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脳性麻痺児の歩行を安定させる体幹トレーニング3選【鍵は体幹と骨盤の分離運動能の改善】

 痙直型両麻痺は脳性麻痺のサブタイプの一つであり、四肢や体幹の筋に持続的な緊張(痙縮)が見られることが特徴です。効率的な歩行のためには肩甲帯と骨盤の間の協調した動きが重要となりますが、体幹の筋に痙縮が見られる痙直型両麻痺者の場合、この動きが制限されることが多いと報告されています。したがって、痙直型両麻痺者の歩行改善のためのリハビリテーションにおいては、この問題に対処することが非常に重要です。


1. 歩行時の体幹と骨盤のねじれの重要性

 健常者の歩行時には、肩甲帯と骨盤は反対方向に微妙にねじれる動きをします。これは歩行の効率を高め、エネルギー消費を最小限に抑えるために非常に重要な役割を果たしています。また、歩行時に体幹と骨盤が反対方向に回旋する動きには、体幹内部の角運動量を打ち消し合うことで歩行時にバランスを維持する機能があるとも考えられています(西守と伊藤. 2006)。

 しかし、痙直型両麻痺児はこのようなねじれる動きが少なく、肩甲帯と骨盤が一体となって動く傾向にあるため、歩行の効率が低下してしまいます 。このような痙直型両麻痺者の体幹が骨盤に対して反対方向に回転しない動きは「ブロックパターン」と呼ばれます。「ブロックパターン」は体幹と骨盤を分離して動かす能力の低さに伴うバランスの不安定性さを代償する戦略と考えられています(Tavernese et al. 2016)。 

2. 体幹と骨盤の分離運動能を改善するポイント3選

 そのため、痙直型両麻痺児の運動療法においては、体幹と骨盤を分離して協調的に動かす能力を高めることが重要です。このようなトレーニングによってより安定した姿勢制御が可能となり、歩行時のバランスが改善することから転倒リスクの低減にもつながる見込みがあります。

2.1 体幹と骨盤の分離運動練習①前後の動きの練習

 座位で前方に手を伸ばす動作や後方に手を伸ばす動作を行うことで、矢状面における体幹と骨盤の分離運動能を高めます。体幹と骨盤の前後の動きには「固定した骨盤に対する体幹の屈曲伸展」と「体幹の屈曲伸展と骨盤前後傾の協調運動」の2種類があります。

固定した骨盤に対する体幹の屈曲伸展
・固定した骨盤に対する体幹の屈曲
 座位で下前方の近くの物に手を伸ばす時の骨盤と体幹の動きです。骨盤の前後傾はほぼ変わらずに体幹のみが屈曲します。

・固定した骨盤に対する体幹の伸展
 座位で上後方の近くの物に手を伸ばす時の骨盤と体幹の動きです。骨盤の前後傾はほぼ変わらずに体幹のみが伸展します。

動きを養う遊びの例:下前方のボールを両手で拾い上げて、後方の人に渡す。

体幹屈曲伸展と骨盤前後傾の協調運動
・体幹伸展と骨盤前傾の協調運動
 座位で前上方の遠くの物に手を伸ばす時の体幹と骨盤の動きです。長いリーチの距離を確保するために、骨盤が前傾しつつ体幹が伸展します。

・体幹屈曲と骨盤後傾の協調運動
 座位でゆっくりと仰向けになる時の体幹と骨盤の動きです。体幹の下方の部分から徐々に接地することで衝撃を最小限にするために、骨盤が後傾しつつ体幹が屈曲します。座位で後方の遠くの物に手を伸ばす時にもこの動きが生じます。

動きを養う遊びの例:両手を前上方に最大限伸ばしてボールを手にとり、ゆっくりと仰向けになって後方の籠にボールを入れる。

2.2 体幹と骨盤の分離運動練習②左右の動きの練習

 座位で側方に手を伸ばす動作を行うことで、前額面における体幹と骨盤の分離運動能を高めます。体幹と骨盤の左右の動きには「固定した骨盤に対する体幹の側屈」と「体幹側屈と骨盤の側方傾斜の協調運動」の2種類があります。

固定した骨盤に対する体幹の側屈
 座位で下側方の近くの物に手を伸ばす時の体幹と骨盤の動きです。骨盤の側方傾斜の角度はほぼ変わらずに体幹のみが側屈します。

体幹側屈と骨盤の側方傾斜の協調運動
 座位で上側方の遠くの物に手を伸ばす時の体幹と骨盤の動きです。長いリーチの距離を確保するために、骨盤が側方傾斜しつつ体幹が側屈します。

動きを養う遊びの例:下側方に置いたボールを拾い上げて、反対側の上側方にある籠に入れる。


2.3 体幹と骨盤の分離運動練習③回旋の練習

 座位で体幹や骨盤を回旋させる動作を行うことで、水平面における体幹と骨盤の分離運動能を高めます。体幹と骨盤の回旋の動きには「固定した骨盤に対する体幹の回旋」と「固定した体幹に対する骨盤の回旋」の2種類があります。

固定した骨盤に対する体幹の回旋
 
座位で体幹を回旋させる時の体幹と骨盤の動きです。骨盤の回旋の角度はほぼ変わらずに体幹のみが回旋します。

動きを養う遊びの例:肩に担いだ棒の端っこで前方に置いた怪獣のクッションを倒す。

固定した体幹に対する骨盤の回旋
 座位で前後にお尻歩きをする時の体幹と骨盤の動きです。体幹の回旋の角度はほぼ変わらずに骨盤のみが回旋します。

動きを養う遊びの例:お尻歩きで前方に移動してボールを拾い上げ、お尻歩きで後方に移動して籠に入れる。

※座位での動きに慣れてきたら、膝立ち位や立位での動きへと移行しましょう。バランス能力が高まるとともに、歩行に近い形での筋肉の活動を練習できます。

まとめ

 痙直型両麻痺は脳性麻痺のサブタイプです。四肢や体幹の筋肉に持続的な緊張(痙縮)があり、これが歩行に大きく影響します。効率的な歩行のためには、体幹と骨盤の間で協調的なねじれる動作が必要ですが、痙直型両麻痺児はこの動きが制限されがちです。そのため、体幹と骨盤の適切な動きを養うことが痙直型両麻痺児の歩行練習において重要な要素の一つです。

 体幹と骨盤の動きの改善に役立つのが、体幹と骨盤の分離運動のトレーニングです。遊びの中で前後の動きと、左右の動き、回旋の動きを練習します。これらの練習は体幹と骨盤の独立した協調的な動きを促し、歩行効率と安定性を向上させます。

前後の動きの練習では、座位で手を伸ばす動作を通じて体幹の前後屈と骨盤の前後傾を促します。例えば、座位で前方にある物を取る練習や、後方に物を置く練習などを行います。これにより、体幹と骨盤の協調的な前後の動きが養われます。

左右の動きの練習では、座位で側方に手を伸ばすことで体幹の側屈と骨盤の側方傾斜を促します。例えば、座位で側方の近くにある物を取る練習や、側方の遠くにある籠に物を入れる練習などを行います。これにより、体幹と骨盤の協調的な左右の動きが養われます。

回旋の練習では、座位で体幹や骨盤を独立して回旋させる動作を行います。例えば、座位で体をひねる動作や、座位でお尻歩きによる前後移動などを練習します。これにより、体幹と骨盤の協調的な回旋の動きが養われます。

 これらのトレーニングは、子供たちにとっても楽しめるような遊びの要素を取り入れて行うことができます。例えば、「色々な色のボールを拾って指定されたバケツに入れる遊び」や「障害物コースを進む遊び」、「怪獣に見立てたクッションを倒す遊び」といった活動が、楽しみながら体幹と骨盤の協調運動を養う手段となります。このような練習を通じて、痙直型両麻痺児の歩行効率と安定性を向上させることができます。

参考文献

  • Emanuela Tavernese, Marco Paoloni, Massimiliano Mangone, Enrico Castelli, Valter Santilli. Coordination between pelvis and shoulder girdle during walking in bilateral cerebral palsy. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2016 Feb;32:142-9.

  • 西守 隆, 伊藤 章. 歩行と走行の移動速度変化における骨盤と体幹回旋運動の 相互相関分析. 理学療法学第33巻第6号318〜323頁. 2006年

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