「勉強ができなければ私じゃない」

 そう信じて疑わなかった。ついさっきまで。2つ前の記事を投稿して読み返すまで、それが当たり前だと思っていた。

 でも違うじゃないか。別に私が勉強のできないおバカでも、その瞬間私が死んだり消えたりするわけでもない。ああ、親からの刷り込みってなんて強力なんだ。こんな当たり前のことにも気付けないなんて。

 今日からの私は「勉強ができない」。言葉にするだけでなんだかすごく身軽に思える。拘束が解けたような、視界が開けたような、体の力が抜けるような、解放感。そうか、私、勉強できなくてもいいんだ。

 しかしそうなると何か別の「自信の拠り所」が欲しくなってくる。なんだろう。私は何ができるんだろう。本来こんな呑気なことを夢想している場合じゃないのはわかっているんだけど、心が浮き立ってしまってやめられない。今だけはこの心地よさの中にいさせてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?