上枝美典「『神』という謎【第二版】」感想

◇要約
1 論理実証主義の宗教批判
・論理実証主義=「科学的でないものは無意味だ」という主張。
→意味のある命題=真偽が検証できること。
・検証原理=言語によって表現されるものは、論理的なものであるか、または、経験的に検証可能であるときに限り、意味を持つ。
・「神は存在する」
有神論=有意味、真
無神論=有意味、偽
不可知論=有意味、真偽不明
論理実証主義=無意味、真偽判断不能
・論理実証主義の問題
→検証原理は自然法則のような全称命題を排除し、荒唐無稽な「A∨B」命題を受容する。
→検証原理は検証原理を排除する。
・「意味の基準」は複数あり得るし、どれがどのような場合に適切か検討されるべき。

2 宗教の心理学的解釈
・宗教的観念の成立
第一段階=自然の人格化
第二段階=自然の父親化
・心理学的解釈の問題=原因と正当化の混同
・原因≠真偽
原因:何故人間は「神」観念を持つか。
真偽:神は存在するか。
・機能≠事実
機能:宗教は慰めとなりうる。
事実:宗教は慰めに過ぎない。

3 「悪の問題」とは何か
・西洋的有神論を巡る無神論の証明
(1) 全知全能で至善なるものが存在するなら、それは、あらゆる不必要な悪を阻止する。
(2) 不必要な悪が存在する。
(3) (1)と(2)は矛盾する。
(4) (2)は真。
(5) (1)は偽。

4 自由意志による弁護
・「悪の問題」に基づく無神論の証明への反論方針
(1) 神は、全知、全能、至善の少なくとも一つの性格を欠く。
(2)この世に存在する悪で、不必要なものは一つもない。
・弁神論:「自由意志による弁護」
世界A(自由あり∧悪あり)>世界B(自由なし∧悪なし)
→「自由にした責任」と「神に異を唱える権利」
→「神の絶対性」と「人間の卑小さ」の強調は対人論法の一つ、「関係性の誤謬」。
・弁神論:「魂の完成による弁護」
人間の自発的徳性発揮には悪のある環境が必要。
→「どんな善もこの世の悪を相殺しない」
・無神論の論理=不必要な悪が存在する。故に、全知・全能・至善の神は存在しない。
・有神論の論理=全知・全能・至善の神が存在する。故に、不必要な悪は存在しない。

5 神の基本性質
・全能の定義
Sが全能であるのは、以下の3つの条件を共に満たすとき、そのときに限る。
(1) Sはあらゆるpを為すことができる。
(2) ただし、pは矛盾を含まない。
(3) ただし、「Sはpを為すことができる」は矛盾を含まない。
・石のパラドックス
(1) 神は全能であると仮定する。
(2) 「自分に持ち上げられない石を創る」は矛盾を含まない。
(3) 神は「自分に持ち上げられない石」を創ることができる。
(4) 神は「自分に持ち上げられない石」は持ち上げられない。
(5) 故に、神は全能でない。
(6) 故に、神が全能だと仮定すると、神は全能でない。
→(2)は「自分に持ち上げられる」と「自分に持ち上げられない」という矛盾する2つの性質を持つ。

6 神と自由
・「選択の自由」=複数の選択肢から自由に選択できる。
・「意志の自由」=強制されず自分の意志で望んで行う。
・全知・全能・至善な神は、「あらゆる不必要な悪を阻止する」ことは可能だが、それを実行する責任はない。
→「意志の自由」を考慮すれば、自由を持つ人間が自由に基づく行為の責任者となる。

7 宇宙論的論証
(1) 「この世界全体」は存在する。
(2) 「この世界全体」が存在することには、原因がある。
(3) 「この世界全体」が存在する原因は、この世界自身ではないし、この世界内部にあるのでもない。
(4) 原因の系列を無限に遡ることはできない。
(5) 「この世界全体」が存在する原因は、理性や科学の対象ではない。

8 目的論的論証
・アナロジーの原則
AがBに対してRという関係にあるとき、
Aに似たA’も、
Bに似たB’に対して、
Rに似たR’にある。
・「自然の合理性」のアナロジー
(1) 「合理的なもの」は「知性的なもの」に対して、「創られる/動かされる」という関係にある。
(2)  「合理的なもの」に似た「自然」も、
「知性的なもの」似た「神」に対して、
「創られる/動かされる」似た何らかの関係にある。
・「進化論」=「自然の合理性」のアナロジーへの反論。
→膨大な試行錯誤によって、知性なしに、合理的なものは生成し得る。
・「進化論」の前提への反論
→そもそも「時間的秩序」=「自然法則」が成立しているのは何故か?

9 存在論的論証
・アンセルムスの論法
【定義】G=「神」=「それより素晴らしいものが思い描けないもの」。
【証明】
(1) 「Gは現実に存在しない」と仮定する。
(2) 「Gが現実に存在する」と思い描くことができる。
(3) 「Gが現実に存在すること」>「『Gが現実に存在する』と思い描くこと」
(4) Gより素晴らしいものを思い描くことができる。
(5) (4)は矛盾。
(6) (1)は偽。(背理法)
・ガウニロの反論
→Gの代わりに「黄金の島」を代入すると、「黄金の島の実在」が導けるが、そんな島は明らかに存在しない。
→偽を証明できる論証は「不健全」。
・二階以上の高階様相述語論理を利用した現代の存在論的論証の形式的証明は可能と主張する論理学者も居る。

10 信仰の論理
・クリフォードの原則:どんな時でも、どんな場所でも、どんな人にとっても、不十分な証拠に基づいて何かを信じることは、間違っている。
・パスカルの賭け
信仰=真→天国
信仰=偽→禁欲は無駄
不信=真→現世の自由
不信=偽→地獄
→「理性的である」とはどういうことか?
→「十分な証拠に基づく」or「結果について冷静に判断する」

11 信仰という選択
・選択の種類
(1)alive↔️dead
(2)forced↔️avoidable
(3)momentous↔️trivial
・「本物の選択」(genuine option)=alive+forced+momentous
・理性的に決定できない選択への2つの態度
(1)真実を掴む≒感情に基づいて決断する。
(2)虚偽を避ける≒問題を見決のままにする。
・信仰が「本物の選択」として、どちらの態度が相応しいか?

12 「合理性の行方」
・知識の標準分析=Sがpを知っている
(1)Sはpを信じている。
(2)pは真である。
(3)Sはpを信じることにおいて正当化されている。
→K=JTB
(Knowledge is justified true belief)
・基礎付け主義(foundationalism)=証拠には絶対確実な他の証拠に基礎となるものがある。
・整合主義(coherentism)=あらゆる証拠は、他の証拠との関連の中で正当化される。
・信頼主義(reliabilism)=信頼できる生成過程に基づいている信念が正当化される。
→「正当化」の基準は様々あるが、どれも一長一短で、決定的なものはない。

◇感想
 「神」という謎を中心に、宗教哲学の代表的主題を概観する入門書。

 キリスト教とそれに対抗する無神論に話題が偏ってることと、著者の分析哲学贔屓を割り引けば、基本的概念は理解できると思います。

 個人的には、認識論や存在論よりも、倫理や実存が宗教哲学の主要課題と考えるので、その辺りにももう少し目配りされていると良かったという印象です。

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