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ファンクの帝王とバイトリーダー。

やる気ないヤツはもう帰ってええからな。

朝からバイトリーダーがぶちかましてくる。とにかく偉そうだ。圧倒的に。イラっとしてメンチを切るヤツもいて、僕は早々にやる気を失った。

やばいところにバイトに来たなぁ…。

2000年8月6日。大阪ワールドトレードセンター。僕は共同生活をしていた弟と一緒にアルバイトに来ていた。第1回目のサマソニの会場スタッフ。お金がもらえて、LIVEも観れる。これはいい!そんな短絡的な兄弟にもバイトリーダーは容赦なく威嚇してくる。

はい。はい。はい。わかりました。

マジメにやるか、しょうがない。そう観念する。広島の平和記念日に日雇いバイトを入れたバツかもしれない。会場設営やら何やらを死んだ目でこなしている横を、ビール片手に目をキラキラさせたお客さんたちが歩いていた。

設営が終わると会場内の巡回や、客席エリアの警備の仕事を割り振られた。僕は会場の警備を任された。

ラッキー。LIVEがチラ見できるぞ。

当然、そんな気持ちもメラメラと心にあったが、その炎の元栓はすでにバイトリーダーに閉められている。バカの火消し。彼はある意味、朝から重要な仕事をしていたのだ。

僕はステージに背を向け、一流アーティストの生音と生歌をBGMに、それを思いのまま楽しむたくさんの顔を眺めていた。

うーん…。この仕事、けっこう酷だなぁ。

そんな気持ちが募っていく。案外、巡回の方がしれっと見れそうだぞ…。そんなことを思っていたときに、事件が起きた。

「兄ちゃん、ちょっと隣に行っていい?」

一人のお客さんが僕に聞いてきた。「柵を越えちゃいけないんですよ」と僕。「でも、知り合いがおんねん!」とお客さん。「ええやん、ええやん」とお客さんの知り合い。「前行くんとちゃうで。真横やで」とお客さん。

しつこく交渉されて僕はすこし困っていた。なぜなら僕も正直「ええやん」と思っていたからだ。すると、近くにいたバイトリーダーが僕を助けに来てくれた。

「ダメでーす!ダメでーす!」

きっぱり首を横に振り、食い気味に相手をいなしていく。あからさまに不服そうなお客さんの顔には、こいつに話してもアカンわ…。と書かれていた。

「こうやってやるんだぞ」

バイトリーダーの背中がそう言っている。案外素直な人間なので、黙って僕はうなずく。仕事って、こうやって学ぶのかもな。

それから、僕は従順に業務をこなしていった。やがてバイトどうしも声をかけるようになり、時々愚痴をこぼしては、コツコツと時給を稼ぐ。

そしていよいよ残すは2組。ジェームスブラウン(JB)とジョンスぺ(The Jon Spencer Blues Explosion)だ。

やれやれ、もうすぐ終わりだ。
でも、やっぱり楽しみだな。


僕は引き続き背中を向けつつも、時々ステージを見ながら警備にあたる。

JBの番だ!

すでにバンドメンバーがステージで演奏していて主役を待つ。そんな演出で会場を煽りまくっていた。そして最高の舞台が整ったところへ、ド派手なスーツを来たJBが両脇に女性をはべらせて登場した。彼女たちがダンサーとコーラスの女性ということは、このあとの演奏でわかるのだが、圧倒的な存在感に、僕は完全に打ちのめされた。

僕は前を向き、両腕を突き上げた。

曲なんてゲロッパってやつしか知らない。正直、最後のジョンスぺの方が楽しみだった。だけど、僕は我を忘れてファンクの帝王を見ていた。多分、大きな声も発していたと思う。バイトリーダーに閉められたバカの元栓を、ファンクの帝王にこじ開けられた瞬間だった。

周りのお客さんはとても好意的だった。ハイタッチもされたし、指を差されて笑われた。僕もお客さんと同じように笑っていた。「兄ちゃん、柵越えてもええよな?」さっきのお客さんがニンマリしている。もうダメとは言えない。「バイトくんええなぁ!JB最高やな!」と握手してくる人もいた。

社会人として欠落していたけれど、
音楽を好きで良かった。心からそう思った。

***

ご存知の方もいると思うが、この日のジェームスブラウンは予定を大幅にオーバーして延々とパフォーマンスをする。そして最終的にSEがボリュームを切るというある種「強制措置」によってステージを降りた。その影響でトリを務めるジョンスぺは演奏時間を大幅に短くせざる得なくなり、30分程度で演奏を終わらせたと記憶している。

うん。くっきりと記憶しているぞ。
きっと僕は後半、まともに仕事をしていない。

***

改めて思うこと。

まず1つめ。職務放棄をした僕は、音楽の偉大さに救われたと思っている。不思議と僕の行動を咎める人がいなくて、こいつも音楽好きかよ。しょうがねぇな。と寛容にスルーしてもらえたのだ。

2つめ。Twitterとかなくてマジ良かった…。愉快なヤツ、ダメバイト、馬鹿な若者。いろんな言葉とともに僕は晒されただろうな。きっとバイト先にも迷惑をかけていただろう。

3つめ。自分がバイトリーダーだったら、やっぱり朝はぶちかますと思った。仕事中にステージに魅了されるようなヤツ。そんなヤツの責任なんて1ミリたりとも取りたくない。(だけど、友だちにはなれそうな気がする)

***

どうやら今年は、フェスのない夏になるようだ。しゃーないかと思いながら、ジェームスブラウンの曲をいくつか部屋に流す。どうしてもグッチ裕三のものまねを思い出してしまう。バカの元栓は、まだ開きっぱなしだ。

おしまい

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