(短編小説)優しい嘘。

「ねぇ、年末はこっち帰ってくるの?」

母さんから定期的に連絡がある。憂鬱な平日を過ごし、また憂鬱な月曜日が始まる、その前日の日曜日夜にその電話はかかってきた。

「うーん。どうしようかな。まだ決めてない」
「そうなのね。・・・あんたの彼女さん、まだ体調良くないのかい?」

そう母さんに確認されると緊張する。僕は親に嘘をついていた。

「う、うん。実はそうなんだ。いつも寒くなると寝たきりのようになってしまうから看病しないといけなくてさ。だからゴメン、今年も帰れないかもしれない。」
「そうかい・・。その下世話な話で悪いんだけどさ。結婚しても子供産めなかったりするんじゃないの。ウチはあんたしか子供いないんだから彼女さんが跡取り産んでくれないと困るんだからね」
「うん・・。」

母さんには悪いけど跡取りは望めない。
だってそもそも彼女なんていないんだから。僕は生まれてから早40年が経つが彼女がいたことが無い。年齢=彼女いない歴なのだ。新卒で入った会社の先輩にからかわれながら行った風俗で童貞卒業はしたが、それ以降女性と触れ合う機会は全くなかった。

「彼女さんと付き合ってどれくらいになる?まだ結婚はしないの?私もお父さんも年齢が年齢だから、早くあんたが身を固めて所帯持って孫の顔見せに来て欲しいんだけど。・・・まだ無理そうなのかい?」
「うん。ゴメン、まだ・・」
「お父さんね、あんたにはまだ言ってなかったけど先月癌が再発してたんだよ。今治療に病院通っている」
「えっ」
「癌家系だからね。再発も仕方ないのかもしれないけど。だから早く孫の顔見せてやって欲しいんだよ。ねぇ、いつ結婚するか彼女さんに聞いてみてくれないかい??」
「・・・・。」


僕の父は3年前に肺がんを患った。
当時はまだ父は会社員で人間ドックで異変が分かり後日病院に行って見つかった。ステージ3だった。

抗がん剤治療でみるみるうちに痩せ衰えていく父をとても見ていられなくて僕はつい嘘をついてしまった。「結婚を前提として付き合っている彼女がいる」と。

父は孫を待ち望んでいた。
だから「孫の顔を見るまでは絶対に死ねない!」と抗がん剤治療にも前向きになり、なんとか癌の治療を終えることが出来た。父が生きられた事は非常に喜んだ反面、ついてはいけない嘘をついてしまったのかもしれないという後悔に悩まされることになってしまった。自然と実家とは疎遠になってしまい今に至る。

「お父さんね、最近キャンプにハマりだしたんだけど退職金はたいてキャンプセット一式買っちゃったのよ。テントは8人くらい入る大きいやつで、バーベキューセットもね。ふふっ、私は『お父さん、気が早いわよ』って言ったんだけどねぇ。それといつもデパートに行っては『孫のおもちゃで良いのがあったから買ってきた!』ってばかみたいに沢山おもちゃやぬいぐるみ買ってきちゃってね。私はまだ男の子か女の子か分からないって言ったんだけど、『俺たちの孫なら間違いなく可愛いだろ!』って言っていてね。あんたが使っていた子供部屋はそのおもちゃやぬいぐるみでもう一杯になってるんだよ。」
「・・・・。」
「ねぇ、早く結婚して孫連れてきておくれよ・・。お父さん、もう次は頑張れないかもしれないんだ。再発してからまた前みたいに元気失くしちゃってね。もう今度こそ駄目かもしれない。孫の顔を見せるのは時間的に無理だとしてもせめて彼女さん連れてきて『今度結婚するよ』って言ってあげて安心させて欲しいんだ。ねぇ、お願いだよ・・・。」

もう潮時だな、と思った。
嘘はいつまでもはつき続けられない。僕は取り返しのつかない嘘をついてしまったのだ。全部白状して話し合えば、きっと僕の「優しい嘘」を両親は残念に思うだろうけど理解して貰えるはずだ。それからは僕と母で父の余生を支えていければ良い。また僕が子供の頃みたいに家族3人で幸せに毎日を過ごせば父はきっと穏やかな最期を迎えられるだろう。


「あのさ。母さん、ごめん。実は嘘ついてたんだ」
「・・・何?嘘って??」
「彼女の事。ごめん、嘘ついてたんだ。彼女いるって嘘ついてた。本当は彼女なんていないんだ」
「あんた・・・何言ってるの??」
「ほら、父さんが前に肺がんになった時にさ。父さん見ていられないくらいに痩せちゃったからさ。元気になって欲しくてつい、嘘ついちゃったんだ。ごめん。」

遂に言ってしまった。肩の荷がだいぶ軽くなった気がした。父には今度実家に帰省した時に謝罪しよう。心苦しいけれど、穏やかに正月を過ごせるはずだ。


「は??あんた何言ってるの??嘘?え、彼女さんいないの??何でそんなしょうもない嘘つくの??お前の事信じて色々買っちゃってるお父さんの話、私何度もしてて・・・知ってたよね??」
「えっ。うん・・・。」
「あんた・・・何て嘘ついてくれたんだよ。この事、お父さんに言ったらどれだけ悲しむか分かってないでしょ!?癌が再発したし、もう今度こそ駄目だよ。お父さんはお前に殺されたんだ!!育ててやった恩を仇で返すような事しやがって!この人殺しが!!」

母が激高する。僕は浅はかな考えをしていたと思い知った。

「そうだ・・。あんた前に言ってたよね?『彼女が病気で今度大きな手術があるからお金貸してくれ』ってさ。あの時あんたに渡した100万円はどうしたの・・・?」
「・・・ごめん。使っちゃってもうほとんど残ってない・・」
「何に使ったのよ??」
「生活費とパチンコに・・。実は、さ。転職した会社すごいブラックでさ。毎日深夜までサビ残で上司に怒鳴られまくってうつ病になって会社辞めたんだ。それで借りた100万円でやりくりしてて・・・」

「は??うつ病??そんな甘い事言って会社辞めて今は無職??いつまで子供のつもりなのよ。あんたもう40歳でしょ。逃げて甘えるのも大概にしてよ。あんたに渡した100万円、お父さん定年退職していて年金生活で苦しいのに少ない貯金から出したのよ。それをあんた、生活費とパチンコにって・・・。親を舐めているにも限度があるでしょ!!」

「ごめん。ごめんなさい・・。」

「ごめん、じゃ済まないでしょ・・。これどうするのよ。お父さん、ショックで死んじゃうんだよ・・。本当どういうつもりなのよ。彼女は嘘で孫どころか結婚報告も出来なくて、貸したお金は使いこんでもうありません???部屋にある大量のおもちゃやぬいぐるみをどうしろって言うのよ!?キャンプセットも!捨てろって事!?は???意味分からない。あんたもう死ねよ!死ね!生きてる価値無いんだよ!親子の縁は切るからもう連絡してくるな!!」

「え・・いや父さんの看病、僕も手伝うからさ・・」

「いい歳して自分の事すら満足に出来ないのに親の世話だ??お前人を舐めるのもいい加減にしろよ。この疫病神が!!お前なんか産むんじゃなかった!私の人生の時間返してよ!!」
ガチャン。
通話は母の絶叫と共に切られてしまった。


頬を伝って涙がぼろぼろと溢れ流れ落ちるのを感じた。

僕は、とんでもない事をしてしまった。
「優しい嘘」なんて無かったんだ。僕は、僕は、なんて身勝手な事を考えていたんだろう。嘘なんてつかなければ母さんや父さんを傷付ける事は無かったのに。

ははは・・本当母さんの言う通りだよね。
自分の事ですら出来てない。何で会社辞めちゃったんだろう。僕は才能なんて何も無くて死ぬまで会社にしがみついて働くしかなかったのに。どんなに仕事が長くて辛くても上司に叱られ殴られても。うつ病だから、働けませんって言って誰かが助けてくれるはずなかったんだ。甘えていた。両親だったり、誰か善意の人が助けてくれるって思っていた。ははは、滑稽だ。不様だ。自分の事ですら手一杯なのに彼女を作るとか結婚するとか子供を育てるとか出来るわけないよね。全部、全部夢物語だったんだ。僕はどうしようもない出来損ないで本当、生きている意味がない。

天井に括りつけたパソコンの電源ケーブルで作った輪を首にかける。

母さん、父さん、ごめんなさい。
不出来な息子でごめんなさい。
来世もまた母さんと父さんの息子として生まれたなら今度こそ立派な息子になるように絶対頑張るから。いい仕事に就いて素敵な嫁さんもらって、子供だっていっぱい実家に連れて行くからさ。
本当にごめんなさい。先逝くね、さようなら。


「FIN」