見出し画像

明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第9話 汚泥(10)

「もう、人前で何してんのよ」
 青猿の腕の中から降りたウグイスは、愛し合う2人を見て気恥ずかしくなって左手で顔を覆う。
「はははっお盛んだねえ」
 青猿は、笑いながら折れたウグイスの手にアズキをくっつける。
 アズキは、身体を燃え上がらせ、癒しの炎を発する。
 違う方向に曲がっていたウグイスの手が少しずつ戻っていく。
「愛を伝えるのに下手くそな言葉なんていらない。必要なのは行動だ」
 青猿は、そう言って柔らかく微笑む。
「・・・結局、王には敵わないな」
 痛みの取れていく右腕を見ながらウグイスは切なげに呟く。
 あれだけ必死に動いたのに結局、王の存在と行動で全て丸く収まってしまった。
(私が動いたことなんて意味なかったんだな)
 そんな思いを描くウグイスの頭に青猿が優しく手を置く。
「何言ってんだよ。お前のおかげだよ」
 そう言って口の端を釣り上げる。
「でも、私は・・・」
「お前がいなかったらアケもこのウリ坊も確実に死んでたぞ。竜魚が大地を砕いた時、私ら本気で焦ったからな」
 その時の王2柱の顔は歴史にも語れるものだったろうと青猿は苦笑する。
「私たちが来るまでの間、アケと何話してたんだ?」
「・・・アケが大好きだってこと。何があってもずっと一緒にいるって言いました」
「そりゃ凄く嬉しかったろうな。アケ」
 青猿は、優しく微笑む。
「お前のその言葉があったからアケは救われたんだ」
「でも・・・」
「でもも何もないよ」
 青猿は、ウグイスの頭を撫でる。
「お前がいなくて黒狼だけだったらきっとアケは、怯え続けただけかもしれない。信じなかったかもしれない。お前が解きほぐしてくれたから今があるのさ」
「そうなんですかね」
「そうだよ」
 青猿が言うとウグイスは、恥ずかしそうに、そしてら嬉しそうに微笑んだ。
「酒に例えるなら友情は飲みやすくて親しみやすい麦酒、愛情は甘く、酔いやすい果実酒、どちらにも良いところがあり、とても美味いが時間をかけて付き合わないと真の楽しさを味わえない」
 青猿は、悦に入ったように例えるが酒を飲まないウグイスにはイマイチよく分からなかった。
 つまりはアケもウグイスもそしてツキもこれからもっと付き合って関係を深めていけと言うことなのだろうと勝手に解釈した。
 重い雲が切れ、刀傷のような隙間から太陽の光と青空が見える。
「あっ・・・」
 空を見上げたウグイスの口から驚きの声が漏れる。
 その声に釣られてアケとツキ、青猿、そしてアズキも見上げる。
 遥か上空を青と赤の魚が艶やかに泳いでいる。
 竜魚だ。
 その姿はあれだけ暴れ回っていたとは思えないほどに優雅で美しい。
 そして2匹の竜魚の周りを緑、橙、紫の稚魚が甘えるように泳いでいる。
「どうやら無事に産まれたようだな」
 ツキは、黄金の双眸を細める。
「綺麗だね」
 アケも嬉しそうに言う。
 その口調はいつも通りの穏やかで明るいアケのものであった。
 ツキは、黄金の双眸を大きく見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「帰るか」
「うんっ」
 アケは、少し恥ずかしそうにしかし、嬉しそうに頷いた。
 それを見たウグイスは涙ぐみながらも嬉しく笑った。

「ウグイス・・ごめんね」
 アケは、肩を小さく萎め、正座をして謝る。
 ウグイスは、何を謝られているのか分からず眉を顰める。
 アケ達は、黒狼に変化したツキの背中に乗って屋敷に戻るために森の中を進んでいた。ウグイスは、王の背中に乗るなんて畏れ多いと辞退しようとしたが「怪我人は甘えろ」と口で摘まれて無理やり背中に乗せられた。確かにアズキの癒しの炎で骨自体はくっ付いたし、動きも支障はないが痛みの残渣は残っていた。
 しかし、どうにもお尻の置き場に困ってモゾモゾしていた時にアケが謝ってきたのだ。
「なんで謝るの?さっきの件はお互いもう一杯話したじゃん」
 話したと言っても一方的にウグイスが訴えただけだけど、と胸中で付け足す。
「だって私、ウグイスに酷いこと一杯言った・・」
「酷いこと言ったのは私。アケの気持ちも考えずに思いつくままに振り回したんだから」
 今、思い出してもあの時の自分を殴って水の双剣で切り刻んでやりたい。
 青猿は、ツキの首元に寝そべって何かを話してるが聞こえない。
 アズキは、アケの膝の上で安心したように小さく鼾をかいている。
「私ね・・・嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
 ウグイスは、首を傾げる。
 今回の件にどこに嬉しい要素があったのだ?
「ウグイスや青猿様とね・・」
「お母さんだ!」
 青猿の叱責が飛んでくる。
 アケとウグイスは、思わず肩を竦める。
「ウグイスとお母さんと女だけでお話しするなんて初めてだったから・・・凄く凄く楽しかったの。でも、あの話しに頭が混乱しちゃって・・それに・・」
 アケは、再び泣きそうに唇を強く紡ぐ。
 ウグイスは、小さく笑みを浮かべてアケの頭に手を置いて撫でる。
「大丈夫、大丈夫」
 ウグイスは、優しくアケに言う。
 唇から力が抜け、アケも笑みを浮かべる。
「ウグイス・・」
「なあに?」
 ウグイスが聞き返すとアケは、少し躊躇いがちに、恥ずかしそうに軽く握った拳を口に当てて、上目遣いでウグイスを見る。
「ずっと私と一緒にいてくれる?」
 ウグイスは、黄緑色の瞳を大きく見開く。
「私の友達でいてくれる?」
 ウグイスは、微笑を浮かべる。
 そして折れていた右腕でどんっと胸を叩く。
「当然、アケが嫌がっても一緒にいるわ。だって・・」
 黄緑色の羽に包まれた手がアケの手を握る。
「私、アケのこと大好きだから」
 アケは、驚いて蛇の目を大きく開く。そして歓喜の笑みを浮かべてウグイスの手にもう一つの手を重ねる。
「うんっ私も大好きだよ。ウグイス」
 2人は、お互いの存在を確かめ合うようなぎゅっとぎゅっと握りしめ合った。
 そんな2人を青猿は、ツキの首筋に寝そべったまま嬉しそうに笑う。
「愛情も友情も元通りになったな」
 青猿は、尖ったツキの耳に直接話しかける。
「・・・うるさい」
 ツキは、ぼそりっと言う。
「おっ何だ?照れてるのか?人前であんなに大胆にキスしたからな。孤高の王も台無しだ」
 青猿は、楽しそうに笑う。
「なあ・・・青猿」
「なんだ?」
「お前、こうなることを予測して俺を焚き付けたのか?」
 そう言って黄金の双眸を持ち上げて青猿を見る。
 青猿は、小さく頬を掻く。
「そんな意図したわけじゃねえよ。長く母親やってると子どもに対する感が冴え渡るだけさ」
「・・・そうか」
 ツキは、それ以上何も言わなかった。
 青猿は、口元に小さく笑みを浮かべて楽しそうに話すアケとウグイスを見ていた。
「幾つになっても子は子だな」

#子は子
#仲直り
#友達
#明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜
#長編小説
#ファンタジー小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?