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半竜の心臓 第5話 アクアマリンの勇者(3)

 ヘーゼルとリンツから依頼を受け、勇者ギルドに他の一行パーティへの協力申請を出してから三日後、4人はアメノの運転する車に乗って依頼のあった村へと来た。
「お尻痛ーい!」
 車から降りたリンツの第1声が青空に飛ぶ。
「リンツさん、声が大きいです」
 逆側の扉から降りたアクアマリンの勇者、ヘーゼルが恥ずかしそうに顔を赤く染める。
「だって・・凄い揺れだったじゃないっすか」
 長衣ローブ越しにお尻を摩りながらリンツは唇を尖らせて文句を言う。
 顔立ちが美しいだけに悪態を付く表情も可愛らしい。
「リンツ様は車には乗ったことはないのですか?」
 助手席から降りたロシェが首を傾げて聞く。
「ないっすよ。こんな虫もどき!」
 リンツは、カブト虫のような形をした車を睨む。
「虫なら虫らしく空でも飛べって感じっす!」
 運転席に座るアメノは、愛車を馬鹿にされて不機嫌そうな顔をしながら少し離れたところに車を停めに行く。
「てかロシェはお尻痛くないんすか?」
「特には・・」
 リンツは、緑色の大きな目をきつく細めてロシェの腰辺りを見る。
「肉厚が違うんすかね?」
 そう言って自分のお尻をゴシゴシ触りながら隣に立つヘーゼルに訊く。
 ヘーゼルは、顔を真っ赤にしてリンツから目を反らして答えない。
「この着物のせいではないでしょうか?」
 出立に当たってロシェは着物から袴姿に変わっている。
 ゴブリン退治に同行すると言うことで動きやすいようにとポコが用意してくれたのだ。
 大きな牡丹の描かれた明るい桃色の着物に濃い赤色の袴はロシェの白い肌と黒髪を映えさせ、美しさを際立たせる。
 露出度が高く、丈の短い着物"くのいち"と呼ばれる着物も用意されていたが丁重に断った。
 雪山にいた頃は裸を見られることなんて何とも思わなかったのに人間種の世界に来てから物凄く抵抗が出てきた。
 特に・・。
 ロシェは、三日前の温泉でのことを思い出し頬を赤らめる。
「何か考えてんすか?」
 リンツが半眼にして聞いてくる。
「何でもありません」
 ロシェは、誤魔化しながら村を見る。
 村と聞くと父たる白竜の王と暮らしていた山の近くにあった人間の集落を想像していたが、目の前にある村は想像していたものよりも遥かに発展していた。
 よく手入れされ、磨かれた木造の家屋、平屋ではなく2階建ての建物が多いと言うことはそれなりに群がる裕福な証拠だ。建物以外の土地には広大な畑が広がり、青臭く野菜の匂いが村の入り口に立つロシェの鼻にまで届く。奥には牧場も見え、鶏が放し飼いにされてるのも見える。
 とても穏やかな田風景。
 それがロシェの感じた村の印象だった。
 しかし、隣に立つ2人の顔は険しい。
「家畜が狙われてない」
 ヘーゼルがぼそりと呟く。
「畑も荒らされた形跡がないっすね」
 リンツは、緑色の大きな目をきつく細める。
 2人の言葉の意味が分からずロシェは首を傾げる。
「それがどうかしたのですか?」
「大アリっすよ」
 リンツがロシェに目を向ける。
 いつもの穏やかな目ではなく、狩人のような鋭い目だ。
 恐らくこれが勇者一行パーティにいる時のリンツなのだとロシェは感じた。
「食欲と性欲に正直なゴブリンが畑の物を取らず、家畜も襲わない。そんなことあり得ないっす」
 リンツの言葉の意味が分かり、ロシェの顔が青ざめる。
「想定通り、ゴブリン達を支配する上位存在がいると言うことっす。」
 リンツの言葉にヘーゼルの顔に緊張が走る。
「とにかく・・・アメノさんが来られたら村の自警団のところに話しを聞きにいきましょう。そして・・」
 その時だ。
混じり者ブレンドが何故ここにいる⁉︎」
 激昂が飛んでくる。
 ロシェは、目を開いて声の方を向くと20人ほどの簡素な革鎧レザー・メイルに纏い、くわすきと言った農具を手に持った集団がこちらを、ロシェを睨みつけてくる。
 ロシェは、自分に向けられる敵意と侮蔑のこもった沢山の目に恐怖を感じて身を後ろに引く。
 恐らくヘーゼルがここに来る前に言ってた村の自警団であろう。彼らは手に持った農具をロシェに向ける。
 土仕事で歪んだ先端がロシェを睨むように鈍く光る。
「まさか貴様が村人を攫ったのか⁉︎」
 自警団のリーダーらしい髭面の初老の男がロシェを睨みつける。
「ゴブリンにしては手際が良すぎるからおかしいと思ったんだ!」
「村人を攫ってなにを企んでる!」
「食うつもりか!」
「魔王への捧げ物か!」
 自警団達から飛び出す怒りと憎しみ、そして蔑みの混じり合った言葉にロシェは震え上がる。
 混じり者ブレンドと言うだけで何故、ここまで言われたければいけないのか?嫌われなければいけないのか?
「ちょっと待つっす!」
 リンツがロシェの前に立って両手を広げて庇う。
「この子は私達の仲間っす!」
 ロシェに目を奪われて2人の存在に気づいていなかったらしく突然、目の前に現れたリンツに驚く。
「エルフ?」
「なんでエルフが⁉︎」
 自警団の何人かがリンツを見て驚く。
「自警団の皆様ですよね?」
 ヘーゼルがリンツの横に並ぶ。
 リンツの横に立った海色の鎧を纏った少年を見てリーダーらしき男が驚いて目を見開く。
「君は・・まさか?」
「勇者ギルドから参りました。アクアマリンの勇者ヘーゼルと申します」
 ヘーゼルは、丁寧に頭を下げる。
「皆様からの依頼を受け、参上しました。まずはお話しを・・・」
 しかし、ヘーゼルは、言葉を続けることが出来なかった。
 自警団の全員から溢れた失望の気配に。
 自警団のリーダーが分かりやすいくらいに大きなため息を吐く。
「やっぱり勇者はクソだな」
 リーダーの言葉にヘーゼルの表情が青ざめる。
「人を助ける、悪を挫くと謳っておきながら蓋を開ければこんな貧相なガキと混じり者ブレンドをよこすなんざ・・」
 リーダーは、落胆と失望を隠さずに頭を掻く。
「所詮、田舎の小さな事件なんて勇者の大義名分には関係ないわけだ」
 リーダーの言葉を皮切りに他の自警団の目にも怒りと落胆が浮かび、3人を睨みつける。
「そんなことはありません!」
 ヘーゼルは、声を荒げて否定する。
「私達は、皆様を助けたいと思い・・」
「ああっいい、いい、そういうの」
 リーダーは、虫を払うように手をパタパタ動かす。
「明らかに俺達より弱い奴に何が出来る?」
 リーダーは、汚らしいものを見るようにヘーゼルを見下す。
 ヘーゼルの目が震え、唇を噛み締める。
「あんたたち!」
 リンツが声を荒げる。
「それが助けにきた勇者に言う言葉っすが⁉︎」
「助けを求めたのは紅玉の勇者のような真の勇者だ」
 リーダーは、軽蔑の眼差しをヘーゼルと、そしてロシェに向ける。
「お前らではない」
 リンツは、歯噛みし、リーダーを睨みつける。
「やっ!」
 ロシェの口から短い悲鳴が上がる。
 リンツとヘーゼルが振り返るとロシェが自警団の数人の男に絡まれ、身体を掴まれ、髪を引っ張られている。
混じり者ブレンドが俺らの村に入るな!」
「これ以上、村を汚されてたまるか!」
「ここで始末してやる!」
 自警団の1人が腰に差したナイフを抜く。
 ロシェの目に恐怖が溢れる。
「やめるっす!」
 リンツがナイフを抜いた男に掴みかかる。
「邪魔だ!」
 男が大きく手を振り、リンツを地面に倒す。
「てめえも殺すぞ!」
 ナイフがリンツに向けられ、振り下ろされる。
 リンツの目に恐怖が宿る。
 パチンッ。
 男のナイフを持った手に小さな稲妻が走り、ナイフが地面に落ちる。
 男は、驚いた顔をして手を押さえる。
 ヘーゼルが男に向かって細い右手を翳している。
 その手には微弱な神鳴カミナリが光っていた。
「お止めください!」
 ヘーゼルは、男を睨みつける。
 しかし、男は、怒りのこもった目でヘーゼルを睨むと隣にいる仲間からくわを奪い取り、ヘーゼルに向けて振り下ろす。
 ロシェとリンツが悲鳴を上げる。
 ヘーゼルは、きつく目を閉じる。
 カランッ。
 鍬の先端が喪失し、棒だけが宙を切る。
 くわの先端が地面に転がる。
 男達の短い悲鳴が上がる。
 ロシェに絡んでいた男達が地面に転がる。
 顔が痣と血に汚れ、苦鳴を上げて踠く。
「俺のツレに何をしている?」
 冷たく、低い声が空間を走る。
 ロシェの肩がぎゅっと掴まれる。
 男達とは明らかに違う、力強く、そして温かい手。
 アメノがそこに立っていた。
 左手でロシェの肩を、右手に抜き身の刀を、そして猛禽類のような目で自警団の男達を睨む。
「これが助けにきた者達に対する村の歓迎の仕方か?」
 ロシェは、アメノの顔を見上げる。
 怒りに満ちたアメノの顔。
 それは不死の王リッチとの戦いの時に見たものとは明らかに違う。
 大切なものを傷つけられたことによる怒りだ。
 ロシェは、その顔を以前にも見たことがある気がした。
 しかし、それがどこだかはまるで思い出せない。
 心臓が小さく鳴る。

『よくも・・・を傷つけてくれたな』

 アメノの声が脳裏で木霊する。
(これは・・誰に向けたもの?)
 ロシェは、アメノの横顔をじっと見た。
 アメノの登場に自警団に動揺が走る。
 ヘーゼルは、倒れているリンツを助け起こすとアメノの側に寄る。
「ここからは俺が相手してやる」
 アメノは、刀の柄を握りしめる。
「かかってこい」
 しかし、自警団は動かない。
 アメノの迫力に臆したのかと思ったがそうではない。
 彼らの顔に浮かんでいるのは恐怖ではなく、歓喜だ。
「白い髪・・顔の傷・・猛禽類のような目・・刀」
 自警団の1人が声を震わせながら辿々しく単語を口に出す。
「聖剣・・・」
 自警団の誰かがボソリっと呟く。
「聖剣・・アメノ?」
 リーダーは、信じられないものを見るように目を剥き、声を振るわせる。
「聖剣アメノだあ!」
 自警団達から歓喜の声が上がる。
 彼らは互いの身体を抱き合い、泣き、そして喜び勇んだ。
 アメノは、呆れたように息を吐いて刀の力を緩める。
 ロシェは、ぽかんとその光景を眺めていた。

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