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橋のある風景………(遠い日の記憶)


雪解けの季節だからかな、水量が多いね

 幼い頃、両親が散歩しているときに、この川の下流でわたしを拾ったそう。まぁ、どこにでもよくある話ですね。河原で拾ったから河原の子。
えぇ、ある日そう聞かされたわたしは すっごいショックでした。もっともそのすぐ後に、そんなことないよと言ってくれたのですが。
 冗談にもほどがあるってものです。そのときは、まぁ そっか、違ったのかって子ども心におもったのだけれど、折に触れてほんとうの子どもじゃないんだって思ってしまったり。高校入学前かなぁ、母子手帳とへその緒を見せてもらってようやく実の子だったのかって思ったのは。おそらくわたしという人間を構成する上で幾ばくかの要因となっているのでは?って思ってしまうけふこの頃。
 さて、存外子どもの頃の記憶っていうのは、確かなことも不確かなことも含めて薄らとでも残っているもの。そんな中で、小学校に入学前に口ずさんでいたのが、『春の小川』。まぁ 川つながりってことで。いえ、実際そうなのだけれど。うちの近くを流れていた川は、いまでは、厚いコンクリートの下ですね。一応、メダカが泳いでいたりも当時はしていたのだけれど。

この歌も昨日の記事で触れたように、高野辰之さんと岡野貞一さんによる作詞・作曲になりますね。わぉ!

ちなみに何度か歌詞が変わっているのだけれど、わたしが初めに覚えた歌詞は、
1 春の小川は、さらさら行くよ。
  岸のすみれや、れんげの花に、
  すがたやさしく、色うつくしく
  咲いているねと、ささやきながら。
2 春の小川は、さらさら行くよ。
  えびやめだかや、小鮒の群れに、
  今日も一日ひなたでおよぎ、
  遊べ遊べと、ささやきながら

実は、この一番の最後のところ
わたしが習った歌詞とは違っていました。小学校に入学して教わったのは
「咲けよ咲けよと、ささやきながら。」(昭和22年に改訂)
でした。

まぁ、ほんとうに色々と変わるものです。

ところで、この「春の小川」ともう一つ春を感じる曲としてあげられるのが
「春が来た」でしょうか・ちなみにこちらの曲も、高野・岡野コンビですね。

「春が来た」
春が来た 春が来た どこに来た
山に来た 里に来た 野にも来た

花がさく 花がさく どこにさく
山にさく 里にさく 野にもさく

鳥がなく 鳥がなく どこでなく
山でなく 里でなく 野でもなく

※著作権がきれていますので 双方共に全文掲載

こう見てみると、わたしの記憶にある曲って、ののコンビじゃん。ってなってしまってる。おかしいなぁ。まぁでもこのお二人の歌詞もメロディも美しく、そうして綺麗な言葉、そして旋律です。

うん、やっぱ雨情さんの曲とは、ちょっと違うなぁ。

ということで
「いやぁ 音楽って本当にいいもんですね」
※まだまだ つづく




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