もう許すことはないだろう

大学生はやたらと海に行きたがる。といっても真夏に友達と海水浴をするのではなく、ひとりで海岸を歩いてみたりするという意味で。肝心なのは歩いて「みたりする」のところで、要は分かりやすく感傷に浸りたいのだ。馬鹿みたいにシンボリックな海で、その羞恥心を誤魔化してくれる缶ビールを片手に。

僕の場合はある日の放課後、ウイスキーの小さいボトルを大学近くのコンビニで買ってみたりして、5〜6時間かけて東京湾まで歩いてみたりして。それで海沿いのベンチに腰掛けてみたりして、こんなことしちゃってる自分をTwitterにあげてみちゃったりした。いい思い出だ。

そのときの海ですう。手前のとことかやっぱ怖い。

表層ではそんな感じだったのだが、深層のところでは少し怖がっていた。何を?海をである。実は一度だけ僕は海で溺れたことがある。小学校に入る前のこと、家族や親戚と一緒に海水浴に行った。どこの海だったかは忘れたけど、僕は車の形をした浮き輪に跨っていた。浮き輪にはちゃんとハンドルがついていた。

親戚にちょっと調子に乗ってる兄ちゃんがいた。兄ちゃんは僕を乗せた車をなぜか沖まで連れて行こうとした。僕は全身全霊で拒否しているというのに、嫌がれば嫌がるほど兄ちゃんは沖へ沖へと車を引っ張っていく。案の定、少し高い波が来て車は転覆する。そして10秒くらい溺れてから兄ちゃんに拾い上げられた。そのとき僕は浮き輪から取れたハンドルをしっかり握っていたらしい。

それから10年近く海は怖くて行けなかったが、中学生になって旅行で久しぶりに海水浴へ行ったら1時間もしないうちに克服できた。その海が宮崎の海だということは、はっきりと覚えている。だけど今でも海は少し怖く、特に夜の海を見るとどうしても自分が溺れる様を想像してしまう。

マジで。あの兄ちゃんは愚かだと思う。なぜこれだけ嫌がっているのに笑っていられるんだろう。少し過剰かもしれないけど、インスタで泣いてる子供を笑いながら撮影してる動画とかを見ても僕は同じ風に思ってしまう。子供を持ったらまた変わってくるのかもしれないけれど。だから巨人の坂本もアメフト部の4人も本当に愚かだ。ニュースに載ってる顔写真の笑顔が、どうしてもあの兄ちゃんに重なってしまう。僕はハンドルを離さなかったのではなくて、離せなかったんだろうと、今は思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?