デジタル・ディバイド2.0

「デジタル・ディバイド」という言葉が流行ったのは、今から10年以上前のことだと思う。
聞いたことがない方のために、定義を載せておく。

デジタル・ディバイドとは、「インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差」のことをいう。
- 総務省「デジタル・ディバイドの解消」より

この定義を言葉通りに受け取るのであれば、フォーカスされているのは単に「利用できるか、できないか」の2点である。
「ネットが利用できる環境下にいるか、いないか」とも言い換えることができるだろう。

だが、現代では「ネットが利用できる環境にない」人は、限りなく少ないのではないかと思う。
今や高齢者もスマホを活用する時代。
戦中生まれのユーザーがTwitterを活用するのも珍しくなくなった。


そういう世相から思うに、デジタル・ディバイドも新たな局面を迎えたと思う。
そこで今回のnoteは、タイトルを「デジタル・ディバイド2.0」とした。
個人的にこの言葉に以下の定義を与えたい。

デジタル・ディバイド2.0とは、「インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者の中で、情報源に適切にアクセスして処理できる者とできない者の間に生じる格差」のことをいう。

現代では様々な場所から情報が発信されるが、その「発信源」を知らなかったり、情報を適切に処理して行動に移すことができないと、いろいろと不利になることが多い。

例えば「通勤に使う路線が人身事故で止まってしまった」場合を考えてみる。
駅に着く前にスマホで“電車が止まっている”という情報を得ることができれば、事前に迂回ルートを検討しそちらに移動するという行動がとれる。
ただし、情報を得るためには、発信源を知らなければならない。
それはTwitterの鉄道会社の公式アカウントでもよいし、鉄道会社が配布しているアプリでもよい。
反対に、こういう「発信源」や「情報」があることを知らなければ、スマホを持っていたとしても、結局は駅に行って初めて情報を得ることになってしまう。
(それどころか、「あれぇ?」なんて呟きながら駅の電光掲示板とにらめっこして、情報を持っている人々の流れを妨げることになりかねない。)

以上は一例だが、現代では発信源を知っているかどうかで、人の行動が大きく変わる。
道路交通情報、物販の情報、スーパーの安売り情報など、挙げればキリがない。
これらは常に公式アプリやSNSで情報が流されている。

しかしながら、発信源を知っているだけではダメなのである。
正確な発信源から情報を得て、適切に処理する
ことが、非常に重要である。
つまり、

・その発信源が信頼に値するものか
・発信源から発せられた情報は信頼に値するものか
・その情報は最新か
・最新の情報を処理してどういう行動を取るか

の分析・判断ができて、初めて「情報源に適切にアクセスして処理できる者」になれる。

では、「できる者」「できない者」の間にはどのような壁があるだろうか。
この壁は従前の「デジタル・ディバイド」よりも大きく、「できない者」が「できる者」に対して嘘をつくことがあるという点で、加害者と被害者の構図にもなりうる。
しかも加害者側は特に意識・意図せずに嘘をつくことになる。
これについては別の機会に筆を執るが、「単にインターネットにつながる環境があるかないか」という、従前の「デジタル・ディバイド」の構図よりも問題が複雑になる。

さらに、「できる者」が取る行動には正解が存在しないのも、また事実である。
情報を得た上で静観するもよし、積極的に動くもよし。
情報を踏まえて自分の中で納得できる行動が取れれば、それでOKである。ところが、情報による行動変容が個人個人に委ねられているため、時として「持つもの」同士の対立が生じてしまう。

先の「人身事故発生時の迂回」を再度引き合いに出してみたい。
AとBの2人の人間が、同じように「人身事故が発生した」という情報を適切に得て、「迂回する」という行動に処理したとする。
しかしながら、この2人は以下のような反対の行動を取ることになってしまった。

・Aは「早く迂回ルートを使わないと混雑してしまう」と思い、急ぐ。
・Bは「どうせ迂回したって遅刻するのだから、のんびり行こう」と考え、ゆっくり歩く。

このとき、ゆっくり歩いているBが急ぐAを意図せずに妨害するという事案が発生しうる。
ここで、互いの意志がぶつかり合ってしまうのだ。
この観点から考えてみても、従前の「デジタル・ディバイド」のように単純にはいかなくなる。


既に従前の「デジタル・ディバイド」がある程度解消されたと考えると、情報化社会における格差は、今回書いたような新たな局面を迎えているような気がしてならない。
今回は「デジタル・ディバイド2.0」というタイトルにしたが、もしかしたらこの数字はどんどんアップデートされていくかもしれない(ここまでくるとゲーム理論っぽいが)。

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(そういえば、最近の20代前半の若者は、フリック入力に慣れすぎてしまい、いわゆる「QWERTY入力」ができないらしい。これも一種の”ディバイド”なのだろうか)

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