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星の光で傷を灼く。【短編小説】

 1.

 ここを選んだのに、とくに理由なんて無かった。強いていうなら、ただ有名だったというだけ。

「本当だ、きつねいっぱいいる!」

 地元の特性ゆえか関西弁なら空気のように馴染んで聞こえてくるのに、観光客らしき人間の放つ標準語は妙に目立っていた。当の私も、出は関東なんだけど。実家に帰れなくなって、もう6年。それなのに、この想いはくすぶったままだ。
 平日だというのに、この伏見稲荷大社はなかなか混雑していた。春を間近に控えていて気温的に動きやすいのと、学生達は春休みというのも相まってか……風が冷たくなければ、吐き気すら催しそうな程の人の多さ。もしかして居たりしないかな、なんて目を配せても意味なんて無いのに視線は探してしまう。
 本当は、ここからさほど遠くも無い安井金比羅宮に行くべきだったかもしれない。あそここそ縁切りとして有名で、この気持ちを切り離すためには必須の場所だった。それなのに、私はあの場を避けた。

「すみません」

 不意に、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、背の高い男性が立っていた。髪は私より長くて、黒いバケットハットがとてもよく似合っていた。

「あの、千本鳥居ってどこにあるか分かりますか。俺方向音痴で……」
「ああ、あのいっぱい建ってるところですよね。私も今から行くんで一緒に行きますか」

 どうせ道連れも誰もいない、1人での参拝だ。どうせなら、こうやって親切なところを神様に見せつけてやる方が御利益もあるかもしれない……そんな不謹慎な気持ちだけで、私は口にした。
 彼は「何かすみません」と頭を下げてきた。それでも私からすれば必然的に目線は上へと向いてしまう。
 私が一歩先を進んでいく。とはいえ、私も初めて来たから道案内が出来るか不安でこそあったけど。

「旅行の人ですか」

 無言も気まずいしで声をかけてみると、彼は頷いた。

「大阪の和泉、って分かりますか。ほぼ和歌山なんですけど」
「ごめんなさい……私関東なので、その辺はちょっと」

 確かに、この僅かな会話の中でもイントネーションは標準語と少し違って聞こえた。彼は「田舎ですからね」と苦笑した。その笑い方が……妙に似て見えて、口の奥がぎゅっと勝手に締まった。唾液のような汁の分泌を感じる。

「おねえさんは観光で?」
「はい、あと三日くらいは京都にいようかなって。おにいさんは」
「俺は明日帰る予定です、仕事あるんで」
「アパレルとかですか?」

 私の言葉に、彼は首を振った。

「なんでそう思ったんですか」
「そんなにタトゥーいっぱいあって働けるとしたら、それくらいしか無いかなって」

 首、左手の甲、見える肌の部分は鮮やかな柄で埋められていた。けれどどれも黒い色だから、いわゆる筋モノのようには見えなくて。むしろこの人自身が黒に塗り潰されそうな、そんな儚さすら見えていた。


 2.

 彼は自身の左手の甲を見ながら「なるほど」と微笑んだ。

「むしろもっと答えは単純ですよ、彫師なんです俺」
「ああ……」

 だからこんなにナチュラルに、かつ自然に会話に入り込めるのか。会話内容は至って初対面のそれなのに妙に親近感を感じていた理由がやっと分かった。美容師だとか彫師だとか、体に触れる仕事をしている人間はいつだって距離感を掴むのは上手だ。

「おねえさんは何してらっしゃるんです?」
「行商みたいなものです」
「旅人じゃないすか」

 その言い回しがどこか面白くて、笑いそうになった。

「それを職業と呼べるなら、それも兼業でしたね」

 砂利を踏んで、進んでいく。改めて低いヒールで来てよかったと痛感した。

「来月から、大学の臨時講師やるんです。油彩コースの」
「へえ、絵描きさんなんですか。似てますね、俺たち」

 いやらしくない、本当に感じた事だけを口にしているという印象だった。だから私にとっては、嫌に感じなかったのかもしれない。だから、するすると続きが出ていった。

「先週までアメリカにいたんです、そこの絵画教室の先生が斡旋してくれて。アメリカ以外にも、色々な国に留学してたんですけど」
「へえ、いいですね。俺は日本から出られる気がしないです、勇気無いや」
「……私だって、好きで行ったんじゃないんですよ」

 誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。もうすぐ、鳥居が見えてくる。それなのに、止められない。

「地元というか、実家追い出されたんですよ私。高校までは家に居させてもらえてたんですけど、家の面子に関わるからって」
「じゃあそこそこお嬢様なんですか」
「地主の家ではありましたね、あまりそんな感覚は無かったですけど」

 千本鳥居には、人がたくさんいた。様々な人がカメラを構えて撮影していて、それはこの男も例外では無かった。だから口を止めたのに、一眼レフを構えたまま彼は私を一瞥した。だから、枷が外れた。

「兄とセックスしていたんです、私」
「……想定外のぶっとび具合ですね」
「どんな想定してたんですか」

 笑う事も出来ない淡々とした問いを投げかけても、彼は一度シャッターを切っただけだった。彼の左手の甲に描かれた蛇が、こちらをじっと見ていて……カメラに視線を集中させている彼の代わりに、彼の左手の甲にいる蛇がこちらを見ていた。


 3.

「兄からすれば知的探究心だったんでしょうけど、私は処女を破られた身ですから。どうしても気持ちが入っちゃって、私から誘うようになってしまって」
「そのお咎め、お兄さんには行かなかったんですか」
「兄は跡取りでしたから」

 それですべてを察したのか、彼はもう一度シャッターを切った。

「忘れて来いなんて前向きに送り出されたんですけど、それ以来連絡なんて一切ありませんでした。それでもうすべてお察し、ですよね。兄だけは最初の頃こっそり電話してくれてましたけど、多分途中でバレてしまったみたいで」
「じゃあ寂しかったでしょうね」
「……とても」

 最初は父の友人がいるというフィンランドへ向かった。そこで同じ絵画教室のボス格の男と初めて兄以外との経験を果たしたけど、虚しさだけが渦巻いていた。その渦を描いた作品がローカルコンクールで入賞して、相手の男はぽっと出の日本人に負けたと簡単にメンタルと筆を折った。あの出来事は未だに胸に棘として刺さっている。
 少しずつ前へ進む。千本鳥居の中に入ると、視界が一気に赤く染まった。それを見上げながら、彼は目を細めた。

「ここ、商売繁盛のご利益あるみたいですよ。この鳥居達も、企業が寄付したお金で建てられたみたいで」
「みたいですね、おにいさんはそのために来たんですか」

 ようやく、彼が一瞬息を呑んだ。自分の番と腹を括ったのか、彼はカメラをおろした。蛇の視線も、去った。

「本当は、縁切り神社に行くつもりだったんです。すぐそばにある、安井金比羅宮。分かりますか」

 今度は私が、息を呑んだ。

「……好きな人がいるんですよ、俺。でもムカつく女なんです。だから断ち切りたくて」
「じゃあ、何でこっちに?」

 私の問いに、彼は笑った。その少し底意地の悪そうな笑い方が……やはり、兄に似ていた。

「多分、おねえさんと同じ理由だと思います」

 とうに、見透かされていた。互いに、きっと分かっていた。それをやっと一つの事実にしただけで。
 最後の鳥居を潜り終わった。でもまだ上に行く事が出来るから、私たちは進んでいった。進むしかなかったんだと思う。
 山頂に着くまでの間に、気付けば彼の方が先を歩いていた。何度も小まめに私を見てくれるけど、それだけだった。だから私も、視線を返すだけにして進んだ。

「本当に、ムカつく女なんですよ」

 道中、彼はつぶやいた。

「綺麗なんです、すごく。俺が今まで見てきた人間の中でも本当に綺麗で、いやもしかすると人間じゃないのかもしれない。でも中身は、クソなんですよ。少なくとも結婚なんてしたら俺がボロボロになりそうで」
「なんでそう思うんですか」
「……他にも、俺みたいな男を生み出すんだろうなって」

 察してしまった。なんとなく目をやった彼の左手の薬指は、爪以外すべて真っ黒に染め上げられていた。何にも侵させたくないという覚悟すら見えた。
 山頂に到着すると、人はやはり麓より少なかった。しかもだいぶ寒い。油断してコートを薄くしてきたのを後悔する程だった。けれど上から見下ろす景色は、あまりにも壮大だった。人はみんな豆粒以下にしか見えないけれど……もしあの中に兄がいても、私はきっと見つけられる自信がある。そしてそれは、きっとこの人もなんだろう。


 4.

「これが見たかったんです、鳥居よりも」
「そうなんですか」
「……くだらないもの、ってこき下ろしたかっただけです。すみません、付き合わせて」

 くだらないものの中に、もしかすると宝物だってあるかもしれないのに。でもそれを口にするのは野暮な気がして、私は口を閉じた。

「おねえさんは、お兄さんにまた会いたいと思いますか」
「会わない方がいい、とは思います」

 下山も、彼が先だった。その背に揺れる長い黒髪は、とても柔らかそうで……兄とは大違いだ。

「どうして」
「また同じ事を繰り返すから」
「繰り返したいんじゃないんですか」

 否定は出来なかった。でもどうせ、転がるしか出来ない。私からは、動けない。

「こっそり実家に戻ったら、お兄さんと会えたりしないんですか」
「兄、結婚して出ていったんですよ。地元の友人が言ってて、もうどこにいるか分からないんですって」

 その時はもう、心臓を吐き出してしまうのではないかという程号哭した。私の中の兄は、知らない女に殺された。
 一体、どんな想いで。私の想い出を、どう抱えて……他の女についていったのか。そう考えるだけで、あの時はひたすら嘔吐した。

「おにいさんこそ、その女の人とどうにかなろうとは思わないんですか」

 ちょっとした意趣返しのつもりだった。ひとつ、溜息をつく気配。

「……出来たらいいんでしょうけど、そのためにはあの人を閉じ込めないといけないから。もう俺以外見えないようにしないと、他の男が可哀想だ。俺みたいになるから」
「優しいんですね」
「博愛主義になり損なったんですよ、これでも。全部あの女のせいで」

 また人通りが増えてきた。その中で彼はぼそりと「どうすればいいんでしょうね」と呟く。

「他では埋められないし、かといってこのままだと破滅するんです。このまま終わる方が美しいのか、俺にはもう分からないんです」
「私にも分かりませんよ」

 兄の結婚を知った時点で、私はきっと死んでおくべきだった。きっとこの先、兄と居る事で得られる程の幸せは絶対にやってこない。どれだけ束ねても、あの質量と密度には絶対敵わない。
 きっとずっと、誤魔化して生きていく事になる。それも選んだわけじゃなくて、そういう流れに勝手にいきついただけだ。ただでさえ疲れ切っているのに、自分で何かを得るために動く気力なんてもう削がれてしまった。

「楽しかったです、傷の舐め合い」
「私の傷の味、どうでしたか」
「……痛かったです。でも、まだ欲しい」

 味覚すらバグを起こす程の苦しみを、私たちは抱えている。その認識だけで、私はすっと胸の奥が冷えるのを感じた。
 ……綺麗な男だと思う、痛い程に。


 5.

 流れのまま、揺らいでいた。でも、行き先が変わる事なんてなかった。そこまで私の舟も大波も、都合よくなんてなかった。
 別に舐め合っても、癒える事なんてない。むしろ傷口に唾液を塗り付ける行為なんて、傷の悪化を助長するだけなのに。

「……やっぱり、違う」

 彼の泊まる方のホテルに行ったのは、ただ私の泊まるホテルよりも伏見稲荷大社に近いからというだけの理由だった。もう自主性もクソも無い。
 違和感を重ね、違和感をはめ込み、違和感に泣く。私たちの傷の舐め合い方は、そんなものだった。不毛だって、分かっていた。
 もうだめだ、なんて何度も思った。でもこうやって傷を生むほどに、私の中で兄の存在が浮き上がってくる。他の男でつくる傷のおかげで、私は兄と死ぬ事が出来る気がした。

「……右腕だけ、何も無いんですね」

 彼の裸体には、ところせましとタトゥーが彫られていた。けれど右腕だけは、何も無かった。綺麗な白い肌のままで、そこもまたある意味で侵せないように感じた。

「クソ女の右腕が、タトゥーだらけなんです」

 煙草を惰性のように吸いながら、彼はそう言った。彼はその白い右手で、私の左手首を掴んだ。

「……ホワイトタトゥーみたいですね」
「そんな綺麗なものじゃないですよ」

 最初に手首を切ったのは、小学校6年生の時。その4時間前に、私の処女は破られていた。だから何もかもぐちゃぐちゃに、なんてあの時は幼稚な願い方をしていた。でもこれは、兄との愛の証なんだって思うようになった。それは、兄による手当てのなくなった留学後も続いた。切れば兄が来てくれる、なんて幻覚めいた夢を見ていたのだ。かなうわけなんて、決して無かったのに。

「お兄さんの事、忘れたいですか」

 すぐに、首を振れなかった。だから、問うた。

「そのクソ女の事、忘れたいですか」

 私には分かっていた。予想通り、彼は笑った。

「俺たち、お揃いだ」

 私も、笑った。


 6.

 話題を切り上げた私たちは、どちらからともなく互いのスケッチブックを手に取った。どんな荷物の時でもスケッチブックだけは持ち歩く、という共通点まであったことに私たちは苦笑した。もはや双子にすら感じた。
 彼のスケッチブックは主に写実的なイラストが多かった。こればかりは職業病だろう。そして多かったのは、月の絵だった。

「月のモチーフ、人気なんですよ。あと薔薇と蝶」
「ああ……」

 何となく、分かる気がする。かつてのクラスメイトが一時期ヴィジュアル系にハマっていて、そのあたりのモチーフで小物を固めていたのを何となく思い出した。

「おねえさんは星が好きなんですか」
「単純に田舎町に居る事が多かったから、イメージが湧きやすかっただけですよ。北欧を抜けてからはとくに懐かしさでよく描いてました、確か」

 彼は私から自分のスケッチブックを取り上げた。その手つきこそは優しかったけどどこか焦っているように見えて、その意味が分かった私は大人しく従った。やはり彼は、ペンを手に取った。
 新たなページに、いくつかのイラストが生まれた。それは、月と星を組み合わせた一つのモチーフだった。

「絵になるでしょう」

 彼はそう言って、スケッチブックを眺めていた。まるで子の誕生のように、嬉しそうな目をしていた。その気持ちが分かるからか……ひとつの願望が、生まれた。

「それ、欲しいです」
「著作権的な意味合いですか?」
「……今、彫れないですか。それ」

 彼は一瞬だけ息を呑んだ。そして私を抱きしめると、すぐに離した。それも、一瞬だった。星の瞬きよりも。

「今までタトゥー彫った事はありますか」
「無い、です」
「俺の知り合いのスタジオがちょっと電車に乗った先にあるんで、明日行きましょうか」

 彼の言葉に、私は頷いた。
 その後は待ち合わせの場所と時間だけ決めて、解散した。連絡先を交換する、という流れには行きつかなかった。きっと私たちは、この出会いを刹那にしたかったのかもしれない。
 だから私たちのこの傷の舐め合いも、明日までだ。


 7.

「おはようございます。行きましょうか」

 待ち合わせの5分前には、彼がいた。私が来なかったらあとどれだけ待ってくれていたんだろう、なんてぼんやり考えながら私は彼についていった。
 アングラとは程遠い、観光客のために整えられたかのような綺麗な路地。それなのにそのスタジオがあるというビルは堂々と建っていた。彼が扉を開けてくれて、受付には1人の若い男が座っているのが見えた。頭を下げると、その人はにこやかに手を振ってくれた。

「あっちです」

 通されたのは薄暗い個室だった。カジュアルな手術室、といった感じでどうもどきりとする。私は指示されるがまま、トップスを脱いでインナーのみになった。

「お酒、昨日飲んでないですよね。お昼食べてきました?」
「どっちも大丈夫です」

 すべて、昨日のうちに彼に指示されていたことだった。彼は私の返事に満足そうに頷くと、「それと」と付け足した。

「傷の上から彫るんで、綺麗に色が乗らないかもしれないです。大丈夫ですか」
「少し歪んでるくらいの方が、私って感じがするので」
「……勇ましいですね、もはや」

 そう呟いて彼は、あの月と星が描かれたデザインを広げた。それを私の手首に貼り付け、転写してくる。写ったデザインを見て、ぞくりとした。
 ……これが、もうすぐ私のものになる。はじめて、人から与えられたものを所有する感覚だった。兄は、私のものにはならなかったから。

「痛かったら途中で止めますから」

 意識しているのか、優しい声だった。私が頷くのを確認すると、彼は作業を始めた。

「……っ」
「痛いですか」
「大丈夫、です」

 リストカットの時と少し違う、感情の昂りで誤魔化せない痛み。けれど滲んでいくインクだけを見て、かつての破瓜の痛みを思い出して、私は唇を噛み締めた。
 彼はその後は口を閉ざし、黙々と作業を続けた。その目はもう私を見ていなくて、やはり代わりに彼の蛇が私を見ていた。
 約1時間ほどの施術が終わった。改めて見ようとしたら、ガーゼを被せられて見えなくなった。

「しばらく赤いかもですけど、じきに引きますから。もし気になったら、ここのスタジオに来てもらったらあいつが見るんで」

 受付の人が反応したのか「お任せあれー」と声をあげてきた。それに苦笑しながら、彼は私を抱きしめた。

「……俺もこれで、前に進めるかもしれません」


 8.

 彼は私を解放すると、荷物をまとめだした。だから私も、連れ立ってスタジオを出た。ついてくる私に、彼は何も言わなかった。
 向かった先は、京都駅だった。どうやら大阪までは新幹線を使わないらしく、JRの改札で彼は止まった。

「ありがとうございました」

 手首のガーゼを指でさしながらの私の言葉に、彼は微笑んだ。どこまでも優しい顔だった。

「多分もう、会う事は無いと思います」
「はい」
「……お元気で」

 彼はそうとだけ残して、改札の向こうへ消えた。振り返る事はなかったし、私もすぐにその場を去った。その方がいいと思っただけで、彼の視線がその後どこへ行ったかは知るべきではないと思った。



 手首の傷は無事タトゥーへと昇華した。見返すたび、もう兄の顔も塗りつぶされるようになった。でもその輪郭はやっぱり消えなくて、その度泣いてしまいそうになる。
 結局進むことなんて出来やしない。必ずここへ戻ってくる事になる。そう、痛感しながら私は生きていた。
 そんな時に、私の家に一冊の雑誌が届けられた。そういえば、アメリカで個展を開いた時に日本の記者が特集してくれたのを思い出した。実際差出人も、その出版社からだった。
 なんとなく戯れにその雑誌を開いてみた。ありがたい事に、一面を使って特集してくれている。打ち合わせが煩わしいからお代含め教室と好きにどうぞ、と言ったのがいい意味で効いたのか。しかし教室からも何も来ないということは、私は割と嫌われていたのかもしれないと思えてきた。
 ふと、あるページで手が止まった。それは、「新鋭のイラストレーター」の特集だった。

「……これ」

 彼が、写っていた。その微笑みはどこか緊張気味で、カメラからわざと視線を外した写真が掲載されていた。でもやっぱりあの蛇は私を見ていて、ドキドキしながら記事を読み進める。
 どうやら彼は彫り師をメインとしながら、イラストレーターとしても活動を始めたようだった。3ページに渡り彼の写真と、取材記事が掲載されていた。

『進む事は出来ないけれど、振り返る事なら出来る。その想い出で傷付く事にすら幸福を感じる、それは愚かしいけれど僕は否定したくないんです』

 そう語る彼の右腕には、月と星があった。それを見て、「はは、」と勝手に声が漏れた。
 結局、私たちは度胸無しなんだ。どこまでもどこへも行けない。互いに、縛りあって。この月と星のように、結ばれてしまった。

「……幸せになんて、なれないのに」

 いっそ彗星のように、互いに互いをぶち壊してしまえたら、なんて。

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