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『異世界スカウトマン~お望みのパーティーメンバー見つけます~』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 ある異世界……時は『大勇者時代』、右も左も、石を投げれば勇者に当たるというような社会であった。
 その時代に乗り遅れた者、タイミングや仲間に恵まれなかった者、ただ単純に勇者に向いていない者など様々な者たちがひしめき合い、有象無象から抜け出す機会を伺っていた。そういった者たちが活用するのは、『スカウト』。優秀なパーティーメンバーを広い異世界のどこからか集めてきてくれる頼れる存在。
 今宵も、生きる伝説と呼ばれる凄腕のスカウトマン、『リュート』の下に依頼者がやってくる。

本編


ある酒場。まだ夕方だが、客でごった返している。
「ふう……」
 グレーの髪を丁寧にセットし、黒縁眼鏡をかけ、黒のスーツに身を包んだ赤い眼の長身の男が酒を一口飲み、グラスを置く。このグレーの髪の男は三十代位と思われるが、全身から醸し出す渋みがそれ以上の貫禄を与えており、女性客の注目を集めている。もっとも男にとっては慣れたことのようで、気に留める様子はない。
「見つけたぞ……!」
 重そうな荷物を小さな少年に持たせた、ツンツン頭で赤いバンダナを額に巻き、腰に剣を提げた小太りの男がグレーの髪の男の近くにやってくる。青いマントを翻した小太りの男がグレーの髪の男に話しかけようとするが、グレーの髪の男はそれを制す。
「もう酒を飲んじまった、今日は店じまいだ」
「まだほんの一口だろう。酒よりも旨い話を持ってきた」
 小太りの男がニヤリとする。グレーの髪の男は手を止める。
「ほう……」
「俺は勇者だ、名は……」
「いや、いい。このご時世、Fランクより下の勇者のことなどいちいち覚えちゃいられない……
「む……」
「気が変わらん内にさっさと本題に入れ」
「……強力なパーティーメンバーを集めて欲しい!
「断る」
「そ、即答⁉ な、なぜだ⁉」
 グレーの髪の男が人差し指を立てる。
「まず一つ……衣服が綺麗すぎる」
「何? 身だしなみに気を使うのも、注目を集める者の務めだろう!」
「違うな」
「何?」
「経験を積んだ勇者の衣服には、冒険の記憶が染みつくものだ。単なる汚れではない……お前さん、簡易クエストにもろくに臨んでいないだろう」
「そ、それは……」
 小太りの男が黙る。グレーの髪の男は二口目を口にして、さらに続ける。
「もう一つはその剣の匂いだ。どんなに洗っても、モンスターの血の匂いは残るものだが……お前さん、野生のラージマウス一匹すらも斬ったことがないんじゃないか?」
「ぐっ……」
 小太りの男がさらに黙る。
「……帰れ。初心者に紹介出来るメンバーは俺のリストには載ってない」
「……俺は勇者として出世したい!」
「……その手の台詞は聞き飽きた、この『大勇者時代』ではな……」
 小太りの男が俯きながら声を上げるのを聞きながらグレーの髪の男が三口目を口にする。
「勇者の中でも厳しい競争があるのは百も承知だ! ただ、俺にはその競争を打ち勝つ強力な武器がある!」
 小太りの男が顔を上げる。グレーの髪の男が首を捻る。
「……強力な武器? お前さん、ランクは?」
Zランクだ!
 グレーの髪の男がグラスを落としそうになる。
「ゼ、Zランク……この業界に身を置いてそれなりになるが、初めて聞いたぜ、本当に存在するんだな……」
「一千万人中、一人いるかいないかだそうだ! レアじゃないか⁉」
「前向きだな……そうか、珍しい特殊スキルを持っているんだな?」
「いや、固有の剣術スキルと魔法スキルくらいだ……」
「では強力な武器とやらは?」
「おい!」
 小太りの男が顎をしゃくり、側に仕えていた少年が荷物を置く。小太りの男がその中身を見せる。
「!」
 グレーの髪の男の目の色が変わる。大量の金貨がその荷物の中に詰まっていたからだ。小太りの男が笑う。
「ははっ! これが俺の武器だ! 俺は圧倒的な資金力でこの大勇者時代に挑む!
「どこからこんな大金を……賭博か?」
「ここまでの博才は無えよ」
「だろうな、Zランクなら運も限りなく低そうだ」
 小太りの男がややムッとする。
「好き勝手言ってくれるな……」
「強盗でもしたか?」
「勇者がそんなことをするわけないだろう」
「それもそうか、大体……」
「ん?」
「屋敷のメイドにも負けそうだ」
坊ちゃまを愚弄するな!
「おっと」
 少年が殴りかかるが、グレーの髪の男が軽くかわし、少年は転ぶ。
「お、おのれ!」
「やめろ、シャル!」
「は、はい……」
 小太りの男の言葉に従い、少年は大人しくなる。
「従順な従者だ……で?」
「死んだ爺さんが資産家でな……金はまだまだある! お前を雇いたい、生きる伝説とまで言われているスカウトマン、『リュート』! お前の卓越したスカウト能力で強力なパーティーメンバ―を集めてくれ!」
「…………」
 リュートと呼ばれた男は従者の少年に視線をやる。
「どうした?」
「いや、なんでもない……これは前金として受け取っておく
「ま、前金⁉ これでも結構な額だぞ⁉」
「スカウト活動は色々と物入りなんだよ……成功報酬はこの10倍だ
「じゅ、10倍⁉」
「嫌ならこの話は無しだ」
 リュートは両手を広げ、首をすくめる。小太りの男が慌てながら答える。
「わ、分かった! 払う!」
「交渉成立だ、早速今夜から動く。三ヶ月でお望みのメンバーを揃えてやる
「た、頼もしいな、あ、あと、これは必ずしもというわけではないんだが……」
「みなまで言うな、分かっている」
「そ、そうか? デヘヘへ……」
 リュートは小太りの男の肩をポンポンと叩く。小太りの男はいやらしく笑う。
「では三ヶ月後、この酒場で会おう。期待していてくれ。酒代はよろしく」
 リュートは小太りの男性と少年にウインクして、颯爽と酒場を後にする。


「ふあ……眠い」
 リュートが欠伸をして、目をこする。彼はとある街を歩いている。
おはようございます!
「!」
 突然後ろ声をかけられ、リュートはビクッとなる。振り返ると、小柄で小綺麗なスーツを着て、ショートカットの頭にキャスケット帽を被った女の子が立っていた。
「リュートさん! 初めまして!」
「……」
「あ、し、失礼! 私はイオナと申します!」
「イオナくん……二つほどお願いがある」
 リュートが指を二本立てる。
「なんですか⁉」
「まずは声のボリュームを落としてくれ」
「あ! す、すみません、テンションが上がってしまって……」
「それから……」
「それから?」
「俺の前から消えてくれ」
「え⁉」
 イオナが驚く。
「消えないなら俺から消える……」
 リュートが前に向き直って歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「待たない」
「貴方に用事があるんです!」
「俺はない」
イクサおじさんからお話は聞いてないのですか⁉」
 リュートが足を止めて振り返る。
「イクサおじさん?」
「はい、私はイクサの姪っ子です!」
「そう言われると似ているな、声が大きいところとか……」
「そ、そこですか……」
「お話とは?」
「き、聞いてないのですか?」
「全然」
「ぜ、全然……」
「もしくは……興味のないことはすぐに忘れる性質でね」
「わ、忘れる……」
「職業柄、無駄な情報は頭に入れたくない。優秀な方だと自負しているが、脳の容量には限界がある」
 リュートは右手の人差し指で側頭部をトントンと叩く。
「残念ながらこの素敵な出会いもすぐに忘れてしまうだろうね」
 リュートは再び前に向き直り、歩き出す。
「わ、私も同業です!
「……何?」
 リュートが再び振り返る。
「スカウトマンです。まだ駆け出しですが……おじから貴方のアシスタントについて色々学ばせてもらえと……」
「ああ、そういえば……」
 リュートは顎をさする。イオナがパッと顔を明るくする。
「思い出して頂けましたか⁉」
「イクサのおっさんとそういう話をしたな……飲み屋で」
「の、飲み屋で?」
「ポーカーで負けたんだ。ちょうど手持ちが無くてね。支払いの代わりに姪っ子の面倒をみてやってくれないかと言われたな……」
「か、賭け事で決まったんですか……?」
「聞いてないのか?」
「いや、業界の行く末を憂いている。後進の育成は急務だ。将来性のある若者ならば是非とも自分に指導させて欲しいとリュートさんから強い要望があったと……
「なんでこっちが前のめりなんだよ」
「ち、違うんですか?」
「違うね。業界の行く末なんか知ったこっちゃない」
「し、知ったこっちゃない……」
「ましてや後進の育成なんて面倒はまっぴらごめんだ」
「め、面倒……」
「悪いが他を当たってくれ。探せば物好きは意外といるもんだぜ」
 リュートは三度歩き出そうとする。
「そ、それならば……契約を違えることになりますよ!
「む……」
「負けた額を今すぐ支払って下さい!」
 イオナは右手を差し出す。リュートは苦笑する。
「なんで君に払わにゃならん。今度おっさんに会ったら払うさ」
「今度っていつですか⁉ おじはぼやいていましたよ! リュートさんはあちこち飛び回っているから、なかなかつかまらないって!」
「忙しいからな」
「支払ってください!」
 イオナが右手をさらに突き出す。
「生憎手持ちが……ないわけでもないが」
 リュートは小太りの男から受け取った金を思い出す。
「支払って頂けるのなら、大人しく引き下がります」
「いや、予定外の出費は出来る限り避けたい……はあ……」
 リュートはため息をついてイオナの顔を見つめる。イオナが戸惑う。
「な、なんです?」
「俺がこの街に来ているとよく分かったな?」
「え? あ、ああ、だって今日はあの日じゃないですか? ほぼ毎年顔を出すと聞いていましたので……去年は来られなかったそうですが」
「……意外と調べているんだな。分かった……アシスタントとしての同行を許す」
「あ、ありがとうございます!」
 イオナが頭を下げる。
「ただし、二つ言っておく」
「な、なんでしょう?」
「給料は出さない。コーヒーくらいは奢るがね。それと仕事の邪魔だけはしてくれるな……」
「わ、分かりました……」
「結構。ではイオナくん、馬車を拾ってきてくれたまえ」
「は、はい! ……拾いました」
「ふむ……イケウロナ魔法学院まで頼む」
 イオナとともに馬車に乗り込んだリュートが行先を伝える。
「……着きましたね」
「ああ」
 リュートとイオナは馬車を降りる。そこには広大な敷地が広がっており、敷地内に立派な建物が建っている。
「イケウロナ魔法学院……さすが名門と呼ばれるだけありますね。雰囲気が他の魔法学校とは全然違う……」
「行くぞ」
「あ、はい」
 リュートとイオナは関係者用の入り口から学院に入る。
「会場までご案内します」
「いえ、結構。場所は分かっておりますので」
「え?」
 担当者の案内をリュートは断る。
「午前中は座学の試験ですよね? 適当に時間を潰しておきますので」
「は、はあ……では失礼……」
 担当者がその場を離れる。イオナが首を傾げる。
「あの……やっぱりちょっと早すぎたんじゃないですか? 年に一度のイケウロナ魔法学院の入学試験とはいえ、実技試験は午後からですよ?」
「……分かっているさ」
 リュートは正門から校舎までのちょうど中間あたりにある噴水前のベンチに腰を下ろす。
「ま、まさか、ここで時間を潰すんですか? 午後まで数時間ありますよ?」
「来たぞ……」
「え? あっ!」
 ガヤガヤと話し声が聞こえてきたかと思うと、入学試験の受験生が大挙して正門をくぐってくる。リュートはそれを見つめる。
「……」
「す、すごい人……」
一万人は受験するからな。知らないのか?」
「い、いえ、知っているつもりでしたが、こうして見ると圧巻ですね……」
「受かるのは百人くらいだがな」
「百分の一……エリートしか勝ち残れないんですね……
「ふっ、エリートね……」
 受験生たちが噴水の脇を次々と通り過ぎる。イオナが口を開く。
「……もしかして、この時点で受験生を見極めているんですか?」
「さすがに見極めるまでにはいかないさ。ただ……」
「ただ?」
「座学の試験に入ることは出来ない――もっともそんなもんを見てもしょうがないが――となると……」
全ての受験生を確認することが出来るのはここだけ……!
「そういうことだ」
「何を見るんですか? 顔ですか、体つきですか、雰囲気ですか?」
「なんだ雰囲気って……」
「いや、すごい魔法使いだぞって感じの……身に纏っているオーラとでも言うか……」
オーラ一流、魔法三流ってのは一杯見てきたよ。見かけ倒しって奴だな。そういうのを見ているわけじゃない」
「そ、そうですか……」
「かわいい女の子はチェックするがな」
「え? じょ、冗談ですよね……」
「さあね……」
 リュートが首を傾げる。
「……あ、そういえば、これを持ってきていたんだった!」
 イオナが鞄から懐中時計のようなものを取り出す。リュートがそれを横目で見て尋ねる。
「……なんだそれは?」
「え⁉ ご存知ないんですか⁉ 簡易型の『魔力測定器』です。これを人にかざせば、その人の魔力がどれくらいか分かる優れものです!」
「……そういう物に頼っているようじゃ三流以下の五流だな
「ご、五流……ですが、精度は極めて高いですよ?」
「この人ごみじゃあとても使えないだろう。誰の魔力か分かったもんじゃない」
 リュートは大勢の人々を指し示す。イオナはハッとする。
「あ……」
「貴様! 平民の癖に生意気だぞ!」
「……やれやれ、騒ぎを起こすのが貴族の嗜みなのか?」
「!」
 イオナが目をやると、近くで金髪の少年と黒髪の少年が何やら言い合っている。注目が集まっていることに気付いた金髪の少年が黒髪の少年を指差す。
「ふん、まあいい……この伝統ある学院には貴様のような下賤の者はどうせ受かりっこないからな。相手にするだけ無駄だった!」
 金髪の少年はその場を去る。
「ふう……」
 黒髪の少年は軽くため息をつく。そこに赤髪の少女が何やら話しかけている。
「かわいい子を巡ってのトラブルですかね?」
 イオナが苦笑する。
「測れ」
「へ?」
「そのおもちゃであの黒髪の少年の魔力を測れ」
 リュートがイオナを促す。
「え……こういう物に頼るのは五流なんじゃ……」
「早く」
「は、はい……!」
 イオナが魔力測定器を黒髪の少年に向かってかざして驚く。リュートが問う。
「どうだ?」
「すごい数値です! こ、故障?」
 イオナが測定器をぺたぺたと触る。
「精度が高いんだろ、ならば信用していい」
「た、頼っていいんですか?」
「判断材料の一つなら、多少は意味があるさ」
「そ、そうですか……」
数年に一度、現れるんだよな、ああいう奴が……
 リュートが黒髪の少年を見つめながら、笑みを浮かべて呟く。その後、リュートとイオナは実技試験会場に入った。向かった先は簡易スタンド。リュートは隅の方に座る。イオナがその近くに座る。
「好きなところに座れば良いだろう」
「い、いや、どういった所に着目されるのか、どういう思考をされるのかなと……」
 リュートが苦笑する。
「近くに座ったからといって、視覚や思考まで共有出来ないだろう……」
 イオナが周囲を見回す。
「同じような恰好の人がこの席にも増えてきましたね……」
「仮にも名門魔法学院の入学試験だからな、それなりのスカウトマンならば当然足を運ぶんじゃないか?」
「ど、同業者の方々というわけですね? この時点でスカウトを……」
 イオナが息を呑む。リュートが鼻で笑う。
「はっ……それはいささか気が早い……」
「そうなんですか?」
「この時点での受験生は、大半がよちよち歩きの赤ん坊みたいなもんだ。もっともそこで素質を見極めることが大事なんだが……」
「み、見極めはもう始まっているわけですね?」
「非凡なやつはこの段階でもセンスの良さを感じさせてくるからな……」
「ふむ……」
「すぐスカウト云々の話になるのは極めて稀だ。今日はあくまでもリストアップに留めるのがほとんどだろう……」
「リュートさんはこの段階ではスカウトしたことは無いんですか?」
「良いやつは基本取り合いだからな、この段階で動いたこともある。まあ、よっぽどの魔力の持ち主の場合だがな……」
「あ、あの黒髪の少年は……あ?」
 何十人かの受験生が、会場に入ってくる。揃って緊張した面持ちである。試験官の眼鏡をかけた髪を丁寧にセットアップした若い女性が説明する。
魔法をあの的に当ててもらいます。的に当てた人、壊した人が合格です
「!」
 受験生たちがどよめく。
「け、結構距離があるな……」
「的が動いている……!」
「兄上に聞いていたのとは違う……」
「受験番号順に始めてもらいます。自分の並んでいる列と該当する的を狙って下さい。チャンスは1人三です……それでは始め!」
「え、えい!」
「そ、それ!」
 女性の掛け声と同時に受験生たちが魔法を的に向かって放つ。的には当たらない。
「それまで! 次の方と交代して下さい」
 女性の声で受験生が交代する。数回繰り返していくが、的に当てる受験生はここまでいない。イオナが首を傾げる。
「……みんな調子が悪いのでしょうか?」
「いや、毎年こんなもんだよ……」
「ええ?」
 リュートの呟きにイオナが戸惑う。
「ただ、例年とは違う点があるけどな……」
「違う点?」
「お、おい、聞いていないぞ!」
「ん? あの少年は……」
 イオナが視線を向けると、先ほど黒髪の少年と揉めていた金髪の少年が眼鏡の女性に詰め寄っていた。眼鏡の女性が落ち着いて対応する。
「……なんでしょう?」
的が動くなんてハイレベル過ぎる! これまでなかったはずだ!」
「……昨年度から変更させていただきました。私の一存です」
「そ、そんなことが許されるのか⁉」
「試験内容に関しては一任されておりますので……次の方と交代してください」
「くっ!」
 金髪の少年が不満そうに試験会場を後にする。イオナが苦笑する。
「あ~あ、試験官に八つ当たりとか……あの子は駄目そう……」
「ところがそういうわけでもない……それより聞いたか?」
「何をですか?」
「はあ……」
 リュートがため息をつく。
「露骨なため息!」
試験内容が変更されたことだ
「あ、ああ……!」
「よしっ!」
「やったわ!」
 的に当てる受験生が何人か出てきた。
「おっ、これはチェックした方が良いかな? 受験番号は……」
「かすったようなもんだろう、カスのリストを作ってどうする
「カ、カスってひどくないですか⁉」
「事実を言ったまでだ」
「事実って……うん?」
 受験生の流れが一旦途切れたかと思うと、イオナたちと同業と思われる者たちも次々と席を立ち、その場を離れていく。リュートが顎をさする。
「ふん……」
「どういうことですか? まだ試験は続くと思うのですが……」
「別の会場に行ったか、あるいは帰ったか。いずれにせよ……連中もカスだな
「ちょ、ちょっと! 聞こえたらマズいですよ!」
 イオナが慌てる。リュートが笑う。
「ふっ、お陰で仕事をしやすいがな……」
「我々も別の会場に行かなくて良いんですか?」
「ここでの試験を見ればそれで事足りる」
「そ、そうですか……あ、また受験生が……」
「あいつらは平民だ」
「平民?」
「ああ、この魔法学院は平民にも門戸を開放した先進的な校風を謳っているが、その実態は露骨な貴族優先主義だ……さっきの的にかすりもしなかったような連中が親のコネで合格する。それが大半、あとは申し訳程度に平民を合格させるだけだ……」
「そ、そんな……」
「だがな、一流のスカウトマンが注目するのはここからだ。こういうところに掘り出し物がいたりするものだ」
「そ、そうなんですか……はっ⁉」
 轟音が響いたかと思うと、試験場の壁が破壊される。黒髪の少年が顎をさする。
「な、なにをしているのですか⁉」
「的を壊せとおっしゃったので……」
 眼鏡の女性に詰め寄られ、黒髪の少年は後頭部を抑える。
「な?」
「は、はい……」
 リュートに対してイオナは頷く。リュートは立ち上がる。
「こんなものだな……帰るか」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
 リュートの後をイオナが慌てて追いかける。その後……。
「……ふむ、学食は美味いんだがな……」
「あ、あの? 受験から五日間、学院に通っているのは何故ですか? 後は卒業が近くなったら声をかけるんじゃないですか?」
「クライアントには三ヶ月と言ってしまったからな。あまり悠長なことは言ってられん」
「もうスカウトを?」
「ああ……行くぞ」
「はい」
 食堂を出たリュートとイオナがある教室に入る。眼鏡の女性が迎え入れる。
「お待ちしておりました……」
「? 空き時間だと伺っていたのですが、生徒が勢揃いですね……」
「後学のために見てもらおうかと……それでは……」
「はい」
 黒髪の少年が前に進み出てくる。リュートが首を傾げる。
「? どういうことです?」
「え? 彼をスカウトに来たのでしょう?」
「いいえ、ベルガ先生、貴女をスカウトに来たのです」
「ええっ⁉」
 ベルガと呼ばれた眼鏡の女性が驚く。
「ええっ⁉」
「なんで君まで声を上げるんだ、イオナくん……」
 リュートがうっとおしそうに耳を抑える。
「か、彼じゃないんですか⁉」
 イオナが黒い髪の少年を指し示す。
「なんでだ……」
「い、いや、な?って言っていたじゃないですか⁉ すごい魔力だろう?ってことじゃないんですか?」
「確かに魔力には感心したよ。この学院で学ぶことなど正直ほとんどないだろう。但し……比較対象のレベルが低い……絶望的なまでにな」
「な、なんてことを……! す、少しはオブラートに……!」
「そういうのは出来ない性質でね」
「聞き捨てならんな、貴様!」
 金髪の少年が激昂し、前に進み出てくる。リュートが頭を下げる。
「気に障ったのなら申し訳ない。おっさんの戯言だと思って聞き流してくれ」
「何?」
「大体だね、イオナくん。的に当てることも出来ない魔法使いが役に立つと思うかい?
「そ、それは……」
「的が動いていたんだぞ⁉ しょうがないだろう!」
 金髪の少年が再び声を上げる。
「はあ……」
「な、なんだ、そのため息は⁉」
「心底呆れているのだよ……」
「な、なんだと⁉」
「いいかい? 例えば戦場で全く不動のモンスターなどいるのか? お行儀よく待ってくれる相手などどこにいる?」
「むう……」
「的が多少動いたからと言って、狙いを外す魔法使いに用はない。高名なパーティーに入れたとしても雑用係が精々だろう
「ざ、雑用だと!」
「ああ、君の場合は心配ない。お父上のコネで宮廷魔法使いになれるだろう。末席を汚すようなものだが」
「き、貴様……! う、うわっ!」
 金髪の少年が殴りかかるが、リュートが難なくかわしたため、少年は転ぶ。
「話が逸れたな……」
「し、しかし、リュートさん……! それならやはり彼なのでは?」
 イオナがあらためて黒髪の少年を指し示す。リュートが首をすくめる。
むしろ彼の方が問題外だ
「えっ!」
「……聞き捨てならんな」
 黒髪の少年がムッとしながら口を開く。リュートが苦笑する。
「珍しく感情を露にしたな」
「俺は的を破壊したが?」
「見ていたよ」
「なのに問題外だと?」
「ああ」
 リュートが頷く。イオナが問う。
「どういうことですか?」
「彼は試験場の壁まで破壊しただろう?」
「は、はい! すごい魔力でした!」
「それが問題だ」
「え……?」
魔力をロクにコントロール出来ない魔法使いなど危なかっしくてしょうがない。何もかもぶっ飛ばしてしまうのか? パーティーメンバーに必要なのは、魔法をしかるべきタイミングで、適切な魔力量でもって、正確に用いることの出来る魔法使いだ。連携行動の取れない魔法使いなどこちらから願い下げだ」
「なっ……」
 黒髪の少年が黙り込む。
「そういうわけで……ベルガさん、貴女が良いと思いました」
 リュートがベルガに視線を向ける。
「わ、私ですか……?」
「貴女が試験内容も変更したのでしょう?」
「え、ええ……」
「何故?」
「よ、より実践的にと思いまして……」
「そこです」
 リュートがベルガを指差す。
「え?」
「この数日、授業も見学させてもらいましたが、貴女はとても真摯に生徒たちに向き合っている。彼らをなんとか一人前にしようと腐心されているのが分かりました。このコネまみれの学院の中で数少ないまともな教師と言っていい」
「そ、それは……」
「だからこそ、その才を朽ちさせるのが惜しい……ある勇者がパーティーメンバーを募集しています。参加してみませんか? 学院のお偉いさんとも話はつけてあります」
「そ、そう言われても……」
給金でしたら今の五倍は出せますよ
「⁉」
「若い、まだまだ経験が浅い、などと言って、給金を不当に抑えられているのでしょう? 私の紹介するパーティーならそのようなことは決してありません」
お世話になります
「ええっ⁉」
「賢明なご判断です」
 ベルガがさっと頭を下げる。驚くイオナの横で、リュートが笑みを浮かべる。


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