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キヅキ

あれは2016年7月の蒸し暑いある日のこと。
当時の私は多忙で休みも少なく仕事に追われる日々が続いていました。

その日も打ち合わせ先まで最寄り駅から自転車で向かい、朝から夕方まで業務をこなし駅まで自転車で帰っていました。
「 今日は特にめちゃくちゃ蒸し暑かったなぁ」 そんなことを思いながら生ぬるい風さえも心地よく感じながら。

その途中、ある区間だけは歩道もなく車が来たら歩行者を避なければならないほど狭い道がありちょうどそこを走っていた時です。
後ろから私の肘に何かがぶつかり押された弾みで自転車の前輪が道路から落ちてしまい、 自転車ごと道路脇にあった空き地へ投げ出されました。

最初に見えたのは空でした。
立上がろうとしたのですが起き上がれず、頭がフラついて何が起こったのか理解できませんでした。違和感を感じたので着ていたシャツを見ると真っ赤に染まってて、何気なく頭に手を当ててみると手が血で真っ赤になっていました。

すると男性と女性の声が聞こえ、「 どうしたの?大丈夫?」だったような。
話しかけてくれた内容もどんなお顔もだったのかも覚えていませんが、お二人が傷口をタオルで抑え119番も連絡していただいたそうで、サイレンの音に揺られながら誰かの話す声が聞こえるなか次に見えたのは病院の天井でした。

緊急手術が行われ無事に終わり、家族も駆けつけ意識もはっきりしてきて少しづつ状況が理解できるようになった時、まず浮かんだのが「申し訳ない」という気持ちでした。と言うのも医師から「数週間の安静と療養が必要」診断されとても動ける状態ではなかったからです。

当時の私はひとりで何件もの仕事を請け負っていたため関係者に迷惑がかかることがケガよりも痛く何よりも辛かった。私を信頼し仕事を依頼してくださったオーナーやクライアントの期待に応えることができないと思ったのです。

そんな状態を頭では分かっていても、何とかしなければと焦る気持ちと一線を離脱せざるを得ない現状を受けとめれきれずいつしか自分を責めるようになりました。

悔しさや情けなさから「俺が何をした!」「なぜこんな事になったんだ!」「どうしてこんな目にあうんだ!」行き場のない感情や怒りや悲しさを抑えきれなくなり心は壊れ押し潰されました。

そしてだんだん無気力な状態に陥り何も考えられなくなっていきました。
もう自分のことがイヤでいっぱいになり頭の中は真っ白で何もありませんでした。
  
そんな私を救ってくれたのは家族や仲間、友人や周りにいる人たちでした。
たとえ私の状態がどうあれ進行中の仕事は止めるわけにはいかないと、代わりにスタッフが動けない私と電話とメールだけで試行錯誤しながら最後までやり遂げてくれました。
  
改めてワンマンな仕事のやり方だったんだと思いました。
そしてスタッフに心から感謝すると同時に私の中である変化がおきました。

私は今までずっとひとりで何でもできると過信していたのではないか?
家族や友人、スタッフや周りにいる全ての人たちに生かされていたのではないか?

ケガも順調に回復していったある日私はある決断をしました。
スタッフに自分の立場を譲る良い機会と考え仕事の一線を退く事にしたのです。

今回の出来事で感じたのが「私が必ずしも先頭にいなくても良いんじゃないか」「私が居ることで彼らは本当の能力や未知の力を発揮できずにいるのではないか」
と感じ、それは事実やり遂げれたという結果があるからです。

そしてこれまでの自分自身を振り返ったとき、私の本当の仕事とは何か?
私がやらなければいけないこととは何か?と考えるようになりました。 

今思えばこの事故で本当に多くのことに気づきました。自分と向き合い問いかけることで心や感情、視野や考え方など今までとは違ういろんな変化がありました。

時には誰かにすがってもいい、頼っていい、助けて欲しいと叫ぶことが大切で、
人はひとりでは生きているのではないし、支え合い助け合って今を生きている。

時には「どうでもいい」「どうにでもなれ」と思えば新しい道が開きはじめ、
ひとりでは解決できないことも誰かがそばにいれば希望が見える。

ひとりでは行けないところでも誰かとなら必ずたどり着けると信じている。

最後に私を支えてくれている人、支えてくれた人すべての人に感謝します。
また私が事故にあったとき助けていただいたお二人へこの場を借りて心よりへお礼と感謝申し上げます。

今度は私が誰かを助ける番です。
 

#創作大賞2022

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