セクハラ、性被害、盗撮。「体験したことがないから想像できない」と思うすべての人へ #わたしのcotree習慣

ハラスメント、性被害などの問題。#metoo運動などで問題が表面化し、「どうやらそういうことがあるらしい」と知っている人は増えてきたように思います。
でも、自分も体験したわけではないし、自分の周囲の人からもそういう話は聞いたことがない。ちょっと遠い話に思えてしまう人もいるのではないでしょうか。
もし自分の大切な友達や恋人、会社の同僚や後輩が被害にあってしまったら――そんなことを考えてみたことのある人は、案外少ないのかもしれません。
「自分は体験したことがないから分からない」という人にどうか一度想像してみてほしい。もし今わたしと同じ傷を抱えている人がいたら、「どうか自分を守ってあげてほしい」と伝えたい。そう思って書くことにしました。

これは、わたしが実際に体験した盗撮巻き込まれ事件と、そのことを話したカウンセリングの記録です。

事件から1年半。カウンセリングでたどる「あの日」

過去の出来事にとらわれてしまったときの処理や向き合い方をいっしょに考えていきましょう。

――カウンセラーさんのこの言葉から、カウンセリングは始まりました。

もう1年以上前のことなんですけど、盗撮未遂事件に居合わせたことがあるんです。わたしを狙ったものではなさそうと後でわかったんですけど、巻き込まれてしまって。被害者かもしれないということで警察に事情聴取もされて。
今もちょっと体がこわばったりしていて、どうにかできないかなと。

「狙った」わけではないけども「居合わせた」「巻き込まれた」のですね。緊張しこわばるのはごもっともです。ショッキングなことでしょうし。職場と想像すると怖いですね。緊張もします。トイレというプライベートな閉鎖空間が脅かされたというのはショッキングですね。胸にグサッときました。
体のこわばりは、緊張であり防衛反応です。悪い反応ではなく自分を守ろうとしている反応なのです。そう知ってどう感じますか?

自然なことというのはわかったけど、やっぱりリラックスしたいです。

過去の自分をイメージして、今なんと声かけしますか?

もっと自分を守っていいよ、怖い、嫌だと言っていいよ

そうですね。「もっと自分を守っていいよ、怖い、嫌だと言っていいよ」、感じていいよ、認めてあげたい、わかってあげたいと言いたいですよね。
「もっと自分を守っていいよ、怖い、嫌だと言っていいよ」と声をかけたら、なんと言うと思いますか?

「いったん逃げたい」って言うと思います。逃げたら逃げたで巻き込まれたってわかっちゃうから実際やらないけど。

現実検討力を働かせた結果よく対応されたのですね。
何が起こったの?何があったの?人って怖い。一旦安心できる場所に逃げたい・戻りたいというのはもっともです。一旦逃げさせてあげましょう
エンプティチェアというワークをします。イメージのなかで、隣に椅子を準備してください。どんな椅子でもいいです。あなたの好きな椅子を。そして隣の椅子に当時のあなたを座らせて、避難させてあげてください。現実は終わった。ことは済んだ。責任はない。よく対応した。一旦逃げようね、と。
そこに座ってもらいましょう、びっくりしたので。肩もこわばったと思います。隣に座りましたか?

はい。

来てくれてありがとう。怖かったよね、周りが敵に見えましたか?もう大丈夫、座ってくれた、良かった。ここは絶対的に守られた場です。感じたことは真実です。安心して、ジャッジされることはありません。
自分を客観視するとどうですか?

疲れ果てて座っています。机に突っ伏しています。

大丈夫だよ、言いたいこと言っていいよと声をかけてみてください。

怖かった、嫌だった

「怖かった、嫌だった」って言ってくれてますね。
普通にお手洗いに行っただけなのに急に降りかかって。気持ち悪い、人を信じられないし、嫌悪感もあったと思います。「怖かった、嫌だった」よく言ってくれましたね。衝撃的でしたよね。安全だと思ってた枠に入ってきた、侵入された、侵害された。傷つき、抵抗感。よく外に出してくれました。ひとりで抱えるのはしんどかったと思います。
隣の椅子にいるあなたになんと声かけしますか?

怖かった、嫌だった、でも頑張ったよねって。

「怖かった、嫌だった、でも頑張ったよね。」当時のダー子さんはどう頑張ったのでしょう?

前に人に言われた「君は被害者じゃなくて告発者だね」という言葉が腑に落ちたというか。「告発者」というところに自分の頑張ったことが集約されている気がします。

どんなふうに頑張ったのでしょう。

もう一人、本当の被害者というか、狙われてたんだろうなっていう人がいて。その中で第三者みたいにわたしが淡々と言えたのは大きかったのかなって。

あなたの告発によって、第三者のご自身が「淡々と言えた」ことによって、事態は解決・終息に向かった、進んだのですね。
傷ついた・耐えただけではなく、積極的に行動したことで成しえたことがちゃんとあるんですね。どう思いましたか?

意外と頑張ってるじゃんって思いました。

よく対処しましたね、勇気、一歩踏み出しましたね。頑張ってきたよね、対処してきたよね、過去の自分に伝えるとどう反応しますか?

頑張ったから疲れた。

疲れたことにもちゃんと意味がある。ダー子さんにとっての正義感と言っていいかわかりませんが、行動をほめたたえたいですよね。
はぁ~と一度吐き出してほしいと思います。緊張感、疲れを丁寧に受け止めてあげればいい。交感神経が優位のときは闘争モード。肩に力が入ったり力んだりします。
疲れたのは闘ったからだと思います。そうして言葉をかけながら肩をほぐしてあげるイメージ。呼吸するだけでもいいですよ。肩まわりをほぐすことになります。
手をあてることができるなら手をあてて。過去の自分、今の自分に。深い呼吸を意識してください。緊張・こわばり、闘った自分を承認してあげてください。
過去の自分はどうですか?

ねぎらってくれてありがとうって。

ホッとした感じありますかね。緊張があったかもしれないけれど、対処してくれた。警戒することもあるけどそれは自然なこと。それもありがとう。でも大丈夫。過去のことは対処したから、ありがとう。防衛反応にもありがとう。
どうでしたか?

軽くなった感じがします。

過去にあったできごとは時折やってくるものです。冬から春はゆらぎの時期。過去にあったものがわかってほしいと、悪夢や思い出として出てくる時期でもあります。出てきてくれたことにも意味がありますからね。

「わたしこんなに傷ついていたんだ」

「わたしこんなに傷ついていたんだ」
カウンセリングを受けて、真っ先に思ったことでした。事件当初は、自分で防げたんじゃないか、自分がうまく立ち回らなかったから被害にあったんだと考えていました。時間が経ったら経ったで、もう1年も前のことだし、と自分を押し殺そうとしていました。そうではなくて、自分で自分をもっとまもるべきだったと今は思います。決して自分を責めることなく。カウンセリングだって、もっと早く受ければよかった。そう思います。

想像力が、あなたの精一杯の気遣いが、目の前の相手を救う

「もっとまもってほしかった」
なんて言ったら傲慢でしょうか。弱虫でしょうか。カウンセリングを通して、もっと言えば被害にあってからの1年半、考えに考えて、自分の気持ちを探して。たどり着いた気持ちは「会社の人にまもってほしかった」というものでした。
驚かれたり、物珍しがられたり、飲み会の席で話のネタにされたり。そのたびに「なんかわたしの気持ちがないがしろにされているな」という感覚に包まれていたことに気づきました。
まもり方は何だって良いのです。ネタにするのやめよう、と口にするのでも。被害に遭ったあとあったかい飲み物をくれるでも。「今日は早く帰りな」と言ってくれるのでも。そう、何だってよかったのです。
何ができるかな?と想像してもらえること、それが伝わってくることがいちばんです。想像の範囲内でいいから気遣ってほしい、まもってほしい。それがわたしの願いです。

終わりに

この出来事は、もともといつか形にして、区切りをつけたいと思っていたできごとでした。今回、株式会社cotreeの「わたしのcotree習慣」という企画のお話をいただき、カウンセリングを受けて、その体験を書くという機会に恵まれました。このnoteはそのふたつが合わさった作品です。

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また、このnoteを書くにあたって、感情に振り回されてなかなか形にできない日々が続きました。そんな折、相談にのってくれて編集提案までしてくれた親友みさきちに大きな感謝の気持ちを贈ります。みなさんもよかったらみさきちのnoteを読んでみてください。ほっこりしますよ。


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