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ダウン症の理学療法

 ダウン症の子どもたちの充実した生活を支えるために必要なのはダウン症の病態を理解することと理学療法の実践方法を知ることです。この記事では低緊張や固有受容感覚障害といった運動機能についての情報と、運動発達の促進や感覚機能の改善、筋力及びバランス能力の向上を図るため運動療法の例を示します。子どもたちの「できた!」を増やし、良好な健康状態の維持と社会参加の促進を後押しするための知識を身に着けていきましょう。

1. ダウン症の運動機能と社会参加制約

 ダウン症の子どもたちの運動機能には特徴があります。代表的な特徴は筋緊張の低さです。このような運動機能の特徴が社会参加の制約にまで繋がります。
 例として、座位や立位、歩行などの粗大運動発達が遅れが就園や就学に影響することや、疲れやすさや転びやすさが体育の授業や友達との遊びなどの他者との交流の機会が少なさに繋がることなどが挙げられます。

 このような社会参加の制約によって活動量が低下し、それが健康状態に悪影響を及ぼすという悪循環に繋がります。

 運動機能への適切な支援や介入により、ダウン症の子どもたちの社会参加の機会を増やし、良好な健康状態を維持することができます。

2. ダウン症の機能障害

 ダウン症の子どもが持つ代表的な機能障害を解説します。

2.1 筋緊張の低さ(低緊張)

 筋緊張が低いために動作時に筋が適切な張力を発揮することが制限されます。これによって姿勢の保持や運動の制御が難しくなります。

2.2 筋力の弱さ

 筋力の弱さにより姿勢の保持だけでなく、姿勢を変換する能力の発達が制限されます。このことは自発的に動く範囲の狭小化や活動強度の制限にも繋がり、全般的な発達の遅れや、身体活動量の減少、スポーツなどへの参加制約の原因にもなり得ます。

2.3 靭帯の緩さ

 ダウン症の子どもたちは、関節を支える靭帯が緩い傾向にあります。これにより、関節の可動範囲が過度に広がり、バランスや運動の精度に影響を与えることがあります。また、靭帯の緩さは特に関節の不安定性を高めるため怪我のリスクを高めることにも繋がります。靭帯の緩さに起因する筋骨格系の問題として環軸椎関節の亜脱臼や外反偏平足が挙げられます。

2.4 固有受容感覚の障害

 固有受容感覚は、身体の位置や運動を認識する能力ですが、ダウン症の子どもたちはこの感覚の障害を持つことがあります。固有受容感覚が低下すると、運動の協調性やバランスが損なわれ、運動技能の習得が困難になることがあります。

2.5 姿勢制御障害

 ダウン症の子どもたちは、姿勢反応の遅延や拮抗筋の協調的な活動の不適切さなどの姿勢制御障害を有しています。姿勢制御障害は、特に座位や立位時の姿勢を維持する能力に影響を与え、転びやすさの原因にもなります。

3. ダウン症の機能障害の影響

 ダウン症の子どもの機能障害は発達の遅れやバランス障害、歩行障害に繋がります。

3.1 粗大運動発達の遅れ

 粗大運動能力は、身体の大きな筋を使って行う動作、例えば座位の保持や四つ這い、立位の保持、歩行、走行、ジャンプなどの能力を指します。ダウン症の子どもたちは、筋緊張の低さや筋力の不足などの要因により、これらの能力の発達が遅れがちです。座ることや、這うこと、歩くことなどの基本的な運動技能の獲得が遅れることは、就園や就学先の選択や、運動やスポーツへの参加の機会などの社会参加にも影響を与える可能性があります。

3.2 バランス障害

 ダウン症の子どもたちには、靭帯の緩みや筋緊張の低さなどが原因でバランスを取ることが難しいことが多く、これが転倒や怪我のリスクを高めます。

ダウン症の子どものバランス障害の特徴は以下の通りです。

  • 安静立位において前後方向と左右方向の重心動揺が大きい。

  • 左右方向の重心動揺の影響を抑えるために足幅を広げる。

  • 前後方向の重心動揺の影響を抑えるために体幹を固める。

  • 関節をロックするために腰椎を過度に前弯させたり、膝を過度に伸展させる。

  • 随意運動時の姿勢筋の活動開始時間が遅い。

 バランス障害は自転車に乗ることや階段の昇り降りなどの日常活動にも影響を及ぼします。このことは、子どもたちの活動範囲を狭めたり、活動への参加の機会の制約に繋がる可能性があります。

3.3 歩行障害

 ダウン症の子どもたちには以下のような歩行障害が認められることが多いです。

  • 歩行時の重心の側方への変位が大きく、代償的に歩隔が増加する。

  • 歩幅の低下と歩行速度の低下

  • 歩行周期を通して股関節屈曲の増加

  • 立脚期での膝関節屈曲の増加

  • 前遊脚期での足関節底屈の低下

  • 初期接地における足関節背屈の低下

 ダウン症の子どもは 3 歳頃に歩き始めることが多いですが、不安定でエネルギー消費量が大きいです。不安定さと疲れやすさのために、様々な遊びを成立させるために必要な筋力と持久力の発達が妨げられます。 特により高い安定性が必要なダイナミックに体を動かすような遊びや活動の影響が大きいです。そして、運動の機会が少なくなることがバランス能力の低下に繋がるという悪循環を形成します。

4. ダウン症の理学療法

 ダウン症の子たちの機能障害に起因する問題を解決するためには適切な理学療法が重要です。

4.1 粗大運動発達を促進する運動

 粗大運動能力の発達を促す運動の進め方を紹介します。子どもの能力に合わせて以下の9つの運動を行ってみてください。

1. 座った姿勢で脚を使ってバランスを取る。
 
子どもの足を床に付けて座らせます。ダウン症の子どもは脚をまっすぐに伸ばして支えることを好むため、足の裏が床に付いていることとともに、膝を曲がっていることも確認してください。
 腰を支えて座れるようになったら、体の横や床の上に置いたおもちゃに手を伸ばして元の姿勢に戻る練習に挑戦してください。
 次に、座っている台の高さを上げて、脚により体重がかかるようにします。この姿勢でもう一度おもちゃへ手を伸ばす練習を行ってください。
 最終的には、高くした台に浅く腰かけて、体重の大部分が脚にかかっている状態で練習します。
 バランスボールを使用すると体重移動をより大きく促すことができます。

2. 四つ這い
 四つ這いは肩甲帯と骨盤帯の安定性を高めるのに最適です。
 まずは四つ這いの姿勢を維持する練習を行いましょう。
 初めは踵に殿部を乗せて、主に上肢で体を支える練習から。次第に体を前に動かして骨盤帯のコントロールを促します。目標は肩を手の上で、骨盤を膝の上で保持できるようになることです。四つ這いの姿勢が安定したら、踵に殿部を乗せた姿勢から四つ這いの姿勢までコントロールしながら姿勢を変える練習をしてください。
 この練習の間は、腕を動かす必要がないように、タブレットを見たり、本を読んだりするなど、見て楽しむ活動がおすすめです。

 次に四つ這いで移動する練習を行いましょう。
 四つ這いをするには片方の腕を持ち上げても姿勢が崩れない安定性が必要です。子どもが四つ這いで片方の腕を持ち上げられるようになったら、手の届かないところにおもちゃを置いて、前に手を伸ばすように促します。初めは片方の膝を前に出すことと、反対側の手を前に出すのを手伝ってあげてください。自力で前に進み始めるまでこれを繰り返します。
 自信を持って四つ這いで移動できるようになったら、四つ這いで障害物を乗り越える練習を行いましょう。斜面や凹凸面 (芝生など)での四つ這いも効果的です。障害物を乗り越えられるようになったら階段を四つ這いで登ってみましょう。

3. 膝立ち位でバランスを取る
 家具を支えにして膝立ち位でバランスを取る練習をします。前かがみになったり、お尻を突き出したりせず、膝から肩まで一直線になっていることを確認してください。
 最初の目標は子どもが自分で膝立ち位を保持できるようになることです。 家具の上に本やタブレットなどを置いて、頭部の位置が下がると好きなものが見えなくなるようにすると、起きていようというやる気が高まります。
 次に、膝立ち位を保持したまま手を使っておもちゃで遊ぶように促します。徐々にバランスを取るために腕を使わないようにしていきましょう。さらに、体幹を家具から遠ざけるようにして、支えなしで膝立ち位を保持できるように練習していきます。同時に、床にある物を拾うように促したり、後ろに置いたおもちゃを取るように促すことで様々な方向への重心移動をコントロールする練習を行いましょう。おもちゃを遠くに置いて、膝歩きを促すことも有効です。
 家具を使って自由に動けるようになったら、支えなしで膝立ちをさせてみてください。この姿勢でキャッチボールを行ったり、膝歩きで様々な床面を移動することで、バランス能力をさらに高めることができます。

4. 家具を使って立つ
 家具を使って立つ練習をします。左右の足幅は肩幅程度とし、つま先が前を向くようにしましょう。
 子どもの後ろに座って骨盤を支えてあげましょう。バランスを崩してしゃがみこんでしまった時に、大人の膝の上に座れるようにしておくと再度立つ練習を試みやすくなります。
 骨盤の支えを徐々減らしていって、子どもが自力で直立姿勢を維持できるかどうかを確認してください。
 子どもが自力で家具を使って立てるようになったら、足幅を狭めたり、片方の足を少し前に出したり、片方の足を台の上に載せることで、少しずつバランスの難易度を高めていきましょう。そして、体の横や床の上に手を伸ばしておもちゃを拾ったり、手を使って遊んだり、おもちゃを籠に片付けるような活動を加えることで立位のバランス能力をさらに高めることができます。また、家具ではなく、壁に手を付いて立つことも良い練習となります。

5. 家具を使って伝い歩き
 伝い歩きは下肢の外側の筋群を強化し、下肢全体の安定性を高める上でとても有効な運動です。
 子どもが家具につかまって立ったまま自分で足の位置を変えられるようになったら、おもちゃを手の届かないところに移動させて、伝い歩きを促します。
 自力での伝い歩きが難しい場合には、重心移動を手伝ってあげましょう。 片方の足を動かす場合には反対側の足に重心を十分に移動させる必要があります。したがって、左に伝い歩きをする場合には「骨盤を支えて右足に重心を移す」→「左足を横に出すように促す」→「重心を左足に移す」→「右足を左足の方に寄せる」というように手伝いましょう。
 自力で伝い歩きができるようになったら、クッションやおもちゃなどの障害物を加えて難易度を徐々に高めてください。また、家具ではなく、壁を支えにして伝い歩きすることも良い練習となります。

6. 壁に背を付けて立つ
 家具を使って立つ時とは異なる体の使い方を学習できます。
 子どもの背中を壁につけて立たせます。可能であれば膝を軽く曲げることを促してください。はじめは骨盤を支えておいて、慣れてきたら手を放してみてください。
 自力で姿勢を保持できるようになったら、小さな台や本の上に片足を載せたり、手を使った遊びを行うことでバランスの難易度を徐々に高めていきましょう。

7. 独立立位で遊ぶ
 一人で立つ練習をします。左右の足幅は肩幅程度とし、つま先が前を向くようにしましょう。
 子どもの後ろに座って骨盤を支えてあげましょう。バランスを崩してしゃがみこんでしまった時に、大人の膝の上に座れるようにしておくと再度立つ練習を試みやすくなります。 
 バランスが取れるようになったら、手の位置を骨盤から下にゆっくりと下げていきましょう。そして、安定していると感じたら、片方の手を離して自力でバランスをとらせてください。支える手を左右で交換し、両手を放して子どもが自分で支えられるようになることを目指して練習しましょう。
 子どもが一人で立てるようになったら、足幅を狭めたり、片方の足を少し前に出したり、片方の足を台の上に載せることで、少しずつバランスの難易度を高めていきましょう。また、体の横や床の上に手を伸ばしておもちゃを拾ったり、手を使って遊んだり、おもちゃを籠に片付けるような活動を加えることで立位のバランス能力をさらに高めることができます。

8. 歩行補助具を使って歩く
 必要に応じて歩行補助具を使用して歩く練習を行いましょう。子どものバランス能力に合った歩行補助具を使用することが望ましいです。車輪付きの椅子や大きめの滑りやすい段ボール箱などが歩行補助具の代わりになることもあります。

9. 独立歩行
 まずは子どもと手をつないで歩く練習をしましょう。子どもの歩行が安定してきたら徐々にサポートを減らしてください。両手をつないで歩いている場合は、片手だけをつなぐようにしたり、大人の手の位置を子どもの掌から手首に移し、子ども自身が握らないようにすることも有効です。
 手をつないで歩く練習をしながら、2 つの家具の間を歩く練習も行いましょう。2 つの家具を近づけて置き、子どもが両方の家具の間を移動できるようにします。2つの家具をゆっくりと遠ざけていき、最終的にはつかまらずに一歩を踏み出す必要がある位置に置きます。ちょうど良い位置に家具を設置したままにしておくことができれば、子どもが自然と家具間の移動を行う可能性もあります。
 これらの練習によって一人で歩く能力が養われていくでしょう。

4.2 感覚機能への働きかけ

 運動の制御にとって重要な感覚情報は視覚と、体性感覚、前庭感覚です。前述の固有受容感覚は体性感覚に含まれます。
 ダウン症の子どもは固有受容感覚の障害や手掌や足底部の感覚過敏が認められることがあり、これが運動技能の習得に影響を与える可能性があります。
 適切な感覚刺激の経験を積むことで、これらの問題を改善することが期待できます。
 触覚に対しては、感覚過敏のある部位を優しくマッサージすることや、手掌同士や足底同士を触れさせる遊び、様々な質感の物体を触らせる遊びが良いでしょう。固有感覚に対しては、関節をロックせずに様々な姿勢を保持する練習が有効です。

4.3 筋力トレーニング

 筋力トレーニングは、ダウン症の子どもの運動療法において重要な役割を果たします。課題指向型筋力トレーニングや、プライオメトリクス、トランポリンを使用したトレーニングなどが筋力の向上に有効です。

 課題指向型筋力トレーニングでは、特定の活動や動作に焦点を当てることで、日常生活に直接的に役立つ筋力の向上を目指します。プライオメトリクストレーニングは、ジャンプやホップ(いわゆるケンケン)などの爆発的な力が求められる運動を通して、歩行や走行などの比較的高度な粗大運動に必要な素早く力強い筋力発揮の能力を高めます。また、トランポリンを使用したトレーニングは、楽しみながら全身の筋力を向上させることができ、バランス能力の改善にも寄与します。

4.4 バランス練習

 ダウン症の子どもは、筋力の低さや低緊張により、バランスを維持することに課題を抱えがちです。バランス練習を行うことで身体の安定性を向上させることが可能です。

 バランス練習には、片足立ちの保持やバランスディスク上での立位の保持、狭い足幅で立ったまま行うキャッチボール、押し相撲、平均台や飛び石上などを歩く練習などがあります。

4.5 歩行練習

 歩行練習として、様々な床面を歩く練習がおすすめです。草や、砂、柔らかいマット、硬い床など、さまざまな床面を歩くことで、足底に多様な感覚刺激が加わります。また、不安定な床面でバランスを取りながら歩く経験は固有感覚の発達を促します。さらに、不安定な環境に適応するためのバランス能力の向上に繋がります。

 また、トレッドミルを使用した歩行練習は、安全な環境で歩行のリズムやスピード、歩行路の傾斜角度をコントロールできるため、有効な練習方法の一つです。

まとめ

 ダウン症の子どもの運動機能の障害には、筋緊張の低さ(低緊張)や筋力の弱さ、靭帯の緩さ、固有受容感覚の障害、姿勢制御障害があります。これらの運動機能の障害によって粗大運動の発達が遅れます。また、歩行の不安定性や疲れやすさが将来の健康状態や社会参加に悪影響を及ぼす可能性があります。

 以下のような理学療法が、ダウン症の子どもたちの運動機能を向上させるために重要です。

  • 粗大運動発達を促進する運動:座位や、膝立ち、四つ這い、立位、歩行などを徐々に難易度を高めつつ練習しましょう。

  • 感覚機能への働きかけ:触覚や固有受容感覚を養うための練習を行いましょう。

  • 筋力トレーニング:課題指向型トレーニングやプライオメトリクス、トランポリンを使用した運動遊びなどが効果的です。

  • バランス練習:片足立ちや不安定な場所での立位保持や歩行、押し相撲などの遊びを行います。

  • 歩行練習:様々な床面を歩く練習やトレッドミルを使用した歩行練習が有効です。

 適切な理学療法によってダウン症の子どもたちの良好な健康状態の維持と社会参加の促進を後押ししましょう。


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