊り下がっている。
伸びきったコードによって、床につきそうでつかない様子がもどかしい。

すると、何やら受話器から、微かな声が漏

もっとみる
読んでくれてありがとう!
10

【小説】出版のおわり

あとがき

さて、本号をもって月刊【芋虫を舐める】は、ついに休刊となる。

創刊から300余年もの間、この月刊誌を購読し、我々の巣【百済内出版】を応援し、編集部を鼓舞してくださった読者諸兄には、しても仕切れない感謝の念がある。この地獄のような出版会を切磋琢磨するなかで蹂躙された諸出版社を横目に、我々は出涸らしの血を流しきり、食い潰された肉を奮い立たせて、ただひたすらに本を刷り続けた。この事を誇りに

もっとみる
読んでくれてありがとう!
7

【モチーフ小説】どうぞ、お大事に

先週から薬の種類と量が増えた。
あわせて飲む水の量も増えるから、薬を飲めば空腹も幾らか紛れるのがせめてもの救いに思えた。

窓の景色を、左から右に鳥が横切るのが見える。
彼らは朝を知っている。
彼らは夜を知っている。
朝に起きて夜に眠る、
そんな人間らしい生活を最後に送ったのはいつの事だったか分からない。

眠気に鈍感になった私の身体は重量をも手放し、指で軽く触れれば崩れる危うさを手に入れて、空気

もっとみる
気に入ってくれてありがとう!
5

【モチーフ小説】あなたが主人公の物語(vol.5)

*心、身体、生きろ、踊り狂え*

小さい頃に、親に手を引かれて
観た舞台を、私は今でも覚えている。

彼は、舞台の中で、若い命を燃やすように踊っていた。

そこには彼の人生の舞台ともいうべき空間があるようで、彼は自在に動き、息づかいに奇妙な生活感すら覚えた。

私は、相応しい年齢になっても、中々1人で走り回ることができない子供だった。

そんな私を気遣うように、周りは手厚く支えようとした。その手厚

もっとみる
読んでくれてありがとう!
6

あなたが主人公の物語(vol.4)

*いつも通りの日常*

「あなたって本当に面倒くさがりなのね。どうしてこんな仕事してるのよ?」

少なくともアンタと毎日顔を付き合わせたくて、この仕事を選んだわけじゃない

わたしだって仕方ないの、だからもう少し穏やかにやりましょうよ、仕事の時くらいしか会わないんだから

「ずいぶんと久しぶりじゃないか。今日はどうする?」

コーヒー、うんと濃くしたの、ちょうだいね

職場と、家と、それからカフェ

もっとみる
宜しければシェアもお願いします!
5

あなたが主人公の物語(vol.3)

*音色、辿っていく心*

家族について考える。
彼らの言う包容や愛情が、
私の心を削いでいった。
私はどこに行けばいいのか分からなくなる。

夜について考える。
鈍くなっていく感覚、時間の感覚、
私は今どこにいるのか分からなくなる。
私を包みこんだ夜は、深くなっていく。

昼夜問わず、私は鉛の服に袖を通して、
当たり前になる鎖の締め付けに奇妙な心地よさを覚える。

心が損なわれていた事に気がつくの

もっとみる
読んでくれてありがとう!
7

あなたが主人公の物語(vol.2)

*ビギナーズ・チョコミント・ラック*

「後頭部に外傷、鈍器で殴打された形跡あり・・・なるほど。」

私が警察から事情を聞いている横で、助手であるケビン君が慌てた様子で手帳にメモをとっている。

【ヒガイシャ、後頭部、ドンキ】

その程度ならメモは必要ないんじゃないかとツッコミたくなる気持ちを何とか我慢できた。

褒めて伸ばす教育方針を、私は大事にしたい。

それに、新米探偵である私のもとにやっと

もっとみる
宜しければシェアもお願いします!
7