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補装具が作る生活機能の好循環

 若手理学療法士の皆さん、小児リハビリには、細やかな配慮と専門知識が求められます。補装具の活用は理学療法の効果を高める可能性を持ちますが、その適切な選定と調整は一筋縄ではいきません。本記事では、車椅子、座位保持装置、歩行器といった代表的な補装具の調整方法を紹介し、子どもたちの「できた!」を最大限に引き出すための具体的な手法を解説します。この知識を身につけることで、子どもたちの生活の質を格段に向上させることができます。小児理学療法の現場で、より良い成果を出すための一歩を踏み出しましょう。


1. 補装具の役割と使用の意義:補装具がなぜ大事なのか?

1.1. 補装具とは?

補装具の定義
 補装具の定義は、以下の3つの条件を全て満たすものです。

① 障害者等の身体機能を補完し、又は代替し、かつ、その身体への適合を図るように製作されたものであること。
② 障害者等の身体に装着することにより、その日常生活において又は就労若しくは就学のために、同一の製品につき長期間にわたり継続して使用されるものであること。
③ 医師等による専門的な知識に基づく意見又は診断に基づき使用されることが必要とされるものであること。
障害者総合支援法施行規則第六条の二十より

 補装具を購入する際には、補装具費支給制度を利用できます。これは同一の月に購入等に要した費用の額(基準額)の合計に対して、原則としてその9割の額が公費として市町村から支給される制度です(注1)。ちなみに、負担額の上限は37,200円に設定されています(注2)。
 
 つまり、市町村から補装具費支給制度の利用が許可された場合には、同じ月に購入した全ての補装具費の1割で購入できるということです。

 補装具費支給制度の申請には、申請書の他に、補装具の必要性を証明するために医師が作成する「意見書」と、補装具費用を証明するために補装具事業者が作成する「見積書」が必要です。各市町村の障害福祉窓口(社会福祉事務所)で申請できます。

 満18歳以上の方の申請の場合には、補装具の種目等により、身体障害者更生相談所の判定が必要な場合があります。

補装具の具体例
 具体的には義肢や、装具、座位保持装置、車椅子、歩行器、杖など理学療法士が関わることの多いものだけでなく、眼鏡や補聴器、義眼、人工内耳、意思伝達装置なども含まれます。

注1:公費の負担割合は国が50/100、都道府県が25/100、市町村が25/100です。
注2:家計の負担能力によって支給額は異なります。生活保護世帯や低所得世帯は負担額は0円です。納税額46万円以上(概ね年収2000万以上)の高所得世帯は全額負担となります。

1.2. 理学療法における補装具の位置づけ

 補装具は利用者の生活機能のすべてに影響を及ぼします。

心身機能への補装具の影響
 夜間に使用する短下肢装具によって足関節背屈可動域が維持されます。

活動(能力:できるADL)への補装具の影響
 杖によって自力歩行の速度が向上し、連続歩行距離が延伸します。

活動(実行状況:しているADL)への補装具の影響
 歩行器によって、リハビリ室や自宅だけでなく学校内や商業施設内を歩いて移動できるようになります。

社会参加への補装具の影響
 車椅子によって、遠方で開催される推しのイベントに参加できるようになります。

1.3. 他の介入と補装具の相乗効果:歩行に対する介入の好循環を作ろう。

 普段行っている理学療法介入に適切な補装具の使用が加わると、介入の効果が高まります。歩行に対する理学療法介入への補装具使用の効果を例に説明します。

機能訓練と補装具:足関節のストレッチと夜間装具、筋力トレーニングと歩行用装具
 リハビリ室内で、足関節の背屈可動域を拡げるために下腿三頭筋のストレッチを行っています。これに加えて、足関節を背屈位で固定することで下腿三頭筋を持続的に伸張する夜間装具を併用すると、足関節背屈可動域の改善効果は高まります。
 リハビリ室内で、足関節底屈筋力を増強するために下腿三頭筋の筋力トレーニングを行っています。これに加えて、外反偏平足などの足部変形を矯正する歩行用の短下肢装具を併用すると、足関節底屈筋力の改善効果は高まります。

できるADLに対する介入と補装具:歩行練習と杖
 リハビリ室内で、歩行能力を向上させるために介助下での歩行練習を行っています。これに加えて、より速く長い距離を歩行できるような杖を使用した歩行練習を行うと、歩行速度や持久力の改善効果は高まります。

しているADLに対する介入と補装具:屋内外の移動と歩行器
 日常生活で歩行する機会を増やすために保護者や学校の先生などに歩行介助の方法を伝えています。これに加えて、安全に歩行できるような歩行器を導入すると、歩行で移動する機会がさらに増えます。

社会参加に対する介入と補装具:遠方のイベント参加(例:遠足)と車椅子
 遠足などの遠方で行われるイベントへの参加の機会を増やすために、安全性の確保や疲労への対応などのポイントを関係者に伝えています。これに加えて、必要に応じて休憩や移動の手段として使用できるような車椅子を導入すると、イベントに参加する機会が増えるだけでなく、イベントへの参加を通して得られる経験がより豊かになり、社会参加に対する意欲が高まります。

歩行に対する介入の好循環のまとめ
 このように、心身機能やADL、社会参加に対する介入に補装具を組み合わせることで、理学療法の効果が高まります。これらの介入効果は相互に影響します。関節可動域の拡大や筋力向上は、歩行能力の向上に繋がります。歩行能力の向上は社会参加を促進します。このような流れとは反対に、積極的な社会参加は歩行能力の向上や歩行に関わる心身機能の改善に繋がります。適切な補装具の選定と使用は、機能訓練から社会参加へと繋がる好循環を生み出し、理学療法の効果を押し上げるのです。 

2. 車椅子の調整ポイント

2.1. 車椅子の調整ポイント:使用目的、座位保持能力、駆動能力、体の形、体の可動性

 車椅子とは、身体の機能障害などによって歩行に困難のある人の移動を補助する補装具です。
 車椅子には「車」と「椅子」二つの機能があります。文字通り「車」は移動を支援する機能で、「椅子」は座位を支援する機能です。車椅子はこの二つの機能を考慮して調整する必要があります。
 車椅子を調整する上で大事なポイントは、車椅子の使用目的と座位保持能力、駆動能力、体の形、体の可動性です。

車椅子の使用目的:移動、座位での活動、安楽に過ごす、食事
 車椅子の使用目的には様々なものがあります。また、使用目的によって適切な車椅子の種類や設定は異なります。そのため、車椅子を適切に選定したり、調整するためには使用目的を明確にする必要があります。
 代表的な使用目的は移動と、座位での活動、安楽に過ごすこと、食事です。本人の希望や、関係者から得られた情報、理学療法士としての意見などを擦り合わせて使用目的を明確にします。

座位保持能力:どの部位にどの程度の支えが必要か?
 座位を保持する能力は人によって大きく異なります。また、座位保持能力によって適切な車椅子の設定は異なります。そのため、車椅子を適切に選定したり、調整するためには利用者の座位保持能力を評価する必要があります。
 座位保持能力の評価の方法の一つとして、座位姿勢を保持するために骨盤から頭部に至るまでの部位においてどの程度の支えが必要かを介助下座位で評価する方法があります。ポイントとなる身体部位は頭部と上部体幹、下部体幹、骨盤の4つです。この評価方法で支えが必要と判断される部位には車椅子においても支えとなる機構が必要となります。

駆動能力:手で漕げる、手で漕げないが操作レバーを操作できる、手で漕げないし操作レバーを操作できない
 車椅子を漕いで推進する能力は人によって大きく異なります。また、利用者の駆動能力によって適切な車椅子の設定は異なります。そのため、車椅子を適切に選定したり、調整するためには利用者の駆動能力を評価する必要があります。
 利用者の駆動能力毎に候補となる車椅子を以下に示します。
①手や足で漕げる。
 ・自走用車椅子(両手駆動、片手駆動、足駆動)
 ・電動アシスト車椅子(左右のアシスト力の調整)

②手や足で漕げないが操作レバーを操作できる。
 ・電動車椅子(ジョイスティック式、チンコントロール式など利用者に合った操作レバーの選択)

③手や足で漕げないし操作レバーを操作できない。 
 ・介助用車椅子(バギーを含む。)

 車椅子を駆動する必要がある場合には、目的に合った移動速度や移動距離を達成できるかどうか、目的とする場所やそこに至るまでの路面に対応できるかどうかなどを考慮して適切な様式の車椅子を選択することが重要です。

体の形:胸郭変形と背もたれの形状、骨盤帯の変形と座面の形状、大腿長と下腿長と座奥の長さとフットレストの位置、座面の高さ
 体の形は人によって大きく異なります。また、体の形によって適切な支えは異なります。そのため、車椅子を適切に選定したり、調整するためには利用者の体の形を評価する必要があります。
 脊柱の側弯がある場合、側弯の凸側の肋骨が後方に膨隆します。このような場合には肋骨の形状に合った背もたれが必要です。
 股関節の亜脱臼がある場合、座面と接する殿部の形状が左右非対称となる傾向にあります。このような場合には殿部の形状に合った座面が必要です。
 車椅子の座面の横幅(座幅)は殿部の横幅に、車椅子の座面の立て幅(座奥)は大腿の長さに、座面とフットレストまでの距離は下腿長に合わせると姿勢が安定します。
 ちなみに、座面の高さは利用者がどのように車椅子から乗り降りするかによって異なります。自分で車椅子から乗り降りする場合には、座面が低く床までの距離が短い方が良いでしょう。介助によって乗り降りする場合には、座面が高い方が介助時の負担が減ることがあります。

可動性:股関節屈曲可動域とリクライニング角度、膝関節屈曲可動域とフットレストの位置
 股関節や膝関節の可動域は人によって大きく異なります。また、可動性によって適切な車椅子の設定は異なります。そのため、車椅子を適切に選定したり、調整するためには利用者の可動性を評価する必要があります。
 股関節の可動域に合わせて、座面と背もたれの角度(リクライニング角度)を調整します。股関節の屈曲可動域が90°で伸展可動域が-30°の方の場合、リクライニング角度が90°や30°などの最終可動域に近い設定では筋の伸張や関節のストレスによって安楽に過ごすことは難しいでしょう。このような場合には、80°~20°の範囲で使用目的に合ったリクライニング角度に設定することが望ましいです。
 膝関節の可動域に合わせて座面とフットレストの角度を調整します。膝関節の屈曲可動域が120°で膝窩角(股関節屈曲90°での膝関節伸展角度:完全伸展までに必要な角度として表現)が90°の場合、座面とフットレストの角度が90°ではハムストリングスが伸張されて骨盤が前方にずれてしまうでしょう。このような場合には、フットレストをやや後方に引き込んで膝関節が100°ほどの屈曲位となるように設定することが望ましいです。

2.2. 介助用車いすの調整から生まれる好循環

 普段の業務でよくある出来事を例に理学療法士(PT)の立場での具体的な調整方法を解説します。

よくある相談

 病棟に勤務する看護師より内線電話がかかってきました。
担当看護師「Aさんが使用している車椅子が身体に合っているか見てほしい。しばらく車椅子に座っていると、姿勢が崩れてきて体に力が入り辛そうです。」

調整ポイントの確認
 まず車椅子の使用目的を確認します。
PT「(担当看護師)さん、Aさんは普段車椅子をどのように使いますか?」
担当看護師「主にデイルームでのんびり過ごす際に車椅子に乗っています。」

 次に座位保持能力と駆動能力を確認します。
PT「座位保持能力は介助下でも端坐位を取ることができないレベルで、頭部と体幹、骨盤のすべてに支えが必要だ。駆動能力は自分で駆動することがまったくできないレベルのようだ。」

 最後に体の形と可動性を確認します。
PT「右凸の側弯があり、右側の肋骨背面が膨隆している。右へのWind swept変形があり、両下肢の向きが右側に偏っている。左股関節が脱臼している影響で左殿部のボリュームが右殿部よりも小さい。殿部の横幅と、大腿長、下腿長はこれぐらいか。股関節の屈曲可動域は両側とも60°、膝関節の伸展可動域は両側とも-30°、膝関節の屈曲可動域は両側とも90°だ。」

調整の例と効果
 Aさんの車椅子の使用目的は安楽に過ごすことでした。座位保持能力と駆動能力から頭部~骨盤までの身体部位が適切に支えられる介助用車椅子が望ましいと判断できます。車椅子の様式に問題がなければ、あとは体の形(右肋骨膨隆、右へのWind swept変形、左股関節脱臼)に対して背もたれと座面の形状は適切か、殿部の横幅と、大腿長、下腿長に対して座幅と、座奥、フットレストの高さは適切か、股関節及び膝関節の屈曲可動域に対してリクライニング角度と座面とフットレストの角度は適切かを確認し、不適合のある箇所を修正します。
 このような調整の結果、日中に座って安楽に過ごす時間が増え、肉体的にも精神的にもリラックスした状態が長く続くようになりました。

他の介入との相互作用によって生まれる好循環
 筋緊張の高いAさんに対して、理学療法において筋緊張を緩めるためのリラクゼーションテクニックが実施されたり、関節拘縮を予防するためのストレッチが行われています。日中にリラックスした時間が増えることで、筋緊張の緩和や関節可動域の維持にとっても良い影響が出るでしょう。
 車椅子に安楽に座っていられるようになると、自分で座位を保持することによる負担が減るため、病棟での療育活動への取り組み方も良くなることが期待できます。また、車椅子にリラックスして乗っていられる時間が長くなったことで、病棟外へのお出かけの機会も増える可能性があります。
 このような活動や社会参加の改善が心身機能に対しても良い影響を与えることは想像に難くありません。
 車椅子の調整と他の介入の効果の相互作用によって、Aさんの生活機能全体が良い方向に向かうことがわかります。

3. 座位保持装置の調整ポイント

 座位保持装置とは、機能障害の状況により座位に類した姿勢を保持する機能を有する装置です。補装具の制度では、当初は椅子しかフレームとして考えられていませんでしたが、現在は車椅子や電動車椅子もフレームとすることも認められています。

3.1. 座位保持装置の調整ポイント:使用目的、座位保持能力、体の形、可動性

 座位保持装置の調整ポイントは、使用目的と、座位保持能力、体の形、可動性です。これらについての評価の方法は車椅子で解説した方法と概ね同様です。以下に調整ポイントをまとめます。

  • 使用目的:座位保持装置を使用する目的は座位での活動、リラクゼーション、食事など多岐にわたります。使用目的に合わせた座位保持装置の選定や調整が必要です。利用者本人や関係者からの情報収集を通じて、使用目的を明確にします。

  • 座位保持能力:座位保持能力は人によって異なります。骨盤から頭部に至るまで、どの部位にどの程度の支えが必要かを評価します。主な支持部位は頭部、上部体幹、下部体幹、骨盤です。

  • 体の形:胸郭の変形や骨盤帯の変形など、利用者の体の形状に合わせた調整が必要です。座位保持装置の座幅、座奥、座面の高さ、フットレストの位置などを体型に合わせて調整します。

  • 可動性:利用者の股関節や膝関節などの可動域を考慮し、座面や背もたれの角度を調整します。例えば、股関節や膝関節の屈曲可動域に合わせて、リクライニング角度とフットレストの角度を適切に設定します。

3.2. 座位保持装置の調整から生まれる好循環

 普段の業務でよくある出来事を例にPTの立場での座位保持装置の具体的な調整方法を解説します。

よくある相談
 病棟に勤務する保育士より相談を受けました。
担当保育士「Bちゃんがスクイーグルに座って遊んでいると頭が傾いてヘッドレストから外れてしまう。どうすればよいですか。」

調整ポイントの確認
 まずは使用目的を確認します。
PT「(担当保育士)さん、Bちゃんがスクイーグルに座って行う遊びはどのようなものですか。」
担当保育士「音が鳴るおもちゃを手で叩いて鳴らす遊びです。」

 次に座位保持能力を確認します。
PT「座位保持能力は上部体幹介助があれば座位姿勢を保持したまま上肢の運動を安定して行えるレベルのようだ。」

 最後に体の形と可動性を確認します。
PT「左凸の側弯の影響で、頭部が右に傾いている。右股関節の亜脱臼の影響で、右側の大転子部分の突出が強い。殿部の横幅と、大腿長、下腿長はこれぐらいか。股関節の屈曲可動域は左100°で右90°、膝窩角は左90°で右100°、膝関節の屈曲可動域は両側とも140°だ。」

座位保持装置の調整の例と効果
 
Bちゃんの座位保持装置の使用目的は手でおもちゃを慣らす遊びを行うことでした。座位保持能力は上部体幹の介助で座位を保持したまま上肢の運動を行えるレベルであったため、左右の体幹サポートの位置は腋窩の辺りが望ましいと判断できます。左凸の側弯の影響で頭部が右に倒れやすいため、右側の体幹サポートの位置を左よりやや高めに、左側の体幹サポートの位置をやや低めにすることで体幹の姿勢を保持しやすくします。あとは体の形(右股関節の亜脱臼)に対して座面の形状は適切か、殿部の横幅と、大腿長、下腿長に対して座幅と、座奥、フットレストの高さは適切か、股関節及び膝関節の屈曲可動域に対してリクライニング角度と座面とフットレストの角度は適切かを確認し、不適合のある箇所を修正します。
 このような調整の結果、保育の際に音が鳴るおもちゃを手で鳴らす遊びを楽しむ時間が増え、保育士とやり取りする機会も増えました。

他の介入との相互作用によって生まれる好循環
 
発達の著しい幼児期のBちゃんに対して、理学療法において体幹機能の向上を目的とした運動遊びが行われています。座位保持装置で適切に体幹が支えられた状況で上肢を使った活動を行う中で、体幹を安定させる力はさらに養われることでしょう。
 理学療法において粗大運動能力の発達を促す運動療法に加えて、感覚機能や認知機能の向上を期待した豊富な感覚運動遊びの指導が行われています。保育の際に座位保持装置を使用して体を使った好みの遊びを楽しむ時間や保育士と交流する時間が増えることで、遊びの幅が広がったり、他者とのコミュニケーションが豊かになったりと全体的な発達にも好ましい影響が出ると思われます。
 このような遊びや他者との交流の拡がりが心身機能に対しても良い影響を与えることは想像に難くありません。
 座位保持装置の調整と他の介入の効果の相互作用によって、Bちゃんの生活機能全体が良い方向に向かうことがわかります。

4.    歩行器の調整ポイント

 歩行器は歩行を支援する補装具です。歩行が困難な人の歩行を補助する機能を持ち、移動時に体重を支える構造を有する補装具です。

4.1. 歩行器の調整ポイント:使用目的、歩行能力、体の形と可動性

 歩行器を調整する上で大事なポイントは、歩行器の使用目的と歩行能力、体の形、体の可動性です。

使用目的:歩行練習、屋内移動、屋外移動
 歩行器の使用目的には様々なものがあります。また、使用目的によって適切な歩行器の種類や設定は異なります。そのため、歩行器を適切に選定したり、調整するためには使用目的を明確にする必要があります。
 歩行器の代表的な使用目的は以下の3つです。

  • 歩行練習:歩行能力を向上させることを目的に主に理学療法場面でされます。

  • 屋内移動:日常生活での屋内での移動を容易にするために使用されます。屋内での移動であるため、比較的近距離で路面は平坦であることが想定されています。例えば、保育園や学校、商業施設内などです。

  • 屋外移動用:日常生活での屋外での移動を容易にするために使用されます。屋外での移動であるため、比較的遠距離で路面は不整地や斜面を含むことが想定されています。

 本人の希望や、関係者から得られた情報、理学療法士としての意見などを擦り合わせて使用目的を明確にします。 

歩行能力:歩行に必要な介助量は(見守り、片手引き、両手引き、軽い腋窩介助、しっかりめの腋窩介助)?
 歩行能力は人によって大きく異なります。また、利用者の歩行能力によって適切な歩行器の設定は異なります。そのため、歩行器を適切に選定したり、調整するためには利用者の歩行能力を評価する必要があります。
 歩行能力の評価として、歩行に必要な介助量から歩行器に必要な支持機能を判断します。歩行に必要な介助量は見守り、片手引き介助、両手引き介助、軽い腋窩介助、中等度の腋窩介助です。

 利用者の歩行能力と、目的に合った移動速度や移動距離を確保できるかどうか、目的とする場所やそこに至るまでの路面に対応できるかどうかなどを考慮して適切な歩行器を選択することが重要です。

体の形:体幹の形状と体幹サポートの形状と角度、機能的下肢長と歩行器の高さ
 体の形は人によって大きく異なります。また、体の形によって適切な支えは異なります。そのため、歩行器を適切に選定したり、調整するためには利用者の体の形を評価する必要があります。
 体幹の形状に合わせて体幹サポートの形と角度を調整する必要があります。例えば、円背がある場合には、上部体幹は前傾するためその角度に合わせて体幹サポートも前傾させることで、体幹を適切に支持することができます。
 歩行器の高さは、利用者の機能的下肢長に合わせて調整する必要があります。機能的下肢長とは、骨の長さに加えて、筋緊張や筋力、関節可動域、選択的運動制御能などによる影響を受ける歩行において有効に機能する下肢長のことです。かがみ姿勢を呈する脳性麻痺児の場合には機能的下肢長が本来の下肢長より短くなります。逆に、膝関節伸展筋群や足関節底屈筋群の緊張が高く、尖足で下肢を棒のようにして歩く子どもの場合には機能的下肢長が本来の下肢長よりも長くなります。

可動性:股関節可動域と身体の前傾角度(有効推進範囲の理解)
 
股関節や膝関節の可動域は人によって大きく異なります。また、可動性によって適切な歩行器の設定は異なります。そのため、歩行器を適切に選定したり、調整するためには利用者の可動性を評価する必要があります。
 主に股関節の可動域に合わせて、身体の前傾角度を調整します。身体の前傾角度は体幹サポートとサドルの位置関係と角度によって決まります。股関節の屈曲と伸展の可動範囲の中に、効率的に推進力を生み出すことができる範囲が存在します。私はこの範囲を有効推進範囲と呼んでいます。有効推進範囲は股関節の可動域に加えて、機能的下肢長にも影響を受けます。座面の高さと身体の前傾角度を調整することで、有効推進範囲が床を蹴って実際の推進に繋がるように配置されることで、利用者の歩行能力が適切に発揮されます。

4.2. 歩行器の調整から生まれる好循環

 普段の業務でよくある出来事を例にPTの立場での歩行器の具体的な調整方法を解説します。

 よくある相談
 病棟に入院中のCちゃんについて医師より指示を受けました。
医師「手術をした骨の癒合が進んできました。明日から平行棒を使用した歩行練習を行ってください。歩行が安定したら歩行器を使用した歩行練習も行ってください。」

 調整ポイントの確認
 まずは使用目的を考えます。
PT「歩行能力を高めるためのトレーニングとして歩行器を使用したい。また、病棟での移動手段として歩行器を使用することで生活の中での活動量を上げたい。」

 次に歩行能力を確認します。「歩行能力は平行棒内歩行を何とか10mできるレベルだ。中等度の腋窩介助下であれば50mほどスムーズに歩けるようだ。ただし、時々膝折れが起きるな。」

 最後に体の形と可動性を確認します。「胸椎の後湾がやや強いな。股関節の屈曲角度は両側ともに120°で伸展角度は両側ともに-20°だ。」

調整の例と効果
 
Cちゃんの歩行器の使用目的は歩行練習と病棟での移動でした。歩行能力は自力では平行棒内を10m、中等度の腋窩介助下では50m歩けるレベルであったため、歩行練習としてはPCWが、移動手段としては体幹サポートとサドル付きのペーサーが望ましいと判断できます。胸椎の後湾に合わせて、体幹サポートの角度を調整します。あとは歩行の様子を見て、機能的下肢長と有効推進範囲の観点から、サドルの高さと身体の前傾角度が適切かを確認し、不適合のある箇所を修正します。
 このような調整の結果、歩行練習の質が上がり、日常生活での歩行量が高まりました。

他の介入との相互作用によって生まれる好循環
 
手術後の回復期にあるCちゃんに対して、理学療法において下肢筋力の向上を目的とした筋力トレーニングや、筋緊張を緩めるためのリラクゼーションテクニック、筋の短縮を予防するためのストレッチが行われています。歩行練習の質が高まることで筋力向上や筋緊張の緩和、筋の長さの維持にとっても良い影響が出るでしょう。
 病棟内を自力で動ける範囲が広がると、院内学級での体育や屋外での授業、病棟内での他児との遊びの際にもより活動的になることが期待できます。また、活動的に過ごせることで、外泊時に家族と外出する機会も増える可能性があります。
 このような活動や社会参加の改善が心身機能に対しても良い影響を与えることは想像に難くありません。
 歩行器の調整と他の介入の効果の相互作用によって、Cちゃんの生活機能全体が良い方向に向かうことがわかります。

5.    まとめ

 補装具は、障害を持つ方々の日常生活や社会参加を支援する重要な役割を担っています。身体機能を補完または代替し、長期的な使用を前提としたこれらの装置は、医療専門家の知識と診断に基づき使用されます。補装具には、義肢、車椅子、歩行器、座位保持装置などが含まれます。

 車椅子の調整では、使用目的と、座位保持能力、駆動能力、体の形状、可動性を考慮することが重要です。適切に調整された車椅子は、快適で安全な座位を提供し、日常生活での移動を容易にします。

 座位保持装置は、利用者が適切な姿勢を維持し、活動に集中できるよう支援します。使用目的と、座位保持能力、体の形状、可動性が調整の鍵となります。座位保持装置を調整することで、遊びや学習活動における参加が促進され、発達に良い影響を与えることが期待されます。

 歩行器は、歩行能力の向上や移動の自立を支援します。使用目的、歩行能力、体の形状、および可動性に基づいて適切に調整されるべきです。適切に調整された歩行器を使用することで、歩行訓練の質が向上し、日常生活での活動量が増加します。

 補装具の適切な選定と使用は、他の治療介入と相まって利用者の心身機能の改善、能力の向上、活動の拡大、社会参加の促進に貢献します。このような相乗効果は、利用者の生活の質の向上と自立の促進に大きく寄与することから、補装具の役割と価値は非常に大きいと言えます。利用者一人ひとりのニーズに合った介入と補装具の使用が、この好循環を実現する鍵です。


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