毒親ブームと「宗教2世」問題

はじめに

20世紀のイギリスを代表する宗教社会学者ブライアン・ウィルソンは、1997年に来日した際、東洋哲学研究所が開催したセミナーで世界中の新宗教が共通して直面する課題について講演した。この講演の中で列挙された問題の大半は、新宗教が社会から受けるさまざまな攻撃と関連している。いうなればこの講演録は、一般社会の敵意と偏見が引き金となって新宗教に降りかかる困難を詳細にリストアップしたものだ[ウィルソン1998]。

このリストに挙げられているものの中で、特筆すべきなのはマスメディアの報道が引き起こす害悪と、背教者たちの語る残虐な話の2つである。背教者というのは新宗教研究における学術用語であり、かつて所属していた教団に敵対し、批判を熱心におこなう元信者を指して用いられる。

そして残虐な話とは、過去に所属していた教団がいかに酷い団体であるかを社会に訴える目的に特化した、虚偽の内容も含まれるようなバイアスのかかった証言のことだ。ウィルソンはセンセーショナリズムに走った報道機関が、こうした残虐な話を誇張しながらくりかえし伝えることで新宗教へのステレオタイプを強化し、一般大衆の敵意を煽る傾向があると語っている[ウィルソン1998:204−208]。

日本で実際にあった報道をひとつ紹介しよう。2023年の3月21日、フジテレビの夕方の報道番組「イット!」にてエホバの証人の2世信者だと名乗る男性のインタビューが放送された。この人物は聞いた話だと前置きしたうえで、エホバの証人の信者の家庭では子どもに漂白剤を口に含ませ、親がいいというまで我慢させるという虐待がおこなわれていると話した。そしてこの教団の信者たちは子どもの背中に針で「エホバ」と彫りこんで傷跡を残し、その傷跡が激しければ激しいほど厚い信仰心を持っている親だと称賛される異常な世界だとも証言している。この時の放送は文字起こしされて記事にもなっていたが、最近になって削除された。ちなみにFNNプライムオンラインの他のエホバの証人関連の記事は削除されておらず、この記事が選ばれて削除された理由も不明である。ともあれ、2023年の日本で実際にあった報道の歴史的証言として、採取しておいた魚拓へのリンクを貼っておこう

1−1. 背教者に関する海外の研究

イタリアの宗教社会学者であるマッシモ・イントロヴィーニェは、旧統一教会への解散命令請求について話し合うシンポジウムに出席するため、2023年に日本を訪れた。彼は「カルト」や「セクト」として社会や政府から抑圧されるマイノリティな宗教集団を一貫して擁護しつづけている、その筋では有名な人物だ。世界各国の信教の自由の侵害に関するニュースを取り上げる「ビター・ウィンター」というウェブメディアの編集長も務めている。

イントロヴィーニェは来日に際して『正論』のインタビューに応じ、日本のメディアが背教者からの情報のみに依存し、偏った報道を行っていると批判した[イントロヴィーニェ2023a]。また、これと同時期に彼は「背教者は信頼できるか?」と題する5本の連続記事を、英語から日本語に翻訳して「ビター・ウィンター」に掲載している。これは、海外の新宗教研究が蓄積してきた棄教のプロセスについての知見を整理したものであり、おそらく現在、背教者という存在に関して日本語で読むことのできる最もまとまった論考だ[イントロヴィーニェ2023b,c,d,e,f]。

一連の記事が強調する点は次の2つにまとめられる。まず、元信者と背教者は異なる概念であり、離脱した組織に対して攻撃的になる背教者は元信者全体の中で少数であること。そして、背教者の証言に見られるバイアスは、反カルト運動との繋がりの中で自身の役割を学習する過程で形成されることである。

記事は結論部分でこう述べている。背教者の証言にはバイアスがあるものの、すべてが虚偽であるわけではなく、新宗教運動の研究者たちもこれを重要な情報源として認識している。ただし、中立性と客観性を保つためには、背教者の報告を現役信者や他の元信者の証言などと比較する三角測量法が必要であり、メディアが背教者の証言のみに依存するならば、それは誹謗中傷と差別の原因になるイントロヴィーニェ2023f]。こうした記事をわざわざ日本語で公開したのは、最近の日本社会で見られる新宗教に対する敵対的な論調への強い懸念ゆえであろう。

1−2. 日本の宗教研究者の「沈黙」

さて、本稿がこれまで引用してきたウィルソンもイントロヴィーニェも海外の宗教研究者である。ひるがえって日本の宗教の研究者で2022年7月8日以降に、背教者の証言の性格や特徴について公のメディアで解説した専門家はいただろうか。管見の限りではいなかったように思われる。

それどころか文教大学国際学部の宗教社会学者である塚田穂高は、『だから知ってほしい「宗教2世」問題』という昨年に発行された書籍で、このようなことを述べている。

 問題が取りざたされる団体やその現役信者らはしばしば、「メディアは脱会者や批判者の言説ばかり取り上げる」「幸せに暮らしている信者たちの声も報じるべき」などと言う。さまざまな信者や2世がいることは大前提であるとしても、率直に言って、認識があべこべであり、それらの声を取り上げる必要はない。いや、むしろそれらの「幸せな」声や成功例ばかりを「体験談」として取り上げてきたのが、それらの団体側がやってきたことではないのか。そうした声を聴きたいのであれば、教団サイトで体験談を探したり、機関誌・紙を読めばよい。また、「宗教2世」としての境遇に大きな悩みはなく、さまざまな「宗教2世」が存在することを示したいのであれば、SNSやブログや出版などで自由に発信すればよいだろう。しかし、それらによって、悩み苦しむ2世の存在や、虐待等も含む人権侵害や社会問題の実態が稀釈されたり、隠蔽されたりしてはならない。(太字による強調は引用者による)

[塚田2023:21-22]

筆者は塚田のこの主張は次にあげるようないくつかの理由で、詭弁の類とみなしていいと考える。

まず影響力の大きさを無視している。先にあげた「イット!」の放送の場合、視聴率が4〜5%だと関東地方だけで約160万人から200万人の人間があの内容のインタビューを目にすることになるという。教団には自前の広報があるからそれで反論すればいいと簡単に片付けられる話のはずがない。それに加えて、マスメディアによる報道と教団の宣伝活動では一般市民に信用されやすいのはどっちだろうか。

加えてここの記述では、抗議の内容がすり替えられている。「メディアは脱会者や批判者の言説ばかり取り上げる」という声と「幸せに暮らしている信者たちの声も報じるべき」という声は、まったく違う内容の不満の表明だ。ここで塚田は後者だけにしか反論できていない。前者の抗議の肝心な点は、過去の出来事や現在の状況への認識に食い違いがあった場合に、脱会者や批判者の証言だけが真実のように扱われ、宗教団体や現役信者からの反論や訂正は、嘘か誤魔化しのようにみなされてしまうことにこそある。

しばしば新宗教の団体からの抗議はメディアへの攻撃のように言われたり、なにやら裏の権力を行使しているかのように噂される。しかし、事実の間違いを指摘することまでが不当な圧力のようにみなされ、残虐な話の流通も表現の自由として言論の自由市場の調整に委ねられるならば、その結果はどうなるだろうか。言論市場を支配する物語がどんな種類のものになるかは、いうまでもないことではないだろうか。

さらに「さまざまな「宗教2世」が存在することを示したいのであれば、SNSやブログや出版などで自由に発信すればよいだろう。」以降の記述には、もはやため息をつくことしかできない。塚田のような専門家やマスメディアが偏った声ばかり取り上げることで新宗教への偏見を強化し、再生産しているのではないかという疑問を無視し、論争のレベルを当事者たち同士の個人的な宗教体験のナラティブの争いへとスライドさせている。そもそも当事者たちの間でも事実関係の認識や証言が食い違っている状況で、隠蔽も稀釈もされない人権侵害の実態とやらを塚田自身がどうやって把握できているのかが問われているにも関わらずだ。

まとめると塚田が表明した意見は、宗教的マイノリティに対する居丈高な放言といっても言い過ぎではないだろう。海外の宗教社会学者が口を揃えて指摘するように、脱会者や批判者の証言の妥当性については慎重に吟味される必要がある。本来であれば本邦においても、これを言うべきなのは学術研究者たちだったはずだ。筆者のようなただの一般人がこんな文章を書かなければならない事態のほうこそ、よっぽどあべこべだろう。

1−3. それぞれの立場性とバイアス

日本ではオウム事件以降、世俗社会との摩擦を抱える宗教団体を調査する研究者は、宗教トラブルの「被害者」側に立つのか教団側に立つのかが問われるというのが、学術共同体のコンセンサスになったようだ。つまり学者であっても学問の中立性にあぐらをかくことは許されず、どっちの味方なのか、その立場性が厳しく問われるというのである。このような状況の中で、新宗教の団体側に立つことを選択する研究者が極めて少ない、あるいは皆無であることが、現在の日本における新宗教研究の実情だと言えよう。

これは、背教者は反カルト運動とのコミュニケーションの中で教団に敵対的な回顧的証言を構築していくという理論を拡張したものとして理解することも可能だろう。つまり、新宗教運動と反カルト運動の敵対構造は、信者や元信者だけでなく、信者の家族、対抗運動に参加する伝統宗教の聖職者やカウンセラーなどのあらゆる関係者に影響を及ぼし、それは中立を標榜する宗教研究者も例外ではない、という見方である。

このような図式は、言語論的転回以降の人文社会科学ではお馴染みとなった考えだ。どうやら新宗教研究の領域では1995年のオウム事件が契機になったようだが、日本の歴史学では言語論的転回の衝撃を浴びるきっかけとなったのは従軍慰安婦論争だった。当時の論争の顛末を簡単に振り返ってみよう。

冷戦体制が揺らぎ、終焉へと向かいつつあった国際政治の変化の時代に、日本の植民地支配と侵略への責任を改めて問う声が各地で上がるようになっていた。そんな中、従軍慰安婦問題にふれた学校教科書を批判する人々が結成した「新しい歴史教科書を作る会」が中心となり、1990年代に従軍慰安婦の強制性を争点とする議論を巻き起こした。強制性を否定する「作る会」の論者に対して、慰安所の設置に軍や政府が関与した証拠を丹念に集め、実証史学の立場から慰安婦の徴集の強制性を論じたのが吉見義明だった。ところがこの論争に、フェミニストの代表的な論客で社会学者の上野千鶴子が加わったことで事態は三つ巴の様相を呈する。上野は元従軍慰安婦の証言の「真実性」について、吉見のような専門家が判断を下すことの正当性に疑問を投げかけ、歴史学が客観性や中立性を標榜すること自体を抑圧の政治だと論じた。

この時、上野に代表される言語論的転回派からの歴史学批判に応答したのが、フランスの社会経済史を専門とする歴史家、小田中直樹である。小田中は過去についての妥当な認識の存在への疑いというラディカルな問いを正面から受け止めつつ、複数の主体による検討によって動態的に成立する「コミュニケーショナルに正しい認識」は可能であり、歴史学の手法、例えば史料批判の手続きは「より正しい解釈」に近づくことに貢献できると論じた[小田中2004:77-82]。

論争から30年以上の時を経て、この間に世界中で歴史相対主義が分断と対立の温床になってきたことを思うと、小田中が提起した「コミュニケーショナルに正しい認識」の重要性は今も失われていないと感じる。いかにして心理的安全性が確保された水平的な対話の空間を設定するかについては課題も多く、専門家以外にも開かれた討議の実現は困難をきわめるだろう。しかしどんないばらの道であろうと、あらかじめ下した価値判断に基づいて対立する陣営に分かれ、社会的・政治的影響力で勝負する以外にないと居直るよりは、ずっといいのではないだろうか。

さて、以上で見てきたような過去の出来事の証言にまつわる思想的動向を踏まえると、安倍晋三元首相暗殺事件以降に新宗教運動に敵対的な世論が形成されてきたプロセスについて、考慮すべき重要な論点が浮かんでくる。マスメディアで特定の宗教団体に批判的な証言を繰り返す役割を担ったのは、主に「宗教2世」と呼ばれる、または自らそう名乗る人々だったことである。旧統一教会の信者を両親に持つ小川さゆり(仮名)さんは代表的な例だ。

「宗教2世」が自らの生い立ちについて語る際、親の宗教や所属団体への批判が伴うことは多い。このような証言が情報源としての価値を持つことは間違いないが、当然ながら立場性に由来したバイアスがあるものとして取り扱うべきである。ただし、「宗教2世」問題は主に家庭という場所で起きた出来事であり、個人の証言だけしか手がかりがないことがほとんどだ。仮にバイアスについて一般的な傾向を抽出できたとしても、個別の出来事の真贋の判断にはほとんど役にたたない可能性が高い。そうした限界を認めつつも、それでも「宗教2世」の語りのバイアスについて考える必要があるのは、先ほどから述べている背教者の存在があるからだ。

すでに述べたように、背教者が元いた教団への攻撃的な報告を行う場合、反カルト運動との関わりの中で彼らのイデオロギーの影響を受けること、教団を批判することを自身の社会的役割にすることからバイアスが生じると解説されていた[イントロヴィーニェ2023e]。では、こうした背教者のバイアスと「宗教2世」の語りのバイアスとでは、どのような類似点や相違点があると想定できるだろうか。また、もし違うとすれば、「宗教2世」が語る体験談はどういった歴史と構造によって規定されていると解釈できるだろうか。

これらの問いに取り組むにあたって、本稿は「宗教2世」の定義を前もって提示しないことを断っておこう。「宗教2世」という言葉は初出が曖昧であることに加え、社会的な注目を浴びて様々な言及の対象となったことも影響し、いまだに意味の整理がついていない名称だ。このような状態で、便宜的にせよ定義を設定してから議論を進めるならば、今現在「宗教2世」という言葉によって社会的に共有されている意味から部分だけを切り取ってきて、都合良く話を展開することになってしまいかねない。「宗教2世」という言葉がどのように用いられてきたのかを検証することが本稿の主旨ではないが、「宗教2世」の語りに存在するバイアスについて考えることは、この概念の来歴を確認する作業の一助にもなるかもしれない。

ここから先では、「宗教2世」の語りに存在するバイアスの源として、2010年代に起きたある出来事に着目する。それは、自分は毒親に育てられたと話す当事者の手記やコミックエッセイが続々と出版された社会現象である。本稿がこれより目指すのは、「宗教2世」のナラティブから毒親ブームの影響を剔出することだ。

2−1. 毒親ブームとはなにか

2015年は、毒親ブームという語が人口に膾炙した節目の年として振り返ることができる。この年の3月、精神科医の斎藤学が書いた『「毒親」の子どもたちへ』という本の書評が全国の新聞に掲載された。古参はてなーのシロクマ先生の名を持つ精神科医の熊代亨による書評は、次のような書き出しではじまる。「最近、子どもをダメにする親という意味の「毒親」という言葉がブームになっている。」[『南日本新聞』2015・3・15]

また、2015年の8月、元衆議院議員で精神科医の水島広子はTwitter(現X)上で「私は「毒親」ブームが嫌いなのです。親がどんな障害(多くは発達障害)を持っていようと、子どもはゆるす天才です。(後略)」と発言した。この投稿には非常に多くの批判的な反応が集まり、水島は後にこれを削除している。一部始終をまとめたTogetterへのリンクをここに置く。

先述の『「毒親」の子どもたちへ』の著者である斎藤学は、アダルトチルドレンという概念を日本に導入した精神科医として広く知られている。ところが、2015年7月にSYNODOSに掲載された刊行記念インタビューによれば、この本を執筆した動機は毒親論を批判し、毒親ブームに警鐘を鳴らすことにあったという。

ブームについて斎藤は別の機会に発表した論考で、「いずれにせよ、玉石混淆な翻訳本を基礎に、「被害児童として苦労した私」の体験を述べたたくさんの本(自費出版を含む)が「毒親本」と呼ばれる一ジャンルとして定着しているのが現状である。」と語る[斎藤2018:2、3]。

斎藤の証言から分かるように、2015年当時に毒親ブームという単語を口にしていた人々が見ていた光景とは、毒親に育てられたと自認する当事者の体験談の出版が相次いだことだった。斎藤はこうした状況を、1990年代に自身が先導したアダルトチルドレンブームが毒親糾弾ブームに収束してしまったと不満げに語っている。

先だって筆者は、斎藤学の所説を手がかりにアダルトチルドレンと毒親という2つの概念を比較するnoteを公開した。

この記事の、アダルトチルドレンと毒親という言葉のインターネット上での使用頻度を調べたグラフを再掲しよう。Googleトレンドを利用して、2004年から2024年4月までの検索回数をもとにした人気度という指数で傾向を表したものだ。青い線がアダルトチルドレン、赤い線が毒親を示している。

これを見ると、毒親という言葉の人気度はゼロ年代には低い水準で推移している。しかし2010年代に入ってから右肩上がりに伸びて2015年8月にアダルトチルドレンを追い抜く。2018年頃にはこれを完全に引き離し、以後もずっと高い水準で安定している。毒親とアダルトチルドレンの人気度のグラフがはじめて交差したのが、まさに様々な人が毒親ブームと口にしていた2015年だったのは興味深い。それに加えグラフからは、毒親ブームと巷間言われていた2015年の人気度の水準を、現在も下回っていないことが読み取れる。

簡単にではあるが、毒親という言葉が2010年代から広まりだし、現在も盛んに用いられていることを確認できた。ところで、このような状況をブームと表現することについて異議が出されることもある。例えばよく目にする意見は、親に苦しめられる子どもはずっと以前から存在していて、毒親という言葉の登場でようやく問題が明るみになったのであって、ブームという言い方はそぐわないというような批判である。

部分的に妥当な意見とは思うが、仮にブームという表現をやめても、なぜ親の加害性を言い表すために他でもなく毒親という言葉が選ばれているのかという問題は依然として残る。毒親という言葉が大量かつ広範に流通した社会現象を指して毒親ブームと呼ぶことは、この言葉の使用をめぐる様々な疑問について考えるのに役立つ。そうした目的に資する限りにおいて、本稿でも引き続き用いることとしたい。

毒親という言葉はスーザン・フォワードの著書『毒になる親』(原題「Toxic Parents」)に由来するというのは、衆目の一致するところだ。原著はアメリカで1989年に出版されたが、邦訳が出版されたのは1999年のことである。その後2001年に講談社+α文庫から「一生苦しむ子供」というサブタイトルを追加されて再出版された。扇情的なサブタイトルをつけたことによって売れ行きが伸びたとも言われるが、それにしてもなぜ文庫になって10年以上も経ってから毒親ブームが起きたのだろうか。

10年近いタイムラグの理由を説明するには、スーザン・フォワードの本が毒親ブームのきっかけとなったとする理解では不十分だ。これを解決する手がかりとなる、別の歴史の見方を提示しているのが臨床心理士の信田さよ子である。信田は、毒親ブームは母娘問題の歴史における第四期だと主張する。

2−2. 母娘問題の系譜上の毒親ブーム

信田さよ子によれば、母娘問題の歴史は次の4つの時期に区分することができるという。[信田2024:76-78]。

  • 第一期 フェミニズムによって発見、1972年~

  • 第二期 アダルトチルドレンブーム、1996年~

  • 第三期 日本の母娘問題の幕開け、2008年~

  • 第四期 当事者本の大量刊行と毒母・毒親ブーム、2012年~

以下に信田説の視座からのそれぞれの時期区分の位置付けをまとめる。まず第一期では、第二波フェミニズムの影響を受けたフェミニストたちがフロイト理論を批判する過程で母と娘の関係を共生関係として描き出した。そして、娘は母との関係から離れることにより成熟して自立できると説き、これが母娘問題のあけぼのとなった。

これ以降、様々な角度から母と娘の関係が論じられることになったが、日本では第二期のアダルトチルドレンブームの時期に親が子どもへの加害者になり得るという認識が広く共有され、親から子への愛情という名の支配についても当事者の口から語られるようになった。

第三期には信田の著書『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』がベストセラーになり、関連した本の出版も相次いだ。これが契機となって母娘問題に高い関心が集まったが、こうした動向を中心になって支えたのが2008年当時に30代後半から40代であったキャリア女性たちとその母親たちだった。

そして第四期が当事者による手記の出版が相次いだ毒親ブームであり、皮切りとなったのは2012年に出版された田房永子のコミックエッセイ『母がしんどい』と、小川雅代『ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争』だとされる。

信田の論じる母娘問題とは、フェミニズムを基にした近代家族批判と母性神話批判を理論的支柱にし、それにカウンセラーとしての経験から得た豊富な事例を肉付けして描き出した、母と娘の関係を巡る諸問題の体系と捉えられる。多様な形態をとるため一概に言うのは難しいが、すでに大人になった娘にとって母との関係が苦しかったり、重荷に感じられたりする状態だと思えば大掴みなイメージにはなる。ここで後から重要になるポイントを述べておくと、母娘問題は児童虐待問題と重なる部分はあったとしても、基本的には異なるものである、ということは強調しておきたい。

信田は2017年の時点で、毒親という言葉が生まれて広まった背景には、インターネット上での女性たちの活動が密接に関わっていたと、次のように述べている。

 一部の人たちからは私も毒親という言葉の流布に加担していると思われているようだが、そうではない。この言葉の誕生と広がりをめぐる一連の流れは、専門家が主導したわけでなく、多くの女性誌とネットを中心とした女性たちの書き込みによって牽引され拡大し、それにテレビなどのメディアが便乗したことで生まれたものである。多くの流行語が今ではネットという言説空間なしでは広がらないのだ。

[信田2017:24]

ここで述べられている言葉の広がりの経緯については、実感と共に同意することができる。筆者も、毒親ブームに先駆けて毒親という言葉がやりとりされていた文脈には、主に女性によって担われたインターネットの掲示板文化が深く影響したという印象を抱いている。

計量的な分析などではないが、毒親ブーム以前にインターネットで毒親という単語が使われていた文脈は、ネット上で鬼女きじょと呼ばれていたような、既婚女性たちによる投稿が多くを占めていたように思われる。流通していたコミュニティとしては、「2ちゃんねる」や「発言小町」が主要な場所だっただろう。スーザン・フォワードの「毒になる親」という元の表現から、「毒親」という省略形に変化して定着していったのがゼロ年代の後半の時期だと推測できるが、この時期における毒親という言葉は、ウトやトメ、コトメなどと同じようなネットスラングとみなす方が、うまく性質を捉えられるのではないか。そして、毒親とセットで用いられたのが絶縁縁切りという言葉である。毒親という言葉が含まれる投稿の多くは、既婚女性が結婚後の実家・義実家との付き合い方についてネット上で相談しあう内容であり、この単語は絶縁する際の指針や基準として使用されていたように筆者には思える。

市井の女性たちの悩みから形成された母娘問題の具体的な論点について、多くのことを教えてくれるのが『母娘問題——オトナの親子』という書籍だ。女性向け掲示板サイト「発言小町」を運営する読売新聞は、2015年に「オトナの親子」という連載記事で親子関係の悩みについて読者から投稿を募集し、2017年にこれらの内容を本にまとめた。この本のあとがきの冒頭には、企画の趣旨について以下のように書かれている。

 読売新聞は、連載「オトナの親子」を2015年にスタートしました。成人した子どもと高齢の親をめぐる問題を考える企画です。大人になっても親に干渉されて苦しむといった、これまでになかった親子関係の問題が生じていることに着目しました。
「高齢の母親が価値観を押しつける」「70代の母親が、50歳を超えた私にライバル心むき出し」——
 読売新聞で100年以上続く読者相談欄「人生案内」に、中高年の女性から、こうした相談が目立つようになったのはこの10年くらいでしょうか。
 家族関係の悩みと言えば、かつては嫁姑の確執が代表的でした。それが、実の親子、特に成人した娘と母親の確執へと変わってきたのです。
 子どもに悪影響を与える親を指す「毒親」「毒母」という言葉も広がりました。(太字による強調は引用者による)

[おぐら・読売新聞2017:122]

当該書籍は、評論家の樋口恵子の意見をもとに、母娘問題の背景にあるのは高齢化だと説明する。親世代が元気なまま親子関係が長期にわたって続くことによって、子どもの頃に受けた教育などへの不満がよみがえりやすくなり、これが様々な軋轢の原因になっているという[おぐら・読売新聞2017:61]。この分析の妥当性の評価は留保するとして、収録された母娘関係の悩みの具体的な中身と合わせて、この本は母娘問題と児童虐待問題の差異を浮き彫りにする重要な資料とみなすことができるだろう。

ここまでの話で、毒親ブームは元々は毒母ブームであったこと、2008年からの母娘問題の盛り上がりの潮流を引き継いで生起した社会現象だったとする見方があること、主に女性たちによって投稿されたインターネット上の無数の書き込みによって育まれたブームであったこと、以上のような流れを確認できただろう。

こうした歴史的経緯を把握しておくことが重要なのは、上記の事実を踏まえているかどうかで、毒親という概念に対する態度が自ずと変わってくるからだ。続く節で、二人の家族問題の専門家の対比を見てみよう。

2−3. 歴史観の違いと毒親概念に対する態度の違い

斎藤学と信田さよ子は、共に1990年代のアダルトチルドレンブームを牽引した家族問題の専門家だ。ところが、両者の毒親という言葉に対する態度にはかなりの温度差がある。例えば、2015年のインタビューで斎藤は以下のように語る。

だいたい人間のように多面的で多様なものを、「毒親」と「そうじゃない親」に簡単に分けることはできません。「親の価値観を押しつけられてきた」という理由で、自分の親を「毒親」であると主張する人がいます。「女の子らしくすることを強要されて嫌だった」「勉強ばかりさせられた」と。確かに子どもにとっては迷惑なことです。が、親だって子どもが社会に出たときに困らないようにと考えて、そうしたのでしょう。いたらない親ではあったでしょうが、そもそもほとんどの親はいたらない親です。(太字による強調は引用者による)

斎藤2015

この発言からは、価値観の押しつけを理由に自分の親を毒親だと言うのは不当だという考えがはっきりと読みとれる。斎藤はスーザン・フォワードの著書を「バランスのとれた良書」[斎藤2018:2]と評価するが、同時に日本の現状について、毒親という言葉がフォワードの本の内容から離れ、一人歩きしているという認識を示している[斎藤2022:58]。

ところが一方で、価値観の押し付けという行為は、毒親ブームを母娘問題の大きな流れの中に位置付ける信田説の観点からすると、また違った見方をされるのだ。なぜなら、母娘問題の文脈では、母親が「自らの」価値観に基づいて娘を支配することこそが、問題の本質とされていたからだ。

この点については、日本の家族問題の根幹には抑圧移譲という構造があるとする信田の主張を踏まえると見通しが良くなる。抑圧移譲とは、政治学者の丸山眞男の用語で、「上位者からの圧迫感を下位者への恣意の発揮によって順次に移譲していくことにより、全体の精神のバランスが保持されることをいう」[社会学小辞典1982:項目「抑圧移譲」]。信田は家庭内で起きる虐待やDVをこの順送りの関係に当てはめ、「夫の暴力を受けた妻が、自分の娘や息子へ「あなたのために」という大義名分を最大限利用して人生を支配していくことも、抑圧委譲(原文ママ)の応用であろう。」と述べている[信田2021:172]。

丸山眞男が日本の戦時体制を無責任の体系と評したのと重ね合わせるように、信田は多くの母親たちが子どもに言うことを聞かせるに際しても自分を主語にせず、世間の常識を盾にすることで自らの責任を免れようとすると説く[信田2017:48]。しかし、このような振る舞いも母親たちそれぞれの意思というよりもむしろ構造的な問題とされており、母親による支配は母親自身が「自らの」価値観に基づいて主体的に行使しているとは言い難いと解釈されるようだ。というのも、社会で支配的な性別役割分業という考えにより、子育てを一手に任されることになった母親が、その理不尽さを子どもへの支配として抑圧移譲していく仕組みこそが問題視されているからだ[信田2024:84]。

つまり、世間一般のジェンダー不平等な価値観が母親世代に与える抑圧が、母の愛情という大義名分のもとに子ども世代へと移譲されていくというのが、信田の描く母娘問題の構図である。しかも、先ほど引用した読売新聞の『母娘問題』に「高齢の母親が価値観を押しつける」という悩みが挙げられていたように、このメカニズムが機能するのは親が強権を振るうことが可能な子ども時代に限った話ではない。強制一辺倒ではなく、時には弱さをも武器にするような母親による価値観の押し付けという支配から、娘がいかに逃れるかが母娘問題の解決の核心部分と言っても過言ではない。よって、毒親ブームを母娘問題の流れで理解するならば、価値観の押しつけを根拠に毒親認定をすることは、むしろ標準的な解釈とすら言えるのである。

母娘問題の歴史の第三期において信田は、娘に価値観を押し付けて支配してくる母親との関係を「母が重たい」と表現してみせた。しかし、いつしかこれが「重い母」という名付けに変わり、後の毒母という言葉の誕生へとつながっていく。信田はこの変化を、娘たちが母に圧倒される受動的な存在から、母を定義する能動的な存在へと変化し、批判的主体に昇りつめたのだというポジティブな評価をしている[信田2017:27-41]。

とはいうものの、信田が毒親概念を手放しで肯定しているかといえば、そうではない。次の記述のように、毒親という言葉の使用に対して慎重な姿勢も示している。

念のため述べておくが、私は毒親という言葉を自分からは使わない。簡潔だしわかりやすいかもしれない。でも親を毒と言えばそれでいいのか、と思う。いったん毒親と断定することで、世間の常識を反転・転換できる効果は認めるが、「毒親持ちの私はどうやって解毒すればいいのか」などと言われると、ちょっと引いてしまう。

[信田2018:156]

だが、少し前に引用した文章で「一部の人たちからは私も毒親という言葉の流布に加担していると思われているようだが、そうではない。」[信田2017:24]と、わざわざ断わらなければならなかったように、信田の毒親という言葉への態度は、曖昧で折衷的に見えるところがある。それゆえ毒親という概念に批判的な論者からは、厳しい目を向けられることもあるようだ。一例を紹介しよう。

精神科医の水島広子は、2015年にTwitter(現X)で「毒親」ブームについて否定的な意見を述べて炎上した後、2018年に『毒親の正体』という本を出版した。同書の内容は、毒親と糾弾される親のかなりの割合が精神医学的問題を抱えていると主張するものだが、この中に信田説批判と思われる箇所が含まれている。水島は毒親言説が毒母のことを娘が告発する「女対女の構図」になりがちな理由の一つとして、一部の「専門家」がそうなるように誘導していると指摘する。さらにそうした「専門家」が供給するストーリーを以下のごとく述べている。

主にフェミニスト的な思考に沿って、「母親は本来もっと活躍できた存在だ。でも、子どものために社会的活躍を諦め、子育てに専念することになった。その結果として子どもに多くを求めるようになり、子どもを支配した」というようなストーリーです。

[水島2018:117-118]

名指しこそ避けているが、これはほぼ間違いなく信田説への批判だろう。

このように、信田の毒親概念への態度は本人の否定的な発言とは裏腹に、第三者の目には妥協的に、ともすれば流布に加担しているようにすら映ってしまう。毒親という言葉を使用する意義を肯定的に認めるような発言は、そうした評判の大きな原因となったことだろう。信田の曖昧な態度は、『「毒親」の子どもたちへ』に大幅な加筆修正をほどこし、『「毒親」って言うな!』という書名で改訂版を出版した斎藤の態度と比べると、はっきりと際立つ。ともにアダルトチルドレンブームの中心にいた二人の専門家の態度を分けている理由には、何があるのだろうか。

様々な要因が考えられるだろうが、両者の毒親ブームの歴史的位置付けの違いは注目に値する。斎藤は、アダルトチルドレンブームから毒親ブームへの連続性を自明のものとして捉えている。斎藤の目には、アダルトチルドレンブームから派生したスーザン・フォワードの『毒になる親』という書籍の内容からも逸脱し、それほど深刻でない行為までどんどん毒親の条件として認定されていく、概念の下向きの拡大が映ったことだろう。だが、毒親ブームを母娘問題の流れの中に据える信田にとっては、そもそも毒親・毒母とは「重い母」の延長線上にあるようなものだったのである。

両専門家の毒親概念への態度をどう評価するかとは別の話として、筆者は歴史的経緯の認識については信田説を支持する。前節でブーム以前のネット掲示板文化における毒親の語られ方について私見を述べたとおり、毒親という概念は女性を中心にした母娘問題の文脈から出発して、徐々に上向きの拡大を遂げた印象を持っている。上向きの方向とはつまり、より深刻で重大な児童虐待問題などを包含する概念へと変貌していったということである。いずれにせよ、概念の拡大の方向が歴史的にどちらであったにしても、毒親ブームから10年近く経過した現在において、毒親はもはや「重い母」という表現で置換できるような言葉ではなくなっているのは間違いない。

本章では、2010年代前半に起きた毒親ブームと呼ばれる社会現象について検討し、これは一義的には、毒親に育てられたと自認する当事者の体験談の出版が相次ぎ、毒親という言葉が周知されたことを指し示す言葉だと確認した。さらに、毒親ブームは母娘問題の関心を引き継いで起きたという歴史的経緯を見ることで、母娘問題の視座から毒親問題を捉えるならば、親による価値観の押し付けという行為が「加害性」の重要な論点となることを明らかにすることができた。同時に、毒親という概念が肥大化しているせいで、専門家の間でもどこに視点を定めるかによって、態度が分かれている現状を窺い知ることができただろう。

毒親という言葉は世間に受容される過程で、ブラックホールのようになんでも飲み込んでしまう、すこぶる外延の広い概念となった。次章では、以上のような経緯で誕生した巨大な毒親概念と毒親ブームが「宗教2世」のナラティブにどのように影響したか、見ていくことにしよう。

3−1. 社会の心理主義化と「被害」の語り

いよいよ本章では「宗教2世」のナラティブに毒親ブームが与えた影響について見ていく。だが両者の影響関係を検討する前に、2つのムーブメントが共有している文化的背景について、少し広い視点から捉えてみよう。

現代社会において心理学的・心理療法的な考えの影響力が強まっている状況を指して、「社会の心理主義化」と表現することがある。英語圏では「セラピー文化」とも呼ばれるこうした動向について調査してきた社会学者の小池靖は、日本において1995年ごろを境に、「弱い自己」という自己像を掲げる動きが新たに台頭してきたと論じている。これはネットワークビジネスや自己啓発セミナーの場で語られる、過剰なまでの自己責任を強調する「強い自己」とは対照的な、トラウマによって傷ついた無垢で無力な自己のイメージだという。そして、自らをそのような存在と認識する人々が、生きづらさからの回復を目指して行う集団的な実践を、小池はトラウマ・サバイバー運動と名付けた。[小池2007:128, 138-144]

そしてまさに、トラウマ・サバイバー運動の中核を成していたのがアダルトチルドレンの自助グループ活動であり、前章で取り上げた斎藤学と信田さよ子はこの運動の代表的な理論家である。見てきたように、その二人ともアダルトチルドレンブームと毒親ブームとの繋がりを認めている。毒親ブームに弱い自己像が引き継がれているのは疑う余地はないだろう。

トラウマという言葉が使用されていることから分かるとおり、ある個人が「弱く」される原因となった過去について、心理学や精神医学の用語で被害が語られるところに社会の心理主義化の特徴は現れる。さらに、こうした言葉遣いによって当事者が抱える問題や障害に意味が付与されると、被害者としての自己認識が強化され、社会に向けて被害を訴える傾向に拍車がかかるのだという。犯罪社会学的な文脈では、これを被害者化(Victimization)と呼ぶとされる[小池2023:48-49、小池2024:198-199]。

こうしたセラピー的な被害者化の論理は、「宗教2世」の語りにも見出すことができると、2024年の論考で小池は次のように指摘する。

事故報道におけるいわゆる「上級国民」への批判、あるいは逆に「弱者男性」さらに「宗教二世」といった語りにも、自己実現の不全感をめぐるある種の「被害」の語りという傾向が見え隠れしている。(太字による強調は引用者による)

[小池2024:204]

つまり被害者化の論理という補助線を一本引くと、「毒親育ち」も「宗教2世」も、親からの抑圧やトラウマによって自己実現を阻害された被害者として被害を訴えている点で共通するという構図を描きだすことができる。この見立ては「宗教2世」という言葉が、親を経路とした宗教被害者を自認する人々に限定して用いられがちな現状では、高い説得力を持つだろう。

さらに付言するならば、小池が著書でトラウマ・サバイバー運動について論じたゼロ年代の時点から、家庭内で生じうる「被害」の質が徐々に変容してきていることも見過ごせない。別の角度から言うと、母娘問題への関心の高まりと歩調を合わせるように、問題視される加害が父親によるものから母親によるものに重心が移ってきたと理解することも可能だろう。つまり、過去に家庭問題の典型とされた酔って暴れる父親によるDVや父親から娘への性的虐待といったものから、焦点が母親による精神的な支配へと移り変わり、心理的な悪影響を表現する言葉も「トラウマ」から「生きづらさ」へ、さらに「しんどい」という、より広範囲をカバーするものに移行してきた傾向が窺える。これは本稿の第2章で見たような、毒親概念が親による価値観の押し付けという行為を含むほどに拡大したことと、軌を一にするものだ。あるいは社会の心理主義化のさらなる進展としても捉えられるかもしれない。

ここまでの議論で、セラピー文化の広がりという観点から毒親ブームと「宗教2世」の「被害」の語りの共通点を探ることができた。もちろん、以上の整理は「被害」を訴えている「宗教2世」のケースに限定して適用されるものであることは言うまでもない。

「宗教2世」が宗教被害者の代名詞のようになった最大の原因は、周知のとおり安倍晋三元首相を殺害した容疑者が、彼の母親が信仰していた宗教団体に強い恨みを抱いていたと報道されたことである。一連の報道には様々な立場の人々の複雑な思惑が絡みあっており、この事件をどう捉えるかということ自体が政治的対立の闘技場となっている。表層的には、安倍晋三の死を因果応報的に描きつつ、容疑者の宗教トラブル被害者としての免責性をアピールする野党支持層と、遊説中の政治家を狙ったテロリストとしての面を強調する与党支持層という対比が観察できるだろう。偶然から大文字の政治と接続したことによって、「宗教2世」問題はただ注目度がアップしただけでなく、クレイム申し立ての枠組み自体が変化したように思われる。

しかし、後に「宗教2世」としてカテゴライズされるような当事者の手記や体験談は、暗殺事件以前からいくつか出版されており、すでに当事者たちの苦悩や生きづらさを軸とした「被害の語り」は世に出始めていた[塚田2022]。これらの狙撃事件以前から存在した「宗教2世」言説には、大文字の政治と関係する前の「宗教2世」問題のフレームワークを見出すことができると考えられる。被害者性の文化(Victimhood culture)という共通の文化的背景を持つこと以外にも、毒親言説と「宗教2世」言説との間には影響関係が存在するのだろうか。これを検証するために、本稿ではコミックエッセイというメディアに注目したい。

毒親ブームは母娘問題の歴史の第四期だったという、信田さよ子の歴史解釈をもう一度思い出してほしい。毒親・毒母ブームの開幕を告げたのは2012年の田房永子『母がしんどい』と小川雅代『ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争』の出版だとされていた。とりわけコミックエッセイの分野では、『母がしんどい』をきっかけとして、苦悩に満ちた親子関係をテーマにした著作の出版が続いており、10年あまりを経過した今、いわゆる「毒親コミックエッセイ」は歴としたジャンルの一角を形成している。

そして、このジャンルで発表された作品群には「宗教2世」の作者によって制作されたものがいくつか含まれている。そこでまずは、毒親ブームが「宗教2世」問題に及ぼした影響の中でも特に確実性の高い事柄として、「宗教2世」のコミックエッセイが登場する環境を準備したことについて見てみよう。次節から具体的な検討に入る。

3−2. 毒親ブームの中の「宗教2世」

2022年の師走に“緊急出版“された『宗教2世』という本で、ライターのトミヤマユキコは「宗教2世」を描いた漫画に関するコラムを寄稿した。トミヤマは、まさに毒親ブームの渦中で「宗教2世」のエッセイ漫画が登場したことを次のように指摘している。

2010年代半ばに「毒親」という言葉が出現し、市民権を得るようになると、毒親を扱った実録モノのコミックエッセイが描かれるようになった。そしてそのなかには、新興宗教の絡む話が一定数ある。

[トミヤマ2022:306]

このコラムでトミヤマが紹介した「新興宗教の絡む」作品を以下に挙げると、原わた『ゆがみちゃん 毒家族からの脱出コミックエッセイ』(2015年)、高田かや『カルト村で生まれました。』(2016年)、いしいさや『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』(2017年)、たもさん『カルト宗教信じてました。「エホバの証人2世の私が25年間の信仰を捨てた理由」』(2018年)、HARU『とある宗教に母が3億円お布施しまして』(2019年)、彩野たまこ『おかあさんといっしょがつらかった』(2021年)、菊池真理子『「神様」のいる家で育ちました〜宗教2世な私たち〜』(2022年)の7作品である。

これら7作品から『とある宗教に母が3億円お布施しまして』を除いた6冊に、藤野美奈子『ウチの母が宗教にハマりまして。』(2013年)、高田かや『さよなら、カルト村。』(2017年)、しまだ『ママの推しは教祖さま〜家族が新興宗教にハマってメチャクチャになった話〜』(2018年)、たもさん『カルト宗教やめました。「エホバの証人2世の私が信仰を捨てた後の物語」』(2020年)を足した計10冊が、現時点で筆者の収集した「宗教2世」のコミックエッセイである。

若干の補足を述べると、藤野美奈子の著作は作者が大学生の時に母親が霊媒師に心酔し、それから20年間の母の信仰生活について娘の目から見たものを綴ったものである。その他の「宗教2世」のコミックエッセイとは一線を画す作品だ。幸福会ヤマギシ会を描いた高田かやの作品も淡々とした筆致で、あまり「被害の語り」という特徴を感じない。しまだと彩野たまこの作品は事実関係が同じことから同一人物ではないかという感想をネットのブックレビューサイトで見かけた。はじめにギャグとして『ママの推しは〜』を描き、のちにシリアスな『おかあさんといっしょが〜』を別名義で発表したのではないかと憶測されている。

作者たちの過ごした環境や経験した出来事の違いがある上、作品によって「被害の語り」のトーンがまちまちであることは大前提として述べておこう。こうした事情は親子関係をテーマにしたコミックエッセイ全般についても同様で、壮絶な体験が描かれていても「自分の親が毒親とは思わない」とあとがきで書かれていたりする。なので、一括りにするのは気が引けるが、便宜上この先では親子の葛藤をテーマにしたコミックエッセイのことを毒親コミックエッセイと呼ばせてもらおう。分類と集計の基準は悩みどころではあるが、筆者はこれまでに宗教と関わりのある上記の10作品を含む、35冊の毒親コミックエッセイを収集して目を通している。

活字の毒親本はテレビで活躍しているような著名人の自伝が多いのに対し、毒親コミックエッセイの作者はもともとの知名度はあまりない。さらにはアマチュアの描いた作品が書籍化されるケースも多い。そうした書き手のほとんどはSNSやブログに発表したマンガが拡散されたことにより出版社から書籍化のオファーを受けており、このジャンルはSNSのバズと切っても切れない関係にある。特に、バズることが書籍化と漫画家としてのデビューにつながるコミックエッセイの投稿の場合、共感や注目そのものが有形・無形な価値を持つ、アテンションエコノミーの実例とみなすこともできるだろう。この点で、SNSでのバズと「宗教2世」の語りの関係について塚田穂高が紹介する次の逸話は興味深い。

ある宗教2世が筆者に語ってくれたことがある。「この宗教の家に生まれたから、こんなにいろいろ自由を制限された」とSNSでつぶやいたが、ほとんど広まらなかった。同じエピソードを「こんな毒親のもとで育ちました」とつぶやいたら、バズったと。

[塚田2023:33]

この短いエピソードは、「宗教2世」の語りが社会に広まる上で毒親ブームが果たした役割を伝える重要な証言だ。「宗教2世」としての体験を毒親から受けた「被害」と言い換えることで共感と注目を集めることが可能だったのは、「被害の語り」として互換性があるからだと考えられる。それは前節で見たように、親からの抑圧によって自己実現を阻害された被害者としての語りである。

だが、これは決して「宗教2世」問題は毒親問題へと翻訳可能だという一方通行の関係ではない。それを示す証拠として、「毒親&新興宗教モノの中でも最古参の部類に入る」[トミヤマ2022:306]と言われるコミックエッセイの原わた『ゆがみちゃん』(2015年)のあとがきを挙げられる。ここには、田房永子の『母がしんどい』を読んだことが漫画を描くきっかけになったという感謝が綴られている。

悩み苦しんだ末に田房永子さんの著作『母がしんどい』を読み、感銘を受け、自分の体験談を同じ漫画形式で発信し始めると、同じ毒親問題で苦しむ人がたくさんいると気づくことができました。(中略)ウェブ連載の頃から応援してくださった方、今回はじめてこの作品を読んでくださった方、出版の声をかけてくださった出版社の方ならびに関係者の方、はじめての出版にてんてこまいになる私を支えてくれた友人や夫、そして田房永子さんに、心から感謝申し上げます。

[原わた2015:180-181]

田房永子の『母がしんどい』には宗教の描写などは出てこない。それでも、原わたは同じ毒親問題として捉え、感銘を受けたと語っている。このあとがきとSNSでバズったエピソードの両方を合わせると、毒親言説と「宗教2世」言説が相互に影響を与えあいながら「被害の語り」が構築されていったプロセスとして読むことができるだろう。あるいは、「宗教2世」の当事者が毒親概念を知ることで「被害者」としての自覚が芽生えていった過程としてもとらえられる。

ここまでの議論で、「宗教2世」の当事者本、とりわけコミックエッセイの登場が毒親ブームの渦中で起きた出来事であることを確認できた。毒親コミックエッセイの先行作品が自らの体験を作品にするよう背中を押すように作用したという証言は、当事者に自らの過去の体験が「被害」だったと気づかせ、「被害者」として自覚することを促したという意味合いでもあっただろう。そうして漫画として描かれた「被害の語り」がネット空間で拡散され共感を獲得し、新たな「被害」の形として共通認識が生まれる。「宗教2世」問題は、毒親ブーム以降の毒親概念の拡大の一環として、毒親言説との相互作用なくして生まれなかったのではないだろうか。このように直接的あるいは間接的な経路により、毒親ブームは「宗教2世」の「被害の語り」の誕生を促したと結論できる。

余談ながら、本稿が取り上げたコミックエッセイから活字の本へ視線をずらすと、毒親ブームはその最初から「宗教2世」としての「被害」を包含していたという見方も可能だ。信田さよ子が毒親・毒母ブームの先駆けと位置付けた小川雅代の『ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争』(2012年、文藝春秋)は、ともに有名な俳優である小川真由美と細川俊之の夫婦の間に生まれた娘、小川雅代が長年にわたる母との葛藤を綴った手記である。この本では母の真由美が占い師の指示に従い、家中の緑色のものを銀色で塗りつぶすなど、宗教的なものに小川真由美が傾倒するエピソードが色々と紹介される。著者の小川雅代は、現在Mah(マー)という名義でバンド活動をしているが、2022年10月17日以降、Twitter(現X)(@JETTSETT666)で「宗教2世」というハッシュタグを付け、自らの体験を紹介する投稿をするようになっている。

最後となる次節では、毒親ブームの影響下に登場したことが「宗教2世」コミックエッセイにいかなるバイアスを生じさせているか検討する。だが、あまり多くの論点を扱うのは筆者の手に余るので、蓋然性の高い2つのバイアスに対象を絞って論じることにしよう。

3−3. 「宗教2世」コミックエッセイに潜むバイアス

まず一つ目に検討したいのは、ジェンダーにまつわるバイアスについてだ。先ほど引用したトミヤマユキコのコラムの続きには、次のような一節がある。

宗教2世漫画では、信仰しているのが母親だけというケースが多い。家族や夫婦のことで悩み苦しむ母親たちにとって、新興宗教はある意味とても身近なものだ。そして、信心深い母親たちは、しばしば娘を引き入れようとする(父親が宗教にすがり、息子を勧誘する漫画があれば読みたいのに見当たらない)。

[トミヤマ2022:307]

指摘されるとおり、コミックエッセイの多くで描かれるのは、宗教を強く信仰する母親と、母親に信仰を押し付けられる娘としての作者自身である。そうなると、本の内容から「宗教2世」問題の一般的傾向が読み取れることを期待する人もいるかもしれない。ここの箇所でトミヤマ氏はそこまで短絡させていないように読めるが、例えば、筆者が2023年に書いた拙note「ジェンダーと「宗教2世問題」」の冒頭では、「宗教2世」コミックエッセイへの次のような感想を引用した。

2022年11月24日の朝日新聞に掲載された「新興宗教と女性」と題した時評で、東京大学大学院の林香里教授はこの年の夏から注目されだした「宗教2世問題」にジェンダーの視点をとりいれて論じた。宗教2世をテーマにした菊池真理子さんのマンガを読んだ林さんは、まず次のようなことに気づく。
「それは、ほとんどの場合、母親が信仰を主導し、子どもたちに強引に活動に参加させていることだ。父親はいないか、見て見ぬふりをするか、アルコール依存症の者もいた。」そしてこう続ける。「統計的な把握は難しいが、菊池の描く漫画を通して、一部のいわゆる新興宗教団体は、日本の女性たちの生きづらさの受け皿になりながら、彼女たちを巧妙に利用していると感じる。」

ダッヂ2023

第一印象を率直に語っているだけの箇所であるとはいえ、この林香里教授の感想に表れているような推論には注意が必要だろう。「宗教2世」のコミックエッセイは、その史料類型そのものにジェンダー差を生む構造がある。まず、そもそもコミックエッセイの作者は圧倒的に女性が多い。さらにすでに確認したように、毒親ブームとは母娘問題の歴史に連なる社会現象であった。そうした影響のもとで誕生した「宗教2世」漫画に、母と娘の葛藤が描かれるのは自然な成り行きであろう。

これは史料論的な観点からすると、史料が作成された時点においてすでに、作成者自身にも作成者が記録する対象にもジェンダー差が生じるバイアスが存在すると解釈できる。したがって、母娘問題と「宗教2世」問題との関連性を理解した今となっては、漫画に描かれている事柄を現実の忠実な反映と考えるわけにはいかないだろう。もしも「宗教2世」問題の一般的な傾向に関して、「母親たちにとって、新興宗教はある意味とても身近なものだ。そして、信心深い母親たちは、しばしば娘を引き入れようとする」と考えるならば、バイアスを考慮していない意見と言わざるをえない。

加えて、このバイアスは逆向きに作用した可能性も推測できる。つまり、娘が描く母親との葛藤の体験談だからこそ、毒親ブームの流れを受けて出版されたという可能性である。上で引用した拙稿「ジェンダーと「宗教2世問題」」では、エホバの証人の家庭は母親だけが信者で、父親は信者ではないケースが多いことを当事者の視点から報告した。そしてトミヤマ氏が紹介した7冊の中には、エホバの証人の「宗教2世」による作品が2冊も含まれているのだ。繰り返すようだが、母娘問題の関心を引き継ぐ毒親コミックエッセイは、母親から価値観を押し付けられ支配される娘の生きづらさの物語としてスタートした。出版社もこのテンプレートに沿った語りのほうが売り上げの見込みをつけやすく、企画も通りやすかったに違いない。

もちろん、輸血拒否の問題や懲らしめのムチの体験談が深刻な問題として受け止められたことなど、他の理由も考えられるかもしれない。が、「宗教2世」問題でエホバの証人の家庭の話が頻繁に取り上げられる背景には、母親だけが信者だった家庭の多さという点と、毒親ブームがその開始時点において毒母ブームであったことの影響を考慮する必要がある。

二つ目は、毒親本というフォーマットに則って生育歴を語ることから生じるバイアスである。毒親本というジャンルは、過去にあった経験を家庭環境の問題から捉え直し、回顧的にナラティブを構築するものと言える。そのため、本来であれば別の見方が可能であるような苦しく辛い過去の経験について、不幸せな家庭に生まれついたことに原因が求められる傾向が強い。

一例として、「宗教2世」コミックエッセイの先駆けといわれる『ゆがみちゃん』から、あるエピソードを取り上げよう。高校3年生になったゆがみちゃんは、ある経験から人生に絶望し、自死を計画するに至る。その際に、自分の命と引き換えに親を大々的に告発することを夢想する。彼女が妄想する遺書の文面は、「家族が宗教を強制する家に生まれた私に未来はない 将来のことを考えると絶望しかできない こんな家に生まれなければ幸せになれたのかな 毒田ゆがみ」となっている。[原わた2015:55]

しかしながら、元はと言えば彼女が自死を考えるきっかけとなった出来事は、インターネットで知り合ったカズオという同い年の少年から電話で暴言を吐かれたことなのである。この時、ゆがみちゃんがカズオから浴びせられた言葉とは、次のようなものだ。

カズオ「なあ おまえ宗教信者なの?」
ゆがみ(えっ)
ゆがみ「なんで? 急にどうしたの?」
カズオ「いいから答えろよ!」
カズオ「お前は〇〇教の信者か?違うのか?」
 尋問のような 乱暴で攻撃的な質問だった
ゆがみ「…親はそうだけど私は信じてない」
カズオ「やっぱり! Mくん(*共通の知人)に警告されたんだ おまえは信者だから気をつけろって」
カズオ「そうか おまえが信者だったからか 俺は宗教が大嫌いだから宗教を信じるおまえなんか気持ち悪い!」
カズオ「おまえみたいのがなんで生きてるんだよ? 死んじまえよ生きる価値ないだろ」
 ブツッツーツーツー

[原わた2015:48、49]

そもそも、高校生になってからのゆがみちゃんは宗教活動にろくに参加しておらず、この時もカズオに自分自身は宗教を信じていないことを伝えている。それでもカズオに一方的に責め立てられたため、どんなに自分が家族を嫌っていても周囲からは同じように見られると悲しみに暮れるのだ。

少し考えてみれば分かるが、ゆがみちゃんがカズオから受けた酷い仕打ちは、親が強い信仰を持つ家庭環境に生まれたことに原因があるわけではない。『ゆがみちゃん』には、彼女の両親が属していた教団について特定できるような情報の記載はなく、単に宗教とだけ書かれている。だが、カズオの発言から推測するに、社会から偏見を持って見られがちな新宗教である可能性が高そうだ。

重要な点は、カズオがいかなる内容の偏見を抱いていたにせよ、彼が口にした言葉は「宗教2世」に向けられる、“社会からの加害“そのものだということだ。ところが、理不尽な攻撃を受けたにも関わらず、ゆがみちゃんは「カズオが私を気持ち悪がる理由がわかる」と言い、「家族が生きている限り偏見の目で見られ続ける」「この家に生まれたのが運の尽きだ」[原わた2015:50-51]と独白する。

社会からの偏見や敵意に悪い意味で慣れっこになってしまい、第三者のそうした言動を当然のことと考えるようになってしまう心理は、筆者にも分からないではない。とはいえ、そう感じる時期があるのは仕方がないとしても、親が宗教を持つ家庭に生まれた子どもは第三者から嫌な目にあわされて当然というのは、誤った考えだろう。が、作中でゆがみちゃんのこうした思考が訂正されることはなく、また、カズオの偏見が批判されることもない。

この事例から見えてくるのは、毒親本というジャンルのサブジャンルとして「宗教2世」本が成立したゆえの、ある種のゆがみである。このようないびつさは、毒親本というフォーマットに沿ったストーリーを成り立たせるために、社会が原因の悩みまで家庭環境のせいと解釈するバイアスがかかっているとみなすのが妥当だろう。

以上、2点に絞って毒親ブームが「宗教2世」のナラティブに与えた影響と、そこに潜むバイアスについて検討した。

おわりに

本稿は海外の宗教社会学の研究から出発して、毒親ブームという社会現象の歴史と文化的背景について整理し、それが「宗教2世」の語りに与えた影響を検討してきた。記事を閉じるにあたり、このような「宗教2世」のナラティブに潜むバイアスを研究する意義について、改めて説明する必要があるように思う。

まずはじめに、背教者と「宗教2世」との混同を避けるために役立つ。「宗教2世」の語りには宗教にまつわるネガティブな思い出話がでてくるが、これらを一様に反カルト運動から影響を受けた結果とみなすことには疑問符がつく。とはいえ、背教者と「宗教2世」は相互排他的な関係ではなく、両立することは可能性として十分ある。つまり、「宗教2世」であり、背教者でもあるケースは当たり前に存在しうる。ただし、その場合でもそれぞれのバイアスの評価は独立して行われるべきだろう。

「宗教2世」という概念は登場してまだ日が浅く、今後の更なる研究が期待される。その際、すでに海外において堅実な議論が蓄積されてきた脱会者の研究、特に背教者についての知見が大いに参照されるべきなのは言うまでもない。だが、時には強制的な脱会説得などを通じて反カルト運動の論理を身につける背教者と、毒親ブームの影響のもとに形成された「宗教2世」の語りとでは、それぞれ参照している文脈が異なっていることに注意する必要がある。自らの生きづらさに向き合う過程で宗教団体に批判的になることを、宗教団体への攻撃自体を目的にしているとみなすことは慎むべきだろうというのが本稿の暫定的な結論である。

そして、この点と深く関わってくる2つ目のメリットとして、「宗教2世」への支援に関する議論のすれ違いを是正するのに役立つ。「宗教2世」問題が社会問題として取り上げられるようになって久しいが、彼らへの支援については、ちぐはぐな意見が飛び交っている。これは結論から言うと、社会の側が「宗教2世」問題を児童虐待問題だと捉えて支援策を検討しているのに対し、実際の「宗教2世」問題のフレームワークが毒親問題ないし母娘問題の延長線上にあることに起因している。

もともと世間から距離がある宗教団体信者の子どもたちへの関心は、「カルトの子」に福祉をどう届けるかという具体的な問題意識のもとに議論されていた。先鋭的な事例に限定されたものではあったものの、行政による介入がなされるべきケースについて、専門家による慎重な検討の蓄積があった。

しかしながら、本稿で見てきたように、現在の「宗教2世」問題は毒親ブームの余波を受けて登場し、なかんずく母親による娘への「価値観の押し付け」を悪とする母娘問題の枠組みを引き継いで論点が形成されている。これによって、宗教的な家庭で生まれ育った成人の生きづらさが社会問題として取り上げられることになり、対象となる人口も一気に拡大した。だが本論でも述べたとおり、すでに成人した親子間の葛藤を主要な関心事とする母娘問題は、児童虐待問題と重なる部分はあったとしても、基本的には異なるものなのである。しかし、あまりこのような歴史的視点が考慮されているとは言い難いようだ。

この認識の齟齬が、厚生労働省が2022年12月に出した「宗教の信仰等に関する児童虐待等への対応に関するQ&A」と、市民的及び政治的権利に関する国際規約の第18条第4項が保証する「保護者が児童に宗教教育をする自由」とが衝突を起こしている原因のひとつだと筆者は見る。こうした議論の混乱を整理するのに、本稿の知見は役立つだろう。

最後となる3つ目のメリットとして、セルフヘルプ活動への寄与が考えられる。詳しくは第2章で紹介した拙稿「自認か糾弾か——アダルトチルドレン論と毒親論の距離」をご参照いただきたいが、実は心理学・精神医学と関わりのある専門家は毒親論におしなべて否定的な態度をとっている。これはなぜかというと、毒親概念は当事者の心の健康の回復には役立たないというのが、多くのプロフェッショナルの緩やかな共通認識となっているからだ。

乱暴にまとめると、アダルトチルドレン論のように、いったん全てを親のせいにして免責性を獲得した状態で心の回復を志向し、最終的にアダルトチルドレンとしての自認を手放すような回路が毒親論に存在せず、そこが専門家の冷たい態度の原因となっている。そして、この欠点は毒親論を継承して成立した「宗教2世」問題論にも、そのまま当てはまる。

ところがここで問題をこじれさせるのは、反カルト運動側からのリクルートである。つい先ほど述べたとおり、「宗教2世」であり背教者でもあるケースは十分に考えられる。この時、もし精神的な生きづらさを抱える個人であった場合は、対抗運動に参加することで一時的な免責性から永続的な他責性にシフトし、回復から遠ざかる可能性すら考えられる。

反カルト運動家たちは「宗教2世」問題を親子問題に“矮小化“してはならないと、しきりに主張する。しかし、当事者自身が親子問題として受けとめているものを、自称・支援者の反カルト活動家が、それは問題の矮小化だと説教する権利が本当にあるのか、というのは一考する価値があるだろう。

この疑問について考える際は、拙稿「「サバイバー」の起源をめぐる1972年発祥説の検討」で取り上げた“支援者による暴力”、または“支援という名の支配“という観点が参考になる。この問いについては改めて別稿で論じることにしたい。さらに付け加えるなら、根深い問題は他にもある。反カルト活動家たちは否定するかもしれないが、そもそも彼らの中には(少なくともその一部には)「宗教2世」にとって『ゆがみちゃん』に出てきたカズオみたいな連中もいるのだ。

この点に関して、「宗教2世」が家の宗教を周囲の人々にカミングアウトする際の困難について丁寧に綴った「”家の宗教”を友達にカミングアウトしたら「殺さないで」と言われた”宗教2世”が、この社会で生き延びるために出した結論」というnoteは非常に示唆に富んでいる。執筆者である創価学会の「宗教2世」当事者のゆでたまご屋さんは、宗教をバカにしたり、宗教をイジることの攻撃性に対して無頓着な日本社会の雰囲気が「宗教2世」の当事者の生きづらさを助長していることについて、とても精緻に論じている。

また、研究者の浅山太一は、noteで公開した「「宗教2世」に対する同化アプローチと調整アプローチ――荻上チキ編『宗教2世』書評への再応答に代えて」という論考において、障害の医学モデルと社会モデルを援用して「宗教2世」問題について取り組む際の指針となる考え方を提示している。

このうち、障害の社会モデルに対応する「宗教2世」に対する調整アプローチの立場を採用するならば、反カルト活動家の一部に見られる、他人の信仰をネットのおもちゃのようにするような態度は、「宗教2世」問題の解決に向けた取り組みを明確に阻害するものだといえよう。過去の行き過ぎた行為への反省が必要なのは、宗教団体だけではないということだ。

以上のような論点に取り組むには改めて別稿を用意する必要がある。今後の予定として、「「宗教2世」にとって支援とは何か(仮)」という論考を考えている。毒親ブームと「宗教2世」問題の関係は引き続き関心を持って見ていくことにしよう。

【引用文献】

*Webで読めるものについては可能な限りリンクを貼った。また、引用したウェブサイトの最終確認日はすべて2024年6月11日である。

浅山太一(2023)「「宗教2世」に対する同化アプローチと調整アプローチ――荻上チキ編『宗教2世』書評への再応答に代えて」『note』(https://note.com/girugamera/n/n115361eb1617

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斎藤学(2018)「毒親と子どもたち」日立財団webマガジン『みらい』vol.2(https://www.hitachi-zaidan.org/mirai/02/paper/pdf/saito_treatise.pdf

斎藤学(2022)『「毒親」っていうな!』扶桑社。

田房永子(2012)『母がしんどい』KADOKAWA。

塚田穂高(2022)「「宗教2世」問題の沸騰は何を問いかけるか」『現代用語の基礎知識 2022』自由国民社、278頁。

塚田穂高(2023)「「宗教2世」問題の基礎知識」塚田穂高・鈴木エイト・藤倉善郎編『だから知ってほしい「宗教2世」問題』筑摩書房、16-36頁。

トミヤマユキコ(2022)「「宗教2世」を描いた作品たち——漫画編」荻上チキ編『宗教2世』太田出版、306-309頁。

信田さよ子(2017)『母・娘・祖母が共存するために』朝日新聞出版。

信田さよ子(2018)「親子関係のこれまでとこれから」菊池真理子著『毒親サバイバル』KADOKAWA、152-158頁。

信田さよ子(2021)『家族と国家は共謀する——サバイバルからレジスタンスへ』KADOKAWA。

信田さよ子(2024)「母の愛は政治的である——母娘問題のこれまでとこれから」『心理臨床と政治 こころの科学増刊』日本評論社、75-86頁。

濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編(1982)「抑圧移譲」『社会学小辞典 増補版』有斐閣、385-386頁。

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水島広子(2018)『「毒親」の正体——精神科医の診察室から』新潮社

ゆでたまご屋さん(2024)「”家の宗教”を友達にカミングアウトしたら「殺さないで」と言われた”宗教2世”が、この社会で生き延びるために出した結論」『note』(https://note.com/boiled_egg_shop/n/nd667e05e302e