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初学者向けのミキシング講座-第3回:EQ編

第3回ではイコライザー(以下EQ)の基礎を学びます。本記事で「EQの種類」、「設定方法」を網羅的に学ぶことを目標にしています。

イコライザー(=EQ)とは

音楽制作をしない方でも、EQを知っている場合が多いと思います。iTunesのEQやカーステレオなどには標準的に機能として搭載されていますし、実際に操作をしたことがある方も多いと思います。

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EQとは、音声信号の周波数特性を変更する機能・装置のことを指します。

人間の可聴帯域は20Hz~20,000Hzと言われており(※)、この間の周波数を選択して音量を上下することが可能です。Hz=ヘルツは1秒間に繰り返される振幅の回数を示す単位であり、この数値が小さければ低い音、数値が高ければ高い音を表しています。

※人間が音として認識できる低音は20Hzまでですが、20Hz以下の超低周波も振動として感知することは可能です。また、20,000Hz以上の高周波が聴感覚に与える影響に関連する研究も進んでいます。
20,000Hz以上の高周波も自然界には無数に存在しており、例えばイルカ同士のコミュニケーションやコウモリが洞窟を飛ぶ時に活用していることで良く知られています。

コメント 2020-06-30 181428

楽器やシンセサイザー類を含め、自然界に存在する音は複雑な周波数特性を持っています。周波数の一部分を選択してカットまたはブーストすることにより、周波数の均一化を図ること(※)が可能です。

コメント 2020-06-30 181453

低域を抑え高域を持ち上げることで、緑のラインから赤いラインまでバランスよく周波数特性を補正できました。これが大まかなEQの概要です。

※均一化とは?
EQの単語本来の意味は「均一化(equalize)するもの」で、具体例としてマイクロフォンやスピーカーやレコーダー(場合によっては録音環境やリスニング環境全体を含む)の周波数特性の補正や、マスタリングにおける曲毎の音質的差異の平均化 といった例を挙げる事ができる - Wikipediaより引用

ちなみに、原初のEQは映画館の音響補正を目的として1920年代に開発されました。館内の音響をなるべく原音に近づけるために、特定の周波数のブースト・カットが出来る回路設計が開発され、まさに「音質的差異の平均化」の目的で用いられてきました。

周波数を「カット」する、「ブースト」する

EQで指定した周波数帯域を減らしていくことを「Cut=カット」と呼びます。逆に、指定した周波数帯域を上げていくことを「Boost=ブースト」と呼びます。これらは用語として覚えましょう。

EQの種類について

ここからは知識編としてEQの種類について説明します。
EQには大別してパラメトリックイコライザー、グラフィックイコライザーがあります。

パラメトリックイコライザー

コメント 2020-06-30 210206

DAW世代の多くの方が想像するEQがパラメトリックイコライザーです。「周波数」「Gain」「Q値」の3つを操作することで、自由な音作りが可能です。CUBASEにはStudioEQというパライコが標準インストールされています。

グラフィックイコライザー

コメント 2020-06-30 210229

あらかじめ決められた周波数帯域のレベルを上下させることができるEQです。先ほど画像で紹介したiTunesのEQもグライコです。ライブPAの現場で音響補正とハウリング対策で用いられることが多いほか、特定の機種をマスタリング時に愛用するエンジニアもいます。CUBASEにはGEQ-10/GEQ-30というBand数違いのグライコが標準インストールされています。

ミニマムフェイズとリニアフェイズ

細かな説明は割愛しますが、一般的なEQを使うと少なからず位相特性が変化します(振幅の山のタイミングと谷のタイミングが周波数帯域毎にズレてしまうことによる位相変化)。

一般的なEQというのは、より詳しく言えばIIR Filterを用いたミニマムフェイズEQのことです(名称までは覚えなくてよいです)。

一方、FIR Filterを採用したリニアフェイズEQは位相のずれが生じない特徴を持ちます。位相がずれないのならその方が良いのではないか?と思う方も多いと思いますが、以下のようなデメリットもあります。

プリリンギング(Pre-Ringing)

アタックの強いオーディオにリニアフェイズEQを使用した場合、アタック部分が元の波形よりも手前に滲んでしまう現象のことを指します。これによってアタック感が失われる懸念があります。

CPU負荷によるレイテンシー

プラグインごとの遅延はDAWで統合・調整して出力されるため聴感上の差は現れませんが、多用することでPC全体のパフォーマンスを低減させます。また、リアルタイム録音に用いることは非推奨となります。

コメント 2020-07-06 230347

CUBASE純正のFrequencyや、FabFilter/Pro-Q3などのEQは、ミニマムフェイズEQとリニアフェイズEQを同一プラグイン上で切り替えることが可能です。

単体のトラックを大きくエディットする際はミニマムフェイズ、マスタートラックでの微調整はリニアフェイズなど、使い分けをする必要があります。

CUBASE標準のEQの操作方法を覚える

ここからはパラメトリックイコライザーであるStudio EQをもとに説明を行います。なお、Studio EQはCUBASEのバージョン10以降はGUIが異なりますが、本稿では2020年7月現在最新となるPro 10.5で説明します。
※設定項目の名前などは変わりありませんので、10以前の方もそのまま読み進めて頂いて構いません

コメント 2020-06-30 211426

EQを使いたい場合は、必ず「インサート」で使いましょう。
設定で重要なのは黄枠の4項目です。それぞれの意味は以下の通りです。

[FREQ]
周波数帯域の設定。どの高さを編集するかを設定する。単位はHz。

[Q]
「Peak」フィルターの帯域幅を設定する。
カットやブーストを行う際、数字が小さいほどなだらかに、大きいほど鋭角になる。

[GAIN]
設定した周波数をどのくらいカットまたはブーストするかを設定する。単位はdB。

[Filter type]
Shelfと書かれている部分。
低域(Band1)および高域(Band4)に対して、
シェルビングフィルター (3 種類)、
ピークフィルター (バンドパス)、
カットフィルター (ローパス/ハイパス) の中からいずれかを選択可能。

特に「Q値」はEQの設定をする際に重要なため、実際に触ったうえで必ず動きを把握するようにしましょう。数字が大きければ狭く鋭角になるため、不要な倍音やノイズをカットする際の場所探しに役立ちます。

また、画面中央の1.と書かれた赤い点や2.と書かれた紫の点をマウスでドラッグすることで、視覚的に操作を行うことも可能です。

今回はBand1のみに焦点を当てて説明しましたが、右に続くBand2、Band3、Band4の設定項目もFilter Type以外は全く同じです(見た目も設定できる数値も同じです)。
調整可能な設定項目が4つあるEQは4band EQと呼ばれます。10個設定できるなら10band、8個なら8bandなど、設定可能なポイントの数はソフトウェアの種類によって様々です。

EQ手順01:ローカットを行う

ここからは実際の手順を見て行きます。最初はローカットを行います。

先ほども述べた通り、我々は可聴帯域外の低い周波数帯域も振動やノイズとして感知することがあります。また、Compressorなどのエフェクトも耳には聴こえない低周波を検知して動作してしまうため、求める挙動と異なる掛かり方になる場合があります。これを防ぐために、耳に聴こえない低周波をカットしていくことになります。

コメント 2020-07-01 015410

BAND1のFilter TypeをCutに変更し、聴感上違いがないところまでFREQを上げていきます。ヴァイオリンなど比較的高い音のトラックは、大胆にローカットをしても問題ありません。

この際、書籍やYouTubeに載っているEQの値を絶対に参考にしてはいけません。本稿でもEQの掛け方を解説しますが、具体的な値は一切提示しません。例えば同じ男性ボーカルでも、人によって声域や基音・倍音の位置関係が異なります。必ず自身の耳で「どこまでなら影響しないか」を判断するようにして下さい。

EQ手順02:不要な帯域をカットする

慣れている方以外はブースト方向から調整すると事故の原因になるため、不要な帯域のカットから入りましょう。個人的にこの手順には2つの工程があると思っています。

1.単体のトラックで聴いたときに不要な音をカットする

2.全トラックで聴いた時に不要な音をカットする

1.に関しては、最初にQ幅を狭めて不要な帯域を探って行きます。

コメント 2020-07-01 022115

Q幅を狭めた状態でFREQを操作し、頂点を左右にスウィープさせます。その後不要な帯域を発見次第、実音に影響の少ない範囲までGAINを下げていきます

コメント 2020-07-01 022250

ここまでは書籍などにも良く書いてありますが、肝心の「不要な帯域とはいったいどこ?」という疑問が出てくることと思います。100トラックあれば100通りのカット場所があるので一概に言うのは難しいですが、私の解釈は以下の通りです。

・実音があまり含まれておらず、ヒーンと鳴るような金属系ノイズが強い帯域
・楽曲のキーにそぐわない不要な倍音が目立っている帯域
・音が籠る原因となっているモワっとした帯域(カットすると明瞭度が上がる帯域)

カットするポイントは1か所とは限りません。不要な帯域は複数あります。録れ音次第では、彫刻のように緻密なEQを施していく必要があります。

コメント 2020-07-01 023343

トラック数が多いとおろそかになりがちですが、ここで全トラックを整理しておくと後が楽になります。打ち込み音源の場合はここまでシビアでなくとも良い場合が多いですが、結局Mixを進めていくにあたり各トラックにEQはインサートすることになります。

2.全トラックで聴いた時に不要な音をカットするに関しては、全トラック1.の処理を終えた後の方が効率的です。

例えばボーカルが聴こえづらい時、安易にボーカルの2kHzあたりをブーストして「音抜けを良くする」というのは避けるべきです。これはクリップの原因となったり、後段でCompを使用する際の障害となるため、逆に「ボーカルの居場所を他のトラックをEQで整理してあげることによって作る」という意識で行うのがコツです。

そのため、1.と異なりQ幅をある程度広めにした状態で他トラックをかぶっている帯域(マスキングしている帯域)を削っていきます

コメント 2020-07-01 023857

Studio EQを2つ使っても問題ありませんし、バージョンがProの方はFrequencyなど別のEQを用いても構いません。なお、この際±6dB以上カット/ブーストする場合は、EQの前にフェーダーを操作するなどそれが本当に必要かを考えるべきです。何事もやりすぎは禁物です。

Tips:
特定の周波数を”目立たせたい”場合は、そこをブーストするのではなく他トラックをカットすることを先行させましょう(ブーストは飽和を生みますが、カットは帯域を整理するだけで問題が生まれにくい)。意図的なブーストはOKですが、「なんとなく」のブーストは事故のもとです。

EQ手順03:必要な帯域をブーストする

不要な帯域を削り終えた上で、なお不足を感じた場合はブースト方向にEQを用います。ここで覚えておいて頂きたいのは、EQは足りない帯域を補うことは出来ますが、全く存在しない帯域を「作り出す」ことは出来ないということです(※)。

※GMLやManley、Maagなど優秀なハードウェアEQ、あるいはこれらを模したモデリングEQはエキサイター(エンハンサー)的な倍音付加の役割を果たす場合もありますが、ここでは詳細に触れません。

そのため、ブースト箇所は「元音に含まれる周波数帯域で、バランスが悪く不足した部分を補う」という使い方が適切です。例えば、以下のような考え方です。

・アコースティックギターの煌びやかさが不足しているため、高域をブーストして弦のアタックを強調し全体的に音ヌケ感を作る

・女性ヴォーカルの倍音が不足しているため、高域をブーストして音を前に出す

・レコーディング時に収録し切れなかったバスドラムの低域をブーストしてローの迫力を出す

上記のような使い方をする場合、Q幅はある程度広めにしておくことが基本です。特定の周波数帯域のみを強調するのではなく、全体を緩やかに持ち上げることで自然な変化にとどめます。

コメント 2020-07-06 231210

アコースティックギターを緩やかにブーストしているEQの事例。こうした広い範囲のブーストは、不要な倍音やノイズも丸ごとゲインが上がるため、先にカット方向で整理しておくことが重要になる。

「がっつりと音作りをするような派手なEQ」は必要があれば行っても構いませんが、これらは慣れないうちは本来のサウンドを壊してしまう原因になります。はじめのうちはEQによる元音の微調整のコツをマスターするように心がけて下さい。

コメント 2020-07-06 230001

がっつりとしたキックに対するEQの事例。「ここまでやるならTriggerしたら良いのでは…?」と思った方は確実に中級者以上なので、思うままにEQを使っていきましょう。

EQ総括:すべてのEQには理由が必要

最初にローカットで低域を処理し、次に不要なポイントをカットすることで音自体を整理し、最後に足りない部分をブーストする。やることさえ分かっていれば、順番の前後や、使用するEQの種類は問いません。

コメント 2020-07-06 225749

Band数が十分なら、もちろんカットとブーストを1つのEQで行っても問題ありません。本稿では初学者の方が操作とその意味合いを理解するために手順としてまとめていますが、慣れていれば作業順番は意識しなくても構いません。

すべては意図ありきで、意図のないエフェクト処理は100%うまくいきません。「なぜここでこのEQが必要なのか?」を考えた上で、自分の耳で周波数帯域の要不要の聞き分けが出来るようになるのが理想です。

ここまでが理解できて、ようやく書籍やWebサイトに載っているEQ Tipsの「意図」が分かるようになります。とはいえ、やはりこれらをすべて鵜呑みに信じてはいけません。

例えば「ギターの音は2kHzをブーストしてみましょう」と書かれたWebサイトがあった場合も、これがあなたの楽曲にそのまま適用できるわけではありません。ギターの音と言っても、例えばそれがLes Paulなのかストラトなのか?PUは?アンプの種類は?使用したマイクはSM57?Royer?マイキング位置は?といった具合に、状況に応じてサウンドは千差万別だからです。

こうした理由から、本稿ではここまで「この楽器にはこういうEQをしよう」などという直接的な表現は避けて来ました。もちろん、楽器ごとの傾向は間違いなくありますし、音階別のHzを把握しておくことも重要です。しかし、あくまで「傾向」であるものを真なる答えを思い込み、耳で判断せず情報によってEQを操作するということだけは、学習の上では避けるようにして頂きたいと思っています。

さて、第4回ではCompressor編をやっていきます。引き続きお楽しみに。

※以下は本編に関係のないEQ余談です

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